「なりたい自分」を目指せる人に―キャリア教育の重要性を実感し、インターンシップを通して学生にも伝えたい(株式会社DAY TO LIFE)前編
「大学生のキャリア学習」シリーズの第2弾 。今回は企業の視点から、学生のキャリア教育に重きを置いたインターンシップを実施されている企業として、シュークリーム専門店「ビアードパパ」をはじめとしたスイーツブランドを展開する株式会社DAY TO LIFEの取り組みを紹介します。
同社は、キャリアデザインスキルの習得をコンセプトとした、椙山女学園大学との産学連携のインターンシップで「第6回キャリアデザインプログラムアワード」の大賞を受賞。その背景には、女性社員の離職という課題から感じた「キャリア教育の重要性」への意識がありました。
本記事では、マイナビキャリアリサーチラボ研究員の長谷川が聞き手となり、同社が「キャリア教育」に着目して人事制度を改革した経緯や、学生へのキャリア教育にも力を入れた理由、インターンシップで学生に伝えたいと考えていることについて、人事制度改革プロジェクトを推進された同社執行役員 経営管理本部 本部長/ 経営企画室 室長/ 人事部 部長の上田 勝幸さんにお話を伺いました。
株式会社DAY TO LIFE(旧・株式会社麦の穂)
設立:1997年
事業内容:飲食店の経営、飲食店のフランチャイズチェーン店の加盟店募集及び加盟店の指導業務、菓子の製造、販売
執行役員 経営管理本部 本部長/ 経営企画室 室長/ 人事部 部長
上田 勝幸さん
「ビアードパパの作りたて工房」をはじめとしたスイーツブランドを国内288店舗、海外221店舗(10か国2地域)で展開している株式会社DAY TO LIFEにおいて、次々と人事改革を実施。キャリアコンサルタント技能士2級、国家資格キャリアコンサルタントの資格も持つ。
聞き手:マイナビキャリアリサーチラボ研究員
長谷川洋介
新卒採用領域のアンケート調査を担当。「マイナビ転職」の求人情報や採用支援ツールの制作に携わった後、現職。就職活動中の学生を対象にした調査や、就職活動生の保護者調査などを担当し、若年層の思考や世代間ギャップなどに関心を持つ。
目次
「この会社では未来が描けない」という社員の言葉をきっかけにキャリア教育に着目
Q.御社はインターンシップを通した学生へのキャリア教育より前に、社内で「日本でいちばんひとが育つ会社」というスローガンを掲げ、従業員へのキャリア教育に取り組んでいらっしゃったとのことですが、そこに至った経緯を教えていただけますか。
上田:私たちDAY TO LIFEは、シュークリーム専門店「ビアードパパ(beard papa)」を中心とした総合スイーツ企業として、商品企画から製造、販売までを一貫して手掛けています。小売業や飲食業などの競合他社と同様に、私たちも離職率が高いという課題に直面してきました。
さらに、当社はスイーツブランドを主事業としていることもあり、社員に女性が多く、20代では8割以上を占めるのですが、会社全体でみると男女の構成比は1対1。つまり女性の割合が5割まで下がります。こうした差が生じてしまうのは、結婚や出産などのライフイベントで退職する社員が非常に多かったからでした。そしてこの離職率の高さが慢性的な人員不足を引き起こし、企業のブランドイメージにも影響を与えていました。
そこで、この課題に向き合うため、2017年に「人事制度改革プロジェクト」を立ち上げました。
まず行ったのは、離職理由の調査です。離職者に対して、必ず面談をおこない、どういう理由で離職を決断したのか一人ひとりに聞いていきました。その中で、私が一番ショックだったのは「この会社では未来が描けない」という社員の一言でした。
やる気を持って入社してきた新入社員が、この会社でキャリアアップしていくイメージが描けないという思いから意欲を失って辞めていく。これを放置することは、企業の成長にも大きな障害となると考え、人事制度の改革に本格的に着手することを決意しました。そして「日本でいちばんひとが育つ会社」というスローガンを掲げ、「社員がキャリアアップできる」「社員が育つ」会社にすることを意識し、新しい人事制度の軸はキャリア教育にすることを決めました。
Q.実態を把握する上でおこなった退職者への面談では、具体的にはどんなことが見えてきましたか。
上田:詳細に質問するのは、いつごろからモチベーションが下がって、退職を決断したのかということです。退職のタイミングには、「1年目」「3年以内」「30代前」「40代前」の4つの波がありました。
1年目で退職してしまうのは、社会に出た時の理想と現実とのギャップを乗り越えられないことも要因ですが、4つの波はどれも元をたどっていくと「自分でキャリアを描けない」という課題が大きく影響していることが分かってきました。
「自分で目標を設定して、その目標に向けて行動し、自律的にキャリアを描いていく」ということができない社員が退職につながる傾向にあったのです。こうした背景を受け、さらにキャリア教育の重要性を実感しました。
「なりたい自分」に向けた「成長」を評価する人事評価制度
