バリアフリー整備が進んでも、安心して通勤できるとは限らない-追手門学院大学 地域創造学部 石塚 裕子氏

キャリアリサーチLab編集部
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主要駅や公共施設のバリアフリー化が進む一方、利用者の少ない駅や無人駅では整備が遅れ、歩道や踏切、乗り換え時には設備や支援が途切れることがあります。交通事業者の人手不足も進むなか、個々の施設だけでなく、住まいから職場までの移動をどう支えるかが問われています。

シリーズ第3回では、追手門学院大学の石塚裕子教授に、通勤経路を「線」で捉える「移動の連続性」を軸に、当事者参画や技術の活用、企業と行政の役割について伺いました。

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石塚裕子(いしづかゆうこ)
追手門学院大学 地域創造学部 教授
大阪大学大学院工学研究科博士後期課程修了。博士(工学)、技術士(都市および地方計画)。専門はまちづくり学、バリアフリー計画学。一般社団法人日本福祉のまちづくり学会副会長。主な著書『誰もが〈助かる〉社会-まちづくりに織り込む防災・減災』(共編著・新曜社)、『総合検証 東日本大震災の復興』(分担執筆・岩波書店)、『やっかいな問題はみんなで解く』(分担執筆・世界思想社)等。

整備が進んでも残る「移動の分断」

質問:日本ではバリアフリー整備が進んできたと言われていますが、現在どのような課題が残っているとお考えでしょうか。

石塚:1960年代から70年代にかけて、多くの障害のある当事者が、交通事業者や行政に対してさまざまな働きかけを行ってきました。その積み重ねによって2000年に交通バリアフリー法が制定されました。以来、この四半世紀で公共交通機関を中心に、駅のエレベーターや視覚障害者誘導用ブロック、ホームドアなどの整備が進んだことは一定評価できます。

一方で、「通勤・就労」という視点から見ると、課題はまだ多く残されています。その一つが、都市部と郊外・地方部の格差です。バリアフリー法では、すべての旅客施設が一律に整備対象となるわけではありません。主な対象となるのは、1日あたりの平均利用者数が3,000人以上の旅客施設です。

また、平均利用者数が2,000人以上3,000人未満の旅客施設であっても、市町村が定める「基本構想」において重点的に整備を進める地区内にあり、生活関連施設として位置付けられている場合には、整備の対象となります。そのため、利用者の少ない駅や無人駅では、ホームドアはもちろんホームと線路を視覚障害者が認識できるようにするような工夫も十分に整備されていません。

また、駅や建物など個々の施設が整備されていても、通勤経路全体の安全が確保されているとは限りません。特に踏切や歩車分離されていない生活道路など、施設と施設の間には依然として危険な場所が残されています。

さらに地震や豪雨などの非常時に、障害のある方の移動をどのように支えるのかは、十分に具体化されていません。設備の有無だけでなく、地域差や非常時も含め、住まいから職場まで安心して移動できる環境になっているか。その視点で捉え直すことが、今後の大きな課題だと考えています。

質問:バリアフリーを「点」ではなく「線」で捉える「移動の連続性」について、考え方や課題を教えてください。

石塚:障害のある方が通勤するには、自宅から駅、乗り換え、職場まで、バリアフリーの設備や支援が途切れずにつながっている必要があります。しかし、駅、道路、建物はそれぞれ管理者が異なるため、その境界で設備や支援が途切れることがあります。

たとえば、歩道の視覚障害者誘導用ブロックが、駅や建物の敷地に入るところで途切れ、敷地内のブロックにつながっていないケースです。人的支援も、鉄道間の乗り換え、鉄道からバスやタクシーへの乗り継ぎでは十分に引き継がれません。駅員の案内が担当する改札口までで終わり、その先で別の人に助けを求めなければならないこともあります。

乗り換え先まで案内される場合も、人員の余裕や担当者の判断に左右され、常に保障された支援ではありません。設備と人的支援の両面で、経路全体をつなぐ仕組みが必要です。これが「移動の連続性」が確保されていない状態です。

