子どもの未来に必要な力を育むキャリア教育の意義-筑波大学 人間系 教授 藤田晃之氏

キャリアリサーチLab編集部
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本稿は「小学生からのキャリア教育」連載企画の第2回である。キャリア教育というと、「就職活動の準備」というイメージを持つ方も少なくない。しかし、本来のキャリア教育は、ただ職業選択に役立つ力を育てるだけのものではなく、生きていく上で必要な力を養うものであり、短期的な進学・就職支援とは異なり、長期的な視点に立つ教育である。

かつては「職業指導」「進路指導」と呼ばれていたこの分野も、時代の変化とともに進化を遂げ、現在では小学生や中学生から実施されるようになっている。本稿では、キャリア教育の本質的な価値や目的、そしてなぜ小学生からの教育が必要とされているのかについて、筑波大学の藤田晃之教授に解説していただいた。

藤田晃之(筑波大学人間系教授、博士(教育学))プロフィール写真

藤田晃之(筑波大学人間系教授、博士(教育学))
1963年、茨城県生まれ。1993年、筑波大学大学院博士課程教育学研究科単位取得退学。その後、中央学院大学商学部助教授、筑波大学教育学系助教授、デンマーク教育大学院(現:オーフス大学大学院教育学研究科)客員研究員、筑波大学大学院人間総合科学研究科准教授などを経て、2008年に文部科学省入省。初等中等教育局児童生徒課生徒指導調査官(キャリア教育担当)、同局教育課程課教科調査官(特別活動担当)、国立教育政策研究所生徒指導・進路指導研究センター総括研究官を兼務。2013年より現職。現在、日本キャリア教育学会会長、日本教育制度学会理事。

キャリア教育の本質と小学生から始める意義

Q.キャリア教育というと、就職活動のイメージを強く持たれることが多いのですが、そもそも「キャリア教育」とはどういうものなのでしょうか? また、なぜ小学生から実施する必要があるのでしょうか?

藤田:キャリア教育の歴史を振り返りますと、もともとは「職業指導」から始まって、「進路指導」に変わり、そして「キャリア教育」にだんだん移行してきたという背景があります。実は、職業指導も進路指導も、そしてキャリア教育も、本来の理念と世間一般に考えられているイメージとの間には相当のズレがあったのです。

キャリア教育の一つ前の進路指導も「生き方」「在り方」の指導といわれていたのですが、進学や就職の議論に絡め取られてしまいました。キャリア教育は1999年にスタートしたのですが、当時は若者のフリーター指向が社会問題となっていたので、ニートやフリーター対策として登場したのです。もちろん当時は意味があったのですが、その後、若者の志向性も大きく変化し、今ではその役割は終えたと言ってよいでしょう。

そうした状況を受けて、文部科学省を中心に、欧米で誕生したキャリア教育を日本に導入するには何が必要なのだろうと、あらためてキャリア教育の本質に戻る議論が始まったわけです。そのときに、焦点が当たったのは私たちが生きていく中での役割です。

私たちはみなさまざまな役割を担っています。職業人としての役割、家族の一員としての役割、地域社会の構成員などです。みんないろいろな役割を持っているのに、働く役割にだけ焦点を当ててしまう考え方にはそもそも無理がありました。

そこで文部科学省は、キャリア教育の理論を整理し、2011年に「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について(答申) 」を提示しました。それが、今日のキャリア教育の基礎になっており、社会人、職業人としていろいろな役割を果たしていく上で必要な能力を身につける教育、「キャリア教育」とされています。

さて、なぜ小学生からのキャリア教育が必要なのか。社会人、職業人としていろいろな役割を果たせるようになるには、問題の解消や解決に取り組んだり、未知の課題に挑戦したり、チームワークを大事にしたりと、さまざまな力が必要になります。

そういう力は小学生から育てていく必要があるわけです。もともとこうした力を育てる教育はなされてきましたが、そこに「キャリア教育」という光を当てて、これまでの小学校教育の価値を再認識しながら、前に進んでいくことが求められています。

