近年、人事領域では「HR」という言葉を耳にする機会が増えている。求人情報や人事関連サービスだけでなく、経営戦略や人的資本経営に関する議論でも「HR」が頻繁に用いられている。しかし、「人事と何が違うのか」「HRMやHCMとはどのような関係にあるのか」と疑問を持つ人も少なくないだろう。
HRは単に人事部門を指す言葉ではなく、企業が人材をどのように活用し、組織の成長につなげるかという考え方にも関わる概念である。さらに近年は人的資本経営の広がりやHRテクノロジーの進化に伴い、その重要性がますます高まっている。経済産業省も人的資本を企業価値向上の重要な要素として位置付けている。
本コラムでは、HRの意味や日本で広がった背景を解説するとともに、HRM、HCM、HRBPなどの関連用語との違いについてわかりやすく紹介する。
HR(ヒューマン・リソース)とは
HRとは、「Human Resources(ヒューマン・リソース)」の略称であり、日本語では一般的に「人的資源」と訳される。企業活動において、人材を経営資源の一つとして捉える考え方を表す言葉である。
経営学では、企業の経営資源は「ヒト・モノ・カネ・情報」と整理されることが多い。その中でも人材は、新たな価値を生み出し、組織の競争力を支える重要な存在であるため、「Human Resources」という概念が用いられてきた。
日本ではHRという言葉が、主に二つの意味で使われている。一つは、人事部門や人事業務そのものを指す意味である。たとえば、「HR担当者」「HR部門」といった表現がこれにあたる。もう一つは、人材マネジメント全般を指す広い概念としての使い方である。
従来の日本企業では「人事」という言葉が一般的であった。しかしグローバル化の進展や外資系企業の影響を受け、近年はHRという表現が広く浸透している。現在では採用や育成、評価、配置といった人事業務に加え、経営戦略と連動した人材戦略を担う領域全体を表す言葉としてHRが用いられるケースも増えている。
人事との違いは何か?
HRと人事は同じ意味で使われることもあるが、厳密には視点や役割に違いがある。人事は、採用や育成、評価、配置、労務管理などの人事業務や、その業務を担う部門を指すことが一般的である。一方、HRは人事業務を含みながらも、人材を企業の重要な経営資源として捉え、組織の成長や企業価値の向上につなげるための考え方や機能全体を表す言葉として用いられることが多い。
たとえば、人事が採用や研修制度の運用を担当するのに対し、HRは「どのような人材が今後の事業成長に必要か」「人材への投資をどのように企業価値向上につなげるか」といった経営的な視点も含めて考える。
近年は人的資本経営への関心の高まりを背景に、人事部門にも経営戦略と連動した人材戦略の推進が求められている。そのため、従来の「人事」という枠組みを超えた概念としてHRという言葉が使われる場面が増えている。
日本でHRという言葉が広がった背景
日本でHRという言葉が広がった背景には、グローバル化の進展と企業経営を取り巻く環境の変化がある。
まず大きな要因として挙げられるのが、外資系企業や海外発の人材マネジメント理論の普及である。欧米企業では以前からHuman Resourcesという表現が広く使われており、人材を企業の重要な経営資源として位置付ける考え方が定着していた。その影響を受け、日本企業でもHRという呼称が徐々に浸透していった。
また、人事部門に求められる役割が変化したことも背景の一つである。かつての人事部門は、給与計算や労務管理などの管理業務が中心であった。しかし近年は、人材確保やスキル開発、組織開発、エンゲージメント向上など、企業競争力を高める戦略的な役割が求められるようになった。そのため、人事を単なる管理機能ではなく経営に直結する機能として捉えるHRという考え方が広がった。
さらに、デジタル技術の進展もHRの認知拡大を後押しした。採用管理システムやタレントマネジメントシステム、ピープルアナリティクスなどのHRテクノロジーが普及し、人事領域におけるデータ活用が進んでいる。HRテクノロジーは、組織の生産性向上や戦略的意思決定を支援する重要な手段として位置付けられている。
