シニア社員が活躍する組織が求められるのはなぜか

東郷 こずえ
著者
キャリアリサーチLab主任研究員
KOZUE TOGO

シニア社員を取り巻く環境

労働力人口の動態変化

日本社会では少子高齢化による人口減少が進行しており、今後は、生産年齢人口(15~64歳)の不足が特に深刻な課題になるといわれている。

一方で、総務省の統計によれば、2025年時点で65歳以上の人口は3,619万人に達し、総人口に占める割合は29.4%と過去最高を記録している。また、65歳以上の就業者数は930万人と過去最多となり、就業者全体に占める割合も13.7%に達している。

たまに「労働力人口が減少している」という表現を見かけるが、正確ではない。労働力調査(総務省)の結果を見ると、2024年平均は6,957万人で、前年から32万人増加しており、その増加を牽引しているのが「女性」と「シニア」の存在だ。このことからも、シニア層が労働市場において重要な役割を担い始めていることを示している。

高年齢者雇用安定法の改正

こうした状況を受けて、政府は高年齢者雇用安定法を改正し、2025年4月からは65歳までの雇用確保が義務化された。さらに、70歳までの就業機会確保についても、企業に努力義務が課されている。

見えてきた課題

このように、制度面では整備が進んでいるが、現場では「活躍の場がない」「役割が限定される」といった声が根強く、制度と実態のギャップが浮き彫りになっている現状もある。たとえば、経団連が実施した調査によると、60~64歳のシニア社員が担う職務や役割について、59歳時点と比較した際に「役割や範囲などを縮小(以前と同じ職務)」と回答した企業は62.5%だった。【図1】

【図1】高齢社員(60~64歳)が担う職務・役割の変化(59歳時点との比較)/「高齢社員のさらなる活躍推進に向けて(2024年)」(一般社団法人日本経済団体連合会)よりマイナビ作成
【図1】高齢社員(60~64歳)が担う職務・役割の変化(59歳時点との比較)/「高齢社員のさらなる活躍推進に向けて(2024年)」(一般社団法人日本経済団体連合会)よりマイナビ作成

高齢になったあとに働き続けることのできる制度は存在していても、シニア社員が真に力を発揮できる組織的な土壌が整っているとはいい難いのではないだろうか。

「シニア社員の活躍」の文脈においては、どちらかというと、シニア社員自身にリスキリングなどの知識やスキルのアップデートを促すメッセージが多くみられる。もちろん、そうした行動が必要なのはいうまでもない。しかし、これまで述べてきたようなシニア社員を取り巻く環境、特に職場の状況を鑑みると、本人の努力だけではどうにもならないことがあるのではないか、という疑問を感じた。

そこでシニア社員本人だけでなく「シニア社員が活躍する組織のあり方」にも注目し、さまざまな観点から議論していきたいと思い、本連載を始めた。

1回目となる本稿では、連載の導入として、シニア社員が活躍することの組織的な意義と受け入れ風土の課題、そしてその改善に向けた方向性について解説する。なぜ今このテーマが重要なのかを整理し、今後の議論の出発点を提示したい。

シニア社員が組織にもたらす価値

組織の知的資産としてのシニア社員

シニア社員が組織にもたらす価値としてまず考えられるのは、長年の経験を通じて培った言語化しづらいノウハウや経験値である「暗黙知」や高度な専門性といえるだろう。これらは組織の競争力や持続可能性を支える重要な資産である。

たとえば、先述の経団連による調査結果では、企業へのヒアリングを通じて明らかになったシニア社員に期待される能力として、「経験に裏打ちされた意思決定能力」「若手人材の育成指導力」「高度な専門知識および技能」が数多く挙げられている。この点は、特に技能の継承が必要な産業では重視されると思われる。

厚生労働省の調査によると、技能継承の取り組みを行っている事業所は全体の85.1%で、産業別にみると、「建設業」(97.1%)、「電気・ガス・熱供給・水道業」(97.0%)、「学術研究,専門・技術サービス業」(93.0%)、「製造業」(92.6%)が特に高く、いずれも9割を超えている。

また、労働政策研究・研修機構が製造業に実施した調査 では、技能継承を進めるための取り組みとして、「再雇用や勤務延長などにより高年齢従業員に継続して勤務してもらう」との回答が69.4%ともっとも多くなっている。【図2】

【図2】技能継承を進めるための取り組み(複数回答、単位:%)/「ものづくり産業における技能継承の現状と課題に関する調査(2019年)」(独立行政法人 労働政策研究・研修機構)よりマイナビ作成
【図2】技能継承を進めるための取り組み(複数回答、単位:%)/「ものづくり産業における技能継承の現状と課題に関する調査(2019年)」(独立行政法人 労働政策研究・研修機構)よりマイナビ作成

さらに、技能継承がうまくいっていると回答したのは、各世代が均等に所属している企業の割合が高い ことも示されている。

なお、シニア社員が持つ「暗黙知」に頼るだけでなく、これらの技能を「形式知」へ転換する施策(技能の可視化・テキスト化・マニュアル化・IT化)が並行して実施されていることも示されており、「暗黙知」と「形式知」の双方が技能継承において重要な役割を果たすものと考えられる。

