著者は2007年から盲導犬と共に歩んで、約18年間3頭の犬たちとキャリアを過ごしてきた。この盲導犬と歩くキャリアを選択したのは、より自分らしく活躍し、誰かの役に立ちたいという強いパッションからである。
その中で、当事者として視覚障がい者は、キャリア形成がしにくいことや盲導犬がキャリア形成時に社会においてなかなか受け入れが進まないことに課題を感じて当事者研究として研究活動を始めた。
現在、厚生労働省では障がい者雇用率を2.7%まで引き上げようとしているが、障がい者のキャリア形成や障がい者の能力が職場とのマッチングで最大化されているだろうか?
また職場でもどのように障がい者のキャリア支援をすればよいか課題解決するために、著者の「日本補助犬科学研究雑誌に掲載された研究論文『盲導犬ユーザーにおける職業キャリアの事例検討』の内容をもとに盲導犬ユーザーに焦点をあてて、障がい者雇用の課題や視覚障がい者のキャリア形成に必要な要因を18年の経験を踏まえて、わかりやすく紹介したい(※)。
※本文内の数字は、論文執筆時の最新データで記載
法定雇用率の変遷
障がい者雇用の現状
障がい者の就労の現状
厚生労働省の調査によれば、2023年6月時点で日本における民間企業による雇用障がい者は64万2,178人であり、前年比4.6%の増加となっている。これは12年連続で過去最高であると報告されている。また法定雇用率達成企業の割合は50.1%である。
視覚障がい者の就労は職域に偏りがあることが課題
先述の調査より、視覚障がい者の分野に注目したときには、就職率は36.5%となっており、米国の視覚障がい者の就労を調査した2017年度時点での視覚障がい者雇用率である44.2%と比較しても遜色ない水準になりつつあると言えるだろう(AMERICAN FOUNDATION FOR THE BLIND.(2017)。
しかしながら、職種別の雇用状況に目を移すと日本の障がい者雇用の問題が浮き彫りになる。厚生労働省の令和5年障害者雇用状況の集計結果の調査によれば、いわゆる「あはき業」と言われる「あんま・鍼・灸」に従事する専門職が全体の約40%を占め、「ビル・建物清掃員」が7.3%、総合事務員が6.3%と続いている。
一方で、世界85ヵ国の視覚障がい者の就労状況を調べた世界盲人連合の調査(2021)では、先進国からの回答が91%を占め、職種の割合は、経営・管理(Management)の割合が17.7%、事務補助(Office and Administrative Support)が17.4%となっており、次いで教育・研究・図書館スタッフ(Education, Training, and Library)が11.9%となっている。
このように世界と日本を比較すると、日本は視覚障がい者が就労している職域が偏っておりキャリアを形成する機会が限定的かつロールモデルとなるキャリアが少ないことが理解できるだろう。こうした日本の視覚障がい者雇用をめぐる状況は「あはき問題」等という言葉で厚生労働省の調査からも指摘されている。
ただし、これは「あはきの職種」に問題があるわけではなく、一部の職域や就労選択肢として限られている本質的なことが課題ということが示唆されている点がポイントになる。
先行研究からの視覚障がい者の就労とキャリア形成の課題
先述の障がい者および視覚障がい者の就労現状を踏まえて、先行研究を調査した結果以下のような課題が明らかにされていることがわかった。
- 低所得水準による離職率の高さ
- 職種に関わらず、同じ業務経験しかできていないため成長を他の障害種別よりも感じにくい
- ロールモデルが少ないため昇進やキャリア形成など自己実現の未来が描きにくい
こうしたキャリア形成の課題は職種の偏りと相関していると考えられる。
盲導犬ユーザーの就労課題
日本において重度視覚障がい者の中でも特に盲導犬ユーザーは就職をしづらい状況にあると考えられる。定量的なデータはないものの、関西盲導犬協会の盲導犬の普及と活躍の調査によれば、たとえば、「補助犬がいることで就職活動がうまくいかなかった」「盲導犬がいることで就職を断られる」といった事例が多く報告されている。
このように、盲導犬ユーザーの重度視覚障がい者は、そのほかの重度視覚障がい者よりも就職に際してより困難な経験をしている可能性が高いと考えられる。
そこで特に盲導犬ユーザーの就労とキャリア形成について研究をすることで、視覚障がい者が多様で質の高いキャリアパスを探索的に検討するために当事者視点での事例研究として取り組んだ。
事例検討の方法
対象者の選出方法
今回の事例検討の対象者としては、重度視覚障がい者かつ、日本の盲導犬育成11団体のうち事業規模、所属ユーザー数が多いことから公益財団法人日本盲導犬協会所属ユーザーの251名(2023年3月時点)から就労中の盲導犬ユーザー125名を前提条件とした。
