転勤、部署の異動、担当業務の変更。これらは、日本の会社では長らく「働くうえで当たり前のこと」として受け止められてきた。会社の指示で勤務地や仕事が変わることに、大きな疑問を持たずに応じてきた人も多いだろう。
しかし近年、その受け止め方は少しずつ変わってきている。勤務地や職務を限定して働きたいというニーズは高まり、会社都合の異動や転勤に対して慎重な姿勢を示す人も増えている。同時に、「実質的に退職を促すための異動ではないか」と疑われるようなケースも指摘されるようになった。
会社には、事業を円滑に運営するために従業員を適材適所に配置する「会社の権限」がある。一方で、その権限は無制約ではなく、使い方によっては「嫌がらせ」や「追い出し」ととられる可能性もある。同じ一つの異動命令が、正当な人事にも、違法な嫌がらせにもなりうる――ここに、このテーマの難しさがある。
本稿ではまず、異動・転勤をめぐる実態と論点を整理する。そのうえで、「会社の権限」と「嫌がらせ」の境界線がどこにあるのかを、労働問題に詳しいTMI総合法律事務所に所属する弁護士の堀田陽平先生にQ&A形式で解説していただく。
異動(人事異動)とは
転勤、配置転換、職務変更、異動の3つのタイプを押さえる
ひとくちに「異動」といっても、その中身はさまざまである。本稿では、転勤も含めた以下の3つをまとめて「異動(人事異動)」として扱う。
• 転勤(勤務地の変更):転居を伴う勤務地の変更。従業員の生活に大きな影響を与えるため、トラブルにもなりやすい。
• 配置転換(部署・職種の変更):同じ会社の中で、所属する部署や職種が変わること。「配転」とも呼ばれる。
• 職務変更(担当業務の変更):部署は変わらなくても、担当する仕事の内容が変わること。
これらはいずれも、会社が従業員の配置を決める「人事異動」の一種である。転居の有無や変化の大きさに違いはあるが、法的に問題となりうる構造は共通している。本稿では、この3つを幅広く視野に入れて説明していく。
日本型雇用では「柔軟な配置」が前提だった
日本の会社、とりわけ正社員については、雇用を長期的に維持することと引き換えに、会社が広い範囲で人事異動を命じられる仕組みが一般的だった。就業規則にも「業務上の必要がある場合は、配置転換や転勤を命じることがある」といった規定が置かれていることがほとんどであろう。
つまり、従業員が「この会社で働く」ということには、伝統的に「会社の判断で勤務地や仕事が変わることを受け入れる」という前提が含まれてきた。この前提があるからこそ、会社には比較的広い権限が認められてきたのである。
いま、異動・転勤をめぐって何が起きているか
働く人の「異動・転勤」への価値観は変わってきている
マイナビが転職希望者を対象に行った調査によると、「転勤がある会社で働きたくない(「働きたくない」+「どちらかといえば働きたくない」)」と答えた人は68.8%にのぼり、前年(2025年)より3.5ポイント増加している。
約7割が転勤に一定の抵抗感を抱いており、その傾向はむしろ強まっている。とりわけ女性(84.0%)や20代(76.0%)で高く、就業先を決める際に「転勤の有無」を考慮する人も少なくないと推察される。【図1】
【図1】転勤がある会社で働くことに対する考え方/「マイナビ 転勤と転職に関する調査レポート2026年(個人・企業)」
このように、勤務地を限定して働きたいというニーズが、着実に高まっていることがうかがえる。
“配属ガチャ”への不安が映す、配属先の重み
働く人が「どこで・どんな仕事に就くか」をどれだけ重視しているか——それを映し出すのが、近年の新卒採用で広がった「配属ガチャ」という言葉である。入社後に配属先が決まる仕組みのもとで、希望と異なる部署や勤務地になるのではないかという不安が、就職活動をする学生のあいだで広く共有されるようになった。
こうした不安に応えるかたちで、企業側は入社時に配属先や勤務地をあらかじめ確約する取り組みを広げている。マイナビの調査によれば、配属部署を確約した採用を実施している割合は33.3%【図2】、最初に配属される勤務地(初任地)の確約を実施している企業は33.0%【図3】となっていた。
【図2】配属部署確約の採用/「マイナビ 企業人材ニーズ調査2025年版」
【図3】初任地(最初に配属される勤務地)確約の採用/「マイナビ 企業人材ニーズ調査2025年版」
いずれも従業員規模が大きいほど、実施割合も高くなっており、従業員規模が1,000人以上の企業では配属部署、配属される勤務地を確約した採用が実施されている割合は5割を超えている。また、従業員規模の小さい企業であっても、「現在は実施していないが今後実施を予定している」という回答が1割以上となっており、こうした傾向は今後高まっていくと推察される。
