障がい者雇用をめぐる制度は、この数年で大きく前進してきた。雇用義務率の引き上げや合理的配慮の義務化により、視覚障がい者の就職率も改善傾向にあることが、厚生労働省の調査から明らかになっている。
しかし一方で、「就職できた後、どのように働き、どのようにキャリアを築いていくのか」という問いについては、十分に議論されてきたとは言い難い。
本コラムでは、著者の研究活動で実施した文献研究から、公的調査と先行研究で明らかにされた内容を手がかりに、視覚障がい者のキャリア形成が広がりにくい構造的要因を整理し、雇用の“量”の先にある課題をわかりやすく解説する。
なお、各種数字については、研究執筆時の内容であるため、一部注意が必要である。
【著者の掲載された研究論文】
Career Support for Persons with Visual Impairment:
A literature review on the issues related to the employment of persons with disabilities in Japan
https://ijhss.thebrpi.org/journals/Vol_13_No_5_October_2023/2.pdf
文献研究の方法と目的
- 文献研究を実施 したキーワードと使用したデータベース
「キャリアデザイン」、「キャリア開発」、「タレントマネジメント」、「パラレルキャリア」「雇用」「障害者、職場環境」「キャリア形成、キャリア支援」というキーワードで、CiNiiとGoogle Scholarのデータベースを用いて文献調査を行った。
- 文献研究の目的と手法
今回の研究では、「スキルマッチング 」と「キャリアデザイン」の概念に着目し、重度障がい者のキャリア形成に必要な要因の先行研究で明らかになっている現状と課題を整理することを目的として実施した。
整理の方法としては、スコーピングレビューを用いて、検索結果から59件の文献研究を実施した。そ の中で、59件の先行研究から次のような現状と課題が整理できた。
【スコーピングレビューとは?】
ある研究領域における主要な概念、情報源、利用可能な文献やエビデンスの種類を素早くまとめることを目的としたレビューの手法である。特に研究テーマにする内容で「何が分かっていて、何が分かっていないのか 」を先に把握したい」「今後の研究課題や政策立案、実践の方向性を検討したい」といった目的には有効な国際的な文献レビューの一つの方法である。
数字としての雇用は、確実に前進している
厚生労働省が公表した「令和5年度 障害者雇用実態調査」によると、視覚障がい者の就職率は36.5%となっており、過去と比較すると改善の兆しが見られる。ての雇用は、確実に前進している。
また、「日本の障害者雇用の実態調査結果(平成30年度)」からも、障がい者が一定数雇用されている実態が確認できる。これらのデータは、日本における障がい者雇用が、制度面で前進してきたことを示している。
一方で、雇用後の姿、すなわち「どのような仕事で、どのようにキャリアを積んでいるのか」という質的な報告は、必ずしも可視化されているとは言い難い。
職域の偏りが生む、キャリアの停滞
先述の厚生労働省の令和5年 障害者雇用実態調査によれば、視覚障がい者の就業分野では「あん摩・鍼・灸」に従事する専門職が約6割を占めている。ただ注意として、これは、職種や業界に課題があるということではない。特定の職種に大きな偏りやキャリアパス、ロールモデルとなる選択肢が少ないということを示唆している。
事務職や企画職、管理職などへの広がりは限定的であり、結果としてキャリアの選択肢が狭まりやすい構造が続いていると示唆されている。
一方で、米国では事情が異なる。American Foundation for the Blindの調査では、2017年時点で視覚障がい者の雇用率は44.2%とされ、管理、事務、教育・研究分野など多様な職域に就業している実態が報告されている。
この違いは、個人の能力ではなく、雇用とキャリアをどう設計しているかという「制度」・「組織側のインクルージョンやダイバーシティ経営の考え方」「職業教育」など多角的な要因にある。
さらに、世界85ヵ国の視覚障害者の就労状況を調べた世界盲人連合の調査(2021)では、先進国からの回答が91%を占め、職種の割合は、経営・管理(Management)の割合が17.7%、事務補助(Office and Administrative Support)が17.4%となっており、次いで教育・研究・図書館スタッフ(Education, Training, and Library)が11.9%と報告されている。
