はじめに
昨今、大学生が就職活動において企業に求める2大ポイントは「安定性」と「給料の良さ」である。
終身雇用が前提ではなくなりつつあり、キャリア形成の在り方が多様化するなかで、安定した環境で安心してキャリアアップやスキルアップを実現したいという希望と、物価高や円安の進行、実質賃金の伸び悩み、年金制度への不安などといった経済的な不安要素から、給料に対してよりシビアにならざるを得ないという大学生の志向がうかがえる。【図1】
【図1】企業選択のポイント/マイナビ2027年卒大学生就職意識調査
こうした状況で企業も、インターンシップ・仕事体験の実施により自社の事業や募集職種への学生の理解を促したり、あるいは初任給引き上げにより学生の経済的な不安を払拭したりするなどして、売り手市場といわれる新卒採用市場において自社の採用力・優位性を高めようとしている。
特に初任給については、最近では大手企業を中心に30万円以上を支給するという報道も目立ち、いわば「初任給引き上げブーム」ともいえる状況だ。国際比較においても日本の賃金が長らく低迷していた事実を踏まえれば、こうした賃上げ・初任給引き上げの動きは好意的に受け止められるべきであり、実際、初任給を引き上げることで新卒採用における学生へのアピールに効果を感じる企業も多い。
その一方で、さまざまな事情で引き上げが容易ではない企業や業種が、特に中小企業を中心に存在することも想像に難くなく、また多くの企業が初任給を引き上げているなかで、初任給引き上げだけでは今後他社との差別化が難しくなる状況も想定される。
本コラムでは、現在多くの企業が積極的に取り組んでいる「初任給引き上げ」のさらにその先を見据えた企業アピールのポイントとして「企業の社会貢献」について考える。補助線として、社会貢献への哲学的・倫理的アプローチである「効果的利他主義(effective altruism)」という考え方を部分的に用いることで、企業の社会貢献が学生の企業選択のポイントとなりうる可能性を検討していく。
大学生の就職観における「社会貢献」
「マイナビ2027年卒大学生就職意識調査」によると、大学生の就職観として毎年回答がもっとも多いのは「楽しく働きたい」である。「個人の生活と仕事を両立させたい」が2番目に続いている。
3番目に多いのは「人のためになる仕事をしたい」だが、やや減少傾向が続いている。「社会に貢献したい」という項目もあるが、回答は少なく、ほぼ横ばいで大きな変化は見られない。【図2】
【図2】就職観の推移/マイナビ2027年卒大学生就職意識調査
本調査は例年、就職活動を控えた大学3年生および大学院1年生を対象に行われており、就職活動目前の大学生の就職意識を知ることができるのだが、就職活動の目前および序盤においては、「社会貢献」という軸はあまり重要視されていない様子がうかがえる。
入社予定先選択軸としての「社会貢献」
だが就職活動が進むにつれて、学生の就職先への意識のなかで「社会貢献」への関心が増してくるようになる。
図3は、2026年(前年)に就職活動を行った学生に対し、3月時点での「企業選択のポイント」と、7月時点での「内々定承諾の決め手」を、それぞれ同じ選択肢を提示して調査した結果である。企業選択のポイント(3月時点)では「希望する勤務地で働ける」や「給与や賞与が高い」など条件面に関する項目を選ぶ学生が多いのに対し、内々定受諾の決め手(7月時点)では回答率は下がっている。
一方で「企業経営が安定している」「業界上位である」などは3月時点よりも7月時点の方が回答率が高くなっており、「社会貢献度が高い」もそうした項目に含まれている。
【図3】「企業選択のポイント」と「入社予定先の内々定を承諾した決め手」の比較(上位抜粋)/マイナビ2026年卒 大学生キャリア意向調査7月<入社予定先の決定と不安>
就職先を選ぶ以上、給与や勤務地、その企業の安定性などを重視するのは当然だが、選考が進み、内々定を得る過程でそうした条件面がクリアされていき、入社先を決める際には企業の安定性や業界での立ち位置と合わせて、その企業の社会貢献性の高さが徐々に評価されていく、ということであろう。
社会課題に対する大学生の意識
先に示した図2では、大学生の就職観において「社会貢献」意識は特段高くはないという結果を見せた。しかし、大学生が社会課題に無関心であるというわけではない。図4は大学生が興味のある社会問題を調査した結果だが、「インフレ・物価上昇」「クマ問題」のようなドメスティックな話題から、「地球温暖化・脱炭素社会」のようなグローバルな環境問題まで、幅広く関心を持っていることがわかる。
