目次
はじめに
マイナビが実施したの「アルバイト採用活動に関する企業調査(2023年)」)によると、2023年のアルバイト人材の人手不足感は63.6%と2022年より1.7pt増加し、2020年のコロナ禍による不足感の緩和以降は毎年不足感が高まっている。業種別では[警備・交通誘導(セキュリティ等)]で83.3%(前年比:横ばい)ともっとも高く、次いで[介護]で75.6%(前年比:+6.7pt)となり、コロナ禍前の不足感を上回った。【図1】
労働力不足を解決するために、企業において多様な人材の就業機会の拡大を行うことが重要視されている。そこで今、仕事の範囲・労働時間・勤務地などの働き方を限定した「限定正社員制度」が注目を集めている。
企業にとっては、優秀な人材の確保や離職防止などに繋がることが期待される一方で、働き手においてはニーズに合わせた働き方が可能となり、ワークライフバランスの両立を行いやすいことから、企業と働き手の双方にとってメリットがある制度であると考えられる。特に通常の正社員の働き方ではワークライフバランスの実現が難しいことも多く、そのために非正規社員という働き方を選択する人も多い。
そこで今回は、正社員でありながら、時間や勤務地などの限定が可能な働き方である限定正社員制度について、非正規雇用を行う企業の導入状況や非正規社員のニーズについて考察する。
企業が人材確保のために実施した施策
人材確保のために実施した施策として、「正社員(限定正社員含む)登用制度の導入」が増加
人手不足が高まる中で、企業が人材確保のために実施した施策は、「給与の増額(33.5%)」がもっとも多く、次いで「主婦(主夫)層の積極採用(25.3%)」「シニア層(65歳以上)の積極採用(24.0%)」「正社員(限定正社員含む)登用制度の導入(23.0%)」となった。主婦やシニア層に採用ターゲットを広げるとともに、正社員・限定正社員制度の導入を実施する企業が前年より増えたことがわかった。【図2】
一方で、今後実施したい施策は、「給与の増額(26.1%)」がもっとも多く、次いで「正社員(限定社員含む)登用制度の導入(16.2%)」「主婦(主夫)層の積極採用(16.2%)」となった。【図3】
人手不足により、正社員採用が難しくなっていることや多様なニーズに合わせた働き方を支援することを目的に、正社員・限定正社員制度の導入を実施する企業が増加していると考えられる。今後は、給与の引き上げや採用ターゲットの拡大に加えて、正社員・限定正社員登用制度の導入を行う企業が増加するとみられる。
企業の限定正社員制度の導入状況
限定正社員制度について必要性を感じている企業は半数を超えたものの、制度を設けている割合は3割にとどまった
ここからは、企業の限定正社員制度の導入状況についてみていく。限定正社員制度の必要性を感じている企業は59.1%と半数を超えたものの、制度を設けている企業は30.8%にとどまった。制度を導入している業種でもっとも高かったのは[建設]で44.0%、次いで[ソフトウエア・通信]で32.6%となった。2024年問題や技術者不足が課題となっている建設やIT業界で制度を導入している企業が多いことがわかる。
一方で、制度の必要性を感じている業種でもっとも高かったのは[飲食・宿泊]で63.3%、次いで[小売]で62.9%、[製造(建設除く)]で62.8%、[建設]で62.7%と、その割合は6割を超えることから、これらの業種で今後制度の導入が積極的に進められていくとみられる。【図4】
さらに、現在設けている限定正社員の種類をみると、「転居を伴う転勤がない正社員」が46.7%と最も高くなった。【図5-1】
一方で、限定正社員制度の必要性を感じているが現在設けていない企業に、今後導入したい限定正社員の種類を聞いたところ「フルタイム正社員より1週間の所定労働時間が短い正社員」が40.3%と最も高くなった。現在「転居を伴う転勤がない正社員」を制度として導入している企業は多いが、今後は勤務地に加えて、勤務時間を限定した働き方がさらに広がる可能性が高いと考えられる。【図5-2】
非正規社員から限定正社員の転換に繋がるケース
企業から非正規社員に限定正社員化の働きかけを行うことで、限定正社員化に繋がったケースが多い
次に、非正規社員から限定正社員への転換状況について聞いたところ、転換制度がある割合は57.7%、そのうち転換実績がある割合は57.2%となり、限定正社員制度を設けている企業の6割で非正規社員からの雇用形態の転換実績があった。このことから転換制度がある企業は多いものの、実際に雇用形態の転換に繋がっていない企業は4割あることがわかった。【図6】
一方で、限定正社員制度を設けている企業に、非正規社員から限定正社員への雇用形態転換のきっかけを聞いたところ、「非正規社員に限定正社員転換の誘いをして、限定正社員化した」が47.0%ともっとも高くなった。また、非正規社員からの申し出を受けた割合は11.4%で、そのうち限定正社員化した割合は58.8%となった。【図7】
企業から非正規社員に限定正社員化の働きかけを行うことで、限定正社員化に繋がったケースが多い様子がうかがえた。非正規社員から限定正社員への転換を促進するためには、企業から従業員へ“限定正社員”という働き方の提案を行うことが重要であると考えられる。
