はじめに
管理職になったのに、実務から手を離したくても離せない状況が続いている。
このままでいいのだろうか。
そんな思いを抱えている管理職も多いのではないだろうか。
一方で、 多くの管理職が、職場の管理(マネージャー の役割)を担いながら、自分自身が担当する仕事(プレイヤーの役割)も持つ「プレイングマネージャー」であるのが現実だ。
労働政策研究・研修機構(JILPT)のヒアリング調査では、管理職はプレイングマネージャーであることが多く、管理業務の多さによって多忙になり、労働時間が長くなる傾向が示されている。
昨今、働き方改革によって多様な働き方が同じ職場でも共存するようになり、また、ダイバーシティ推進によって多様な価値観を持つ従業員が同じ職場で働くことが増えてきている。そうなると求められるのは、これまで以上に個人に合わせた丁寧なマネジメントであり、それができる管理職の存在である。
こうした機運の高まりのなか、より一層、プレイングマネージャーが批判的に語られる場面は増えている。マネジメントに専念できず、長時間労働に陥り、部下育成が後回しになる。確かに、そうした問題が生じやすいことは明らかだろう。
しかし同時に、現場を知らない管理職への不信も根強い。「判断が机上の空論だ」「現実がわかっていない」などといわれると、プレイングから離れれば離れるほど、管理職としての説得力が失われるのではないか、という不安も存在する。
特に最近ではメンバーシップ雇用からジョブ型雇用への転換や、個人のスキルに注目した組織運営を行う「スキルベース組織」が求められる傾向もある。個人のスキル・能力を活用した組織づくりが注目されるなか、従来の組織とは異なるマネジメントが求められると考えられる。
さらに 、専門職を有する組織においては、高いスキルを持つ部下のマネジメントをするのに、管理職自身が実務上のスキル・能力がなくても良いのだろうか…という疑問も生じるだろう。
こうして管理職は、現場に入りすぎても、離れすぎても批判されるという板挟みの状況に置かれている。一体、望ましい管理職とはどのような姿なのか、また、「プレイング」をする管理職は“ダメ”な存在なのだろうか。
こうした著者自身の経験から生まれた疑問もあり、連載企画「望ましい管理職の姿とは?プレイングとマネジメントのバランスを再考する」を始めることにした。
第1回となる本稿では、「プレイングマネージャー」の状態を個人の姿勢や能力の問題として片づけるのではなく、なぜそのような悩みが生じやすいのかを構造から捉え直し、望ましい管理職の姿について考えていきたい。
プレイングマネージャーをめぐる議論を、個人論で終わらせない
メンバーシップ型雇用がつくってきた管理職像
日本企業の雇用慣行は、しばしば「メンバーシップ型」と整理される。メンバーシップ型雇用とは、職務を特定せずに雇用し、職務・勤務地などが原則として無限定になりやすい仕組みであると説明されている。また、この仕組みは「人に仕事を付ける」発想として語られ、対比としてジョブ型は「仕事に人を付ける」発想として整理される。
この前提のもとでは、管理職は「マネジメント専任」というより、「現場を理解し、最後に頼られる人」として期待されがちである。何かが起こった時に自ら動ける姿が“良い上司”として評価されやすいことも、この文脈の延長線上にある。
ただし、この期待が積み重なることで、「“できる”管理職ほど自分で仕事を抱え込む」構図が生まれやすくなる。役割境界があいまいな環境では、任せるか巻き取るかの判断が個人に委ねられやすく、結果としてプレイングが常態化しやすい。
これは、メンバーシップ型雇用の特性(職務の非特定・異動可能性)と整合的な現象として理解できる。
評価制度(目標管理)のひずみが生む「短期成果への引力」
次に、評価制度の側からも負荷を捉えておきたい。日本企業で広く用いられてきた目標管理制度(MBO)は、導入率が高い一方で、運用上の課題が繰り返し指摘されている。
塩月ら(2019)の研究 によれば、2013年時点でMBOを導入・運用している企業は88.5%に達していた一方、2018年の調査では98%が自社MBOに問題や不満を感じていることが示されている。
同研究は、問題の内容として、組織目標と個人目標との連関、上司による指導・動機付け 、面談、評価基準や評価結果のブレなどが挙げられていることを紹介している。
管理職の視点に引き寄せるなら、ここには二重の難しさがある。
第一に、管理職自身も(プレイヤーとして)個人目標を持ちやすい。
第二に、管理職は部下の目標設定・評価のプロセス運用も担う。
制度が「成果管理」の色合いを強めるほど、短期的に可視化されやすい成果へリソースが引き寄せられ、中長期視点が必要なマネジメント(育成・設計・改善)が後回しになりやすいという問題が起こる。
これは「管理職の意識が低いから」ではなく、目標管理の運用が難しいこと、そして組織目標と個人目標の連関が課題になりやすいことが、調査で指摘されている点と整合的である。
人員不足による巻き取り文化と属人化
こうしたひずみは、最終的に現場で「巻き取り文化」として表出する。
とりわけ顕著なのが、人材不足が続く中なかで管理職が担う「巻き取り」である。部下の業務がすでに限界に近い状況では、新たに発生した仕事や突発的な対応を現場に割り振ることができず、管理職自身が実務を引き受ける判断が常態化しやすい。本来は調整や意思決定、育成を担う立場でありながら、目の前の仕事を滞らせないために、自ら手を動かすことが求められる。
