「通える」ことが働く条件にならない社会へ~障がい者とともに考える働き方~

穂刈顕一
著者
キャリアリサーチLab編集部
KENICHI HOKARI

なぜ“通勤”が障がい者雇用の壁になるのか

障がい者の移動と社会が担うべき役割

「働きたい」という思いがあっても、障がい者当事者は「通勤できない」という理由だけで選択肢 から外れてしまう――。

障がい者雇用をめぐる議論では、仕事内容や職場環境に注目が集まりやすい一方で、“通勤”という前提条件が十分に語られてきたとは言い難い。しかし、通勤は働くことを日常として成立させるための土台である。ここにつまずくことで、就労そのものが困難になるケースは少なくない。

本連載企画では、「通勤・移動支援」という視点から全4回にわたって、障がい者当事者のエピソードや職場で求められる支援、さらには関連する研究分野の知見を取り上げ、これらを手がかりに、障がい者の働き方をめぐる現状と課題を多角的に整理していく。

その上で、就労において見過ごされがちな通勤という「見えにくい壁」に対し、社会や職場はどのように向き合い、支えていくべきかを考えていく。

そもそも通勤とは

通勤とは、単に「自宅と職場を行き来する行為」ではない。それは、働くことを日常として成立させるための前提条件である。多くの人にとって通勤は当たり前の行動だが 、障がいのある人にとっては、身体機能や感覚特性、周囲の環境条件によって、大きな困難を伴う場合がある。

通勤のしやすさは、就労の可否を左右する重要な要素であり、能力や意欲とは切り離して考える必要がある。

今さら聞けない、本連載で押さえておきたい通勤支援の基本キーワード

本連載企画内で、今後よく出てくるキーワードや用語をここでは解説していく。

移動支援とは

移動支援とは、厚生労働省の定義では、 障がいのある人が安全に、継続的に移動できるようにするための支援を指す。屋外での移動が困難な障害児・者 に対し、社会生活上必要不可欠な外出や社会参加のための外出を支援することであると原文では記載されている。

ここには、介助者の同行、交通手段の工夫、移動経路の整備などが含まれる。重要なのは、移動支援が「特別な配慮」ではなく、社会参加を可能にするための条件整備であるという視点である。通勤における移動支援は、障がい者が働 き続けるための基盤にあたる。

厚生労働省 移動支援事業
https://h-navi.jp/column/article/35026013

ノーマライゼーションとは

ノーマライゼーションとは、厚生労働省の定義によれば、「障害のある人もない人も、互いに支え合い、地域で生き生きと明るく豊かに暮らしていける社会」とされている。つまり、通勤という視点でのキーワードでは、通勤に困難がある場合でも、働くという選択肢が排除されない社会をつくることである 。

そのために環境や制度を調整するのは自然な営みであり、決して「特別扱い」ではないという発想が、この理念の中核にある。

厚生労働省 障害者の自立と社会参加を目指して
https://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/idea01/index.html

バリアフリーとは

バリアフリーとは、 総務省の定義では、障害のある人が社会生活をしていく上で障壁(バリア)となるものを除去する考え方である 。物理的障壁だけでなく、社会的・制度的・心理的障壁も含むと定義されている。

段差をなくす、音声案内を整備するといった物理的配慮だけでなく、ルールや慣行が特定の人を無意識のうちに排除していないかを見直すことも含まれる。通勤におけるバリアフリーは、環境整備にとどまらず、「通勤できない=働けない」という固定観念そのものを問い直すことでもある。

総務省 バリアフリーとユニバーサルデザイン
https://www.soumu.go.jp/main_content/000546194.pdf

ユニバーサルデザインとは

ユニバーサルデザインとは、総務省の定義によると「障害の有無、年齢、性別等にかかわらず、あらかじめ誰もが利用しやすいよう都市や生活環境をデザインする考え方」とされている。

障がいのある人だけでなく、高齢者、子ども、外国籍の人など、さまざまな立場の人にとって使いやすい設計は、結果として社会全体の利便性を高める。通勤環境においても、ユニバーサルデザインの視点は、「誰かのための特別対応」ではなく、「あらゆる人のための合理的な設計」を可能にする。

通勤に関する支援制度を解説

就労において、通勤が障壁にならないよう具体的な制度として形にしているのが、高齢・障害・求職者雇用支援機構 の通勤に関する助成金制度である。

この制度は、通勤が特に困難な障がいのある人を雇用する事業主に対し、通勤や住環境に関する支援を行うための費用の一部を助成する仕組みである。制度は、通勤上の課題に応じて複数のメニューが用意されている。

ただし、申請から支援を受けるまでには約3か月~半年といった時間的な手続きの煩雑さが懸念事項といわれており、ビジネス実践では大企業のような経済的に余裕がある組織でないと現実的には支援を受けにくいという課題もある。

