「静かな退職」から考えるWell-Beingとマネジメント~働き方の境界線を見直す~

神谷俊
著者
株式会社エスノグラファー代表取締役 バーチャルワークプレイスラボ代表
SHUN KAMIYA

現在、世界的に従業員エンゲージメントの低下が進んでいます。Gallup社の「State of the Global Workplace 2024 (※1)」によれば、エンゲージメント指数は前年の23%から21%へと2pt下落し、その生産性における損失額は4,380億ドルにものぼると報告されています。

これはコロナ禍であった2020年以来、もっとも大きな落ち込みです。仕事への熱意や前向きな姿勢が薄れていくなかで、今その象徴的な現象である「静かな退職(Quiet Quitting)」に注目が集まっています。「退職」と言っても、実際に会社を辞めるわけではありません。

期待以上のパフォーマンスの発揮や、主体的な職場への関わりをやめて、与えられた業務範囲だけを淡々とこなす姿勢――いわば仕事を割り切って捉える職務態度や心理状態を指します。本稿では「静かな退職」を掘り下げ、企業がとるべき向き合い方を探っていきます。

「静かな退職」が問題視されるケース

「静かな退職」という現象は、一見すれば「仕事や職場へのエンゲージメントが低下している状態」であり、問題視されやすい概念です。たしかに、次のようなケースは職場における制度設計やマネジメント上の課題が潜んでいる可能性があると言えるでしょう。

仕事への意欲が低下している

「やりがい・成長を実感できない」「仕事が難しすぎる」「忙しすぎる」などの理由で、仕事への関心や熱量が低下していくケースです。本人の保有しているリソース(スキル・経験値・時間・体力等)を過剰に上回る期待や目標設定がされており、それに向き合おうという姿勢がとれない状態です。このような場合も、上司が介入し、部下と仕事の適切なマッチングを果たしていくべきでしょう。

主体的な働きかけが低下している

「評価が割に合わない」「処遇が改善されない」「上司に提言をしても対応してもらえない」など職場環境に強い不満を感じる経験が重なっていくと、「やっても無駄」「注力するほど、状況は変わらないばかりか、自分の損失が増える」と考える社員が増えていきます。無力感を学習してしまうのです。

その結果、社員は与えられた最低限のタスクに対応しそれ以上の主体的な関わりは控えようと考えるようになっていきます。このような場合、職場への帰属意識やエンゲージメントを取り戻すため、上司主導の改善活動が必要になります。

「静かな退職」の判断・評価が分かれるケース

「静かな退職」は、決して職場への不満ややる気の低下だけが原因で起きるわけではありません。ある意味での“戦略”や“自己防衛”として「静かな退職」を選択しているケースも見受けられます。

仕事と家庭のバランスを調整しようとしている

たとえば、育児や介護、あるいは自身の健康維持など、家庭や私生活の事情から、あえて仕事との距離をとろうとする人もいます。子どもの受験、親の介護などの“家庭内イベント”が発生すると、どうしても数年間は仕事に注ぐ労力を絞らざるを得ないという判断が現実的に求められます。

こうした行動は、仕事が家庭に影響を及ぼす「ワーク・ファミリー・コンフリクト(WFC)(※2) 」や、家庭が仕事に影響を及ぼす「ファミリー・ワーク・コンフリクト(FWC) (※3)」を避け、持続可能な働き方を維持するための合理的な“戦略”とも捉えられます。

仮に仕事と家庭が対立する関係になれば、職務満足や帰属意識の低下だけでなく、家庭内外でのストレスが蓄積し、最悪の場合はバーンアウト(燃え尽き症候群)に陥るリスクも高まります。そのようなリスクを未然に防ぐ手段として「静かな退職」を選択する人もいるのではないでしょうか【図1】。

【図1】WORK/LIFEに対立構造が生まれると、ネガティブな循環が発生し、仕事のパフォーマンスも低下する。
【図1】WORK/LIFEに対立構造が生まれると、ネガティブな循環が発生し、仕事のパフォーマンスも低下する。

実際、私生活の変化に応じて一時的にプライベートの優先度を高めるような柔軟な“境界線のマネジメント”は、長期的なワークライフバランスの改善に寄与し、健全で持続可能な働き方につながることも、学術的に示されています(※4) 。

近年、労働人口や関係人口の低下によって、私たちが担うべきタスクは職場でも家庭でも増加しています。その結果、ワークライフバランスを維持することは容易ではなくなっています。さらに、仕事では先進的なテクノロジーの導入によって「常時つながりっぱなし」の職場が生まれ、頻繁に発生するイレギュラーや前例のない問題に、随時対処することも求められてしまう。

そのなかで、ワークライフバランスを維持するための尽力としての「静かな退職」は一定の合理性がある判断と言えるのかもしれません。

自己成長のために異なる領域へ注力している

「静かな退職」とされる行動のなかには、実は自己成長やキャリア形成を目的とした、戦略的な選択が含まれていることもあります。たとえば、自らのキャリアややりがいを追求するために、現在の業務“以外”の分野に意識を向け、労力の配分を調整するようなケースです。