教科学習と教科外活動におけるキャリア教育の価値

Q.学校教育で教科学習とともに教員の方が「キャリア教育」を行うことについてご負担も大きいのではないかと感じていますが、学校教育の中で実施することの価値はどこにあるとお考えでしょうか。

藤田:人間関係形成能力や社会形成能力、自己理解・自己管理能力、課題対応能力など、キャリア教育として必要なさまざまな力は、これまでも学校行事や学級会など、教科の外で培ってきたと思います。その点について、ご負担に感じられる先生はいないのでないでしょうか。

一方で、国語とか算数などの教科の中でキャリア教育をしようとすると、ちょっと負担だよねという声が聞こえてきます。ただ、それは誤解だという気がします。かつては知識基盤社会といわれ、最近ではSociety5.0とか第四次産業革命と表現される時代です。“知”が日進月歩で進展する時代で、これからは日進月歩の知に対する興味関心を持ち続けていくことが絶対的に必要なわけです。

そして、その知というのは、実は小学校の算数や国語、社会科などの教科の中に脈々と根っこがあるわけです。教科学習に対して面白いなとか、楽しいなとか、もっと知りたいなという思いを持ちながら、教科学習に臨んでいくということは、日進月歩の知に対して関心を向け続けていくということと地続きなのです。

実は、中学生を対象とした「TIMSS(ティムス)=国際数学・理科教育動向調査」や、高校生を対象とした「PISA(ピサ)=国際学習到達度調査」では、日本の子どもたちの成績は世界トップクラスです。しかし、「今、学んでいることと自分の将来がつながっていると思うか?」とか「誰かに何かいわれなくても、自分で進んで勉強しますか?」と聞かれると、肯定的回答率が世界の最底辺になってしまいます。ものすごく勉強はできるのですが、やっていることと将来が結びつかないし、面白くないと思っているようです。

そういう中学生や高校生が、大学に入って、あるいは社会人になって、日進月歩の知に関心を向けて学び続けますかというと、おそらく学び続けていかないでしょう。いつのまにか学校は、「知」の急速な進展をベースに大きく変容を遂げる社会から取り残され、そのしわ寄せを食らう若者たちを大量生産してしまっているかもしれないという危機意識を持つ必要があります。

小学生も中学生も、高校生も、今学んでいることが日進月歩の知、最先端の知と地続きなのだ、今学んでいることが自分の将来を豊かにしてくれるんだという意識を持つことはとても重要なことだと思います。

「先生、どうしてこんなことを勉強するのですか?」と聞かれたときに、はぐらかさずに一緒に考えてみること、足を止めて子どもに向き合うことがキャリア教育の一番の基本だと思います。

藤田晃之(筑波大学人間系教授、博士(教育学))

家庭でできるキャリア教育のヒント

Q.家庭において、保護者の方が一緒に行えるキャリア教育はありますか。

藤田:先生方も親御さんも、共通点は社会人だからこそ味わえる「楽しい瞬間」を子どもに隠さないということだと思います。たとえば、会社でいいことがあったときに、そのできごとをぜひお子さんに話してほしいのです。子どもって家庭の外の親の姿を知らないもので、家で疲れた大人しか見ていないと、大人になるのが嫌になってしまいます。無理はしなくていいので、いいことがあったときは家でちゃんと話してほしいですね。

それと、何年かに一回でいいのですが、子どもが生まれた瞬間をとっても待ち望んでいたんだということを伝えていただきたいですね。それが子どもにとっての自信や自己肯定感につながります。自分は生まれてきて良かったんだと思えるのです。そう思えた子どもは自分も子どもを持ちたいなと思うかもしれませんし、家庭での役割を再認識することになるのではないでしょうか。

また、親として子どもにはどうなってほしいのかを率直に話してほしいですね。「こうしなさい」と命令するのではなくて、「私はこうなってほしいと思っている」と正直な気持ちを伝えてほしいです。これが日本の親御さんたちは下手なのです。「あなたのためを思っていったのよ」とついいってしまう。同じメッセージでも「私はこうなってほしいと思っている。なぜならば、私はこういうことが心配だから、私はこういうことがあなたにとって幸せだと思うから」と表現してほしいです。

