コロナ禍で加速するか!?日本のDX推進の現状を探る
スウェーデンのエリック・ストルターマン教授がデジタル・トランスフォーメーション(DX)という概念を発表したのは2004年のこと。日本では、2018年に経済産業省がDX推進ガイドラインを公表し、DXを「抽象的かつ世の中全般の大きな動きを示す考え方から進めて、企業が取り組むべきもの」と示した。
世界規模でのデジタル化が加速するなか、業務の効率化を進め新たなビジネスモデルを生み出すツールとして、DXへの取り組みは日本が生き残るために避けて通れない関門だといわれるが、コロナ禍でDXはどこまで進んでいるのか。今回は、日本企業のDX推進の現状と課題を米国と比較しながら整理する。
目次
DX推進の日米比較
スイスに本拠を置くIMD(国際経営開発研究所)が発表した「デジタル競争力ランキング2020」によると、日本のランキングは63カ国・地域のうち27位となっている。トップは米国で、シンガポールが2位、デンマークが3位と続いている。上位には、欧米だけではなくシンガポール(2位)、香港(5位)、韓国(8位)と、アジア諸国も入っている。
まずは、デジタル競争力ランキング1位の米国と27位の日本におけるDXへの取り組み状況の違いについて見てみよう。
独立行政法人情報処理推進機構(以下、IPA)の調査では、DXに取り組んでいる企業は日本では約56%であるのに対して、米国では約79%、取り組んでいない企業は日本が33.9%、米国が14.1%と、DXへの取り組み状況は大きな差がついている。【図1】
また、取り組み状況を業種別に見てみると、情報通信業と金融業、保険業で全社的な取り組みが進んでいるという点で日米の傾向は似ているが、製造業では「全社的にDXに取組んでいる」企業が日本の20.1%に対して、米国は44.1%。また、流通業、小売業では日本の15.0%に対して米国は34.1%と大きな差がついていることがわかる。【図2】
日米企業のDXに取り組む目的の違い
DXに取り組む目的についても日米では違いがあるようだ。一般社団法人電子情報技術産業協会(以下、JEITA)の「日米企業のDXに関する調査結果」によると、日本では「業務オペレーションの改善や改革」がもっとも多く41.0%。米国では「新規事業/自社の取り組みの外販化」がもっとも多く46.4%となっている。【図3】
日本企業の場合は、業務効率化、コスト削減、生産性向上を目的としてDXに取り組む傾向が強いようだが、米国の場合は、新製品・サービスの創出、新規事業の創出、ビジネスモデルの変革など未来志向でDXを推進する傾向が強いようだ。
DX推進の課題
DX推進にあたっての課題についても、日米の違いを見てみよう。【図4】日本では「人材不足」が53.1%と抜きん出ている。他には「費用対効果が不明」「資金不足」「既存システムとの関係性」「ICTなど技術的な知識不足」といった項目が上位となっている。
一方、米国では「費用対効果が不明」が30.8%で1位、次いで「業務の変革等に対する社員等の抵抗」(29.8%)、「資金不足」(27.6%)、「人材不足」(27.2%)が続いている。
数値には開きがあるが、日米ともDX推進に際して人材不足を課題と考えている企業は多い。では、具体的にどのような人材が不足していると考えているのだろうか。総務省の「デジタル・トランスフォーメーションによる経済へのインパクトに関する調査研究」(2021)によると、「大いに不足している」と「多少不足している」を合わせると、日米とも6割以上の企業が「DXの主導者」が不足していると考えていることがわかる。【図5】
その他の人材についての不足感については、日米で大きな違いは見受けられないが、「UI・UXに係るシステムデザインの担当者」と「AI・データ解析の専門家」については、日本では1割程度の企業が「そのような人材は必要ない」と回答しているのが特徴的だ。
コロナ禍がDX推進を加速するか
在宅ワークの一般化、非接触型サービスの提供など、コロナ禍によってビジネスのスタイルは大きな変化を遂げつつある。業務の効率化のみならず新たなビジネスチャンスの創出のためにもDXへの取り組みが加速するものと考えられるが、コロナ禍はDXの進展にどのような影響を及ぼしているのか。
JEITAの調査によると、米国では「DXとして取り組む領域が増え、予算や体制が拡大」「プロジェクトの優先順位変化や取捨選択が行われている」との回答が目立つのに対して、日本では「DXとして取り組む領域が増え、予算や体制が拡大」に続いて、「DXに関する予算、体制など、『コロナ前』と大きく変わらない」といった回答が見られる。ただし、「一時的にDXへの取り組みがストップ」といった回答は両国ともに高く、コロナ禍における影響が見られる。【図6】
