はじめに
私たちの働く場、すなわちワークスペースへの考え方は驚くほどに多様になった。在宅勤務やカフェやコワーキングスペースなどでのリモートワーク、ワーケーションなど、ワークスペースとしてイメージされる範囲は急速に拡大していった。そして、「オフィス」というものが果たす役割や持ちうる機能も次第に変わりつつある。
株式会社ニシカワの事例を参考にオフィスの持ちうる「組織変革・事業変革」に着目した前編につづき、後編では同社が東京・立川に新たにオープンさせた新形態のオフィスを通じて、企業と企業、そして企業と地域社会の「共創」におよぼすオフィスの影響力について考える。
オフィスの特徴
2026年4月にオープンした株式会社ニシカワの立川オフィスは、同社が取り組む地域事業の戦略拠点であり、本社がある東京・東大和のオフィス改革によって後押しされた事業改革により生まれた地域事業の、いわば最前線基地ともいえる。
地域活性化支援事業は、「印刷業から情報加工業」への転換を図ってきたニシカワが新たに始めた事業の一つである。多摩地域の自治体が発行する市報・広報誌などの電子版や、防災・子育て・学校・イベントなどの地域の情報を掲載・発信するポータルサイト「TAMA ebooks」の運営がその中核となっており、東京都の面積の約半分、人口の約3割を擁する広大な多摩地域に暮らす生活者に向けて地域の情報を発信している。
多摩地域の玄関口ともいえる立川における新オフィスは、TAMA ebooksを通じて生まれる自治体・教育機関・地域企業との連携を基盤に、多摩地域の生活者や企業が抱える課題を解決するための共創拠点・ビジネスハブとしての機能を担っている。また、本社がある東大和オフィスで勤務する従業員がサテライトオフィス的に活用することも想定されている。
立川オフィス
立川オフィスは、JR立川駅より徒歩約6分の場所に位置する。ニシカワの地域活性化支援事業の執務エリアがあるほか、業務提携しているWEB制作企業・株式会社エーウイングのオフィスが隣接している。
立川オフィスはニシカワとエーウイングが共同で設立したクリエイティブ拠点「NA-T DESIGN HUB(ナッティ デザインハブ)」の運営も兼ねており、3DCGホログラムディスプレイなどの先端デジタルコンテンツを活用したショールームが併設されているほか、両社が利用できる会議スペースが設けられており、両社の共創拠点としても位置付けられている。
立川オフィス「NA-T DESIGN HUB」
他者への開放性と「共創」
立川オフィスの最大の特徴は、その開放性にあるといえる。多摩地域との共創を目指し地域に根差したビジネスの拠点として地域(地域企業、自治体、生活者)に開かれたオフィスであり、パートナー企業ではあるが他社がオフィス内で同居・共創するというスタイルを採用している。また東大和オフィスの従業員のサテライトオフィスとして開かれている。
このように、立川オフィスはあらゆる観点から外部(そして内部)への開放性が重視されている。それは、このオフィスが「共創」を目指して設計されたことと無関係ではないだろう。
共創とは一般的に、異なる立場や専門性を持つ人や組織が、それぞれ単独では生み出せない価値を複数の主体間の協働により創造する行為を指し、日本ではオープンイノベーションの文脈で語られることが多い。内閣府が2022年に報告した資料でも「画⼀的でない価値観を有する者同⼠が、共有された明確な⼤きな⽬的の下、互いに資源を持ち寄って、社会からの共感が得られる⾰新的な価値の創造・提供」を通じた社会変革の重要性が強調されている。」。
イノベーションを生み出すためには、異なる立場や専門性を持つ人や組織、画一的でない価値観を有する多様なステークホルダーと協働するプロセスが重視されている。すなわち共創やイノベーションは「他者性」が重要なキーとなる営みなのだ。
共創とイノベーション
「他者性」と並んで共創のもう一つのキーである「イノベーション」についても検討してみたい。企業がイノベーションを生み出すために必要とされる、組織学習における有名なフレームワークの一つに、アメリカの社会学者であるMarchによる「活用(exploitation)」と「探索(exploration)」の概念がある。
「活用」とは、既存事業の改善や効率化を通じて、生産性の向上や業務プロセスの最適化を行い、安定した収益と組織基盤を構築することである。「探索」は新たな技術を生み出したり、市場・顧客を開拓したりするために、仮説検証のサイクルを回して試行錯誤し、将来の成長を創出することである。この二つを組織的に両立させることが重要とされる。
Marchによる「活用(exploitation)」と「探索(exploration)」の概念(同概念を元にマイナビにて作成)
このフレームワークでは、企業がイノベーションを生み出すためには「活用」「探索」を両立させることが重要であるとされるが、ニシカワにおいては、東大和オフィスを拠点とする情報加工業は「活用」的な性質を持った事業であり、立川オフィスを拠点に今後注力する地域事業は「探索」的な性質を持つ事業であるといえる。
立川オフィスは、多摩エリアという広大な市場を開拓する戦略拠点として、自治体や地元企業、そしてパートナー企業に対して開かれたオフィスであり、知の集積・融合の場として他者との共創を可能にする空間である。地域事業を推進する立川オフィスは、まさに「探索と共創」の舞台である。
一般に、活用/探索モデルにおいては経営資源のトレードオフが発生し、両者の間に緊張や対立を生む可能性が指摘されることが多い。着実に数字と実績を出し続ける「活用」の部門と、将来的な収益化に向けてトライアンドエラーを許される「探索」部門、という対立構造になりがちである、というものだ。
そこで重要になるのが、立川オフィスが持つ社内への開放性、すなわち従業員が活用できるサテライトオフィスとしての一面である。立川オフィスは地域事業の拠点ではあるが、東大和オフィスの他事業部の従業員が立ち寄り、そこで業務を完結することで直帰が可能となるなど、時間効率を向上させることができる。
多摩エリア全域をマーケットとするニシカワにおいて、多摩エリア内の各地域にアクセスの良い立川に拠点を持つことは、他事業部からしてもメリットが多い。このメリットが最大限活用されることで、活用と探索の対立構造を回避し、より連携が強化されるという効果も期待できるだろう。
つまり、社内外への開放性の機能を備えた共創的な場は、新規事業の推進やイノベーションに際し、活用vs探索の対立を緩和できるという点において、有益かつ重要な役割を果たす可能性がある。
オフィス改革がもたらす共創とイノベーション
本稿は株式会社ニシカワという企業を事例として、前編では「組織・事業変革」、後編では「共創・イノベーション」のそれぞれに対する「オフィス」が持ちうる可能性について、組織論の観点から検討を行った。
企業が自社のオフィスに対してどのような機能を期待するか次第で、オフィスは単に従業員が顔を集まって仕事をするハコモノにも、従業員のウェルビーイングを向上させる空間にも、組織や事業、従業員の変革やイノベーションを促すトリガーにもなりうる。
コロナ禍から社会が落ち着きを取り戻し、対面によるコミュニケーションの価値が見直される昨今、オフィス回帰の動きを見せる企業も現れている。しかし、単にオフィスに従業員を再び集めるだけで良いのだろうか。従業員を迎え入れるオフィスという空間に、どのような思想を込められるか。アフターコロナのオフィスには、そうした視点が求められるのではないだろうか。
キャリアリサーチLab研究員 長谷川洋介
【参考文献】
March, J. G. (1991). Exploration and exploitation in organizational learning. Organization science, 2(1), 71-87.