ここ数年、私たちはこれまでにない暑さを経験している。日本各地では記録的な猛暑や豪雨が頻発し、さまざまな問題が生じている。
一方、世界に目を向けると、異常な熱波や大規模な山火事が各地で発生。まるで気候が暴れているように感じられる。この記事では、このまま地球温暖化が進むのか、そして私たちは地球温暖化を止めることができるのかについて、最先端の科学をもとに探っていく。
■著者紹介
横畠徳太(国立環境研究所 地球システム領域 主幹研究員)
北海道大学理学研究科地球惑星科学専攻修了、理学博士。東京都出身。専門は気候科学。現在の研究テーマは、地球システムにおけるティッピングポイントの分析、地球ー人間システムモデルの開発、世界や日本の永久凍土の現状評価と将来予測、さまざまな環境問題の連関についての分析。
この先の10年でどれだけ気温は上昇するのか? 温暖化の近未来予測
2023年と2024年は、世界の平均気温が観測史上最高を記録し、日本国内でも統計開始以来の最高値を更新した。このまま地球温暖化が進むのか、多くの人が関心を寄せているだろう。
図1は、世界の気候研究機関が開発した「全球気候モデル」の結果であり、過去と将来の気温変化を示している。全球気候モデルは、地球全体の気候をコンピュータモデルで再現するものだ。この図では、実際に観測された気温変化も示している。【図1】
【図1】世界の気候研究機関が開発した気候モデルによって計算した(左)地球全体および(右)※1
図1を見ると、いくつかの重要なことがわかる。モデルは大きなばらつきはあるものの、その範囲内に観測値が収まっており、過去の気温変化を再現している。このことから、気候モデルの精度がそれなりに高く、将来予測にも一定の信頼がおけると言えそうだ。
その上で将来の気温変化を見てみると、今後10年、地球でも日本でも平均気温が上昇し続けると予測されている。つまり、「温暖化の進行はこのまま続くのか?」という問いに対して、最新の科学からは「YES」と言えそうだ。
図2において、気温の将来予測をする際には、将来起こり得る社会・経済と、それによる温室効果ガス排出量を想定している。このような想定は「社会経済シナリオ」と呼ばれるが、どのような社会経済想定(シナリオ)のもとでも、世界と日本で気温上昇が続くことが予想されている。
※1 日本全体の年平均気温の変化。色線が気候モデルによる結果で、黒線が観測された気温変化。産業革命前(1850年から1889年までの平均値)と比べた数値として示している。色の違いは、将来の社会・経済をさまざまな形で想定した「社会経済シナリオ」の違い。社会経済シナリオとして、脱炭素1.5℃シナリオ(SSP1-1.9)、脱炭素2℃シナリオ(SSP1-2.6)、中庸シナリオ(SSP2-4.5)、高温暖化シナリオ(SSP3-7.0)、最高温暖化シナリオ(SSP5-8.5)の結果を示す。
地球温暖化はなぜ進む?人間が排出した二酸化炭素のゆくえ
過去において地表気温が上昇し、今後も上昇すると予測されているのは、空気中の温室効果ガス(主に二酸化炭素)が増えているためだ(二酸化炭素の増加が温暖化をまねく証拠)。そして空気中の二酸化炭素濃度が増加するのは、人間がたくさんの二酸化炭素を排出しているためである。【図2】
【図2】人間が1年間に排出する二酸化炭素量(400億トンほど)のゆくえ※2
人間が排出する二酸化炭素量は、年間400億トンほどになる。これは人間が化石燃料を燃やし、農地を作るために森林を伐採しているためである。人間が排出した二酸化炭素は、植物が光合成に利用し、海水に溶けることで、自然に吸収されている。しかし、自然が吸収できる二酸化炭素には限りがある。
最新の推定では、自然が吸収する二酸化炭素は、人間が排出する量の5割程度でしかない。残り半分程度の二酸化炭素は、空気中に残るのだ。このため、空気中の二酸化炭素は増えることになる。このような自然のバランスについて、ぜひとも知っておいてほしい。