Q.キャリア教育を軸とした新たな人事制度として、御社がこだわっているコアな部分や大事にしていることは何でしょうか。
上田:まず、人事制度のベースとなっている、「キャリア教育」については会社が独自で考えるのではなく、しっかりと教育機関(椙山女学園大学など)と連携して考えています。それによって、時代や世代によって変わるキャリア観をキャッチアップし、正しい「キャリア教育」を見つめることができます。
制度としては、主軸のキャリア教育を人事評価制度と連動させることで、従業員一人ひとりの成長が評価できる形にする仕組みにしています。具体的には、「タレントマネジメントシステム」を導入し、公平で客観的な、透明性の高い視点で、従業員の成長を可視化できるモデルを創り上げています。
また、従業員一人ひとりが自分の意思に基づいて、自分のキャリアプランを申請できる「キャリアプラン申請制度」も導入しています。キャリアコンサルタントとの定期的な面談を通じて、個々の「なりたい自分」を主体的に考え、5年後、10年後の目標を設定します。それを実現するために、どのように行動していくのかプランを立案することで、最終目標までのスモールステップを考えることができ、着実に達成感を得ながら、前に進むことが可能になります。
もちろん個々の努力や取り組みはタレントマネジメントシステムでデータベース化されるため、継続的なサポートが可能になっています。これらの努力は人事評価に反映され、ジョブローテーション制度により、希望部署への異動を実現することも可能です。さらに自己成長のために「頑張りたい」という従業員に対して、社内研修はもちろん、福利厚生費もすべて資格取得やビジネススキル習得の社外研修を受けるための資金に充当し、投資しています。
「なりたい自分」を考えて、その実現に向けて目標やプランを設定し、そのプランに沿って前に進むことでキャリアが描ける仕組みをつくる。そして、そのステップアップのサポートや、成長を評価する制度を用意することで、さらに成長に向けた努力やキャリアアップを後押しする形になっています。
インターンシップは学生にもキャリア教育を広める場
Q.従業員の「キャリア教育」に着手される中で、インターンシップを通して、学生を対象とした「キャリア教育」にも取り組むようになっていったとお聞きしています。どのような背景や理由があったのでしょうか。
上田:先述のように、椙山女学園大学との産学連携で、キャリア教育をベースとした自社の人事制度改革をおこなう中で、インターンシップという位置づけで、キャリア教育の重要性を学生にも広めていこうと考えました。
学生がキャリア学習の重要性を理解して取り組み、就職活動をよりよいものにして、社会に出た時に理想と現実のギャップ(リアリティ・ショック)が起きないようにすることが、学生の将来への手助けになり、私たちDAY TO LIFEのブランディングの一環にもなると考えたからです。そして、もしもインターンシップを通じてキャリア教育を経験した学生が社員になってくれた暁には、副次的な効果として、高いエンゲージメント力を持った人材となってくれると考えました。
インターンシップをおこなう際は、従来のような、採用のためのインターンシップでは「キャリア教育」にはならないと感じていました。これでは、「採用人数」がKPIになってしまい、インターンシップの本来の目的を見失ってしまう恐れがあるからです。
そこで私たちは、自社の社会的活動(CSR)の一環として、参加する学生のキャリアデザインスキルの習得をコンセプトに、インターンシップに取り組むことに舵を切り直しました。
「学生も社員も成長する場」としての意味も
Q.インターンシップには、社員の方も参加されるそうですね。
上田:はい。インターンシップには、従業員も業務の一環として関わっています。プログラムは10日間かけて店舗運営や商品開発、マーケティング、新業態開発などを体験したり、ワークショップをしたりします。その際、それぞれの内容を教えるのが、私たちの次期リーダー層や次期マネジメント層です。
その理由は、このインターンシップを、これから部下を持って評価を下していく次世代のリーダー育成の機会と捉えているからです。 より良い人事評価制度をつくっても、評価者が育たなくては機能しません。学生に対してキャリア教育をおこなうだけでなく、従業員の成長を支え、次世代リーダーを育てるためにも、インターンシップという場は重要な役割を担っています。
学生に対しては、従業員の参加によって、ロールモデルとなる人材を見つけられるようにするという意味もあります。そのため、次期リーダー層だけでなく20代〜50代の幅広い女性社員にも、携わってもらっています。育児と両立しながら仕事をしている従業員も多数いるので、そんな女性たちがいきいきと仕事に取り組んでいることを参加学生に知ってほしいという思いがあります。
将来のキャリアを大きく描くための4つの「行動」と「ルール」
Q.インターンシップを通じて、学生に伝えたいことや目指してほしいことはどのようなことですか?
