育児も介護も、働きながら担う時代に
共働き世帯や核家族の増加に伴い、日本社会における家族形態は大きく変化してきた。これにより、育児・介護と仕事の両立は特定の人々に限られる課題ではなく、社会全体に共通する重要な問題となりつつある。
さらに、少子高齢化の進行に起因する労働力人口の減少が懸念される中、ケア労働を理由とした労働市場からの離職防止策の導入は、持続可能な労働力確保の観点から見ても極めて重要な課題である。
こうした背景のもと、育児・介護休業法は何度か改正が行われてきたが、特に、2025年4月の改正では、これまで以上に介護に関する項目が含まれたことでも注目されており、企業に対してより実効性のある支援制度の整備が求められるようになった。育児では、柔軟な働き方の拡充や育休取得状況の公表義務などが強化され、介護では相談体制や研修の充実が推奨されている。
しかし、制度の整備が進む一方で、実際に企業がどのように対応しているかについては、まだ十分に可視化されているとは言い難い。特に、育児支援と介護支援の間には、企業の対応姿勢に差があるのではないかという指摘もある。
本稿では、2025年6月に企業の人事・労務関連業務の担当者を対象に実施した「企業におけるビジネスケアラー支援実態調査 」の結果をもとに、育児支援と介護支援の“温度差”に着目し、その背景や課題、今後の支援のあり方について考察する。
調査結果から見える育児支援と介護支援の“温度差”
2025年4月の育児・介護休業法改定を受けて、企業がどのような対応を進めているかを尋ねた調査結果からは、育児支援と介護支援の間にある“温度差”が浮かび上がる。
【図1】では、2025年4月1日に改定された「育児・介護休業法」への勤務先企業の対応状況について質問した結果を示している。まず、育児支援に関しては「子の年齢に応じた柔軟な働き方の拡充(残業免除、テレワーク、時短勤務など)」については、41.4%の企業が「法改正を受けて新たに対応を開始した」と回答しており、「もともと実施していた(21.5%)」と合わせると、62.9%が実施済みだと回答している。
一方で、介護支援に関しては、実施済みとの回答がもっとも高い「介護休業・介護両立支援制度等の利用促進に関する方針の周知をしている」であっても、実施している割合は49.7%(「新たに対応」+「もともと実施」の合計)だった。
育児支援については、特に「数値目標の設定」で実施割合が低い傾向にあるが、制度の整備や運用という面でみる見ると、全体的に介護支援よりも先行していることがうかがえる。
【図1】2025年4月1日に改定された「育児・介護休業法」への対応について
あなたの勤務先であてはまるもの/「企業におけるビジネスケアラー支援実態調査 」
なぜ育児支援が優先されるのか?
育児支援と介護支援の“温度差”には、企業の人材戦略や社会的背景が深く関係していると考えられる。【図2】は人事業務の中で課題とされる項目を並べ、優先度の高いもの(1~5位まで)をひとつずつ選んでもらった結果について、1位、2位になった項目の回答割合を示したものである。
人事業務の中で、もっとも優先度の高い課題(1位)は「採用人数の安定確保」であり、その割合は49.5%だった。また、「2位」の項目としてもっとも高い割合だったのは「若手・中堅社員の定着促進」で23.5%となっており、この項目は「1位」の項目としても「採用人数の安定確保」に次いで回答割合の高い項目となっていた。
一方で、「介護と仕事の両立支援」を「1位」にあげたのはわずか0.6%である。煩雑になるためここでは、2位までの数字のみを提示しているが、「介護と仕事の両立支援」は3~5位にあげられた割合も数%だった。
【図2】人事に関する課題の中で、優先度の高い課題/「企業におけるビジネスケアラー支援実態調査 」
人事業務の中では若い世代を中心とした人材の確保と定着が喫緊の課題として特に重要視されており、なかなか「介護と仕事の両立支援」まで手が回っていないことが予想される。
また、若者の労働力不足が深刻化する中で、企業は若手人材の確保・定着に力を入れており、育児支援は、そうした若手社員にとって魅力的な施策であり、企業ブランディングや採用活動にも直結する“投資”と捉えられやすい側面があるといえる。
【図3】は厚生労働省が実施した「仕事と育児等の両立支援に関するアンケート調査報告書 」の結果だが、仕事と育児の両立支援を推進することで企業側が得られた効果として「妊娠・出産・育児等を理由に辞める社員が減った」が最多で42.2%となっており、実際に、育児支援には一定の手ごたえを感じる企業が一定の割合で存在することがわかる。
【図3】仕事と育児の両立支援を推進することで得られた効果/「仕事と育児等の両立支援に関するアンケート調査報告」(厚生労働省)
一方、介護支援の中心にいるのは中高年世代である。もちろん、介護の対象が子どもや兄弟である場合もあるが、多くは親の介護が中心であり、支援を必要とする社員は40代〜60代が多くなる。企業にとって中高年社員は「今いる人材」であり、将来性よりも効率性やコストの観点で語られることも少なくないと推察される。
介護支援が進みづらい理由
育児支援と比較して、介護支援が企業内で進みづらい背景には、いくつかの構造的な要因がある。
介護は突発的かつ不確定なライフイベント
まず、介護はその性質上、突発的かつ不確定なライフイベントである点が大きい。育児は妊娠・出産という明確なタイミングがあり、制度設計や運用の見通しが立てやすい。一方、介護は「いつ始まるか」「どの程度の期間続くか」「誰が対象になるか」が予測しづらく、企業としても制度化しにくいという課題がある。
