静かな解雇とは?キャリアが停滞する職場に潜む問題、その法的な注意点を解説【弁護士に質問】

キャリアリサーチLab編集部
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近年、「静かな退職(Quiet Quitting)」という言葉が注目される中で、それに呼応するように企業側の動きとして「静かな解雇(Quiet Firing)」という概念が浮上している。

これは、従業員に対して明示的な解雇通告を行わず、間接的な手段で退職へと導く行為を指す。企業の人材マネジメントの在り方が問われる中、この「静かな解雇」はどのような背景で生まれ、どのような問題を孕んでいるのだろうか。

本稿では、「静かな退職」に関して企業・従業員の双方が抱えるリスク、そして法的な観点からの対処法について、TMI総合法律事務所に所属する弁護士の堀田陽平先生の見解を交えながら解説する。

静かな解雇とは何か

「静かな解雇」とは、企業が従業員に対して直接的な解雇通告を行わず、間接的な圧力や環境の変化によって自発的な退職を促す行為を指す。

これは、業務量の極端な減少、評価の不当な引き下げ、昇進・昇給の停止、職場での孤立などを通じて行われることが多い。表面的には「解雇」ではないため、法的な問題が表面化しにくい一方で、実質的には退職を強いる行為である点が問題視されている。

代表的な手法としては以下のようなものがある。

  • 業務量の極端な減少:仕事を与えず、存在意義を感じさせない状態にする
  • 昇進・昇給の停止:将来的なキャリアパスを閉ざすことで、モチベーションを低下させる
  • 評価の不当な引き下げ:人事評価を通じて退職を促す
  • 職場での孤立:チームから外す、情報共有を制限する
  • 勤務地や業務内容の変更:本人の希望に反する配置転換を行う

これらの手法は、表面的には業務上の判断として正当化されることもあるが、実質的には退職勧奨に近い性質を持つ。特に、複数の手法が同時に用いられる場合、従業員は強い心理的ストレスを受け、退職を選ばざるを得ない状況に追い込まれることがある。

静かな解雇とは何か

「静かな解雇」が広まった背景

この言葉が広まったのは2022年頃、アメリカのSNSやビジネスメディアを中心に「静かな退職」への対抗概念として登場したのが始まりである。実際にそうであるかは定かではないが『「静かな退職」が広がることで、企業側が「静かな解雇」によって対応しようとしているのではないか』という見方だ。

アメリカでは、特にTikTokやLinkedInなどのプラットフォームで、従業員が「自分は静かに解雇されているのではないか」と感じた体験を共有する投稿が増えたことがきっかけとなった。米メディア『Business Insider』や『Forbes』などがこの現象を取り上げたことで、ビジネス界でも注目されるようになった。

このように、「静かな解雇」は従業員側の視点から生まれた言葉であり 、企業の人材マネジメントの“見えない側面”を可視化する概念として注目されている。

日本はアメリカに比べると、法的に解雇が難しい状況もあり、バブル経済の崩壊といった社会的かつ経済的に大きなインパクトのある出来事が起こらないかぎり限り、どちらかというと「解雇」が大きく話題になることは少ない。

しかし、「法的に解雇が難しい状況」だからこそ、従業員に自発的な退職を促すような環境づくりが一部の企業で行われてきた実態もある。こうした手法が「静かな解雇」という言葉で言語化されたことで、日本でもSNSを中心に、あらためて注目されるようになっていると考えられる。

「静かな退職」との違い

「静かな退職」とは、従業員が必要最低限の業務のみを遂行し、それ以上の努力や貢献を意図的に避ける働き方を指す。これは、過度な業務負担や報酬への不満、職場への不信感などを背景に、従業員が自らの働き方を見直す動きとして広がっている。特にZ世代を中心に、ワークライフバランスを重視する価値観の変化がこの傾向を後押ししている。

一方で、「静かな解雇」は、企業側が従業員に対して直接的な解雇通告を行わず、間接的な手段で退職を促す行為である。これは、業務の割り当てを減らす、昇進の機会を与えない、評価を下げる、職場での孤立を生むなど、従業員のモチベーションや居場所を奪うことで、結果的に自発的な退職へと導く手法である。

両者は、表面的には“静か”である点で共通しているが、主体が異なる。静かな退職は従業員の意思による行動であり、静かな解雇は企業の意図による環境操作である。つまり、前者は「働き方の選択」であり、後者は「退職への誘導」である。

このような“静かな攻防”は、職場における信頼関係の崩壊を象徴している。従業員が組織に対して期待を持てなくなり、企業が従業員に対して明確な評価や対話を避けることで、双方が“沈黙”の中で距離を取る構図が生まれている。これは、エンゲージメントの低下や離職率の上昇、職場の生産性の停滞といった形で、組織全体に悪影響を及ぼす可能性がある。