加えて、日本では人的資本経営への注目が高まったことも大きな転機となった。経済産業省は「人材版伊藤レポート」において、経営戦略と人材戦略の連動の重要性を提唱しており、人材をコストではなく価値創造につながる資本として捉える考え方が広がってい
特に2020年以降は人的資本経営への関心の高まりや、2023年3月期決算から有価証券報告書における人的資本情報開示が求められるようになったこともあり、人材戦略や人的資本に関する議論の中でHRという言葉を目にする機会が増えている。
人的資本経営についてはこちらの記事も確認してほしい。
類似する言葉との違い
HRM(ヒューマン・リソース・マネジメント)とは
HRMとは、「Human Resource Management(ヒューマン・リソース・マネジメント)」の略称であり、日本語では「人的資源管理」と訳される。企業が経営目標を達成するために、人材を戦略的に活用・管理する考え方である。
従来の人事業務は、採用や労務管理、給与計算などの運用面に重点が置かれていた。一方、HRMでは人材を企業の重要な経営資源として捉え、組織の成果向上につながるよう体系的にマネジメントすることを重視する。
HRMの対象となる主な領域は、採用、人材配置、人材育成、評価、報酬、キャリア開発などである。たとえば企業が新たな事業戦略を推進する場合には、その実現に必要な人材を採用し、育成し、適切な部署へ配置することが求められる。また、人材の能力や成果を公正に評価し、報酬や昇進へ反映することも重要な役割である。
HRMが注目される理由は、人材が企業の競争力を左右する重要な要素となっているためである。少子高齢化による労働力人口の減少や、デジタル化の進展に伴うスキル需要の変化を背景に、多くの企業が人材戦略を経営課題として位置付けている。経済産業省も、経営戦略と人材戦略を連動させる必要性を指摘している。
さらに、HRMは、人事部門だけで完結する取り組みではない。経営層や現場管理職とも連携しながら、人材の能力を引き出し、組織全体の成果向上につなげていくことが求められる。そのため近年のHRMは、単なる管理業務ではなく、企業価値向上を支える戦略的な活動として位置付けられている。
HCM(ヒューマン・キャピタル・マネジメント)とは
HRMとHCMはどちらも人材マネジメントに関する考え方だが、人材をどのように捉えるかという点に違いがある。HCMとは、「Human Capital Management(ヒューマン・キャピタル・マネジメント)」の略称であり、日本語では「人的資本管理」と訳される。
HRMとHCMは混同されることが多いが、人材の捉え方に違いがある。HCMとは、「Human Capital Management(ヒューマン・キャピタル・マネジメント)」の略称であり、日本語では「人的資本管理」と訳される。人材を単なる経営資源ではなく、企業価値を創出する「資本」として捉え、その価値を高めることで組織の持続的な成長を実現しようとする考え方である。
近年、企業を取り巻く環境は大きく変化している。デジタル化の進展や産業構造の変化により、企業の競争力を左右する要素として従業員の知識やスキル、経験、創造性などの重要性が高まっている。こうした背景から、人材をコストとして管理するのではなく、企業の成長を支える資本として捉える視点が注目されるようになった。経済産業省も人的資本を企業価値向上につながる重要な要素として位置付けている。
特にHCMでは、人材への投資を重視することが特徴である。具体的には、人材育成やリスキリング、キャリア開発、エンゲージメント向上、多様な人材の活躍促進などが含まれる。これらの取り組みを通じて従業員の能力や意欲を高め、企業全体の生産性向上やイノベーション創出につなげることを目指す。
また、HCMの実践にはデータ活用が欠かせない。近年はタレントマネジメントシステムやピープルアナリティクスを活用し、人材の配置や育成効果、離職傾向などを可視化する企業も増えている。こうした取り組みは、経営戦略と人材戦略を連動させるうえでも重要な役割を果たしている。
