「ほめて伸ばすキャリア教育」世田谷区のキャリア教育先進校の挑戦-尾山台小学校 小田正弥校長

キャリアリサーチLab編集部
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本稿は「小学生からのキャリア教育」企画の第3回となる。キャリア教育を実践している小学校での話を聞くため、第2回の記事でお話しをうかがった筑波大学の藤田教授がアドバイザーとして入られている東京都世田谷区の尾山台小学校を訪問した。

尾山台小学校では、児童の「つながる力」「見つめる力」「たかめる力」「ゆめにむかう力」の4つの力を育むキャリア教育を実践。地域と連携し、保護者とも一体となって子どもたちの成長を支える教育活動を展開し、「全教育活動でほめて伸ばすキャリア教育!」を掲げている。

教職員はそれぞれの強みを生かし、児童の挑戦を応援し、日常的に児童の自己肯定感を高める取り組みを続けている。尾山台小学校が取り組むキャリア教育の魅力や、これからの展望について、小田校長にうかがった。

小田 正弥(世田谷区立 尾山台小学校 校長)
1973年、静岡県三島市生まれ。2001年、東京学芸大学大学院修士課程教育学研究科修了。東大和市立第一小学校教諭、文京区立湯島小学校教諭、千代田区立九段小学校主任教諭・主幹教諭、その後、青ヶ島村立青ヶ島小学校副校長、八王子市立恩方第二小学校副校長、八王子市立由井第一小学校副校長を経て、2022年より現職。青ヶ島時代の2017年に東京都教育委員会認証の校庭芝生の親方となる。2023年キャリア教育指導者養成研修修了。現在、特定非営利活動法人 教師力向上研究会 理事。

キャリア教育を再び根付かせるために試行錯誤した3年間

質問:尾山台小学校がキャリア教育に力を入れるきっかけについて教えてください。

小田:尾山台小学校がキャリア教育に力を入れ始めたきっかけは、二代前の渡部理枝校長(令和元年〜令和6年世田谷区教育委員会教育長)時代に、キャリア教育を校内研究活動の中心として取り組み始めたことです。

この地域は、商店街や大学、区立の体育館、図書館、中学校が徒歩圏内にあり、地域と密に連携が取れるという特徴があり、子どもたちのキャリア教育を進めるにはとても良い環境だと思います。先代の竹内明子校長(現杉並区立富士見丘小学校校長)も継続して進めたことで、尾山台小学校がキャリア教育に力を入れることが続きました。

ただ、令和4年に私が着任した当時は、感染症対策の影響から、地域連携や体験活動の実施が難しい状況でした。

また、小学校でのキャリア教育というと、体験型のイベントが中心になりがちですが、教科の貴重な授業の準備時間を削って、体験型イベントに時間を費やすことへの疑問を個人的に感じていました。

そのため、着任してからの3年間は、感染症対策が新たな局面を迎え、働き方改革が進んでいる今この時に、尾山台小学校でキャリア教育を実践し根付かせるにはどうすればいいか、自分なりに解決策を模索してきた期間でした。

キャリア教育で「求められる力」を子どもがわかりやすい表現に

質問:尾山台小学校では、どのようなキャリア教育の取り組みを行っていますか?

小田:本校では、「ほめて伸ばすキャリア教育」を大切にしています。また、文部科学省が示す4つの基礎的・汎用的能力「人間関係形成・社会形成能力」「自己理解・自己管理能力」「課題対応能力」「キャリアプランニング能力」を、子どもたちが理解できるように、「つながる力」「見つめる力」「たかめる力」「ゆめにむかう力」として再定義し、この4つの力を育てる指導法の工夫に取り組んでいます。【表1】

【表1】「全教育活動で、ほめて伸ばすキャリア教育!」この場面を産む授業を!この姿を見たら声かけを!ほめポイントの場面事例集/区立尾山台小学校
【表1】「全教育活動で、ほめて伸ばすキャリア教育!」ほめポイントの場面事例集/世田谷区立尾山台小学校(監修 筑波大学教授 藤田 晃之 先生)

