近年、多様性(Diversity)、公平性(Equity)、包摂性(Inclusion)を意味するDE&Iは、企業経営における重要なテーマとして注目を集めている。
しかし、「多様性を確保するだけでは不十分で、インクルージョンが欠けていると成果につながりにくい」と語られることも多く、その本質を正しく理解することが不可欠である。
本コラムでは、インクルージョンの定義や、DE&Iとの関係、組織がインクルージョンを推進する意義や課題について、わかりやすく解説する。なお、こちらの記事ではダイバーシティ経営についても解説しているのであわせて確認してほしい。
インクルージョン(Inclusion)とは何か?
インクルージョン(Inclusion)とは、直訳すると「包括」「包摂」を意味し、組織において多様な人材が尊重され、それぞれが能力を最大限に発揮できている状態を指す。
単に多様な人々が存在するだけではなく、人ひとりが価値ある存在として受け入れられ、安心して自分らしく貢献できることが重要である。学術的な定義では、インクルージョンとは次の2点が両立している状態と定義されている。
- 所属感(Belonging):自分が集団の一員として受け入れられている感覚
- 独自性(Uniqueness):自分ならではの特性や強みが認められている感覚
この考え方は、人は違っていて当然であり、その違いを前提に、1人ひとりに最適な方法で関わることで全員が参加しやすくなるという「最適な差別化理論(Optimal Distinctiveness Theory)」に基づいており、人が本来的に持っている「集団に属したい欲求」と「他者とは違う存在でありたい欲求」の両面を満たすことがインクルージョンの本質であるとされる。
インクルージョンの四象限モデルで整理する
インクルージョンの四象限モデル/マイナビ作成
縦軸に『独自性』、横軸に『所属感』をとり、四象限で整理する。四象限のうち、理想的な状態は右上に位置する高い帰属意識と高い独自性が同時に満たされるインクルーシブ組織であり、チームの一体感がありながら一人ひとりの個性や意見も尊重されている状態である。この状態にある組織は他の組織に比較して、もっともパフォーマンスが高く、イノベーションが生まれやすい。
これに対して高い帰属意識と低い独自性の同化型組織は、チームの結束は強いもののメンバーが自分らしさを隠して多数派に合わせている状態であり、雰囲気は一見良好でも新しいアイデアや多様な視点が出にくくなる。
低い帰属意識と高い独自性の個人主義型組織は、個々のアイデアや専門性は尊重されてもチームとしての一体感や協働が弱い状態であり、メンバー同士の連携不足で組織力が発揮しにくくなる。
低い帰属意識と低い独自性の疎外型組織は、メンバーが受け入れられている感覚もなく自分らしさも発揮できていない状態であり、もっとも排他的で生産性も低下しやすいため早急な改善が必要だろう。
このように、インクルージョンとは高い所属感と高い独自性により評価することができる概念であり、自分はチームの一員として受け入れられている(Belonging)と同時に自分らしさも活かされている(Uniqueness)と感じられることが、従業員のエンゲージメントやパフォーマンスに良い効果をもたらすとビジネス実践では言われている。
インクルージョン風土(Climate for Inclusion)とは?
インクルージョン風土(Climate for Inclusion)とは、Nishii(2013)はインクルージョン風土を次の3次元で捉えると定義されている。
- 公正な雇用慣行
- 違いの尊重と調和
- 意思決定への参画機会
これらが高い組織では、社員は「受け入れられている」「貢献できている」と感じ、心理的安全性や組織への愛着が高まりやすい。
組織としてのインクルージョンのメリット
組織としてのインクルージョンのメリットは次の通りである。
- 人材のエンゲージメント・定着率向上
「受け入れられている」「尊重されている」という実感は、離職意向を下げ、熱意(コミットメント)を高める。
- イノベーション・業績への寄与
多様な意見が出やすく、創造性・問題解決力が高まる。
- チームパフォーマンス・生産性向上
心理的安全性が高く、情報共有と協働が円滑になる。
インクルージョンの課題
インクルージョンを含むDE&Iの重要性が広く認識される一方で、近年は一部で反発や揺り戻しの動きもみられる。属性を理由とした優遇措置が「不公平だ」「実力より属性が重視されている」と受け止められ、反発が生まれることがある。
たとえば、「女性の管理職を30%にする」や「障がい者を2.7%にする」という「数字や量のための採用・登用」が一人歩きし、社員からもため息交じりの見方をされ、士気低下につながる恐れがある。人を大切にするという本来の価値観が希薄化すると、DE&Iへの疲労感や懐疑も強まる。
ただし、多くの企業はDiversityやInclusionの価値自体を否定しているわけではない、という点は押さえておく必要がある。表面的な数値目標は取り下げるが、DE&Iの社内文化づくりは今後も続けるという方針を出す企業が多く、本質的な「人を大切にする」ということに形式的な目標にとらわれず、質的充実を図る設計がビジネス現場では試行錯誤しながら、実践されている。
表現リスクに関する課題
これは企業が広告や情報発信を行う際に、ジェンダーや文化的多様性への配慮を欠いた表現により炎上・批判を招くリスクを指す。逆に多様性尊重をアピールしようとした広告や求人で「かえってステレオタイプを助長している」「一過性のポーズだ」と炎上するケースもあり、企業の担当部門以外のDE&I視点での表現チェックは必須となっている。
採用・雇用の場で多様性を尊重していても、企業の発するメッセージが無自覚に特定層を傷つけてしまえば信頼を損ないかねない。したがって、社員研修や広報物の制作時には多様な視点や当事者による視点から内容をレビューする体制を整え、違和感のある表現を放置しない仕組みづくりが大切である。
真のインクルージョンの組織づくりを目指すために
インクルージョンは「多様な人々が安心してその人らしく活躍できる組織を作ること」であり、それは最終的に組織の創造性や生産性を高める取り組みである。
企業および各部門において掲げる理念を、単なる表面的なスローガンとして終わらせるのではなく、本質を捉えた具体的施策の推進と、組織風土の着実な醸成を主体的にリードしていくことが求められている。
多様な人材が能力を発揮し、互いの価値観を尊重し合い、すべての社員が自らの存在価値を実感できる職場環境の実現を目指して、本取り組みをインクルージョン推進に向けた組織変革の第一歩として役立つことに期待したい。
<参考文献>
Nishii, L. H. (2013). The benefits of climate for inclusion for gender-diverse groups. Academy of Management Journal.