把握しづらい社員の実態
次に、介護を担う社員の実態が“見えづらい”という問題がある。介護支援が導入されづらい理由を聞いたところ、「社員のニーズが見えてこない・聞こえてこない」が31.9%となっている。上位2項目は「他に優先すべき人事課題がある(43.7%)」「実施コストに見合う効果が見えにくい(32.4%)」となっているが、それについても、そもそも社員のニーズがあるかどうかがわからないことに起因していると考えられる。【図4】
【図4】「仕事と介護の両立支援」が導入・検討されにくい理由(主なものを3つ選択)/「企業におけるビジネスケアラー支援実態調査 」
では、なぜ社員のニーズは聞こえてこないのだろうか。「家族の介護を行う社員の人数をどのように把握しているか」を聞いたところ、上位3項目は「自己申告・キャリア申告のなかで把握している(38.5%)」「介護休業を取得した人数を把握している(35.3%)」「直属の上司による面談等で把握している(32.4%)」となった。【図5】
以前、独立行政法人労働政策研究・研修機構の池田氏に介護支援の課題について解説いただいたが、その中で以下の点が指摘されている。
- 家族の介護のために「介護休業」が取られることがまれであり、多くの人が有給休暇などで対応している。
- 職場の心理的安全性が確立されていないと介護についての相談や報告がなされづらい。
さらに、介護は「個人の問題」として捉えられやすいという組織風土的な課題もある。育児は社会全体で支えるべきものという認識が広がりつつあるが、介護については「家庭内の事情」として企業が踏み込みにくい領域と見なされる傾向が根強い。
これらの指摘を踏まえると、【図5】で示された「自己申告・キャリア申告」「上司による面談」という場での声や、「介護休業を取得した人数」だけでは、本当の意味で社員の実態を把握することが難しい状況があることが推察される。
なお、池田氏の解説の詳細は以下の記事をご覧いただきたい。
こうした要因が重なり、介護支援は制度整備の必要性が認識されながらも、実際の導入や運用が進みにくい状況にある。企業が介護支援に本格的に取り組むためには、まずは実態の可視化と、支援の必要性に対する共通理解の醸成が求められるだろう。
支援のあり方を問い直す
育児支援と介護支援の“温度差”は、単なる制度の有無や整備状況の違いにとどまらず、企業がどのような価値観や戦略を持って人材と向き合っているかを映し出している。
育児支援は、若手社員の定着や採用ブランディングに直結する施策として、企業にとって“攻めの人事”の一環と捉えられている。一方、介護支援は“守りの人事”として位置づけられがちであり、制度整備の優先順位が下がる可能性があることは先ほど述べたとおりだ。
しかし、マイナビが実施した調査によると、半数以上の人が介護をきっかけにキャリアを止めてしまうことも含めて、なんらかのキャリアチェンジを検討したと回答しており、介護は従業員の離職・休職・転職を考えるきっかけになり得るものだということがわかる。【図6】
【図6】介護を理由に離職・休職・転職を考えたことがあるか/「仕事と介護の両立に関する意識調査」(MEETS CAREER byマイナビ転職)
介護支援の充実は、中高年社員の離職防止や健康維持、さらには組織の持続可能性に直結する重要なテーマである。介護を理由に優秀な人材が職場を離れることは、企業にとって大きな損失であり、支援制度の整備はそのリスクを軽減する手段となる。
さらに、育児支援の成功事例は、介護支援にも応用可能である。たとえば、柔軟な働き方の導入や相談体制の整備、情報提供の仕組みなどは、育児・介護を問わず有効な支援策である。企業が育児支援で培ったノウハウを、介護支援にも展開することで、より包括的な両立支援体制を構築できる。
企業が介護支援を含む両立支援を本質的に機能させていくためには、制度の整備と並行して、支援を受けやすい職場文化の醸成が不可欠だろう。上司や同僚が支援制度の意義を理解し、利用を後押しする風土があってこそ、制度は実効性を持つといえる。
今後は、「誰もがケアを担う可能性がある」という前提に立った支援のあり方が求められ、企業が多様なライフイベントに対応できる柔軟な制度と文化を育てることこそが、働きやすさと人材の定着を両立する鍵となるだろう。
“誰もがケアを担う時代”に向けて
本稿では、育児支援と介護支援の企業対応における“温度差”に着目し、その背景や構造的な要因について考察してきた。
調査結果からは、育児支援が企業にとって若手人材の確保・定着に直結する施策として優先されやすい一方、介護支援は中高年社員が中心となることから、制度整備の優先順位を下げる傾向が見えてきた。また、介護は突発的で見えにくく、企業が実態を把握しづらいという課題もある。
しかし、介護支援の充実は、働きながらケアを担う社員の離職防止や健康維持、さらには組織の持続可能性に直結する重要なテーマである。育児支援の成功事例を介護支援にも応用することで、より包括的な両立支援体制を構築することが可能である。
今後、企業が取り組むべきは、制度の整備だけではなく、支援を受けやすい職場文化の醸成である。育児も介護も、誰もが当事者になり得るテーマであり、企業がその前提に立って支援の“質”と“文化”を育てていくことが、これからの人材戦略において不可欠だろう。
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