【図4】興味のある社会問題/マイナビ2027年卒 大学生のライフスタイル調査<社会問題・収入について>
社会問題に「まったく関心がない」という学生は全体の5%ほどであり、残り95%近くの学生は何かしらの社会問題への関心を持っているということになる。就職活動の後半・終盤において「社会貢献」が内々定受諾の決め手として浮上してくる背景には、こうした学生の社会課題への意識の高さもあるのだろう。
企業は「社会貢献」を学生にアピールしているのか
学生の企業選択のポイントとしては低いが、内々定受諾の決め手としてはポイントが上がる「社会貢献」。企業側のアピールはどうなのだろうか。
図5は企業が新卒採用の採用広報でアピールしているポイントを調査した結果だが、もっとも多いのは「経営が安定していること」で、「社風や雰囲気」「福利厚生の充実度」「ワークライフバランス」などが続いている。全体的に就労環境の安心感をアピールする項目が上位となっており、「社会貢献度」はそれらに続き5位と比較的上位ではあるが、採用広報においては就労環境の安心感のアピールの方が優先度が高い傾向にあるようだ。
【図5】新卒採用において採用広報でアピールしていること/マイナビ2027年卒 企業新卒採用予定調査
企業が「社会貢献」を学生に効果的にアピールするには
学生の内々定受諾の決め手・企業決定のポイントとして存在感を放つ「社会貢献」だが、企業の採用広報のポイントが「働く環境の安心感」に集中している状況を考えると、学生に対する社会貢献アピールについてはまだ取り組みの余地がありそうだ。
では、そうした「自社の社会貢献」を企業はどのように発信していくべきだろうか。そこでヒントになるのが「効果的利他主義」という哲学的・倫理的なアプローチである。
効果的利他主義とは
「効果的利他主義(effective altruism)」とは、哲学者・倫理学者であるピーター・シンガーやウィリアム・マッカスキルらに源流を持つ思想・運動で、慈善活動や人道的活動において、証拠(エビデンス)を元に、単位資源あたりで可能な善を最大化するという考えを中心にしている。
たとえば慈善団体に寄付を行う場合、寄付先を選ぶ際には活動実績や費用対効果などのエビデンスを重視し、その寄付額の効果を最大化するような寄付先を選択する、といったものだ。寄付先を効果的に選定するためのプラットフォームである「Giving What We Can」も、そうした思想のもとでマッカスキルらによって設立された。
また効果的利他主義においては「キャリア選択」も重要視され、自分のキャリアを社会に善をもたらすための手段としてとらえている。自分自身の生涯にわたる総労働時間(8万時間)という資源を、社会課題解決のためにいかにして最大限活用するべきかという観点から、社会課題に対してインパクトが期待されるキャリアを評価・紹介し、そのキャリアに人々を誘導するためのウェブサイト「80,000 Hours」が立ち上がるなど、効果的利他主義の実践のための運動も広がっている。
効果的利他主義と「タイパ志向」の親和性
企業の採用広報の文脈で、なぜいきなり「効果的利他主義」などという概念を登場させたのか。それは、限られた資源でいかにして最大限の効果・インパクトを生み出すか、エビデンスやデータに基づいてそのインパクトを計算しながら手段を選択していく、という効果的利他主義の考えが、社会課題に対して一定の関心がある日本の大学生と、そして特にZ世代の特徴の1つとされる「タイパ」意識と親和性が高いのではないか、と考えたからである。
タイパとは「タイムパフォーマンス」の略で、「時間対効果」と訳される。費やした時間と得られた満足度の相対性を意味する言葉であり、時間を効率的に使うことで、より自分のやりたいことに注力するという行動スタイルにもつながっている。
社会貢献意識×タイパ意識=効果的利他主義的?
先に述べたように、多くの大学生が社会課題に幅広い関心を寄せている。「社会貢献」は企業選択のポイントとしては重要度が低いものの、内々定受諾の決め手としてはポイントが高くなる。そして、タイパ意識の高い学生からすれば、自身が費やす労働時間・今後伸ばせるかもしれない社会人としてのスキルは「限られた資源」であり、その資源で最大限の効果を得ようとするだろう。
そして、自身のキャリアを通じて社会に及ぼしうる効果(社会貢献の度合い)とのつながりが見えやすいほど、その企業の社会貢献度を評価しやすくなり、内々定を受諾する決め手となる可能性がある。
社会貢献への関心の高さと、タイパ意識。この2点において、日本の大学生と効果的利他主義には一定の親和性があると考えられないだろうか。
企業の採用広報に「社会貢献」を活かすには?