コロナ禍で変化するIT組織と人材タイプ
コロナ禍は、DX推進の中心的な部門であるIT組織にも変化を及ぼしているようだ。一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会(以下、JUAS)の報告による日本国内に限定した状況では、コロナ禍後に「ITを用いたビジネスモデルの企画・推進」「IT人材の採用・育成」の機能や役割の重要度が高まると考えている企業が多く、逆に、「ITを用いた業務の改善」「システム運用管理(安定化、運用状況管理)」「ITコスト低減に向けた企画・推進」などの機能や役割については重要度が低下していると判断している企業が多いようだ。【図7】
また、コロナ禍前後ではIT部門で求められる人材タイプにも変化があるようだ。【図8】同報告では、コロナ禍前とコロナ禍対応時を比較すると、在宅ワークへの対応が急務となったことを受けて、「インフラ・ネットワーク担当」「情報セキュリティ担当」「新技術調査担当」が大幅に重要度を増し、逆に、「プロジェクトマネジメント担当」「IT戦略担当」は一時的に重要度を落としている。
コロナ禍前と今後の差を見ると、「IT戦略担当」「業務改革推進・システム企画担当」は大幅に重要度が増しており、アフターコロナをにらんでITを活用したビジネスの拡大、業務改善への対応を任せられる人材タイプが重要視されていることがわかる。
日本のDX推進を担う人材は量・質ともに不足
DXを推進する上で人材の確保は避けて通れない重要な課題である。しかしながら、人材の確保状況についても日米では大きな差があるようだ。
IPAの『DX白書 2021』によると、人材の「量」の過不足はないと回答した企業は、米国の43.6%に対して、日本は15.6%となっている。【図9】また、「質」の確保についても、過不足はないと回答した企業は米国の47.2%に対して、日本は14.8%と、こちらも大きな開きがある。【図10】
デジタル競争力ランキングトップの米国と比べてみると、日本は量と質の両面で、人材不足が大きな課題となっていることがわかる。
『DX白書2021』は、日本企業がこの課題を克服するためには、「DX推進のために求められる人材要件を明らかにし、人材のスキル評価や処遇といったマネジメント制度の整備をする必要がある。その上で、採用や外部人材の活用、社員の人材育成(リスキル)といった人材確保のための施策の実施が求められる」と指摘している。
DX推進に求められる今後の対応
学び直し(リスキル・リスキリング)が求められるのはDX推進を直接的に担当するIT部門だけではない。DXの推進が全社的な取り組みとして広がるなか、社員全員のITリテラシー向上の重要度が増している。しかしながら、学び直しにおいても、日本は米国に後れを取っているようだ。
『DX白書2021』によると、社員の学びの方針(学び直し)に関して、米国企業の場合は「全社員対象での実施」が37.4%、「会社選抜による特定社員向けの実施」34.7%と回答しているのに対して、日本企業は、「全社員対象での実施」7.9%、「会社選抜による特定社員向けの実施」16.1%であり、「実施していないし検討もしていない」企業が46.9%と、学びの方針で大きな差があることがわかる。【図11】
『DX白書2021』には、DX推進に取り組む個別企業のインタビューも掲載されており、全社的な人材育成の取り組みについてもいくつか報告がある。たとえば、ある化学メーカーでは、若手からベテランまで全員でデジタルを学ぶ教育の仕組みをスタートし、レベルごとにコースを設け、全社員が証明書を取得することを目指すとしている。
また、ある建設会社はコロナ禍で在宅勤務が増えるなか、社員間のITリテラシーの差が浮き彫りになったことを受けて、社内の教育担当チームと協議の上、ランク別にカリキュラムを準備し社員の受講を促している。
日本企業のDXを加速するためには、DXの推進の担い手である限定した社員だけでなく、全社員を対象とした学び直しのプログラムに取り組むことの重要性も高まっているようだ。
著者紹介
吉本 隆男(よしもと たかお)キャリアライター&就活アドバイザー
1960年大阪生まれ。1990年毎日コミュニケーションズ(現:マイナビ)入社。各種採用広報ツールの制作を幅広く手がけ、その後、パソコン雑誌、転職情報誌の編集長を務める。2015~2018年まで新卒のマイナビ編集長を務め、2019年からは地域創生をテーマとした高校生向けキャリア教育プログラムおよび教材の開発に従事。2020年定年退職を機にキャリアライター&就活アドバイザーとして独立。
日本キャリア開発協会会員(CDA)、国家資格キャリアコンサルタント。著書に『保護者に求められる就活支援』(2019年/マイナビ出版)