上田:まずは前提として、インターンシップに参加する目的を明確にするため、自分の中で目標を設定していただきます。そしてインターンシップを体験し、仕事の理解を深める中で、自分の中に起こる気づきや変化に向き合うことで自己理解を深め、さらに当初の目標を更新し、行動に移していくことを意識していただくように伝えています。
その上で、インターンシップでは、学生に「4つの行動」と「4つのルール」を伝えています。
「4つの行動」
1.「やりたいこと」「なりたい自分」を見つけるための自己理解を深めること
「自分は何が好きなのか」や「自分の強みは何なのか」を、価値観をベースに考えていくことで、自分自身を客観的に見つめ直します。同時に、自己効力感の向上にもつながります。
2.自ら主体的にアクションを起こすこと
行動することによって、自分に気づきが生まれ、自己理解が深まります。そして、その先には、新たなキャリアへとつながっていきます。まずは行動を起こすことが大切です。
3.ロールモデルを探すこと
自己理解を深めて、なりたい自分が見つかったら、実際にこういう人になるというロールモデルを見つけます。ロールモデルがあるのと、ないのとでは、モチベーションの高さが異なります。
私たちのインターンシップではロールモデルとなる先輩たち(社員)を何人も紹介します。学生の価値観と照らし合わせてロールモデルを探せるよう、社員の自己紹介で伝える項目を統一するなどの工夫もおこなっています。
4.苦手を克服するのではなく、強みを発見し磨きあげること
自分の短所にも目を向けるようにアドバイスしますが、これは改善のためではありません。実は、自分の強みが短所に隠れていることがよくあります。人前で話したり、プレゼンしたりすることが苦手だと思い込んでいる学生がよくいますが、みんなの前で発表する機会を与えてみると、「私意外とできるかもしれない」「得意かもしれない」と気づく学生も出てきます。このように、長所だけでなく短所も受け入れて自分を見つめ直し、強みを見つけられるようにしています。
Q.どれも重要なことですね。では、4つのルールというのはどのようなものでしょうか?
上田:この4つの行動をおこなう際に、意識してほしいことをルール化しています。それが次の4つです。
「4つのルール」
1.自分のキャリアを広げていく目線を持つこと
インターンシップで「何をやりたいか」を考えると、どうしても絞り込みのキャリアになってしまいがちです。そうではなく「あんなこともできる」「こんなこともできる」といった、自分のキャリアを広げていく目線を持てるようにアドバイスしています。
2.「大事にしたいこと」を見つけ、「自分らしさ」と向き合うこと
インターンシップでは、仕事の実務を学ぶことがメインになってきます。ただそれだけではなく、人生の目的である「自分らしさ」と向き合っていただくために、「大事にしたいこと」や価値観をしっかり見つけることをルールにしています。
3.前向きになれる目標を持つこと
それを目にするだけで、気持ちが滅入るネガティブな目標もありますが、本来よい目標は存在するだけで元気になれます。そのため、参加する学生には自分が前向きになれる目標を設定していただいています。
4.できるだけ大きな夢を描くこと
社会人になると、現実は自分の思い描いた理想と程遠いものだと実感することがあります。それでは、自分の可能性もどんどん絞られてくることになります。そうなると、30代後半〜40代の中年期に、そこからのキャリアを思い描けなくなってしまいます。それを乗り越えるためにも、今はできるだけ大きな夢を描いて、最初の大きな一歩目を踏み込めるようにと提案しています。
従来のインターンシップへの考え方だとキャリアの方向性を絞り込もうとして、小さくまとまろうとしてしまいます。そのため、インターンシップでは、学生にはこれらの「4つの行動」と「4つのルール」を伝え、この考えをコンセプトにして取り組んでいただいています。 その考えから、頭を完全に切り替えるという意味で、この行動とルールを1つのきっかけにしていただこうと考えています。
今回は、上田 勝幸 さんに、自社のキャリア教育と、企業としての「学生のキャリア教育」についてお話いただきました。後編は、実際に学生時代にインターンシップを体験し、卒業後に同社に入社された社員のお二人に、インターンシップを通して起こったキャリア観の変化を伺い、上田さんには企業が学生のキャリア教育に取り組むことについて感じていることなどを伺います。