地球温暖化が「働き方」に突きつける課題に、企業や個人としてどう向き合うべきか-国立環境研究所 主任研究員 高倉潤也氏

キャリアリサーチLab編集部
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地球温暖化が加速する中、私たちの働き方や経済活動に深刻な影響が及んでいます。特に夏の猛暑による熱中症のリスクは年々高まり、屋内外労働や高齢化が進む現場では命を守るための対策が急務になっています。

本記事では、前回の国立環境研究所の横畠氏の記事に続き、地球の温暖化が労働環境・経済活動に及ぼす影響と、それに立ち向かうための企業・個人の取り組みとして、どういうものがあるのかについて、地球温暖化と熱中症との関係性を専門に研究している国立環境研究所の高倉潤也氏にお話をお伺いしました。

高倉潤也(国立環境研究所 社会システム領域 主任研究員)

1983年生まれ。大学院修了後、国内大手電機メーカー勤務を経て、2016年に国立環境研究所に着任。以降、熱中症等を含む気候変動の社会・経済的な影響に関する研究に従事。

世界的にも熱中症のリスクが増加している

質問:地球温暖化による気温の上昇で、働く人たちにどのような影響が出るのでしょうか?

高倉:気温上昇がもたらす影響の分かりやすい例は「熱中症」のリスク増加です。特に夏場には、日本でも多くの熱中症関連のニュースが報じられていますが、これはまさに気温が高くなることによって、被害が発生することを表しています。こうした影響は世界中で見られており、特に赤道に近い地域では一年を通じて気温が高いため、より大きな影響を受けています。

加えて、こうした高温地域には開発途上国が多く存在し、現在も手作業による労働が主流となっている場合が少なくありません、農業をはじめとする現場では直射日光下での重労働が日常的に行われており、作業環境は非常に過酷です。機械化による省力化が進んでいる先進国と比べて、身体的な負担が非常に大きく、気温上昇による健康被害を受けやすい傾向にあります。

質問:日本の働く環境において影響はありますか?

高倉:日本では、7月から8月にかけて夏の猛暑がピークを迎えますが、特に屋外で働く人々にとっては深刻な問題です。たとえば、建設や農作業の現場では強い日差しを遮るものが少なく、温度が非常に高くなります。こうした環境では体温調節が難しくなり、熱中症のリスクが常に伴います。

さらに建物の建設途中の段階では、屋内であっても空調設備が整っておらず、熱がこもりやすいため、実は外と同じかそれ以上に過酷な環境となることもあります。外にいても中にいても、猛暑の影響を避けることは難しく、命に関わる労働環境であることは変わりません。

また、日本では高齢化が進行しており、年齢とともに体温調節機能が低下することで、熱中症に対する脆弱性も増していると考えられます。このように、温暖化と高齢化の進行が重なることで、日本でもより本格的な対策が必要になると考えられます。

気候変動・熱中症対策は“生産性向上・従業員の定着”の第一歩

質問:気候変動・熱中症の対策としてどのような施策が考えられますか?

高倉:1つは作業の機械化や自動化の取り組みです。たとえば、建設分野では、部材をあらかじめ工場で組み立ててから現場に運ぶ方法が導入されている例があります。これにより、現場での作業時間を大幅に短縮でき、屋外で長時間作業する必要が減るため、熱中症のリスクを抑えることができます。

また、機械化は単なる熱中症対策にとどまらず、人手不足という社会課題とも関連しています。人員を多く割けない現場で、いかに効率的に成果を出すかという視点からも、機械化は重要な投資と捉えられるようになってきています。熱中症対策を「コスト」としてではなく、「生産性向上」や職場環境の改善による 「従業員の定着」の施策として位置づけることにより、企業内での合意形成や投資判断が進みやすくなる可能性があります。

ただし、すべての現場や作業で機械化を導入できるわけではありません。また、農業分野では、高齢化や後継者不足といった課題も重なり、家族経営の小規模な生産者にとっては大規模な設備投資が難しいケースも少なくありません。