実際、キャリアアップを目指して通信制の大学院やキャリアスクールに通っている社員や、新たなスキルを身につけようと積極的に副業や社会人講座に参加している社員など、職場の“外”に学びの機会を求める人は増えています。このような長期的な目線でリソース配分を調整しようとする時は、どうしてもメイン業務への注力が一時的に弱まることもあるでしょう。その様子だけを切り取れば「熱意を失っている」と見えるかもしれません。

しかし、これは見方を変えれば極めて健全な状態とも言えます。たとえば、自分のキャリアを主体的に設計しようとする姿勢は「キャリア自律(※5) 」の表れであり、職場の枠を越えて異なる領域から刺激や学びを得ようとする行動は「越境学習 (※6)」に該当します。いずれも、現代において求められる柔軟性・創造性を高める重要な取り組みであり、企業にとっても価値ある活動と捉えることができます。

実際に、こうした越境的な学習を積極的に支援し、副業やリスキリングの活動を奨励している企業も増えてきました。職場の「外」に注力することが必ずしも“さぼり”や“手抜き”とは言えない時代になっています。

こうしたケースを見ても、「静かな退職」には、単に“やる気のない人”というステレオタイプで語れない多面性があります。むしろ、個人が自らの人生戦略として、意図的に業務へのリソース投入を調整している――そうした行動が、「静かな退職」として周囲から誤解されている可能性もあるのです。

求められる多様なWell-Beingへの眼差し

だからこそ企業は、「静かな退職=問題」と即断するのではなく、その背景にどのような動機や価値観があるのかを丁寧に紐解き、個々の内面を深く理解しようとする姿勢が求められます。

上司は部下の仕事への注力が薄れていると感じたなら、その背景に目を向けましょう。具体的に目を向けるのは、部下のWell-Being(主観的幸福感) (※7)です。部下は、どのような時に「満たされている」「幸せ」と感じているのか?どのような状態を目指して「静かな退職」をしているのか?彼らのWell-Beingの在り様に関心を持ち、そこを理解しようとする姿勢を持つことがもっとも大切です。

上司が部下のWell-Beingを適切に把握してマネジメントに反映できれば、離職意識が抑制されたり、エンゲージメントが高まったりするなどの効果も報告されています(※8) 。

Well-Beingは抽象的な概念であり、本人でさえ自覚していない場合もあります。また、「幸福」「幸せ」といった表現は、あまり日常的には使わない人もいます。そのために、「君は何をしている時に幸せを感じるの?」と問いかけても、その本意が伝わらずに、部下が困惑したり、見当違いな回答が返ってきたりすることが多いようです。
 
そこで有効なのが、Well-Beingを直接ヒアリングしようとするのではなく、それを構成する要素に着目して対話を行うアプローチです。Well-Beingの構成要素を整理した「PERMA(パーマ)モデル」を活用して、話を展開していくと、部下が何を重視しているのか、仕事をいかに位置づけているのか?が見えてくるでしょう。【図2】

【図2】Well-Beingの構成要素から、部下の幸福感を抱くポイントを把握する。
【図2】Well-Beingの構成要素から、部下の幸福感を抱くポイントを把握する。

こうしたポイントを押さえた対話を重ねることで、部下の価値観やモチベーションの源泉が少しずつ見えてきます。

「静かな退職」が生まれる背景には、「頑張っても状況は変わらない」「言ってもしょうがない」という無力感や、「個人的なことを職場で話すべきではない」という遠慮やためらいが潜んでいます。そのため、表立った不満も抗議もなく、静かに仕事との距離をとっていくのです。

まずは、その“静かな声”に耳を傾けましょう。そして、部下の叶えたい状態を理解し、仕事とプライベートの調整をどのように図っていけるのか、一緒に模索する姿勢を持つことが信頼を築くための第一歩です。

目の前の部下を、「静かな退職」という流行ワードで片づけるのではなく、自分が関わっている一人の人間として丁寧に向き合うこと。その姿勢こそが、これからのマネジメントに求められているのではないでしょうか。


※1 Gallup (2024). State of the Global Workplace: 2024 Report. Gallup, Inc.
※2 Thompson, C. A., Beauvais, L. L., & Lyness, K. S. (1999). When work–family benefits are not enough: The influence of work–family culture on benefit utilization, organizational attachment, and work–family conflict. Journal of Vocational behavior, 54(3), 392-415.
※3 Netemeyer, R. G., Boles, J. S., & McMurrian, R. (1996). Development and validation of work–family conflict and family–work conflict scales. Journal of applied psychology, 81(4), 400.
※4 Pillai, S.V., & Prasad, J. 2023. Investigating the key success metrics for WFH/remote work models. Industrial and Commercial Training, 55(1): 19–33.
※5 堀内泰利, & 岡田昌毅. (2009). キャリア自律が組織コミットメントに与える影響. 産業・組織心理学研究, 23(1), 15-28.
※6 石山恒貴, & 伊達洋駆. (2022). 越境学習入門. 日本能率協会マネジメントセンター.
※7 Diener, E. (1984). Subjective well-being. Psychological bulletin, 95(3), 542.
※8 Randall Westmoreland, D. B. A., & Tucker, J. (2025). Well–being as a Predictor of Turnover Intention: A Quantitative Study of Occupational Safety and Health Professionals in the US. Business Management Research and Applications: A Cross-Disciplinary Journal, 4(1).

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