まず、学年ごとに担任が替わっても、キャリア教育の連続性、一貫性が保たれるように、目標設定、実践、振り返りを継続的に実施する「キャリア教育のサイクル」【図1】を導入しています。

3学期のうちに次年度新学年の「キャリア教育年間指導計画」と「キャリア教育目標」を、今年度を振り返りながら作成します。新学年がスタートしたときから先生が無理なくキャリア教育に取り組めるようなシステムにしています。

【図1】キャリア教育のサイクル//世田谷区立尾山台小学校
【図1】キャリア教育のサイクル//世田谷区立尾山台小学校

そして、「ほめて伸ばすキャリア教育」を実践するために、「キャリア教育の場面設定・教員のリアルな声かけの共有」を実施しています。私たちは「ほめポイント」と呼んでいるのですが、これは、「つながる力」「見つめる力」「たかめる力」「ゆめにむかう力」と定義した力ごとに、子どもたちをほめる場面をイメージし、その場面に接した際に、どのように子どもたちに声をかけたらいいのか、具体的な声かけの事例を作成して共有しています。

【表2】「全教育活動で、ほめて伸ばすキャリア教育!」尾山台発ほめポイント 教師の声掛け用語集/区立尾山台小学校
【表2】「全教育活動で、ほめて伸ばすキャリア教育!」教師の声掛け用語集/世田谷区立尾山台小学校(監修 筑波大学教授 藤田 晃之 先生)

先生の中には子どもをほめることが得意な人もいればそうでない人もいます。どういう場面で、どんな声かけをすればいいのかを示して、どの先生も「ほめポイント」を踏まえた声かけができるようにしています。

「キャリア・パスポート」活用の工夫

小田:文部科学省が推進している「キャリア・パスポート」は、子どもたちが自身のキャリア形成の記録や振り返りに使用するツールですが、当校では、キャリア・パスポートを子どもたちの成長を“認めてほめる”ために活用しています。

子どもたちが記入した内容のどこが良かったのか、先生はほめポイントを意識してメッセージを記入することで、4つの力「つながる力」「見つめる力」「たかめる力」「ゆめにむかう力」の伸長につなげるためのキャリア・カウンセリングの場になっています。さらに、キャリア・パスポートへのコメントを全体で共有しています。

また、「キャリア・パスポート キャリア・カウンセリング 4つの力を伸ばす 教師の視点・教師の評価」と題して、「キャリア・パスポート」にコメントを書く際のポイントや、教員の思い、4つの力の評価方法、子どもたちの能力をほめて伸ばすコメント表現などについて、先生同士の研修を実施して共有し、キャリア・カウンセリングの手法を学び合う取り組みを進めています。

授業でも積極的に認めてほめて、できることを増やしていく

小田:本校では、「全教育活動で、ほめて伸ばすキャリア教育!」を掲げて、どの教科の授業でも「この場面だな!」と思ったら、子どもたちを積極的に認めていく、ほめていくようにしています。児童の行動や努力する姿を賞賛して、できることを増やしていくように努めているわけです。

高校生に対するキャリア教育であれば、もっと仕事のことについて学ぶ時間を取り入れるべきかもしれませんが、小学生の場合は少し違うように思っています。

たとえば「友だちの意見をうまく取り入れていた」というような行動は、まさに「つながる力」を発揮しているわけですが、「今の行動は人との関係を作る力に繋がるよ。社会で生きていくためにも人との関係を作ることは大事なことだよ。」と指導してあげることが重要です。

小学校だからこそ、そして日本の子どもたちの自己肯定感が低いと指摘されている今だからこそ、「全教育活動で、ほめて伸ばすキャリア教育!」というのは、大きな意味があるのではないかと思っています。

教職員には、先生たち一人ひとりの強みを子どもたちの教育に生かしましょう、と伝えていますが、それは子どもたちも同じです。足が速い子もいれば勉強ができる子もいます。もちろん、それが苦手な子もいますが、足は遅いけれど挨拶が上手、勉強は苦手だけど笑顔がとてもすてき、怒りっぽいけど正義感が強い、嫌なことを言わない、など、誰にも素晴らしい個性があります。