また、その効果は、入社後の実感にも表れている。マイナビによる新卒で入社した社会人への調査によると、「入社先の総合満足度」が高いほど、「現在の配属先(部門)」が入社前の希望通りだった人の割合が高い傾向がみられた。【図4】配属先が希望と合っているかどうかは、働くモチベーションやその後の定着を大きく左右すると考えられる。
【図4】現在の配属先(部門)は希望通りだったか×(入社先への)総合満足度/「マイナビ2025年卒 入社半年後調査」
ここから見えてくるのは、「どこで・どのような仕事に就くか」が、単なる人員配置の問題ではなく、「この会社で前向きに働けるかどうか」に直結する切実な関心事だということである。
そして、この感覚は入社時に限った話ではない。入社後に会社の指示で勤務地や担当業務が変わること、すなわち異動・転勤もまた、働く人のモチベーションや生活を大きく左右する。会社都合の異動・転勤に慎重な姿勢を示す人が増えている背景には、こうした事情があるといえるだろう。
一方で、企業側には配置の必要性がある
しかしながら、企業が異動や転勤を続けるのには理由がある。前掲のマイナビ「転勤と転職に関する調査レポート2026年(個人・企業)」の企業調査では、転勤の可能性がある企業が依然として多く(66.9%)、その主な目的は「人員調整(欠員補充や注力ポジションの拡充など)」だった。事業を運営していくうえで、人を適切に配置し直す必要性は確かに存在する。
しかも、企業が人を動かす目的は、欠員の穴埋めだけにとどまらない。大きく分けると、
1)さまざまな部署や職種を経験させて視野の広い人材を育てる「人材育成」
2)人を入れ替えることで組織に新しい刺激を与え、マンネリ化や癒着を防ぐ「組織の活性化」
3)新規拠点の立ち上げや欠員補充といった「事業運営上の要請」
がある。異動は、これら複数のねらいが重なり合う中で行われている。
(参考)JILPT『企業の転勤の実態に関する調査』(調査シリーズNo.174)
つまり、「なるべく異動したくない働き手」と「柔軟に人を配置したい企業」という、双方の事情がぶつかりやすい構図になっている。どちらか一方が悪いという話ではなく、両者の折り合いをどうつけるかが問われているといえる。
「正当な会社の権限」と「嫌がらせ」を分ける視点
多くの異動は、業務上の必要性にもとづく基づく正当なものだ。しかし中には、その必要性がはっきりせず、「実質的に退職を促すための異動ではないか」と受け止められるケースもある。同じ一つの異動命令でも、目的や進め方しだいで、正当な人事にもなれば、「嫌がらせ」や「追い出し」と受け取られることもある。このことが、このテーマの難しさだと言えるいえるだろう。
ここで押さえておきたいのは、会社の権限は広いものの、「何でも自由にできる」わけではない、という視点である。そもそも会社にその異動を命じる権限があるか、そして、その権限の使い方が行き過ぎていないか。大まかにこの二つの観点から、正当な人事なのか、それとも嫌がらせなのかが見分けられていく。
また近年は、異動命令そのものだけでなく、その後の扱いにも目が向けられるようになっている。異動を命じること自体は妥当でも、そのあとに仕事をほとんど与えないなど、退職に追い込むような運用が続けば、全体として問題視されることがある。「入り口」と「その後の運用」を分けて見ることも、一つの大切な視点だ。
とはいえ、具体的にどこからが「嫌がらせ」や「行き過ぎ」にあたるのかは、個別の事情によって変わる、判断の難しい問題である。
弁護士に聞く!よくある違反事例Q&A
ここからは、実務でよくあるケースを取り上げながら、「どのような対応が求められるのか」について、労働問題に詳しいTMI総合法律事務所に所属する弁護士の堀田陽平先生にQ&A形式で解説していただく。
配置転換や転勤に関する企業の権限
Q1.就業規則に配置転換や転勤を命じることがあると書かれていれば、会社は従業員の同意なく、どんな異動でも命じられるのでしょうか。会社の権限にはどのような限界があるのか、基本的な考え方を教えてください。
上記の説明部分でもあったように、日本企業においては広い範囲で配置転換が行われるのが一般的であり、まさに日本型雇用慣行の特徴の一つといえます。
そのようなことから、「日本企業では広く配置転換ができることが当然である。」という認識もあるように思われますが、法的な観点から配置転換をみると、このような「広い配置転換」は「日本企業ならば当たり前」ということではなく、法的な根拠に基づいています。
すなわち、配置転換が有効となる要件は、1.労働契約、就業規則等に配置転換を行う権限があること(権限審査)、仮に権限がある場合でも、2.当該配置転換が権利の濫用ではないこと(濫用審査)の二つの要件を満たす必要があります。
日本企業において広い配置転換命令が可能となっているのは、就業規則において必要な場合には配置転換が可能である旨が明記されていることに加え、労働契約において職種や職務内容、勤務地等に限定が付されていないため、1の権限審査をクリアしているからという説明になります。
