従来では巡り合えない優秀な人材と出会えるプロボノ(トリイ株式会社)
「プロボノ」──興味はあるけれど、自社に導入してはたして成果につながるのだろうか。プロボノワーカーとどのようなコミュニケーションをとればいいのか。プロボノの導入経験のない組織にとっては、まだまだ高いハードルを感じてしまうことがあるようです。
そこで今回は、実際にプロボノを活用している企業の社長様にリアルな声を伺いました。プロボノを活用した背景やそれで得たメリット・デメリット、プロボノ活用を成功に導くために大切なことなど…プロボノワーカーの導入を検討している企業にとって、参考になればと思います。
お話しいただいたのは、化学品に特化した専門商社のトリイ株式会社の代表取締役 鳥居 宏臣さんです。
目次
専門スキルを持った人材にジョインしてもらえる
──トリイ株式会社では、具体的にどのような事業を展開されているのでしょうか?
鳥居:従業員は11名ほどですが、BtoBとして「化学」「環境」「食品」の3つの柱で事業を展開しています。元々は、染色工場向けに染料販売をおこない、アルカリ性苛性ソーダのような薬品助剤を合わせて販売したり、カーテンなどが燃えない機能性のある薬剤を提供したりするようになりました。これが「化学」事業です。
1970年代には排水規制が始まり水質汚濁防止法が制定されたことで、染色工場では染色排水の処理をおこなう必要が出てきたため、排水処理や下水処理に必要な水処理薬品も扱うようになりました。それが今の「環境」事業につながっています。
そして、私たちの会社のある三河エリアは海老せんべいの製造が盛んな地域です。その中で使う食品原料やアミノ酸系の食品添加物、甘味料など、クライアントの要望に合わせてオーダーメイドで提供しています。これが「食品」事業になります。
──少数精鋭で、多岐にわたる事業を展開されているんですね。
鳥居:そうなんです。しかし、どの事業も一般の人(特に若い人たち)との接点が少なく、身近な商材でないため、人材採用に苦労しています。そこで、10年ほど前に個人向けの商材を学研と組んで販売しました。これは、農家向けに提供していた切り花を染める染色剤を活用したキットです。花が水分を吸収するメカニズムを子供たちに体験してもらいたいと考え、「自由研究」教材として「フラワーパレット®」というブランドを開発しました。
──そうした事業を展開されているなかで、プロボノの受け入れを始めたきっかけは何だったのですか?
鳥居:まさに、この「フラワーパレット®」のPRのために、自社でInstagramのフォトコンテストを開催したいと思ったのがきっかけです。新型コロナウイルス感染症が拡大し、多くの取引先ではリモートワークが主流となって、私たちがおこなっていた訪問営業ができなくなり、それに代わる事業を拡大していく必要がありました。それが、BtoC商品の「フラワーパレット」だったのです。
しかし、社内にはSNSに詳しい人材がいなかったため、外から人を採用するしかありませんでした。ただ、先ほども話したように、正社員を採用するには、条件も含めてハードルが高く、プロジェクトも期間限定だったので、「プロボノ」で人材を受け入れてみることにしたのです。
そこで、NPO法人が運営しているWebサイト『ふるさと兼業』に参画しました。これは興味のある地域や共感する事業に対して、プロジェクト単位でコミットできる兼業マッチングサイトです。副業・兼業人材の他に、プロボノワーカーとして参加しているビジネスパーソンも多くいたので、幅広い層にアプローチできると思ったのがきっかけです。
新商品のPRから業務改善に至るまで、幅広いプロジェクトをプロボノワーカーと取り組む
──さまざまなマッチングサイトがある中で、なぜ「ふるさと兼業」を利用しようと思われたのですか?
鳥居:当時、お願いしたかったプロジェクトはリモートワークで業務がおこなえるため、日本中にお住まいの方が対象となります。この「ふるさと兼業」は全国で募集しているため、優秀な人材と出会える確率が高いと思ったからです。
結果的に、このフォトコンテストでデザイナーとライターの2名を採用できました。そのうち1名は就業先が副業禁止だったので、プロボノワーカーとしてジョインしてもらったのです。実は、このフォトコンテストは合計2回実施し、どちらも非常に盛況で「フラワーパレット®」のPRにつなげることができました。この経験から、学生のインターンを募集したり、自社の業務改善でプロボノワーカーを受け入れたりと、他にいくつものプロジェクトに取り組みました。
──具体的にどのようなプロジェクトでプロボノワーカーを受け入れてきたのでしょうか?