それぞれの良いところをもっと認めて、その子のいいところを伸ばしてあげる、そうすることでもっと自信を持って生きていけるようになるのではないかと考えています。

世田谷区尾山台小学校 小田校長

「ほめて伸ばすキャリア教育」が地域や保護者にも浸透

質問:地域や保護者との連携について教えてください。

小田:尾山台小学校では、キャリア教育を推進する上で、地域や保護者との連携を大切にしています。子どもたちの運動会は5月に実施していますが、その2週間前に地域の運動会が尾山台小学校で実施されます。その運動会には希望する子どもたちも参加可能で、地域の大人たちと一緒になって綱引きやパン食い競争などの競技を楽しんでいます。地域の方たちとの結びつきは本当に強いですね。

学校公開などで保護者・地域の方に来校していただいた際には、子どもたちのほめポイントを見つけて、アンケートやインターネットの入力フォームに、メッセージやほめ言葉、はげましの言葉を書いていただき、それを子どもたちに伝えています。

保護者の方たちも学校運営にとても協力的で、運動会や学校公開の際に感想を聞くと、子どもたちを認めてほめる言葉をたくさんいただけます。「ほめて伸ばすキャリア教育」の考え方が、保護者のみなさまに根付いてきていて、本当にうれしいことだと思います。

教員が無理なくキャリア教育を実践できるように配慮

質問:教員の方々がキャリア教育に取り組む上で、どのような課題がありますか?

小田:学習指導要領では、運動会のような体育的行事や、音楽会のような文化的行事を実施することになっており、それ以外にイベントをやろうとすると時間が足りませんし、教員の大きな負担になります。漢字や計算など、学習指導要領で確実な定着が求められている指導へも影響してしまうでしょう。

私自身は、学習指導要領に書かれている内容にそって指導すれば子どもたちの能力は伸びていくものと考えていますし、教員は忙し過ぎて学習指導要領の内容にそって授業を進めることで手一杯の現状があると思います。そのため、なるべく学習指導要領で定められた指導内容の中にどのようにキャリア教育を組み込んでいけるか、を意識しています。

キャリア教育を進めるにあたっては、地域によっていろいろな取り組みがなされますが、学習指導要領にはないことをすることで、大きな負担になり、授業時間が増えていくだけになってしまう可能性があります。

そこで、本校では、年間指導計画の中にキャリア教育を位置づけ、各教員が無理なく実践できるように配慮しています。1年生から6年生まで、学年ごとに、地域と連携した体験活動を行い、「つながる力」「見つめる力」「たかめる力」「ゆめにむかう力」の4つの力を育てながら、本校の核となる体験活動である、6年生の「リアル職業調べ」に繋がるように設計しています。

1年生から6年生まで、学年ごとに実施する体験活動は、授業として学習する内容なので、学習指導要領や教科書にある学習内容を、学校から地域に出て体験的に学ぶ、地域の方を学校にお呼びして学ぶといった取り組みになっています。

世田谷区尾山台小学校 小田校長

認めてほめることで、子どもたちの自己肯定感が向上

質問:キャリア教育を通じて、子どもたちにどのような変化や成長が見られましたか?印象に残っているエピソードなどがあれば教えてください。

小田:データとして具体的にご紹介できるものはありませんが、子どもたちの自己肯定感が向上しているのを実感できることがありました。

今年の運動会での出来事です。通常は、限られた時間ですから、先生たちが大きな声を出して叱咤する場面が見られるものですが、今年は、先生たちが大きな声を出さなくても、子どもたちはすごく楽しそうに練習していました。

「間違えないように一生懸命にやろう」という感覚ではなく、「間違えてもいいから一生懸命やって、自分ができているものを見てもらおう」という気持ちが強くなっているように感じました。日頃から子どもたちを肯定的に認めていることによる変化かなと思っています。

キャリア・パスポートの活用法、地域との連携が課題

質問:今後、尾山台小学校としてキャリア教育をどのように発展させていきたいとお考えですか?