働きやすい職場であることの象徴

シニア社員のうち、その企業で長く働く従業員の存在は、企業の「平均勤続年数」を引き上げる。従業員の幸福度はさまざまな要素の影響を受けるが、その一つに「働きやすさ」がある。多くの研究で、「働きやすさ」の代理変数として「平均勤続年数」が使われおり、その効果が示されている(杉村&平野, 2016 )。実際に、さまざまな企業ランキング において、「平均勤続年数」を肯定的な指標として利用することも多いようだ。

また、マイナビが大学生を対象とした調査で「新卒で入社する会社でどれくらい働きたいか」を聞いたところ、「定年まで」が22.4%、「10年以上」は19.5%となり、約4割の学生が長期的なキャリアを見据えていることが示されている。

昨今では、転職に対するネガティブなイメージは減少しているが、必ずしも多くのひとが短期スパンで職場を変えたいと思っているわけではない。シニア社員の存在は、こうした若者世代に対しても、職場におけるエンゲージメント向上にも寄与すると考えられる。

シニア社員が活躍しづらい組織の課題

制度として定年延長や継続雇用が整備されつつある一方で、シニア社員が実際に活躍できる組織はまだ限られている現状がある。

役職定年制度がもたらすキャリアの断絶

年齢を基準として役職を外し、一律的に役割や職務の範囲を縮小する制度として「役職定年制」があり、これがシニア社員の活躍を阻む大きな要因となっている。

人事院の調査によれば、役職定年制度を導入している企業は23.8%だが、その割合は大企業ほど高くなっている。【図3】

【図3】役職定年制の有無別企業数割合(単位:%、母集団:定年制がある企業)/「平成19年民間企業の勤務条件制度等調査」(n=3,633社)(人事院)よりマイナビ作成
【図3】役職定年制の有無別企業数割合(単位:%、母集団:定年制がある企業)/「平成19年民間企業の勤務条件制度等調査」(n=3,633社)(人事院)よりマイナビ作成

また、基準となる年齢としては「55歳」とする企業が多い。役職定年後は「概ね同格の専門職」に就くケースもあるが、約4割の企業では「格下の職務」への配置転換が行われている。【図4】

【図4】部長級 役職定年後の仕事内容別企業数割合(単位:%、母集団:役職定年制がある企業)/「平成19年民間企業の勤務条件制度等調査」(n=3,633社)(人事院)よりマイナビ作成
【図4】部長級 役職定年後の仕事内容別企業数割合(単位:%、母集団:役職定年制がある企業)/「平成19年民間企業の勤務条件制度等調査」(n=3,633社)(人事院)よりマイナビ作成

こうした「役職定年制度」がシニア社員のモチベーションの低下やキャリアの断絶を招いていることは多くの調査や研究で報告されており、継続雇用年齢を引き上げると同時に、役職定年制度の廃止なども併せて検討される必要があるだろう。

デジタル適応への支援不足

シニア社員のデジタルスキル格差も、活躍の機会を制限する要因となる。最近は、ビジネスにおいてもAI活用が広がるなど、今後ますますデジタルスキルが必要になると考えられる。企業によるデジタルリスキリング支援が不十分な場合、シニア社員は新たな業務に適応できず、結果として「戦力外」と見なされるリスクが高まると考えられる。

政府は「人への投資」を成長戦略の柱と位置づけ、2022年には「新しい資本主義実現会議」において、リスキリング支援の強化が打ち出された。特に、デジタルスキルの習得は、シニア社員が新たな役割を担ううえで不可欠であるといえよう。

シニア社員が活躍するためには、年齢に関係なく挑戦できる風土、多世代が協働できる仕組み、そして年齢に依存しない評価制度の導入などが求められている。

シニア社員の活躍が問い直す組織のあり方

本稿では、「なぜ今、シニア社員が活躍する組織が求められるのはなぜのか」という問いに対し、労働力人口の変化や制度改正といった外部環境、シニア社員がもたらす組織的価値に着目しながら、その背景と課題を整理してきた。

シニア社員の活躍は、単なる人手不足への対応ではない。それは、組織が年齢にとらわれず、多様な人材が能力を発揮できる環境を整えているかどうかのバロメーターともいえる。年齢を理由に役割を限定したり、期待を下げたりすることは、若手社員や中堅層にとっても「将来の自分の姿」に対する希望を失わせることにつながりかねない。

今後の連載では、こうした問題の根底にある「組織的エイジズム(年齢に基づく無意識の偏見)」や、多世代が協働する職場づくりに必要な考え方に関する専門家の解説や、企業の実践例を紹介していく予定である。「年齢を重ねること」がキャリアの終わりではなく、新たな価値創出の始まりとなるような組織のあり方を考えていく。


原田謙, & 小林江里香. (2019). 高齢就業者の職場における世代間関係と精神的健康――媒介変数としての職場満足度――. 老年社会科学41(3), 306-313.
杉村宏之, & 平野雅章. (2016). 企業の収益性が平均勤続年数に与える影響の定量分析. In 経営情報学会 全国研究発表大会要旨集 2016 年秋季全国研究発表大会 (pp. 151-154). 一般社団法人 経営情報学会.

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