このように世界と日本を比較すると、日本は視覚障害者が就労している職種が偏っており、キャリアパスでの選択が限定的であることが理解できる。こうした日本の視覚障害者雇用をめぐる状況は「あはき問題」等との言葉で指摘されている。
日本身体障害者就労数、アメリカ身体障害者就労数/『労働力調査』『平成30年度障がい者雇用実態調査』『American Foundation for the Blind』をもとに著者作成
合理的配慮が、なぜ現場で機能しにくいのか
2024年4月から、民間企業においても合理的配慮の提供が義務化された。しかし、現場では戸惑いの声も多い。指田ら,(2019) の障害者の 事例の把握に関する調査研究」では、採用面接時に「配慮は不要」と申告した視覚障がい者が66.7%に上る一方、入社後には77.7%が「実際には何らかの支援が必要だった」と回答している。
このギャップの背景には、日本特有の新卒一括採用やジェネラリスト型人事がある。日本での通常の採用では、入社後に定期的なローテーション等を踏まえて、キャリア形成をしていくことが多い。さまざまな部門を経験することで、組織内での専門性にどこにマッチングできるかを業務経験をしながら、育成できるメリットがある。
ただ、障がい者の場合は「雇用率」という概念の元で、まずは採用してからどうするか考えるということにアンマッチングが起こりやすい傾向があると報告されている。この場合、業務や役割が明確にならないまま入社することで、合理的配慮も後追いになってしまうのだ。
そのため、具体的にどんなツールを使用するのか、どんな業務なのかを提示しないことには、入社前時点では障がい者自身も「配慮は特になし」としか答えられない現状がある。入社後に初めて、「これではお互いに対応が難しい」ということが分かり、そこからやり方を検討するため、職場が求めているレベルに到達するのにはかなりの時間がかかると言われている。
あわせて、障がい者当事者もその業務に合わせた職業訓練やツールへ対応した柔軟性と適応力が同時並行して求められ、相互に困る状態が起こりやすいことが先行研究内容から整理できた。
【視覚障害者の雇用等の実状及びモデル事例の把握に関する調査研究】
https://www.nivr.jeed.go.jp/research/report/houkoku/p8ocur0000000n4j-att/houkoku149.pdf
【厚生労働省 雇用分野における障害者への差別禁止・合理的配慮】
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/shougaishakoyou/shougaisha_h25/index.html
視覚障がい者のキャリア形成は「特殊」なのか
文献レビューから見えてくるのは、視覚障がい者のキャリア形成が本質的に特別なものではない、という事実である。
今回、著者が実施した59件の先行研究を考察した結果では、障がいがない人と障がいがある人のキャリア形成プロセスに大きな差はないということがキャリア形成の視点では 明らかになっていることがわかった。
キャリアプロセスとして重要なのは、障がいの有無に関わらず、自己理解、キャリアビジョン、専門性の蓄積、そして周囲との関係構築である。
キャリア形成プロセスの図/著者作成
一方で、指田ら,(2018) で、通勤、情報アクセス、社内システムといった環境要因がキャリア形成の大きな制約になっていることが示されている。
つまり、キャリア形成が「特殊」なのではなく、それを支える環境や教育、本人の障がい受容や分析が十分に整っていないことが、本質的な課題であることが、多角的な先行研究の結果から明らかにされていることがわかってきた。
雇用の先にある課題
障がい者雇用は、社会的な企業の義務として実施しなければいけないが、雇用率の改善はゴールではない。その先に、どのようなキャリアを描けるのか、という問いに答えることこそが、多様な人材活躍という視点において、組織側・当事者・支援者の関係者にとって非常に重要であり、次のステップに進むために今だからこそ求められてるだろう。
そして、障がい者当事者も「どこかに就職すること」や「誰かにアドバイスされた」からではなく、支援者と共に何を大切しながら、就労を選択するのかを考える必要があるということが今回の文献研究から考察できた。
後編では、視覚障がい者のキャリアを広げるために必要なスキルマッチング や支援の再設計について、文献研究の内容から具体的に考えていく。