支援制度の種類を解説

どんな種類の支援制度があるかは、次の通りである。

  1. 重度障がい者等用住宅の賃借助成金
    通勤を容易にするため、職場近くなどに住宅を企業側が確保する場合に活用される制度である。
  2. 指導員の配置助成金
    就労のために寮生活として複数 人の障がい者が、生活・通勤する住環境において、生活や通勤を支える人材を配置する際の支援制度である。
  3. 住宅手当の支払助成金
    障がいのある人が自ら住居を確保する場合に、企業が支給する住宅手当の一部を助成する制度である。
  4. 通勤用バスの購入助成金/運転従事者の委嘱助成金
    複数人の通勤をまとめて支援するための送迎手段を整備する際に活用される。
  5. 通勤援助者の委嘱助成金
    公共交通機関の利用などに際し、通勤をサポートする人を配置するための制度。
  6. 駐車場の賃借助成金/通勤用自動車の購入助成金
    車いすユーザーなどの就労において、自動車通勤が不可欠な場合に、駐車場や車両整備を支援する制度である。
  7. 雇用施策との連携による重度障害者等就労支援特別事業
    通勤や職場における支援不足により、重度障がい者等の就労継続が困難になる状況を解消することを目的にし、雇用施策(助成金)だけでは対応しきれない支援を、障がい者の福祉施策と連携して、補完することが目的とされている。

これらの助成金は、「本人の努力」や「企業の善意」だけに通勤の課題を押し付けるのではなく、社会全体でその負担を分担するための制度として位置づけられている。

厚生労働省 重度障害者等に対する通勤や職場等における支援について
https://www.mhlw.go.jp/content/001073876.pdf

障がい者の通勤の方法と課題

それでは、連載企画のテーマである通勤に課題があるとされている障がい種別ごとに、どんな通勤・移動の方法や特徴があるかを解説していく。

下肢障がいの移動

移動支援の方法としては、杖または車いすや介助犬といった方法が特徴である。どの移動でも、通勤の最大の課題は、移動経路の連続性にある。段差や勾配、エレベーターの有無、駅構内の動線など、一つでも整備されていないとと 通勤が成立しないことがある。

公共交通機関を利用するよりも、車での移動方法を選択する当事者が比較的多いと採用実践の現場ではいわれている。自動車通勤や送迎、住居の近接化など、個別の環境調整が不可欠なケースも多いため、職場で受け入れる際も相互に合理的配慮の調整が必要である。また組織としても、車通勤の施策が効果的になる。

視覚障がいの移動方法について

移動支援の方法としては、同行援助者と一緒に歩く、白杖で歩く、盲導犬とともに歩く 、というどれかが基本となっている。近年では、福祉工学分野では AIを活用したスマホでのリモートによるカメラ支援や靴と連動した専用アプリによるサービス活用など補助的なツールの活用が 進んできている傾向であるが安全性の視点では試行錯誤がつづいている。

なお、先述の3つの方法は、視覚障がいがある人が、道路交通法でもどれかで歩くことが本人の義務とされていることは、障がい当事者でも知らない人が多いため改めて認識しておいてほしい。

そして、視覚障がいのある人の通勤では、情報をどれだけ把握できるかが大きな鍵となる。音声案内の不足、工事による動線変更、混雑した駅構内など、状況が日々変わる環境は大きな負担となる。通勤援助者の活用や、環境理解を前提とした配置配慮が重要である。

また入社前後や異動等で環境が変化する場面では、事前に通勤訓練の時間的配慮も必要不可欠であるため配慮が必要となる。

その他の障がい者の通勤での特徴

精神障がいや発達障がいなど、外見から分かりにくい障がいの場合も、通勤は大きな負荷となり得る。混雑、騒音、時間的制約といった要因が、見えにくいストレスとして就労継続を難しくすることも少なくない。

たとえば、発達障がいの一つの種別である自閉スペクトラム症(ASD)では苦手な特性として、感覚過敏という特徴がある。これは、スマホや蛍光灯、太陽光のように個人差はあるが「まぶしい」という感覚が過敏になる特性である。これにより、真夏の強い明るさなどから、集中できず通勤時に事故になる というケースもある。通勤を「個人の問題」とせず、環境や制度の側で調整する視点が求められる。

当事者視点による経験と研究内容から考える「通勤の現状と課題」

通勤は働く以前に立ちはだかる課題である。障がいのある人の就労を考える際、「業務内容」や「職場での配慮」に注目が集まりがちである。

一方で、当事者として、また研究・調査を通じて強く実感しているのが、「通勤そのもの」が就労継続における大きなハードルになっているという現実である。ここからは、筆者自身の当事者研究を対象に実施した調査結果をもとに、現状と課題を整理したい。

■調査概要
研究の調査については、次の通り実施した。
業種:IT業界
対象者数:425名
回答者数:300名(回答率71%)
実施方法:WEB調査
目的
IT企業に在籍している障がい者を対象に、働き方と業務での課題は何かを明らかにすることを目的に調査を実施した。

通勤そのものへの負担は「明確に存在」している

調査から明らかになったのは、「通勤は問題であるか」という問いに対し、多くの当事者が明確な困難を感じているという事実である。まず、出社時の移動そのものが、身体的・心理的な負担になっているという声が多く挙がった。特に顕著だったのは、以下のような困りごと である。