そこから10例以上の共同訓練経験があり、視覚障害リハビリテーション業務において職業的な相談支援経験のある訓練担当者2名の視点で「盲導犬ユーザーとして職業的キャリア形成としてのロールモデルと考えられるユーザー」をそれぞれ5名ずつ計10名をピックアップし、完全一致した3名を本研究協力者として選出した。
本研究協力者の詳細
調査の実施方法
半構造化面接によるインタビュー調査を実施した。調査方法は、対面またはWEBによるインタビュー調査を90分で実施した。調査期間は、2023年5月10日~31日とした。インタビュー項目は次の表の通りである。
インタビュー項目
分析方法
分析方法として、事例‐コード・マトリックスによる質的分析を実施した。分析手順の概要は以下の通りである。
分析手順のイメージ
研究結果
事例コード・マトリックスにより、キャリア事例の特徴的な共通した3点が要因として把握できた。
- 自身のキャリアに対する強いコミットメント
- キャリア選択に人間関係が影響を及ぼしている
- キャリアで役に立ったことに関する戦略的な行動
研究結果からのまとめ
事例名 入社後の姿勢
総合職
Aさんに任せておけば大丈夫とか困りごとはとりあえずAさんのとこに持っていこうっていう立場になりえてる
事務職(総務部門)
まー寛容とか柔軟っていう意味合いも含めて、できるかどうかは別として柔軟に対応しよう
福祉職
「『調和』っていうのは社会モデルをすごいキーワードにしているわけですね、私の仕事の中では。誰もが暮らしやすい社会づくりっていう意味で調和。視覚障害当事者としてもそうだし、世間から信頼されるもそうだし、ユーザーの皆からも信頼してもらえる、職場の皆から信頼してもらえるっていう人間性でないとこの仕事はできない、と思ってる
事例名 キャリアで役に立ったこと
総合職
- 自分が目が見えなくなってから構築した人間関係
- 技術の変化
- 「営業スキル」
事務職(総務部門)
- 異業種での経験
- 上記の経験が、結果として「信頼関係」や密なコミュニケーションに繋がり「ポジションを作っていった」
- コミュニケーション能力。「どっちの方がこの人と一緒に仕事がしたいかって思われたときには、まーそこそこだけど人がいいからいいよねっていう方のが継続はしやすい」
- 「産業カウンセラーとキャリアコンサルを勉強した」ことで得た人間の心理に対する理解と、柔軟なものの見方。
福祉職
- 「私のすべてを支えているのは『オタ活』です。
- 「家族にほっといて大丈夫って思わせてあげたいという気持ちがあったんだよね。特に母親には。苦労かけましたから。」
- その他、『ハリーポッター』を読むために覚えた点字やアニメを観ることやゲームをするためにパソコンを覚えるなどの「オタ活」の影響が大きかった
- 「いろんなことを何となく知ってる」ことによる問題解決の際の「フック」の多さ
盲導犬ユーザーの職業キャリア形成に必要な要因
自身のキャリアに対する強いコミットメント
分析結果から「自身のキャリアに対する強いコミットメント」や「責任感」という点が挙げられるということがわかった。これは、コードで言えば「入社後の姿勢」に特に表れているものである。
たとえば、本稿で取り上げた総合職および事務職(総務部門)の事例は共に、会社側が両氏を仕事における戦力として捉えていないとの認識し、自分を職場の戦力として認識させるために人間関係の構築やアピール行動などに自律的に取り組んでいた。
このように対象者3名ともに主体的に行動することで入社後の自身のポジションアップやスキル向上を図っており自分のキャリアに対して強いコミットメントを持っていることが把握できた。
こうした強いコミットメントは一般化できるとまでは言い切れないものの、事例検討から視覚障がい者のキャリア形成に与えている影響が強い可能性が高いと考える。
キャリア選択に人間関係が影響を及ぼしている
前提として3名ともにキャリアにおける人間関係を非常に重視している。たとえば、事例コード「会社内の人間関係」では、すべての事例で「信頼」という言葉が抽出された。
こうした姿勢は障がいを持ちながら働く上で周囲の人との信頼関係や密なコミュニケーションが非常に重要であると認識している結果だと考えられる。たとえば、事務職(総務部門)の事例ではサポートしてくれる人を職場に見つける大切さが述べられており、総合職でも、キャリアを築く上での支援リソースは人間関係であり、自分の支えとなるものであるとしている。
またコード名「キャリアで役立ったこと」では本研究の事例はすべて人間関係やコミュニケーション能力、周囲の人との関係性を挙げていることから、人との出会いや関係性がキャリアパスとなっていることが示されている。
組織内におけるキャリア発達に関する戦略的な行動
既述の通り障がい者雇用枠による入社では、仕事上の結果よりも継続して出社することや人間関係を良好に保つことを求められているように見受けられるため、3名ともにまずは自身に仕事が回ってくるようにしなければならないという意識が強く働いている。