さらに、投資家やステークホルダーの間でも人的資本への関心が高まっている。企業がどのような人材戦略を持ち、どのような成果を生み出しているかを開示することは、企業価値を評価する際の重要な観点となりつつある。そのためHCMは、人事部門だけではなく経営層を含めた全社的な取り組みとして推進されることが求められている。
従来のHRMが人材を「人的資源」として管理・活用する視点を重視していたのに対し、HCMでは人材を「人的資本」として捉え、その価値を高めるための投資を重視する。人材育成やスキル開発、エンゲージメント向上に継続的に取り組み、企業価値の向上につなげようとする点が大きな特徴である。人的資本経営への注目が高まる中で、企業の人材マネジメントもHRM中心からHCMを重視する方向へと変化しつつある。
HRBP(ヒューマン・リソース・ビジネス・パートナー)とは
HRBPとは、「Human Resources Business Partner(ヒューマン・リソース・ビジネス・パートナー)」の略称であり、人事部門の立場から事業戦略の実現を支援する役割を担う人材を指す。従来の人事担当者が採用や労務管理、人事制度運用などを主な業務としていたのに対し、HRBPは経営層や事業部門の責任者と密接に連携しながら、人材面から事業成長を支援することを目的としている。
近年、企業を取り巻く経営環境は急速に変化しており、事業戦略と人材戦略を連動させる重要性が高まっている。そのため人事部門にも、制度運用や管理業務にとどまらず、経営課題の解決に貢献する役割が求められるようになった。こうした背景から、多くの企業でHRBPへの関心が高まっている。
HRBPの主な役割は、事業戦略に基づいて必要な人材を確保・育成し、組織の成果向上を支援することである。たとえば、新規事業の立ち上げに必要な人材要件の整理や人材配置の提案、管理職育成、組織開発、人材データの分析などが含まれる。また、経営陣と現場をつなぐ橋渡し役として、人材に関する課題を把握し、解決策を提案することも重要な役割である。
戦略的人事を推進する体制としては、HRBPに加えてCHRO(Chief Human Resources Officer)を設置する企業も増えている。CHROについては、こちらの記事も確認してほしい。
人的資本経営への注目が高まる中で、HRBPはさらに重要な存在となっている。経営戦略と人材戦略を結び付ける役割を担うHRBPは、企業価値向上の実現に向けたHR機能の中核を担う存在といえる。今後は、データ活用力や経営知識、組織開発の知見などを備えたHRBPの重要性が一層高まるだろう。
なぜHRテクノロジーの活用が求められているのか
HRテクノロジー(HR Tech)とは、人事業務や人材マネジメントにデジタル技術を活用する仕組みやサービスの総称である。AIやクラウド、データ分析技術などを活用し、人事業務の効率化や意思決定の高度化を実現することを目的としている。
近年、企業では採用難や働き方の多様化が進み、人材に関するデータ活用の重要性が高まっている。そのため、人事領域でもテクノロジーを活用し、より効果的に人材をマネジメントしようとする動きが広がっている。
代表的なHRテクノロジーには、採用管理システム(ATS)、タレントマネジメントシステム、人事情報システム(HRIS)、労務管理システム、エンゲージメントサーベイ、ピープルアナリティクスなどがある。これらを活用することで、人材情報を一元管理し、採用から育成、配置、評価までのプロセスをデータに基づいて改善できるようになっている。
今後のHRについて
人的資本経営が注目される現在、HRの役割は「人を管理すること」から「人を通じて価値を創造すること」へと変化している。HRを理解することは、人事担当者だけでなく、経営層や管理職、働く個人にとっても重要になっている。
企業の成長を支えるのは、設備や技術だけではない。そこに関わる「人」の力こそが、競争力やイノベーションの源泉となっている。
今回コラムを読んでいる読者のみなさまの組織では、人材をどのように位置付けているだろうか。HRは、単なる人事業務を指す言葉ではなく、人材を経営資源あるいは人的資本として捉え、その価値を最大限に引き出すための考え方や機能を含む概念である。人的資本経営の浸透やHRテクノロジーの進化が進む中で、人材戦略は企業価値を左右する今後の重要な経営課題となっていくだろう。