短期的には人件費の削減や業務効率化につながるかもしれないが、長期的には職場の健全性を損ない、優秀な人材の流出を招くリスクがある。その結果、職場の信頼関係を損ない、長期的には企業のブランドや採用力に悪影響を及ぼす可能性もある。静かな解雇は、短期的な効率性を追求するあまり、組織の健全性を犠牲にする危険性を孕んでいるといえるだろう。

法的リスクと対応策について弁護士が解説

実際に「静かな解雇」だと思われる対応をされてしまったとき、どのような対処法があるのだろうか。また、「静かな解雇」を行う企業にはどのような法的リスクがあるのだろうか。

TMI総合法律事務所に所属する弁護士の堀田陽平先生に解説していただいた。

従業員が自分は「静かな解雇」の対象だと感じた場合

1.従業員が、業務量の急減や、評価の低下、昇進機会の喪失、職場での孤立など退職を促されているように感じている場合、どのような対処が可能でしょうか。

(回答)
従業員が質問のような理由で退職を促されているように感じる場合、理由を会社に確認することが重要でしょう。

まず、業務量の急減や評価の低下、昇進機会の喪失、勤務地・業務内容の変更といった状況については、それ自体が直ちに法的に問題のあるものではなく、会社全体としての業務量が減っている結果、当該従業員の業務が減っている場合や評価の低下、昇進機会の喪失が当該従業員の業務遂行状況に照らして妥当な場合、人員の適正配置の観点から勤務地や業務内容の変更が適切な場合もあります。

他方で、実際に「静かな解雇」として、特段の理由なく、もっぱら退職を促す目的でこれらの行為を行っている場合もあり、そうした場合には、後述するとおりパワーハラスメントに該当したり、評価権や人事権の濫用として違法となる場合があります。

したがって、業務量の急減や評価の低下、昇進機会の喪失、勤務地や業務内容の変更という状況に理由があるか、あるとすればどのような理由なのかを確認することがポイントとなります。

次に、職場での孤立を感じている状況については、それ自体業務上の必要性がないことが多いと思われるものの、難しいのは「孤立している」というのは主観的な面が強いことです。

実際に従業員からそのような相談がされることは多くありますが、単に主観的に「孤立されていると感じている。」と言われるのみでは、そもそもそのような状況にあるのかが分からないことが往々にしてあります。会社の立場からすると、「何もしていないのに本人がそう感じているだけではないか。」との反論がされることが多く、実際にも勘違いというケースもあります。

したがって、「孤立していると感じていること」だけでなく、そのように感じている理由となる状況について証拠(典型的には、自身のメールやチャットには返信がなく、他の従業員のメールやチャットにのみ返信があるという場合のメールやチャット)を残しておきましょう。

2.「静かな解雇」に該当する可能性がある場合、従業員にはどのような相談先がありますか。もし、弁護士の方に相談する場合はどのようなタイミングが適切ですか。

(回答)
「静かな解雇」は、パワーハラスメントに該当する可能性があります。

パワーハラスメントというと、怒鳴られたり、暴言を言われたり、暴行を受けたりといった、「強い言動」を受けることを指すというイメージが強いかもしれませんが、業務上の理由なく能力・経験とかけ離れた過小な業務を命じることは「過小な要求」として、人間関係から孤立させることは「人間関係からの切り離し」として、厚労省が掲げるパワーハラスメントの類型に挙げられています。

したがって、「静かな解雇」がパワーハラスメントだと思われた場合には、所管の都道府県労働局に相談に行くことが可能です(なお、労働問題といえば労働基準監督署だという認識で労働基準監督署に行かれるケースもありますが、ハラスメント自体は労働基準法の問題ではないため、労働基準監督署の所管ではありません)。

もちろん、弁護士に対応を相談することも可能であり、既成事実が積み重なっていく前に、できる限り早く相談する必要があります。特に「静かな解雇」を受けている状況下においては、従業員自身に精神的負担がかかり、逆上してしまうケースを見かけます。

会社からは「静かな解雇」という外形的に分かりにくい状況がを作り出されている一方で、従業員が逆上している状況になると、後に訴訟になった場合の「見え方」が悪くなります。

そのため、できる限り早い相談が望ましいでしょう。

3.「静かな解雇」を受けた結果、精神的に不調をきたしています。企業に対して損害賠償を請求することは可能ですか。

(回答)
可能です。

どのような理由で損害賠償請求をするかは「静かな解雇」の内容によりますが、精神的な不調により損害を求めるのであれば、基本的にはQ2で述べたとおりパワーハラスメントであることを前提に、会社がかかるパワーハラスメントの発生を防止する義務(裁判例上は「職場環境配慮義務」などと言われます)を怠ったことを主張することが中心となるでしょう。