その場合でも、2の濫用審査が問題になりますが、上記のとおり、就業規則において配置転換が可能である旨の定めがあり、かつ、労働契約に職種等の限定がないが故に、日本企業では広く配置転換を行うことができるのです。
逆にいえば、日本企業においても、就業規則においてそのような配置転換が可能である旨の定めがない場合には配置転換を命じることができず、また、次で述べるとおり、労働契約において職種等が限定されている場合には、その労働契約において限定された範囲に限り配置転換が可能となるにとどまることになります。
このように、日本企業においては広く配置転換が可能であるのは、「日本企業であれば当然」ということではないことには注意が必要です。
職種・勤務地限定の合意がある場合の配置転換
Q2.専門職や特定の職種として採用されたのに、まったく畑違いの部署への異動を命じられました。入社時に職種や勤務地を限定する約束があった場合、会社はそれに反する異動を命じられるのでしょうか。
Q1で述べたとおり、配置転換を有効に行うためには、1.権限審査と2.濫用審査の両方をクリアする必要があります。
本項のように専門職や特定の職種として採用された場合には、労働契約において職種が限定された合意が存在していることになります。
この場合、たとえ就業規則において広く配置転換を行うことができる旨の定めがあったとしても、「広く配置転換を命じられる」という労働条件よりも、「配置転換の範囲が限定されている」という労働条件の方が労働者にとって有利な労働条件であるため、就業規則よりも職種が限定された労働契約の方が優先することになります(労働契約法7条)。
そのため、本項のような職種限定合意がある場合には、当該合意の範囲を超える配置転換を会社が一方的に命じることはできず、当該従業員から同意を得る必要があります(この点が問題になった最近の最高裁判例として、滋賀県社会福祉協議会事件(最判令和6年4月26日労判1308号5頁)参照)。
なお、このような職種限定の合意は、書面上の明示の合意だけでなく、黙示的な合意も有効とされ、その認定が問題になることが多かったですが、現行の労働基準法においては、労働条件通知書において「業務の内容」に関して、採用直後の業務内容に加えて「業務の変更の範囲」の記載も求められています。
そのため、職種等が限定されているかについては明確になっており、職種等限定合意の有無についての紛争は相当程度減少することが見込まれます。
法的に問題になる異動後の扱い
Q3.配置転換の命令自体には従いましたが、異動先では経歴と関係のない単純作業ばかりで、実質的な仕事を与えられません。『自分で異動先を探すように』といわれ続けているケースもあると聞きます。こうした“異動後の扱い”は、法的に問題にならないのでしょうか。
この点はQ1で述べた2.濫用審査が問題になります。
濫用審査では、具体的には、(1)業務上の必要性が存しない場合、(2)他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、(3)労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等が典型的な権利濫用の場面とされています(東亜ペイント事件(最判昭和61年7月14日労判477号6頁)参照)。
本項で問題になるのは、(2)不当な動機・目的です。
(2)不当な動機・目的が問題になる典型例としては差別的な目的や、退職に追い込む目的(いわゆる「追い出し部屋」)で行われる配置転換です。
退職に追い込む目的での配置転換は、たとえば、退職勧奨を経たものの合意に至らなかったことから、これまでの経験業務や勤続年数、役職等に照らして不合理に過小な業務を行う部署へ配置転換をするような事例において認定される事例が多く見られます。
したがって、本Qのような配置転換の場合は、当該従業員を退職に追い込むための不当な動機・目的による配置転換であるとして、2.濫用審査をクリアできず、無効となる可能性があります。
なお、このような過小な業務を与えることは、パワハラの一類型であり、配置転換の有効性とは別に、ハラスメントの問題も惹起することになりますので、この点からも注意が必要です。
転勤で育児や介護に支障が出る場合の配慮
Q4.遠隔地への転勤を命じられましたが、育児や親の介護があり、転居すると生活に大きな支障が出ます。会社は従業員の家庭の事情にどこまで配慮する義務があるのでしょうか。転勤を断ることはできますか。
遠隔地への転勤や、それによる育児・介護への影響については、上記Q3で述べた濫用審査が問題となる類型のうち、「(3)労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき」に該当するか否かが問題になります。