キャリア教育の話をしていると、親があまり子どもの人生を左右してはいけないんじゃないかとか、子どものことを尊重しなきゃいけないんじゃないかとおっしゃる方がいますが、親としても、人生の先輩としても、過度に遠慮する必要はありません。

もちろん、親の意見が子どもの考えとは違うこともあると思いますが、子どもを大切に思っている親としての気持ちは躊躇せずに伝えてほしい。いわゆる世間を代弁する存在ではなくて、自分の人生経験からいえることを率直にいう存在であることが重要だと思います。

労働力不足時代におけるキャリア教育の意義

Q.今後、日本は空前の労働力不足時代になるといわれ、特に若い方は労働力として望まれる存在になると思います。そんな中、危機感を持ってキャリア教育を行わずとも望む仕事に就けるのではないか、と思われる方がいらっしゃるかもしれません。この点においてはどのようにお考えになりますか?

藤田:たとえ話ですが、映画館に行くと、多くの人はスクリーンが見やすい位置に座りたいと思いますよね。当然、競争倍率も高くなります。それと同じように、どんな世界になってもみんなが憧れる仕事に就くには、競争力が必要になってきます。

それを前提として、労働力不足が進むこれからの日本では、2種類の競争相手がいると思うのです。

一つはAI・ロボティックスです。医学や法律などの専門的な仕事でもAIやロボティックスに取って代わられる領域がどんどん拡大してしまう。つまりそこに取って代わられないスキルを持つことが絶対的に必要なのです。どういう領域がAIやロボティックスに取って代わられるのか、どこであれば人間として勝負しうるのかということを見極めながらスキルを高めていく必要があります。

もう一つの競争相手は、国境の壁を越えて循環する労働力です。日本の労働力不足を国内だけでカバーしようとすれば売り手市場が進みますが、少しくらい給料が低くても喜んで日本で働こうとする海外の人はたくさん存在します。人の流れが国境を越え、海外の労働者がどんどん流入してきたときに、どういう競争力を持ち得るのかということを私たちは考えなくてはいけないと思います。

AIやロボティックスが進化すると、人間はもう働かなくていいんだ、余暇を楽しんでいればいいんだとおっしゃる方がいらっしゃいますが、それは間違いだと思います。人間は貪欲なので、AIがどんなに進化しても、もっと利便性が高く快適な世界を求めるのです。そして、AIではカバーできない領域をカバーするのが人間なので、人間の仕事はなくならないと思います。

地球全体の人口は、アフリカや東南アジアを中心にこれからも間違いなく増えていきます。今の子どもたちにとっては、仕事場は日本だけではなく世界に広がるはずで、日本人として培ったスキルや発想力、海外にはない独自性をどんどん発揮してグローバルに働くことが求められる時代になります。そういう視点からもキャリア教育の重要性が高まるのではないかと思います。

学校外の体験がアントレプレナーシップ教育の入り口に

Q.キャリアオーナーシップやアントレプレナーシップを学ぶために、小学生が学外に出て学ぶ機会を持つことについて、先生はどのようにお考えでしょうか。

藤田:大賛成です。小学校の社会科とか生活科の中に、町探検とか工場見学とか商店街見学があります。そういうものを活用することが、一つの入り口になるのではないかと思います。もちろん総合的な学習の時間でプロジェクト学習なんかをしてもいいと思います。

起業家を育てるための「アントレプレナー教育」は対象を限定してしまいますが、起業家的な思考や行動を育む教育「アントレプレナーシップ教育」は、小学校から必要だと思います。新しいニーズを掘り起こしてトライしていくような課題対応型の学びは、小学校教育に馴染みがいいですし、地域から学んでいくっていうことは子どもにとってはすごくいいことだと思います。

子どもたちって地域のことを実はよく知らないのです。日中は学校にいるので、その時間帯に地域で何が起きているかがわからないのです。いつも通っているお店があったとしても、バックヤードに入るだけで見方が全然違ってきます。