  • 通勤ラッシュや混雑による強い疲労やストレス
  • 初めて行く出社先や顧客先での経路把握の難しさ
  • エレベーターやスロープなど、バリアフリー状況が事前にわからないことへの不安

また、近年増えているオフィス内の固定席を持たないオフィス形態のフリーアドレスでは、業務に必要な機器や書類を持ち運ぶ必要があり、「荷物が多いこと自体が通勤負担を増大させている」という指摘も見られた。

費用・調整面での課題

通勤に伴う負担は、体力面だけではない。通勤での障がい特性を考慮し、タクシー利用や同行援護者者利用 が増えることで、個人負担が大きくなるといった、経済的な課題も重なっている。

これらは個人の努力では解消しきれない構造的な問題であり、企業側の理解と制度設計が不可欠であることを示している。

テレワークやフレックスタイム制による「通勤負担の大幅な軽減」

コロナ禍以降に広がったテレワークやフレックスタイム制は、通勤に関する課題を大きく軽減する効果をもたらしている。研究調査の結果では、次のような前向きな変化が数多く報告されている。

  • 通勤時間がなくなり、体力的・時間的な余裕が生まれた
  • 人工透析や定期通院の日でも無理なく業務を継続できるようになった
  • コアタイムなしのフレックスにより、通院のために年次有給休暇を使わずに済むようになった
  • 自身の身体に負担の少ない姿勢や環境で働けることで、疲労感が軽減した

これらは、単なる「便利さ」ではなく、就労継続性そのものを高める変化だと言える。フレックス勤務や働き方のキーワードについては、こちらも参考にしてほしい。

それでも残る出社・出張時の課題

ただし、すべての業務を在宅で完結できるわけではない。出社や顧客先訪問が必要な場面では、依然として次のような課題が残っている。

  • 出社しなければ対応できない業務が存在する
  • 顧客先の環境や独自ルールへの対応が難しい
  • 階段のみの移動
  • スリッパ着用が必須
  • 杖の持ち込みや盲導犬が顧客先で拒否・制限される
  • 移動時間や移動手段に対する配慮が十分でないケースがある

このように、「働き方」が柔軟になったことで通勤負担は軽減した一方、出社が前提となる場面での合理的配慮は、依然として課題として残っていることも明らかにされた。

当事者が行っている工夫と、企業に期待される視点

調査では、当事者自身が次のような工夫を重ねながら通勤・出社に向き合っている実態も明らかになった。

  • 混雑時間帯を避けた移動
  • 短距離であってもタクシー利用を認めてもらう
  • 初回訪問時には上司や同僚に同行してもらう
  • 駐車場や多目的トイレに近い席を確保する

これらは、特別な配慮ではなく、「働くために必要な前提条件」である。企業側には、「職場内」だけでなく、通勤・移動も含めた就労環境全体を捉え、個別に対話しながら配慮を考えていく姿勢が求められている。

通勤を個人の課題にしない社会へ

著者は現在、盲導犬とともに、ハイブリッドワークという形で働いている。在宅勤務と出社を組み合わせながら、必要に応じて通勤をしているが、ここに至るまでの道のりは決して平坦なものではなかった。

視覚障がいのある当事者として、通勤そのものが大きな負担だった時期がある。駅のホームから転落する事故を経験したこともある。また、「会社に行く」という行為だけで心身のエネルギーを使い果たしてしまい、本来向き合うべき業務や思考に十分な力を割けない日も少なくなかった。

結果として、

  • 通勤が難しいからこの業務は諦める
  • 異動は現実的ではない

といった形で、知らず知らずのうちにキャリアの選択肢や業務の幅を自ら狭めていたように思う。

転機となったのが、盲導犬とともに通勤するようになったこと、そして働き方そのものが柔軟になったことである。移動に常に神経を張り詰める状態から解放されることで、通勤中に「どうやって安全にたどり着くか」だけでなく、「今日は何を優先して取り組むか」「どんな価値を届けるか」といった、本質的な仕事の思考に意識を向けられるようになった。

その結果、挑戦できる業務が増え、異動や役割の変化についても前向きに考えられるようになってきた。通勤環境が整うことは、単に移動が楽になるという話ではない。キャリアを考える余白を取り戻すことに直結しているのだと、当事者として実感している。

通勤の課題を正面から捉えることは、多様な人が働き続けられる社会を実現するための、欠かせない一歩である。通勤は、働くことの前段階にある「見えにくい壁」である。

しかしその壁は、本人の努力だけに委ねるものではなく、制度や環境、職場の設計によって確実に低くすることができる。通勤支援、助成金、バリアフリーという考え方は、障がい者雇用を「特別な取り組み」として切り出すためのものではない。

誰もが状態やライフステージの変化に応じて働き続けられる社会を、標準仕様として再設計するためのヒントである。

今後の連載企画では、当事者の経験や研究・制度の視点から、通勤や移動支援、そして障がい者の働き方について、さらに掘り下げて考えていきたい。

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