この点、裁判所は、配置転換が権利の濫用となる不利益の程度は、「通常甘受すべき程度を著しく超える」程度であることを要求しており、多少の不利益では簡単に配置転換を無効としない傾向にあります。
たとえば、これまで、転勤命令の事案ですが、高齢の母・妻子との別居を伴う場合(上記東亜ペイント事件)、3歳児を保育園に預けている共働きの女性の通勤時間が長時間化する場合(ケンウッド事件(最判平成12年1月28日労判774号7頁))であっても、権利の濫用ではないとしました。
しかし、昨今の育児介護休業法等のワークライフバランスを重視する法整備や社会的な意識の変化も受け、裁判所の判断には若干の変化が見られます。
濫用審査ではなく権限審査が問題になった事例ですが、仲田コーティング事件(京都地判平成23年9月5日労判1044号89頁)では、住居の移転を伴う配転命令は、使用者が配慮すべき仕事と家庭の調和(労働契約法3条3項)に対する影響が一般的に大きいことから、配転命令権の存否の認定判断は慎重にされるべきとしました(就業規則の内容や採用時の説明などを踏まえ、結論として権限審査において配転命令権がないとしました。)。
この事案は、就業規則にそもそも配転命令の定めがない事案でしたが、仮に権限審査をクリアしていたとしても、今後濫用審査において、育児・介護への影響等に対する不利益は重くみられる可能性があり、学説上もそのような見解が有力になっています。
配置転換をめぐるトラブルを防ぐために企業ができること
Q5.従業員とのトラブルを避けながら、必要な人事異動を進めるために、企業側はどのような準備や配慮をしておくべきでしょうか。命令を出す前に確認しておくべきことがあれば教えてください。
法的観点からは、1の権限審査をクリアすれば、配転命令を一方的に命じることが可能です。
特に日本企業においては、個々の配転命令に対して逐一同意を得るということは現実的ではなく、やはり最終的な決定権は会社にあるという位置づけを維持することが(少なくとも当面は)必要でしょう。
もっとも、2の濫用審査をクリアするという観点に加え、法的な観点から外れますが、人材の定着・離職防止という観点からは、従業員の意向をいかにくみ取るかが重要になってきます。
たとえば、昨今導入事例もみられる手上げ制などによる配置転換も考えられます。
そこまでは難しい場合でも、あらかじめ希望を聴取しておき、できるだけ希望に沿うような配置転換を行うことや、希望に沿わない場合であっても、業務上の必要性や当該従業員のキャリアにおける意義などをしっかりと説明することが重要といえるでしょう(実際、このような事情を考慮した事案として一般財団法人あんしん財団事件(東京地判平成30年2月26日労判1177号29頁)があります。)。
Q6.配置転換の範囲は、正社員と非正規社員の待遇差の不合理性(いわゆる「同一労働同一賃金」)に影響がありますか
冒頭の解説記事のとおり、昨今の配置転換に対する従業員の意識の変化を踏まえ、配置転換の範囲を限定的にする等の見直しを行う例があります。
あまり意識されていない点ですが、この場合、正社員と非正規社員の待遇差の不合理性(いわゆる「同一労働同一賃金」)との関係も考慮する必要があります。
すなわち、正社員と非正規社員の待遇差の不合理性は、「1.業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、2.当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して」判断されます(番号は筆者による)。
簡単にいえば、1は仕事の内容や人材活用の仕組み、2は待遇の性質・目的の問題になります。まず、1との関係においては、まさに「配置の変更の範囲」と明記されており、たとえば非正規に対して配置転換はないものとしていた場合に、正社員においても同様に配置転換をしないとした場合、両者の人材活用の仕組みは近接することになり、(問題となる待遇にもよるものの)待遇差が不合理と判断される事情として働きます。また、それだけでなく、配置変更の範囲は、2の待遇の性質・目的の認定においても問題になります。
これが問題になるのは、基本給、賞与、退職金です。これまでの裁判例や最高裁判例では、(やや雑な整理ですが)平たくいえば基本給、賞与、退職金は「正社員人材を獲得・定着する目的で支給しているので、非正規との差があったり、非正規に支給していなくても不合理ではない」としています。
このような「正社員人材を獲得・定着する目的」の認定根拠の一つとして、正社員は広く配置転換を受けている(したがって、非正規社員とは異なる地位に就くことが期待されている)ということが挙げられています。したがって、正社員に対して配置転換制度を見直し、これを廃止、ないし限定的にする場合には、基本給、賞与、退職金の待遇差の不合理性の判断において会社に不利に影響する可能性があります。
配置転換制度の見直しにあたっては、このような点も考慮して検討する必要があるといえます。