その他には、評価の低下、昇進機会の喪失、勤務地や業務内容の変更が、評価権・人事権の濫用に当たるような場合は、これを違法として損害賠償請求を求めることも考えられます。

4.業務量が減らされている場合に、もっと業務を増やしてもらうことを求めることは可能ですか。

(回答)
実は、労働者は、「働く義務」はあるものの、「働かせてもらう権利」(いわゆる「就労請求権」)はないと解されています。

これは労働契約が、労働者が労務提供義務を負い、会社が賃金支払義務を負うという契約だからです。もちろん業務量を増やしてもらうよう事実上依頼することは可能であるものの、会社としてこれに応じる法的な義務はないのです。

したがって、業務量の減少に対しては、Q2で述べたように「過小な要求」であるとして、パワーハラスメントであることを主張することになるでしょう。

企業側が「静かな解雇」を行う際の法的なリスク

5.「静かな解雇」を行った場合、企業にはどのような法的リスクがあると考えられますか

(回答)
企業にとっての法的リスクとしては、Q3の反面として、従業員から損害賠償請求をされるリスクがあります。また、退職を促す目的での勤務地や業務内容の変更は、「不当な目的による配置転換」として違法・無効となる可能性があります。

他方で、「静かな解雇」により従業員が辞めることになっても、「解雇」をしていない以上は、解雇の有効性が争われることはありません。

6.問題行動の多い従業員に辞めてほしい場合、どのような対処が望ましいのでしょうか。

(回答)
問題行動の多い従業員に辞めてほしい場合の対処方法としては、問題行動を辞めるよう注意指導や懲戒処分を行い、改善を促すことが基本的な対処方法となります。また、問題行動が業務上の評価に関係するのであれば、評価を引き下げることや、昇給を停止するといった人事的な対応も必要になります。

こうした対応を繰り返すことで、問題行動を起こす従業員が反省し、改善すれば辞めてもらう必要はありませんが、問題行動が改善する期待ができない場合は、最終的には解雇をせざるを得ません。

日本の裁判所は解雇を容易には有効と認めない傾向にありますが、やはり上記のように繰り返し注意指導や懲戒処分を行う等の解雇以外の対応を行っていたのに、当該従業員に反省の態度が見られないという場合には、解雇を有効としています。

したがって、問題行動の多い従業員にも根気強く改善を促すことが重要になります。

さて、このように書くと、業務量の低下や評価の低下、昇進機会の喪失、勤務地や業務内容の変更といった「静かな解雇」は、上記で述べた問題行動の改善のための会社の対応と重なるところがあります。

そのため、「静かな解雇」はそれ自体が問題なのではなく、Q1で述べたとおり、これらの対応について業務上の必要性があり合理的な理由があるのか否か、平たく言えば、従業員の問題行動を改善する目的なのか、不当な扱いをすることで自主的な退職を促す目的なのかが重要になります。

「静かな解雇」という誤解を生む可能性

さいごに、コミュニケーション不足による誤解の危険性についても述べておきたい。

先述したように、「静かな〇〇」は従業員、企業ともに必要なコミュニケーションを避けることで生まれる現象である。つまり、コミュニケーションが不足することで、企業が「静かな解雇」を意図していなくても、従業員側がそう受け取ってしまう可能性があることも無視できない。

たとえば、評価制度が曖昧であったり、上司からのフィードバックが不十分であったりする職場や、人材育成の機会がそもそも限られている職場では、従業員が「自分は見放されているのではないか」と感じるリスクが高まる。これは、企業としてのマネジメントが不十分であることを示すだけでなく、職場の信頼関係を損なう要因にもなる。

また、従業員が希望しない異動や業務変更を行う際の説明責任を果たすことも重要だろう。新たな可能性を見込んでの配置転換や、組織再編の一環として業務内容を変更するケースもある。企業側の意図や期待と従業員の不満や不安がすれ違っているために起こる誤解を解消する必要がある。

そのためにも、職場における上司と部下のコミュニケーションや、人事担当者との率直な対話が重要となる。従業員が感じている違和感や不安を伝え、企業側の意図や期待を確認する機会を積極的につくることで、誤解が解けることもある。

対話の中で、今後のキャリアパスや評価の基準、期待されている役割について明確にすることができれば、状況は大きく改善する可能性もあるのではないだろうか。

堀田陽平
登場人物
TMI総合法律事務所 弁護士
HOTTA YOHEI
東郷 こずえ
担当者
キャリアリサーチLab主任研究員
KOZUE TOGO

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