そのため、機械化や自動化を進めることは重要である一方で、現場ごとの実状に応じた工夫や、負担を軽減するための柔軟な支援策もあわせて求められています。 比較的手軽に取り入れられる個人レベルの対策も広がりつつありますが、実際に効果のある対策を選ぶことが重要です。

質問:「安全配慮義務」の観点では、最近省令改正も検討されています。

高倉:厚生労働省の安全衛生分科会では、熱中症による労働災害を防ぐための省令改正が検討されています。リスクのある作業者を早期に把握し、事業者に対しては、体制整備や予防措置の手順を策定し、それを関係者に周知することを義務づける内容です。

これは労働安全衛生規則の一部改正として進められていますが、これまでは企業の自主的な取り組みが基本でした。いずれにしても、現場の労働者や責任者・管理職への「暑さの危険性」に関する教育を通じて、危機意識の醸成を図ることが、基本的な対策として重要です。

また、暑熱対策は屋外労働者に限らず、屋内労働者にも必要です。冷房が十分でない職場では屋内でも熱中症の危険があり、熱中症にはならなくても暑さで快適性が損なわれる恐れがあります。

企業としては、断熱性能の向上や省エネ型エアコンの導入、冷房使用への配慮など、快適な職場環境を整備することが重要になってくるでしょう。これは従業員の健康を守ると同時に、生産性向上にもつながります。地球温暖化の進行に伴い、働き方そのものの見直しも求められるかもしれません。

地球温暖化は経済活動にも影響を及ぼしている

質問:暑い時期は影響をイメージしやすいですが、猛暑のシーズン以外だと、どういう影響が考えられますか?

高倉:猛暑のシーズン以外でも、地球温暖化の影響はさまざまな形で現れます。たとえば、気温の上昇により大気中の水蒸気量が増えることで、冬に大雪が増えるということもあり得ます。台風や豪雨といった極端な気象現象の頻度や強さも地球温暖化の影響を受けます。

それにより、道路の冠水や地滑りによる配送の障害や遅延、運行の停止などの物流業への影響や豪雨による工期遅延、洪水によるインフラの損傷、台風や猛暑などによる観光地の閉鎖やキャンセル増加なども起こりえます。

また農業分野では、気候が変わることによって播種や収穫に適したタイミングが変わり、年間の作業計画そのものを見直す必要が出てきます。このように、地球温暖化は熱中症だけでなく、さまざまな経済活動に対して、年間を通じて広範な影響を及ぼしています。

豊かさを維持しながら温室効果ガス排出を減らす、企業と個人の選択肢とは

質問:普段の社会活動において、地球温暖化や気候変動を防ぐために企業の視点、個人の視点でどのようなことがありますか?

高倉:まず重要なのは、「経済活動を止めずに排出を減らす」ことが十分に可能であるという認識を持つことです。二酸化炭素などの温室効果ガスの排出削減というと、多くの人が「便利さや豊かさを我慢しなければならない」と考えがちです。しかし実際には、技術の進歩により、快適さを損なわずに環境負荷を抑えることが可能です。

環境分野で用いられる「IPAT式」では、「I(Impact):環境への影響=P(Population):人口×A(Affluence):豊かさ×T(Technology):技術」で表されます(Tは値が小さいほど技術レベルが高いことを表す)。この式に基づけば、人口や生活水準が一定であっても、技術が向上すれば環境への影響は減らせます。つまり、豊かな生活と持続可能な社会の両立は決して不可能ではないということです。

企業であれば、国際会議や海外出張の多くをオンラインに切り替えたことで、航空機利用を大幅に削減できました。飛行機は1回の移動で大量の二酸化炭素を排出するため、リモート会議の活用は温室効果ガス削減において非常に効果的な手段であるといえます。

個人でいえば、技術者であれば、省エネルギー性の高い製品を開発したり、生産や物流の工程を見直して効率化を図ったりすることで、温室効果ガスの排出を抑えることができます。技術開発に直接関わっていない部署や人であっても、オフィスの省エネやペーパーレス化といった身近な取り組みで、温暖化対策への貢献は可能です。