たとえば、花屋さんって営業中は非常に優雅な感じですが、競合店とも競わなきゃいけないですし、価格競争もあります。花卉市場での競り落とし際の瞬発的判断力も必要ですし、デザインセンスが問われるので常に学ぶことも不可欠です。非常に競争が厳しい世界なのです。職場見学や職場体験などをとおしてそういうことがわかってくると、仮に今自分が憧れている職業があったとしても、自分が見えているのは一部かもしれないと、自分の視点の一面性に気づくことができます。

アントレプレナーシップ教育は、レベルはいろいろありますが、小学校教育と親和性が高いので、それぞれの学校の可能な範囲でぜひやっていただけるといいなと思います。学校の良さというのは、家庭ではフォローしきれない体験の入り口を与えることなのです。自然体験もそうですし、何かを共同で作り上げていく体験もそうです。家庭ではできない体験の糸口を学校が提供するというすごく大きい役割を学校は担っています。

そういった体験の場や機会を企業側からアプローチして提案・提供していただくのは、学校側にとってもうれしいことです。ただ、どの科目も年間指導計画があるので、時間的なゆとりを持って提案していただくことをおすすめします。夏ぐらいに提案して来年度に実現するかな……くらいのスケジュール感です。学校の授業計画は前年度末には細部にわたって確定しているものなので、そういった学校文化を知っておいていただくといいかと思います。

キャリア教育の具体的な目標設定の重要性

Q.学校教育の中で小学生にキャリア教育を実施する際に、留意すべき点があれば教えてください。

藤田:小学校教育の中でキャリア教育をやろうとするときに、目標とする資質・能力の抽象度が高いことが多くあります。今は少なくなりましたが、たとえば「生き生き光り輝く子どもを育てる」といったことをキャリア教育の目標にしてしまうケースがあります。

このような表現だと、どういう資質・能力を身につけさせたらいいのかわからないのです。どこまで何をやったらキャリア教育ができた状態なのか検証できないわけです。「生き生き光り輝く子どもを育てる」という比喩表現を具体像に落とし込んで理解する必要があります。

そして、具体的な達成目標ができると、子どもを褒めることができます。たとえば、「不得意なことであっても最後まで取り組むことができる」など、具体的で明快な目標が設定できていると、図工で細かい作業が苦手でもやり続けることができたとか、算数で不得意な計算問題を投げ出さずに取り組めたなど子どもの頑張りを認めて褒めることができます。褒められると子どもはうれしいですよね。もう一回それを再現しようと思うようになります。苦手なことの克服にもつながりますし、自己効力感とか自己肯定感につながります。

さらに、それを学校の中だけにとどめるのではなくて、家庭のみなさまと共有することがとても重要です。親御さんは意外に子どもを褒めるのが得意ではありません。ですから、学校が目指すべきゴールを具体的に定めて、親御さんたちとそれを共有していただくといいと思います。また、家庭でも子どもができたことや、頑張ったことを連絡帳に書いて先生に共有していただくと、子どもは学校でも再び褒められるようになります。

具体的に資質・能力を定めて、それを「褒めポイント」として活用して、それを家庭と学校で共有し、親も教師も子どもの努力や成長をきちんと捉えて適切に褒めることが、今の小学校教育に求められていることかなと思います。

実は今、その「褒めポイント」-正確には、キャリア教育の評価指標ですが-の開発に取り組んでいます。学校や家庭に浸透させる必要があるので、子ども自身が自己評価できて、先生や親も適切に評価できるレベルまで具体化するために、日常言語に落とし込んで指標化を進めています。

また、キャリア教育の実践を支えるツールとして「キャリア・パスポート」を開発し、実際に運用を始めています。これは、小学生から高校生までの12年間、子どもたちが自身の学びや活動を記録するもので、自分の成長を振り返って、自己発見や自己の再評価ができるツールです。

あらためて子どもたちにとって有意義なキャリア教育とは何だろうかと考えると、もちろん社会人講師の方に来ていただいたり、職場見学に行ったりとか仕事体験をしたりすることは、とても有意義ですが、普段の学校生活や家庭生活の中でキャリアのことが語り合ったりできる環境づくりが大切かと思います。もっと肩肘張らずにキャリアについて考えられるようになるといいですね。

東郷 こずえ
登場人物
キャリアリサーチLab主任研究員
KOZUE TOGO

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