※2 31%が陸上の植物の光合成によって吸収され、26%が海水にとけることで海に吸収される。人間の排出した二酸化炭素の半分程度(47%)は大気中に残ることになる。最先端の推定でも、二酸化炭素のゆくえについての推定には不確かさがあり、4%程度の「不均衡」が生じている。Global Carbon Budget 2024の数値をもとに作成。
意外な現実:二酸化炭素排出量はそれほど増えていないが、二酸化炭素濃度は増えている
全世界の過去の二酸化炭素排出量と、その将来予測を示したのが図3だ。この図から、全世界の二酸化炭素排出量は2000年代には増加していたが、最近はそれほど増えていないことがわかる。【図3】
【図3】世界の気候研究機関によって地球温暖化予測を行うために想定された「社会経済シナリオ」の(左)二酸化炭素排出量 [億トン/年] および(右)二酸化炭素濃度 [ppm]※3
COVID19のために世界の経済活動が停滞し、二酸化炭素排出量が減少したことも関係しているが、地球温暖化対策が進んだことも関係するだろう。近年、人間による二酸化炭素排出量はそれほど増加していないにもかかわらず、空気中の二酸化炭素濃度は増加し続けている。これは前述の通り、人間が排出した二酸化炭素の半分程度しか自然によって吸収されないためである。
人間が排出した二酸化炭素の半分は大気に蓄積し続けるため、空気中の二酸化炭素は増加し続けている。増加する二酸化炭素の温室効果によって、地表の気温が上昇し続けているのだ。
前述のように、将来予測を行う際には「社会経済シナリオ」としてさまざまな形で温室効果ガス排出量を想定している(注1)。この記事で紹介している計算は2015年頃に作成された社会経済シナリオに基づいているため、2015年以降が「将来の社会経済シナリオ」として想定されたものとなっている。
図3から分かるように、現在の二酸化炭素排出量は、2015年に想定された「中庸シナリオ(オレンジ、SSP2-4.5)」に近いものになっている(注2)。この一方で、気候対策の国際枠組みであるパリ協定では「産業革命前と比べた気温上昇を2度より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をする」との目標を掲げている。この目標を実現するためには「脱炭素2℃シナリオ(青、SSP1-2.6)」のレベルまで二酸化炭素排出量を減らす必要があるが、まだそのような排出削減は実現されていない。
※3 2015年頃の研究にもとづいているため、2015年以降が「将来」として想定されている。黒線はGlobal Carbon Budget によって推定された二酸化炭素排出量と二酸化炭素濃度。社会経済シナリオとして、脱炭素1.5℃シナリオ(SSP1-1.9)、脱炭素2℃シナリオ(SSP1-2.6)、中庸シナリオ(SSP2-4.5)、高温暖化シナリオ(SSP3-7.0)、最高温暖化シナリオ(SSP5-8.5)の結果を示す。
二酸化炭素排出量を「ゼロ以下」にすることで、初めて地球温暖化を止めることができる
図2では「人間の排出した二酸化炭素のうち自然は半分しか吸収しない」と説明した。このことを考えると、「人間の排出する二酸化炭素を半分にすれば、自然がそのすべてを吸収し、二酸化炭素濃度が一定となり、地球温暖化が止まるはず」と予想することができる。
しかし実際には、地球温暖化を止めるには「人間による二酸化炭素排出量を半分にする」だけでは不十分で、「人間の二酸化炭素排出量をゼロ以下にする」ことが必要である。この理由を示したのが図4だ。この図は、「仮に人間の二酸化炭素排出量を現在の半分にした場合、気温上昇は止まるか?」についての思考実験である(注3)。【図4】
【図4】「地球温暖化を止めるために、人間の二酸化炭素排出量をどこまで減らす必要があるか」を示す概念図※4
仮に人間の二酸化炭素排出量を半分にすることができた場合(②)、排出量と吸収量が一致し、二酸化炭素濃度は一定値に落ち着くはずである。しかしながら地球全体の気温は、二酸化炭素濃度の増加に対して時間的な遅れを持って上昇する。地球表面の7割を占める海洋は、温度が上がるのに長い時間がかかるためである。