鳥居:一番特徴的なのは、大手企業から『越境型研修』のスタイルで、期間限定で複数名入ったプロジェクトです。最初のプロジェクトでは、大手企業の社員の方(3名)がジョインし、見込み顧客へアプローチできるシステムの開発・運用をしてくれました。
具体的には、チェックボックスで見込み顧客に該当する情報を選ぶだけで、自動でメールが作成できるツールです。当時、新規顧客を開拓したいと思っても、これまで既存顧客のフォローしかしてこなかったため、どのように見込み顧客にアプローチすればよいのか、自社にノウハウが蓄積できていなかったのです。
そこでプロボノ人材のみなさんにご提案いただいたのが、営業のスキル・経験に関わらず、みんなが簡単に見込み客にアプローチできる仕組み(ツール)の導入です。ツールの作成から実際のメール配信やテレアポ、WEBによる営業、訪問などを一緒に行いました。
もう1つのプロジェクトは、大手企業の社員(3名)との社内の仕組みづくりです。当社は、営業ノウハウなどが組織に共有されずに、営業担当者個々のやり方で進めていました。それによって、仕事が属人的になり、会社全体での業務効率の低下や退職などによるノウハウの喪失など、会社として大きな課題を抱えていました。
それを標準化するために、プロボノワーカーとともに、新たな仕組みづくりを約半年間かけておこないました。
プロボノ人材の熱量が伝わり、次第に楽しくなってくる。その結果、意識改革が推進
──プロボノワーカーを受け入れることで、会社としてはどのようなメリットを感じましたか?
鳥居:プロボノワーカーとして活動されている方は、本当に能力の高い人たちが多いので、我々では考えないようなアイデアを提案してもらえます。
世の中的に見ても、プロボノワーカーはまだまだ少数派だと思います。こうした人たちは、能動的で、リーダー資質をお持ちの方が多いので、周りを巻き込んでプロジェクトを推進してくださいます。
社内の仕組みづくりのプロジェクトも、最初は営業メンバーだけの業務改善だったのですが、今では社員全員が参加しての職場全体の業務改善に変わってきつつあります。具体的には、「経営者に言えないことを、積極的に発信できる仕組みをつくろう」という改革を進めてくれています。私から見ても、会社全体の雰囲気が変わりつつあり、改革が進んでいる実感を得ています。
──社員の意識改革にもつながっているとのことですが、何か変わるきっかけはあったのですか?
鳥居:2つの理由があると思います。1つは、プロボノワーカーが本気でコミットしていることです。プロボノワーカーの熱量に、当社の社員が突き動かされているように思います。
もう1つは、社員も「やっていて楽しい」ということです。毎回打ち合わせでは「あれ、どうでしたか?」「この前、決まったことやってもらえましたか?」という感じで、前回に出た宿題の進捗確認から始まります。最初こそ抵抗はあったかもしれませんが、徐々に自分にできることが増え、成長していることを実感している気がします。
今では夜遅くまで話し合いをしているときもあるようです。一番忙しいチームを担当しているプロボノワーカーの方は、わざわざ有休を取得して、このプロジェクトの成功のために時間を割いてくれています。
直接会って、しっかりと信頼関係を構築することが何よりも重要
──そこまで深い関わりを持ってもらえると、自然と社員の方にもその熱が伝わっていきますね。反対にプロボノワーカーを受け入れる際に難しかったということはありますか?
