マイナビ キャリアリサーチLab

介護職員の思考の構造に着目した「介護業務における人間関係」の支援

塚本恵里香
著者
社会福祉法人愛信芳主会 理事長
ERIKA TSUKAMOTO

感情労働とは、「相手の中に好ましい感情が生まれるよう、自分の感情をコントロ―ルすること」であり、キャビン・アテンダントや販売員、電話オペレーター、看護師、介護職員、保育教諭等の対人関係のスキルが顧客満足度を左右する業種にかかわる従業員に求められる感情のコントロールスキルを指します。

本コラムは、筆者がかかわっている高齢者福祉業界に焦点を当て、前編では[感情労働に着目するに至った経緯と、筆者がかかわる福祉業界の介護人材の現状]について解説し、我が国の深刻な介護人材不足は、職場の人間関係に一因があることを調査結果から確認しました。そして介護職員の介護業務に対する思考の構造を検討し、職場の人間関係を支援するポイントについて検証する必要性について解説しました。

そこでこの後編では、介護職員の思考の構造について解説したうえで、[感情労働を踏まえた介護職員の思考の構造を、リーダーおよび管理者が認識する必要性]と、課題解決に向けた職場の環境づくりについてお示しします。

介護職員の思考の構造

わが国では看護師に対する感情労働の概念が注目されたのち、介護職員に対する検討が行われてきた、というのは前編で解説した通りです。介護サービスを利用する高齢者をケアする際に、感情労働を行っている介護職員の思考の構造について検証を進めた筆者らの調査研究によると、介護職員は、【ケア態度を考える】【ケア態度を決める】【ケアする】という思考のプロセスを介護の場面ごとに繰り返していることがわかりました。そしてこれらの思考にポジティブに向き合うために、介護職員は【ケアの基盤】を大切にしていることが確認されました(Tsukamoto et al., 2021)。【ケア態度を考える】【ケア態度を決める】【ケアする】【ケアの基盤】の構造とプロセスは【図1】の通りです。

介護職員の介護業務における思考の可逆的な構造:簡易版
The Process of Thinking During the Care Work of Care Workers.
(Tsukamoto et al)より作図

ケア態度を考える

介護職員が利用者様にケアを提供する際は、まず自身が備えている<ケアの知識とスキル>で、どのようなケア態度を選択するべきか検討します。しかし、自らの<ケアの知識とスキル>だけでは十分な対応ができないと判断した場合や、ケアの意味を見出せないなどの迷いによって<ケアに向き合う葛藤>に対処できないと判断した場合は、<上司や同僚の支援>を必要とします。つまり、介護職員は<ケアに向き合う葛藤>に対処し、自身の<ケアの知識とスキル>を補いながら【ケア態度を考える】ためには、<上司や同僚の支援>が得られる良好な人間関係が重要であると強く認識していることが確認されました。【図2】

ケア態度を考える/介護職員の介護業務における思考の可逆的な構造:簡易版。The Process of Thinking During the Care Work of Care Workers.2 (Tsukamoto et al)より作図

ケア態度を決める

どのようなケア態度を選択するべきかについて自身の思考を調整しながら<ケアの知識とスキル>が補われた介護職員は、利用者様にとって好ましい<前向きなケア態度>で介護業務に向き合おうと努めます。
一方、自身の<ケアの知識とスキル>が、<ケアに向き合う葛藤>や<上司や同僚の支援>によってうまく補完されなかった場合は、適切なケア態度について考えることをあきらめ、利用者様にとって好ましくない<後ろ向きなケア態度>を選択することがあります。【図3】

ケア態度を決める/介護職員の介護業務における思考の可逆的な構造:簡易版。The Process of Thinking During the Care Work of Care Workers.2 (Tsukamoto et al)より作図

ケアする

そして、介護職員は決定した態度でケアした結果、自分のケアが受け入れられた体験をすると、役立っている感・やりがいなどの自己有用感を感じてさらに良いケアへの取り組み欲が高まります。こうした<モチベーションの向上要因>により、ポジティブな思考のプロセスが形成されます。介護職員は、ポジティブなケア体験によって、<ケアの知識とスキル>や<上司や同僚の支援>をさらに充実させようという意識が強くなります。その結果、<ケアに向き合う葛藤>に対する自己処理力が高められ、ポジティブな思考のプロセスと介護の質向上への取り組みの強化につながる好循環が生まれることが確認されました。

一方で、介護職員は、利用者様からの拒否や否定など自分のケアが受け入れられなかった体験をすると、否認と葛藤するネガティブな感情が生まれ<モチベーションの低下要因>となります。このネガティブなケア体験を重ねることで疲弊が生まれるという悪循環にもなり得ます。
しかし、ネガティブな思考のプロセスから抜け出すことも可能です。介護職員は自分の介護が受け入れられなかった体験をした時は、ケア態度を修正する必要があると認識し、自身の<ケアの知識とスキル>あるいは<上司や同僚の支援>を調整し、新たな【ケア態度を決める】ことができます。そして、新たな態度で【ケアする】ことに向き合った結果、自分の介護が受け入れられる体験ができるとポジティブな思考のプロセスを経験することで好循環が生まれるようになります。【図4】