このため②の状態でも、気温が上昇し続ける。そして気温が上昇すると、植物の呼吸が増えるなどして、自然による二酸化炭素の吸収量が低下してしまう(③)。その結果、再び二酸化炭素排出量が吸収量を上回ることになり、①に近い状態が実現される。
気温上昇を止めるためには①から③を繰り返すことで、最終的には二酸化炭素排出を大幅に減らすことが必要になるのだ。二酸化炭素以外の温室効果ガスの排出がある場合、それによる気温上昇を相殺するために「二酸化炭素排出量をゼロ以下にする」ことが必要になる可能性もある。
※4 「地球温暖化を止めるために、人間の二酸化炭素排出量をどこまで減らす必要があるか」を示す概念図。図3で示すように、人間による二酸化炭素排出のうち、自然は半分程度しか吸収しない。「仮に人間の二酸化炭素排出量を現在の半分にした場合、気温上昇は止まるか」を考察した思考実験である。
未来を変えるために、私たちに何ができるか
この記事では、今後もこのまま地球温暖化が進むかどうかについて、いろいろな角度から説明した。地球の仕組みを考えると、現状のまま人間が二酸化炭素を排出すると、気温上昇が続く可能性が高い。
もっとも大きな問題は、「人間が二酸化炭素排出を続ける限り、気温上昇が続いてしまう」ことだ。人間による二酸化炭素排出量をゼロ(以下)にしない限り、地球温暖化が続き、気温上昇によるさまざまな問題が悪化していく。
このことから、前述のパリ協定では「今世紀後半に温室効果ガスの人為的な発生源による排出量と吸収源による除去量との間の均衡を達成する」つまり、今世後半に温室効果ガス排出量を実質ゼロとすること(ネットゼロ)を目標としているのだ。これを踏まえて日本では「2050年に温室効果ガス排出を実質ゼロ、2035年に60%削減」を目指している(2013年を基準)。
二酸化炭素は一般に「ものを燃やす」ことで発生する。温室効果ガス排出を大幅に減らすことは難しいと思われるかもしれない。しかし図3で示すように、世界の二酸化炭素排出量の増加ペースは遅くなってきている。また日本の温室効果ガス排出量も確実に減ってきている(環境省:温室効果ガス排出・吸収量)。
現在のこの流れを加速させるために、私たちにできることも、たくさんあるだろう。社会の方向性を決めるのは私たちである。そして社会の向かうその先に、気候変動の未来がある。
注1: 社会経済シナリオ:共通社会経済経路、Shared Socio-economic Pathways (SSP) と呼ばれ、IPCC第6次報告書(2020-2022)に向けて作成された。将来の社会像を5通り(1=持続可能社会、2=中庸社会、3=地域分断社会、4=格差社会、5=化石燃料依存社会)、2100年時点での温室効果ガスによる地球を加熱するエネルギーを5通り(1.9 Wm-2, 2.6 Wm-2, 4.5 Wm-2, 6.0 Wm-2, 7.0 Wm-2, 8.5 Wm-2)想定し、それぞれの組み合わせで社会経済シナリオを構成している。
注2:IPCC 第6次報告書が出版された2020年頃では、気温上昇が大きく上昇する最悪の事態を想定するため、高温暖化シナリオ(SSP5-8.5/SSP3-7.0)がさまざまな分析に利用され、現在でも活用されることがある。図3を見ると、現状のまま社会が推移することを想定する場合には、SSP2-4.5を利用した分析が適しているかもしれない。しかしながら、気候変動やそれによって生じるさまざまな気候変動影響を評価するモデルは完全ではなく、気候変動やその影響を過小評価している可能性もあることから、高温暖化シナリオを用いた分析にも意義はあるだろう。
注3:図4は筆者オリジナルの思考実験であり、「気温上昇を止めるために二酸化炭素排出をゼロにする必要がある」ことはさまざまな方法で説明することができる。もっとも一般的な説明は、次のようなものである。図4で示すように、二酸化炭素濃度を一定にするだけでは、海洋が遅れを持って温度上昇をするため、地球の気温は上昇する(A)。二酸化炭素排出をゼロにすると、自然による二酸化炭素吸収によって、二酸化炭素濃度が低下する(B)。(A)による気温上昇と(B)による気温低下がつりあうことにより、気温が一定に保たれる(気温上昇が止まる)ことになる。