鳥居:プロボノは副業・兼業と違ってボランティアなので、最初に決めた以上の業務を新たにお願いできなかったり、その人が動ける範囲でしか仕事が頼めないところが、難しさを感じます。ときには、納得できる成果物をいただけない場合もあったりします。
私たちとしても、こうした状況にならないようにするためにも、プロボノワーカーとは最初に信頼関係をしっかり構築するようにしています。プロジェクトがスタートしたら、最初だけはみんなで顔を突き合わせられるように、必ずキックオフをおこなっています。遠方の人でも1回は直接会うようにしており、移動が必要な場合は交通費も全額会社が負担します。
プロボノワーカーは、社会や企業に貢献したいという熱い想いを持った方が多いので、私たちの想いや志を直接会って伝えれば、こちらの期待以上の力を発揮してもらえます。
プロボノワーカーの悩みを仲介役が吸い上げ、受け入れ先にフィードバック
──仲介役となっているNPO法人からは、どのようなサポートがあるのでしょうか?
鳥居:定期的に面談をおこなってくれます。そこでは、仕事の進め方やプロボノワーカーへの対応の仕方などについて、細かなアドバイスを受けられます。最初に当社から「どんなプロジェクトをやりたいのか」を伝えると、求めるプロボノワーカーの人物像を一緒に考え、そういった人を採用するためには、「こういうプロジェクトとして表現しましょう」という設計段階から加わってもらえます。さらに、プロボノ募集のコンテンツのキャッチコピーなどについても、ご提案いただけます。
その中で、一番サポートとして有り難かったのは、月に1回ペースでおこなってくれるプロボノワーカーさんとの個別面談です。このとき、私は参加しないため、プロボノワーカー側の悩みや要望を吸い上げ、後日私たちにフィードバックしてくれます。
私の場合は「いいアイデアがあれば、すぐに何でもやってみよう」と言ってしまうタイプなので、それに対して、「まずは優先順位をつけて、大事なところからやりましょう」というアドバイスをいただきます。限られた時間内にすべてをやろうとすると、プロボノワーカーも何から手をつけていいか分からなくなったり、業務が多岐にわたると、1つひとつの施策の精度が落ちたりします。その助言をいただいてからは、プロボノワーカーさんと足並み揃えて、じっくり取り組むようになりました。
このように、プロボノワーカー本人からはなかなか言いだせないことをNPO法人の方が代弁して、伝えてくださるので、プロボノワーカーとも齟齬なく、プロジェクトを最後まで取り組めていると思います。
従来のやり方に固執せずに、広い視野を持って提案を受け入れること
──プロボノ活動を成功させるには受け入れる企業側として、どんなことに注意すべきでしょうか?
鳥居:やるべきことを1つに決めつけずに、広い視野を持つことだと思います。プロボノワーカーは優秀な方が多いので、私たちが今まで経験してきたことの枠からはみ出る意見もどんどん提案してくれます。
従来のやり方や考え方だけだと、そういう提案も「うちでは無理!」とはねつけてしまいます。そうではなく、はみ出たアイデアも積極的に受け入れて取り組むようになれば、プロジェクトは円滑に回り始めます。私の場合も、基本的にプロボノワーカーに提案いただいた案は否定せずに、まずは全部やってみることにしています。
また、受け入れ側から熱量を伝えることも重要です。私の場合、ワクワク感を伝えたり、プロボノ期間が終了後も継続的に関係を構築するなど、ゆるくでも付き合い続けることを心がけています。
──最後に、今後プロボノワーカーを導入して、御社として取り組みたいことなどがあれば教えてください
鳥居:直近のプロジェクトで、業務が標準化できれば、私がいなくても、営業の仕事を回すことができるようになってきます。私の目標は、社長に就任して10年以内には自分がいなくなっても安定した売り上げを上げられる組織をつくることでした。そのタイムリミットの10年まではあと2年ですが、今回のプロジェクトを通じて、ようやくその道筋が見えてきました。
それが完成した暁には、新たなフェーズとして、新規事業の立ち上げに取り組んでいきたいと考えています。たとえば、プロボノワーカーや副業・兼業人材の中には、非常に素晴らしい能力やスキルを持った方がたくさんいらっしゃいます。これまでのプロジェクト活動で、そういった人たちと接点を持つようになったことで、彼ら彼女らとコラボした新事業を今模索し始めています。こうした新たな事業の可能性を考えるようになったのもプロボノなどでの新たな出会いがあったおかげだと思います。