プライベートにおいても、車の使用を減らして公共交通機関を利用したり、冷暖房の使い方を工夫したりすることで、環境への負荷を軽減することができます。また、技術だけに頼るのではなく、「足るを知る」ことも大切です。

便利さや豊かさを我慢しなければならないということではないと言いましたが、どれほど技術が進歩しても、過剰な快適さや便利さを無制限に追い求め続ければ、結果として地球環境への負担は増してしまいます。日々の暮らしの中で、「これは本当に必要か」と、立ち止まって考えることも大切になってきます。それが、持続可能な社会づくりにおいて欠かせない視点となってきます。

このように、私たちは経済活動を犠牲にすることなく、技術革新やライフスタイルの見直しを通じて、気候変動対策に取り組むことができます。一人ひとりの小さな行動の積み重ねも、大きな変化のきっかけになるかもしれません。

「本当に必要なものを、必要なときに適切に消費する」。そういう意識も、私たちが取り組める大切なアクションになってきます。

温室効果ガス削減には炭素税などの制度面の対策が不可欠

質問:温室効果ガスの排出量の低減を考えたときに、世の中全体で取り組めることはありますでしょうか?

高倉:温室効果ガス排出を減らすには、個人の努力よりは、国や企業による制度や技術面での対策の方がむしろ重要です。人々の暮らしの快適さを犠牲にせずに環境負荷を下げるには、社会全体の構造的な変化が求められます。

たとえば、火力発電から再生可能エネルギーへの転換は、国の政策として進めるべき大きなテーマです。そのために、1つは温室効果ガス排出に対して税を課す「炭素税」などの仕組みの導入。これも排出抑制を促す有力な手段とされています。

2つ目は、再エネや省エネ技術の開発に対する補助金の活用です。実際、日本では太陽光発電への補助金により急速な普及が進んだ時期もありました。ただし補助金の使い方には副作用もあるため、どのように導入するのか設計には慎重さが求められます。

このように、制度や技術を軸とした取り組みを進めることで、社会全体の排出量削減に大きな影響を与えることができます。

気候変動の危機に自分事として向き合う、企業に問われる視点とは?

質問:今後日本や企業は気候変動や地球温暖化にどう向き合っていくべきだとお考えですか?

高倉:先進国がこれまでに排出してきた温室効果ガスの影響によって、排出量が少なかった開発途上国が大きな被害を受けているという構図は、気候変動問題を考えるうえで極めて重要な視点です。先進国に対し、開発途上国は「責任を果たすべきだ」と訴える一方で、先進国の中には「自国への影響は少ない」として対応に消極的な姿勢もあり、この不均衡が国際的な議論を複雑にしています。

しかし、気候変動の影響は決して一部の国にとどまるものではありません。現在の経済活動はグローバルサプライチェーンで成り立っており、たとえ被害が開発途上国に集中したとしても、その影響は先進国にも跳ね返ってきます。たとえば、途上国で自然災害が発生すれば、原材料や製品の供給が滞ったり、現地の労働力が確保できなくなったりすることで、先進国の企業活動にも深刻な影響を及ぼします。

さらに気候変動による貧困の拡大や社会基盤の破壊を引き起こし、それが結果として難民の増加や国際的な社会不安につながる可能性もあります。こうした問題は、もはや一国だけで解決できるものではなく、世界全体で協力しなければ解決できないグローバルな課題であることは明らかです。

日本を含む先進国や先進国の企業は、国際的な支援や協調のもと、持続可能な経済活動への転換を積極的に進める責任があると思います。特に企業は、自社のサプライチェーンを含む広い視点で気候リスクを捉えることは自社の事業を継続するためにも必要であり、その対策や取り組みを社会にメッセージとして発信することは、課題への理解促進と行動喚起にもつながるかもしれません。

ライター:西谷忠和

片山久也
登場人物
キャリアリサーチLab編集部
HISANARI KATAYAMA

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