このような管理職の巻き取りは、短期的には組織を支える役割を果たす。しかし同時に、それは制度上想定されていない仕事を、評価の枠外で引き受けていることも意味する。
管理職の業務は名目上の役割定義から離れ、実際には「不足を埋めるための調整弁」として膨張していくが、その負荷や貢献は必ずしも可視化されない。
巻き取りが前提となれば、問題は個々の業務配分の話にとどまらない。管理職が実務を抱え込むことで、マネジメントや育成に割く時間が後回しになり、結果として部下の業務逼迫が解消されにくくなる。巻き取りは人材不足への一時的な対応であると同時に、負荷が再生産される構造を内包しているといえる。
人員が足りない状況では、経験や判断力を持つ管理職に業務が集中しやすい。短期的には合理的な判断であっても、それが繰り返されることで業務は属人化し、人が育たず、さらに任せられなくなる。任せられないから自分でやる…この循環 が、管理職のプレイングを常態化させていく。
さらにJILPTの別調査では、管理職は「プレイヤーの役割」と「マネジャーの役割」を併せ持ち、とくに特に部下を持つラインの課長は時間が足りていない状況にあるとされている。
この状況では、巻き取りは管理職自身の個人的な「性格」ではなく、時間と資源が足りないなかでの調整行動として起こりやすい。
管理職のこうした「頑張り」によって組織が回っている限り、仕事の配置や役割設計、評価のあり方といった制度上のひずみは表面化しにくい。管理職の巻き取り文化は、現場を支える実践であると同時に、制度と仕事のずれを覆い隠してしまう兆候でもある。
また、管理職予備軍が学習してしまうのも、しばしばこの「非常時対応が日常化した姿」である。上司の背中を見て不安になるのは、管理職の役割が過剰に属人化された結果として自然に起こる反応だといえる。
スキルベース組織がもたらす転換点
ここまで見てきたように、プレイングマネージャーの問題は、個人の努力や覚悟だけで解決できるものではない。雇用慣行や評価制度、現場における人員・時間といった資源制約が重なり合うなかで、管理職が自ら手を動かさざるを得ない状態が、構造的に生じてきたといえる。
こうした前提条件そのものを揺さぶる考え方として、近年注目されているのが「スキルベース組織」である。スキルベース組織とは、特定の職務や肩書に人を固定するのではなく、仕事をプロジェクトやタスクといった単位で捉え直し、それぞれに必要なスキルと、個人が有するスキルを照合しながら、柔軟に配置・活用していこうとする考え方だ。
冒頭で触れたように、スキルベース組織では個人のスキルが可視化され、成果との結びつきが強まる。その分、「管理職自身は何ができる人なのか」という問いが前面に出やすくなり、管理職にとって不安や違和感を伴う変化として受け止められる側面も大きい。
一方で、この考え方は、プレイングを前提としてきた管理職像そのものを問い直す契機にもなりうる。スキルが可視化され、役割分担の前提が共有されるほど、「誰に任せられるのか」「どこまでを任せるのか」を、組織として判断しやすくなるからだ。
また、管理職に求められる役割も変わり得る。自分で仕事を完結させる力よりも、個々のスキルと役割を組み合わせ、チームとして成果を出せる状態を設計する力が問われるようになる。
こうした視点は、管理職の仕事を属人的な技から切り離し、役割として再定義する足場となりうるだろう。 もっとも、「高いスキルを持つ部下をマネジメントするにあたって、管理職自身が実務上のスキルや能力をどの程度備えている必要があるのか」という疑問が消えるわけではない。この問いは、スキルベース組織という文脈のなかで、むしろ一層はっきりと浮かび上がってくるともいえる。
さいごに:「実務で“すごくない”管理職 」は成立するのか
「実務で“すごくない”管理職」は成立するのか。
ここで問うているのは、仕事ができるかどうかではない。自ら手を動かして成果を出す力と、他者を通して成果が出る状態をつくる力は、本来別物である。
実務を知らない管理職が信頼されないのも事実だ。一方で、実務を抱え続けなければ組織が回らない状態も健全とは言い難い。JILPTの調査が示すように、管理職はプレイヤーとマネジャーの二つの役割を併せ持ち、とくに特にライン課長では時間不足が強いという指摘もある。
この問いは、プレイングとマネジメントについて「するか、しないか」という二択ではなく、どこまで、何のために関わるのかをどう設計するかという問題に帰着する。
上司の背中を見て不安を感じている管理職予備軍にとっても、この問いは重要である。管理職になるとは、単に仕事が増えることではなく、役割の性質が変わることを意味するからだ。
本連載では、この問いを出発点として、課長・部長といった階層ごとに、プレイングとマネジメントの最適なバランスを具体的に検討していく。管理職の仕事を「向き・不向き」や「頑張り方」の問題として片づけるのではなく、役割としてどう設計し直せるのかを考えていきたい。
【参考資料】
塩月顕夫, 三原祐一, 古屋順, 敦奎利, & 開本浩矢. (2019). 目標管理制度の運用と従業員の内発的モチベーションの関係. 日本労働研究雑誌, 61(8), 86-100.