現在の採用市場において、企業が初任給引き上げや福利厚生などの「安心して働ける」アピールを行うケースは多い。それは、学生が社会情勢や自身のキャリアに対して抱く不安を軽減する上で効果があるだろう。だがその一方で、待遇面の改善は企業ごとに事情や限界があり、なおかつ初任給引き上げブームともいえる昨今の状況が続けば、待遇面・条件面での他社との差別化による効果は徐々に薄まってしまう可能性がある。
ハーズバーグの「二要因理論」によれば人の欲求には「衛生要因」と「動機付け要因」の2種類があり、衛生要因は給与や労働環境、人間関係などで「不十分だと不満を引き起こす要因となるもの」であり、一方動機付け要因は達成感や承認、成長機会など「これらが満たされると高いモチベーションを引き出すもの」である。
現在の初任給引き上げブームは、いわばこの「衛生要因」の充足に多くの企業のアピールポイントが集中している状況であり、こうした状況が続けば、今後衛生要因だけでは他社との差別化が難しくなるかもしれない。
ハーズバーグの「二要因理論」を元にマイナビにて作成
もちろん、待遇面や条件を改善する企業が増えること自体は非常に喜ばしいことであり、この動きは日本全体の就労環境の底上げ、ひいては誰しもが安心して働ける社会の実現につながっていくだろう。そうした衛生要因の充実を進めつつ、同時に重要となるのが動機付け要因の充実とアピールだ。この動機づけ要因を構成する「仕事のやりがい」に、「社会への貢献」という要素は重要な役割が期待できる。
仕事のやりがいに密接にかかわる「社会貢献」
実際、大学生に対し「入社したらどんな仕事をしたいか」を聞くと、「人の役に立てる仕事がしたい」という学生がもっとも多く、また「できるだけ高い給料がもらえる仕事がしたい」という学生よりも「社会貢献ができるような仕事がしたい」という学生の方が多い。また仕事のやりがいについて聞くと「誰かの役に立つこと」「仕事を通じて社会貢献をすること」を挙げる学生も多い。【図6・7】
【図6】入社したらどんな仕事をしたいと思うか/マイナビ2026年卒 大学生キャリア意向調査9月<就職活動・進路決定>
【図7】仕事の「やりがい」とは何だと思うか/マイナビ2026年卒 大学生キャリア意向調査9月<就職活動・進路決定>
社会貢献活動とその効果を「見える化」する試み
社会貢献に関心があり、なおかつタイパ意識が高いとされる現代の学生に対して、企業の「社会貢献」を学生に対して効果的に伝え、仕事のやりがいをイメージしてもらうために重要となるのは、以下の2点を学生がイメージできるくらい具体的に明示し、アピールすることであると考えられる。
- その企業がどのような社会貢献・社会課題に対する取り組みを行っているか(実績)
- その活動や取り組みによって、どのような良い影響が社会にもたらされたか(効果)
社会貢献活動の内容とその効果を、可能な限り定量的に、エビデンスベースで評価するという方法は、効果的利他主義の考え方をヒントにしている。
こうした「社会貢献度の見える化」は、学生が自身のキャリアを考える上で、自分の仕事がいかに社会に対して良いインパクトを及ぼしうるかを具体的にイメージすることにつながる。社会貢献への関心が高く、タイパ意識のある学生にとっては、自分の今後のキャリアが社会貢献にもたらす効果を最大化したいと考える際、見える化された「社会貢献度」はその判断材料になるだろう。
SDGsやサステナビリティに関する企業の取り組みやその発信が重要視される現代において、企業が自社の社会貢献活動、社会課題解決に向けた取り組みをアピールすることは、採用広報の文脈を超え、その必要性はさらに増している。
もちろん、ここでいう社会課題は、必ずしも効果的利他主義が射程とするような地球規模の問題の解決に限らない。地域社会への貢献など、より身近でローカルな取り組みでも良いだろう。ポイントは、その活動だけでなく、その効果も可能な限りエビデンスをもって具体的に示していくことだ。
そして、そうした視点で自社の活動を振り返り、棚卸をすることは、社会における自社の立ち位置・存在価値について改めて考える機会にもなる。企業のパーパスとはそうした営みから生まれる。そして、初任給引き上げに代表されるような求職者に対する衛生要因のアピールに留まらない、動機付け要因を含めた、より多層な企業アピールの第一歩ともなる。
マイナビキャリアリサーチLab研究員 長谷川洋介
【参考文献】
竹下 昌志・清水 颯(2024)「効果的利他主義は道徳的義務なのか? 帰結主義とカント的観点からの正当化」
ウィリアム・マッカスキル(2018)「〈効果的な利他主義〉宣言!慈善活動への科学的アプローチ」
青土社(2024年)「現代思想」2024年8月号 特集=長期主義-遠い未来世代のための思想-