ケアする/介護職員の介護業務における思考の可逆的な構造:簡易版。The Process of Thinking During the Care Work of Care Workers.2 (Tsukamoto et al)より作図

ケアの基盤

さらに介護職員は、仕事とプライベートには相互作用があると認識している傾向があり、〈ワーク・ライフバランス〉が保たれた【ケアの基盤】の安定により、介護業務にもポジティブに向き合えると認識している傾向があります。そして介護職員は、業務の前に意識的に仕事スイッチを ONにし、介護業務は「自分の感情をコントロールするべき仕事」として意識して仕事に臨んでいる傾向があります。また、介護業務が終わるとプライベートスイッチ ONにより、介護業務のために行っていた感情のコントロールを開放し、素の自分に戻ることが確認されました。【図5】

ケアする/介護職員の介護業務における思考の可逆的な構造:簡易版。The Process of Thinking During the Care Work of Care Workers.2 (Tsukamoto et al)より作図

思考の構造の特徴
① 介護職員は、【ケア態度を考える】、【ケア態度を決める】、【ケアする】という3つの思考のプロセスを、個々のケアの場面ごとに繰り返し行っている。
② 介護職員が良い状態でケアを行うには、仕事とプライベートの調和がとれた<ワーク・ライフバランス>が保たれた【ケアの基盤】を重視している。
③ 介護職員は、自分の感情をコントロールしながら利用者様にとって好ましいケアを提供するよう思考とケア(感情労働)を繰り返すなかで、<上司や同僚の支援>が適切に行われるか否かによりポジティブ/ネガティブ思考と態度が形成される。
④ 介護職員の思考の構造は、感情のコントロールが求められる他のヒューマンサービス業に応用できる可能性がある。

定着率改善に向けた人間関係の支援とは

介護職員の思考の構造から介護職員が求める人間関係とは、単にフィーリングが「合う/合わない」はなく、自身の資格を活かしたやりがいを感じるケア体験が得られるような<上司や同僚の支援>を意味することがわかりました。

そこで、介護職員の離職理由の第一位となっている職場の人間関係を支援するためには、介護職員が望む<上司や同僚の支援>が得られる環境下で、介護職員の思考の構造と感情労働に着目した運営の仕組みを組織的に検討する必要があります。そのためには、管理者は各介護職員の<ケアの知識とスキル>を把握し、<上司や同僚の支援>によりポジティブな思考のプロセスとケア体験を積み上げながら、介護職員が自身の成長が見込める以下のような職場環境を実現することが重要といえるでしょう。

管理者による介護職員が成長できる環境づくり
① 介護職員の<ケアの知識とスキル><上司や同僚の支援><ワーク・ライフバランス>に関する現状把握。
② ①を踏まえたうえで、介護職員が望む/成長が期待できる具体的な<上司や同僚の支援>の検討と、日々の介護業務に対するフィードバックの場づくり。
③ 定期的な個別面談等の場を設定し、業務の振り返りと今後のキャリアパスについて管理者と介護職員が共有したうえで、個々のスキルアップに対して組織的にコミットする。

人と人とのつながりや支えあいを大切にしている組織の介護職員は、人間関係で疲弊することが少なく、介護職員が望む資格を活かしたケアの実践に集中できることから定着率が良い傾向があります。管理者の多忙な日常のなかで、介護職員が成長できる環境づくりに取り組むことは容易ではありませんが、離職と補充の繰り返しは職場全体の士気の低下を招き、疲弊することも事実です。介護職員の定着率改善に安易な方法はありませんが、それぞれの組織に応じた成長できる環境づくりに取り組むことで、定着率改善の可能性を探ることも一つの方法ではないでしょうか。

本コラムでは、ヒューマンサービス業における介護職員の思考の構造と感情労働に着目して解説をしました。職員の思考と能力に着目した教育支援を行うことが個々の成長を促し、組織力の底上げにつながることはヒューマンサービス業に限らず、一般企業でも共通項といえるでしょう。上司や同僚、取引先と顧客などとの関係性が、仕事のパフォーマンスに影響を与える一因となることから、企業の業績向上のためには、組織の戦略に着目したマクロな側面とともに、職員の思考と能力という個々のミクロな側面による人と人とのつながりが保たれた組織的な仕組みを構築することが必要でしょう。


<参考文献>
Tsukamoto, E., Ono, M., & Oosono, Y. (2021). The Process of Thinking During the Care Work of Care Workers. Japanese Psychological Research.

著者紹介
塚本 恵里香
社会福祉法人愛信芳主会 理事長
早稲田大学人間科学部卒業。金融業界に勤めた後、福祉業界に転職。福祉について詳しく学ぶため、早稲田大学大学院人間科学研究科修士課程・博士課程修了(人間科学博士)。
資格:社会福祉士・精神保健福祉士・介護支援専門員・社会福祉主事・介護福祉士等。八王子市社会福祉審議会高齢者福祉分科会委員、八王子市福祉審議会高齢者施設整備審査部会副会長、八王子市サービス事業者連絡協議会委員、八王子市介護認定審査会委員、八王子市社会福祉協議会いきいきプラン八王子推進委員会委員、早稲田大学人間総合研究センター招聘研究員、等

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