たとえば総合職では「Aさんにこの仕事は任せておけば大丈夫」という立場になるように努力をしたり、「周囲の雰囲気を読んで、コミュニケーション」をして「少しずつやれることを増やしていった」といった事例がみられた。
こうした動きは自分自身が置かれた立場を客観的に理解し、その理解に基づいて自分のキャリアを作り上げていくために必要な行動を一つひとつ取っていくという考え方が表現された結果であると言える。
盲導犬ユーザーは盲導犬との「信頼関係づくり」の経験や知見が、職場における周囲との人間関係構築に応用されている可能性が高いと考えられる。たとえば、盲導犬と共に歩行するという課題に根気強く取り組む姿勢がキャリア達成への強いコミットメントに応用されている可能性が高いということが示唆された。
ただし、本研究で得た知見を他の重度視覚障がい者にまで拡大することができるのか、という点についてはさらなる検討が必要であると言える。しかしながら、冒頭においても述べた通り、盲導犬ユーザーの方が職場への盲導犬の導入などを含めて、よりキャリア形成に当たって困難である場合が多く、当事者のキャリア形成での課題については、今回の研究で得たキャリア形成に関する知見は他の重度視覚障がい者にも資するものであると考える。
今後の研究課題
本研究での事例検討結果を一つの参考仮説にして、今後は視覚障がい者の職業キャリア形成に必要な要因と総合的な方略に関する研究が必要であると考える。
解決に向けての具体的な研究課題としては、「視覚障がい者のキャリア形成の状態を評価できる尺度開発に関する研究」や「組織内のジョブマッチングやキャリア支援に必要な要因に関する研究」「キャリア教育として、効果的な教育プログラムは何か」などが必要であると考える。
また、盲導犬ユーザーの社会参加を促進していくためには、盲導犬が貸与されるときの訓練プログラム内に、バックキャスティングでのキャリアを描く研修と評価ができるしくみが今後は検討が必要になると考える。
そうすることで、明確に「8年間の盲導犬歩行として何を盲導犬と実現をしたいのか」より実践的かつ新しい歩行訓練の支援としての価値につながることに期待したい。
最後に、2026年1月よりマイナビでも著者と共に盲導犬の受け入れがスタートしている。試行錯誤も含めて、今回の事例研究をきっかけにし、今後も盲導犬と共に働く環境や障がい者のキャリアをキャリアリサーチLabから研究活動を伝えていきたいと考える。
【参考文献】
- 厚生労働省(2023)「令和5年障害者雇用状況の集計結果」https://www.mhlw.go.jp/content/11704000/001180701.pdf,
- AMERICAN FOUNDATION FOR THE BLIND. (2017).Reviewing the Disability Employment Research on People Who Are Blind or Visually Impaired. https://www.afb.org/research-and-initiatives/employment/reviewing-disability-employment-research-people-blind-visually
- 厚生労働省(2018)「平成 30 年度障害者雇用実態調査結果」https://www.mhlw.go.jp/content/11601000/000521376.pdf
- KAREN WOLFFE. (2021). World Blind Union Employment Survey Results.
https://www.nivr.jeed.go.jp/research/advance/p8ocur0000009cox-att/sekai13-2.pdf
- 関西盲導犬協会(2013)「盲導犬の普及と活躍」
https://kansai-guidedog.jp/knowledge/activity/index.html
- 障害者職業総合センター(2004)障害者の雇用管理とキャリア形成に関する研究障害者のキャリア形成. NIVR調査研究報告書,62,1-124.
- HOKARI, K., GOTO,Y., MASUDA,Y., et al.(2023). Career Support for Persons with Visual Impairment: A literature review on the issues related to the employment of persons with disabilities in Japan, International. Journal of Humanities and Social Science,13(5), 11-17.
- 佐藤郁哉(2008)『質的データ分析法―原理・方法・実践』新曜社