小田:まず1つは、1年生にキャリア・パスポートをどうやって指導すればいいのか、その解決策を見つけたいですね。

1年生にキャリア・パスポートを書かせるのは大変で、休み時間や放課後に数名ずつ集めて個別指導をしているのを知った時は、担任の先生に本当に申し訳なく思いました。キャリア・パスポートを全国に普及させるためにも、負担なく現実的に運用する方法を探っていきたいと考えています。

また、キャリア・パスポートについては、書く時間をどのように確保するのかも、全学年に共通した課題だと感じています。

実際に、転入生のキャリア・パスポートが白紙だったりそもそも無かったりということは多くあります。全国的に、全学年でのキャリア・パスポートの指導は大きな課題だと思っています。

今、学級活動の時間は年間35時間と決まっていますが、学級での話し合いや防災などの指導もしなければならないので、キャリア教育のために時間を捻出するのがとても難しい状況です。

私自身は国語や生活科の時間の中で書いてもいいのではないかと思っていますが、学期の初めと終わりの時や行事の時に各学級で作成している「目標」「振り返り」とキャリア・パスポートを一本化することにもトライしてみたいと思っています。

さらに、地域と連携した活動の見直しも進めていくつもりです。今やっている地域と連携した体験活動が本当に子どもたちの成長に繋がっているのか、地域との連携の仕方に無理がないか、学校外に任せられるところを任せることができているか、1年生から5年生までで行っている体験活動が6年生で行う核となる体験活動に繋げられているかなどについて見直す必要があると考えています。

キャリア教育を常時活動として確立し、自分らしく生きる力を育む

質問:キャリア教育に取り組む意義や関心のある方へのメッセージがあればお願いします。

小田:全国どこの学校でも同じように実施できるキャリア教育はないと思います。地域の特性も違いますし、時間も予算も必要です。

ただ、もし尾山台小学校で実施しているキャリア教育にご興味があれば、いくらでもご紹介できます。キャリア教育というと、ついイベントを主体としたプログラムや職業体験といったイメージが先行しがちですが、本校のようにキャリア教育を確立することは可能だと思います。

キャリア教育を通じて、子どもたちが「つながる力」「見つめる力」「たかめる力」「ゆめにむかう力」を身につけて、まずは将来的に社会のなかで確かな自分の居場所を作ってもらいたいと思っています。

社会人になればそれが「働く」ということにもなると思うのですが、誰もが自分のやりたいことを仕事にできるわけではありません。小学校でのキャリア教育は、子どもは学校に行っているね、大人も何かしているね、それは仕事なんだね、という程度で良いと思っています。

大切なことは、小学校を卒業してからも、自分の居場所があること。そのためには「つながる力」「見つめる力」「たかめる力」「ゆめにむかう力」が必要であり、その力を活かすことができれば、どこにいても自分らしく生きていけると思っています。たとえば私が病気で今の仕事を続けられなくなったら、情けないですが、きっと家の中に閉じこもってしまうと思うんです。言葉を変えればまさにニートですね。

でも何かのタイミングで繋がりができ、福祉や行政、地域に支えられながら、リハビリをしたり、ボランティアをしたり、再び何かの職につくこともできるかもしれません。それが「居場所」を感じることだと思います。

そのためには、キャリア教育で身につける4つの基礎的・汎用的能力の育成がとても大切だと思っています。だからこそ、小学校でのキャリア教育として、自分はこれができる、自分のこの良さが活かせる、ここは得意だ、この作業が合っている、これが好きだ、ここは苦手だから努力しよう、協力したらできるかもしれない、わたしは苦手なことやできないこともあるけどがんばれるんだよ、という思いをめぐらせることができるように、ほめて伸ばすキャリア教育、「つながる力」「見つめる力」「たかめる力」「ゆめにむかう力」の育成に努めていきたいと考えています。

子どもたちが卒業後も自分ができることや得意なことを自覚しながら自分らしく生活ができる人へと成長し、ずっと笑顔いっぱい元気いっぱいで暮らせるようになってくれると、これ以上の喜びはありません。

世田谷区尾山台小学校 小田校長
東郷 こずえ
担当者
キャリアリサーチLab主任研究員
KOZUE TOGO

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