質問:海外と比べたとき、日本のバリアフリーはどのような点が進み、どのような課題が残っているのでしょうか。

石塚:国による違いはありますが、ハード面の整備水準は日本の方が高いと感じます。一方で、バリアフリーを支える理念や権利意識には、まだ課題があります。

日本では、公共交通、建築物、雇用など、分野ごとにバリアフリー施策が進められてきました。一方、米国では、分野を横断して障害者差別を禁止する包括的な法律として、1990年に障害をもつアメリカ人法(ADA:Americans with Disabilities Act)が制定されました。雇用、教育や交通などの公共サービス、ホテルや飲食店、店舗などの民間施設、通信まで、社会生活の幅広い領域を対象としています。

ADAとは、障害のある人にも、障害のない人と同じように働き、サービスを利用し、社会に参加する機会を保障することを目的としています。単に建物の段差をなくすのではなく、社会参加を妨げる仕組みや対応そのものを差別の問題として捉えている点に特徴があります。

日本でも2016年に障害者差別解消法が施行されましたが、バリアフリーを「思いやり」や「特別な配慮」ではなく、権利として捉える意識は、まだ十分に根づいていないと感じます。

その違いは、建物の設計にも表れます。日本では、エレベーターが階段やエスカレーターから離れた場所に設けられ、車いす利用者などが別の動線を使わなければならないことがあります。海外では、階段、エスカレーター、エレベーターが同じ場所に並び、誰もが自分に合った移動手段を選べる設計が見られます。

社会的な障壁には、物理面、情報面、制度面、意識面の四つがあります。日本では特に、「障害のある人には特別な対応が必要だ」と捉える意識面のバリアが根強く、それが設備や制度にも影響しています。バリアフリーを一部の人への配慮ではなく、誰もが持つ権利として捉え直すことが必要です。

障害種別の課題ではなく「本質的な困りごと」から考える

質問:障害種別の課題ではなく「困りごと」からバリアフリーを考えることは、移動や通勤支援において、なぜ重要なのでしょうか。

石塚:これまでのバリアフリー整備は、車いす利用者にはスロープ、視覚障害のある方には誘導用ブロックというように、障害種別ごとの代表的なニーズを想定してきました。しかし、それでは特定の人への「特別な配慮」になり、想定した障害種別から外れる人を見落とす可能性があります。

そこで、まず「何に困るのか」を考え、そこから対象者を捉えます。この考え方は、米国の災害対応から生まれた「Access and Functional Needs(AFN)」という概念に通じます。

たとえば、山火事の拡大を防ぐために計画停電を行う場合、「電動車いすを使う身体障害者」「人工呼吸器を使う患者」という属性だけで対象者を考えるのではなく、「電気がないと困る人」と捉えます。そうすれば、タブレット端末を使ってコミュニケーションを取る聴覚障害のある方なども支援の対象になります。

通勤時の移動も同じです。無人駅に「用のある方はこちらへ連絡してください」と文字だけで案内が掲示されていても、視覚障害のある方は情報を得られません。また、案内の意味や連絡方法が分かりにくければ、知的障害のある方や高齢者も困ります。

困りごとを起点にすれば、特定の人だけの「特別なニーズ」ではなく、「みんなに共通するニーズ」として移動環境を整えられます。まず共通する困難への対策によって全体の利用しやすさを底上げし、それでも対応できない個別のニーズを合理的配慮で補う。このような考え方が、支援からこぼれ落ちる人を減らすことにつながります。

当事者参画を形だけで終わらせない

質問:バリアフリー施策では当事者参画が進められていますが、使いにくい施設や空間が生まれてしまうのはなぜでしょうか。

石塚:当事者参画は長年求められてきました。そして交通バリアフリー法を契機に、自治体の基本構想づくりでは当事者の意見を聞く仕組みが広がりました。

ただし、参画は計画段階にとどまり、設計、施工、完成後の運用まで続かないことがあります。特に民間建築では、当事者が設計段階から関わる例は限られます。

また、当事者から「ここが使いにくい」「この場所は危険だ」といった意見を聞いても、その後の設計は建築の専門家だけで進めることも少なくありません。その結果、要望を取り入れたつもりでも、使いにくい環境が生まれることがあります。意見を聞く「参加」ではなく、解決策までともに考える「参画」が必要です。