企業における限定正社員導入後の良い影響
限定正社員制度導入後の良い影響は「アルバイトから限定正社員への転換者の増加」「多様な人材の活用」「優秀な人材の確保」が上位
また、直近5年以内に形態問わず何かしらの限定正社員制度を導入した企業に、限定正社員制度導入後の会社への影響を聞いたところ、「良い影響があった」は45.6%となり、「悪い影響があった」を大きく上回った。【図8】
良い影響について詳細をみると、「アルバイトから限定正社員への転換者の増加」で36.4%ともっとも高く、次いで「多様な人材の活用」で36.1%、「優秀な人材の確保」で36.0%、「従業員の定着」「従業員のモチベーションの向上」で35.8%となった。【図9】
このことから、限定正社員制度の導入は、アルバイトから限定正社員への雇用形態の転換を促進し、企業の正社員不足の解決に効果的であると考えられる。また、多様な人材の活用や離職防止にも繋がっていることから、企業における人材確保・定着促進という点でも有効であるとみられる。
限定正制度を利用して限定正社員になりたい人の割合
非正規雇用の仕事を探した人で、限定正社員制度があった場合、制度を利用して限定正社員になりたいとした人は5割以上
ここまで、企業の限定正社員制度の導入状況についてみてきたが、ここからは働き手の限定正社員制度のニーズについてみていきたい。2023年9-10月の非正規雇用の仕事探しにおいて、こだわる人が多い希望条件は[通いやすい勤務地の仕事]で89.3%(22年9-10月比:1.4pt増)ともっとも高く、次いで[時短勤務など、働く時間が柔軟な仕事]で82.3%となり、働く場所や時間を重視する人が多いことがわかった。【図10】
そこで、勤務先において労働時間や勤務地、仕事の範囲が限定される「限定正社員制度」を設けている場合、その制度を利用して正社員になりたいと思うか聞いたところ、「そう思う(計)(そう思う+ややそう思う)」が56.3%と半数を超えた。そう思う割合を年代別にみると、[30代]で71.0%ともっとも高く、次いで[20代]で63.3%となり、若年層を中心に限定正社員の意向が高くなった。【図11】
働く場所や時間を限定して勤務することが可能な限定正社員制度は、働き手が勤務地や就業時間をコントロールできるようになり、ワークライフバランスの実現が可能となることから、非正規雇用の仕事を探していた人からのニーズが高いことがわかる。
人手不足が深刻化する中で、限定正社員制度の必要性を感じている企業は多いものの、導入企業が少ないことからも、企業は働き手の多様なニーズに合わせて働く機会を整備していくことが必要であると考えられる。
主婦が職場環境で重視するもの
主婦が働く上ではワークライフバランスの実現が可能である職場環境であることが重要
また、企業がアルバイト人材の確保を行うために実施した施策として「主婦層の積極採用」が上位に挙がったことから、主婦層の限定正社員制度のニーズを探っていく。現在アルバイト・パートとして働く主婦が今後非正規社員として働きたい理由を聞いたところ、「家事・育児・介護等との両立がしやすいから」が61.1%ともっとも高く、次いで「自宅の近くで働きたいから」が 45.8%となった。【図12】
全体と比べると「家事・育児・介護等との両立がしやすいから」が顕著に高いことから、主婦が働く上ではワークライフバランスの実現が可能である職場環境であることが重要だとわかる。
育児・介護等の事情により転勤や長時間労働が困難なため、非正規社員の働き方を選択している人が多いと考えられることから、勤務地や労働時間を限定した限定正社員制度は正社員として働くことを希望する非正規社員の就業機会を広げていくことに繋がると考えられる。
また、限定正社員は正社員雇用の扱いとなることから、安定した雇用のもとで、働き手の中長期的なキャリア形成やスキルアップ・処遇の改善にも繋がることが見込まれる。
まとめ
非正規雇用の求職者や就業者では、働く場所や時間を重視する人が多いことから、労働時間が限定される「労働時間限定正社員」、勤務地が限定される「勤務地限定正社員」などの「限定正社員制度」のニーズは高いと考えられる。
一方で、限定正社員制度を設けている企業は3割にとどまったものの、制度の必要性を感じている企業は多いことから、今後限定正社員制度の導入は広がると見込まれる。今後制度の導入が進められる中で、企業は働き手に限定する内容を具体的に明示し、働き手はこだわりを持っており限定したい内容を企業に明確に伝え、双方に話し合いをすることが重要であると考える。
また、限定正社員と通常の正社員との双方に不公平感を与えないために、限定正社員と通常の正社員間における処遇の均衡を図ることが課題となると考えられる。個人の生き方が多様化する中で、それぞれの状況やニーズに合わせて働ける環境として限定正社員制度を導入することに加えて、限定正社員から通常の正社員へ転換できるように制度を整えることも必要となってくるだろう。
多様な働き方の一つとして、限定正社員制度を導入することは、企業の人材確保や個人のライフキャリアの充実といった面で双方に良い影響があると考える。
キャリアリサーチLab研究員 三輪 希実