質問:当事者の意見を実際の設計や運用に生かすには、どのような参画のあり方が求められますか。

石塚:私が関わった大阪・関西万博の「大阪ヘルスケアパビリオン」では、当事者が課題を伝えるだけでなく、どのように解決するかを設計者と一緒に検討しました。大阪ヘルスケアパビリオンは、大阪府と大阪市が中心となって一般社団法人を設立し、企業とともに事務局を運営しました。

約4年半、20回を超えるワークショップに、障害のある方、設備メーカー、展示の企画・設計会社、建築設計事務所などが参加し、基本設計から施工、運営までを議論しました。

図面だけでは完成前の空間を理解しにくいため、壁や通路、設備を実物大で再現した検証用の「模型」をつくり、当事者が実際に動いて改善策を考えました。完成後の案内や対応についても当事者と検討し、設計と運用を一体で捉えています。

当事者と設計者、管理者が対等に議論するには、同じ情報を共有できる環境も欠かせません。図面や計画を分かりやすい形で伝える情報保障をはじめ、意見を出すための十分な時間や機会なども工夫しました。出席してもらうだけでなく、意見が設計や運用にどう反映されたかまで確認することが、参画の質を高めます。

質問:大阪ヘルスケアパビリオンの経験は、その後どのように引き継がれているのでしょうか。

石塚:主に報告書、条例、ガイドラインの三つです。検討の過程を報告書として公開し、新たな基準や技術の必要性を大阪府の福祉のまちづくり条例の改正に可能な範囲で反映しました。

当事者と情報を共有しながら、課題の解決策を一緒に考えていく。そうした参画のプロセスも、当事者参画のガイドラインに生かされています。

技術と人の力で、途切れない移動支援をつくる

質問:交通事業者の人手不足が進むなか、障害のある方の移動支援に、技術や外部人材をどのように活用すべきでしょうか。

石塚:鉄道事業者に話を聞くと、駅構内の案内や介助だけでも職員はフル稼働しており、これ以上の人員を割くのは難しいといいます。無人駅も増えており、人手だけに頼る支援には限界があります。大阪ヘルスケアパビリオンでは、視覚障害のある方などの移動を支援するため、スマートフォンを活用した案内システムを導入しました。

一方で、会場の外部空間では、点字ブロック上のコードを読み取り、目的地まで音声で案内する別のナビゲーションシステムも導入されています。これは大阪ヘルスケアパビリオンが整備したものではなく、会場全体の取り組みとして導入されたものです。

ただし、技術だけですべての状況に対応できるわけではありません。音声案内の設備があっても、スタッフが存在や使い方を知らず、視覚障害のある来場者に案内できないケースもありました。開発段階から当事者が参加し、技術が担う範囲と、人による案内や介助が必要な範囲を整理するとともに、研修を含めて運用を設計する必要があります。

英国の鉄道では、支援内容を乗車駅、乗換駅、降車駅で共有する「Passenger Assist」があります。日本でも阪急電鉄が英国企業の介助予約システムを導入し、ウェブ予約と駅係員間の情報共有を連携させています。事業者を越えた情報共有と、外部の専門人材を含む役割分担によって、限られた人員でも途切れにくい支援に近づけると考えています。

働く機会を広げるために、企業と行政ができること

質問:障害のある方の就労機会と企業の成果を両立するため、企業と行政にはどのような役割が求められますか。

石塚:従業員全員が同じ仕組みやスタイルで働く時代は終わりつつあります。一人ひとりに合った環境を整えることが、仕事の効率や生産性の向上につながると考えています。

企業は、当事者とともに働きやすい環境や仕事の進め方を考えることが重要です。そこで生まれた工夫は、ほかの従業員にも役立ちます。合理的配慮を個人への特別な対応で終わらせず、職場全体を改善する機会として捉えるべきです。

行政には、鉄道、バス、道路、勤務先など、通勤経路に関わる企業や事業者をつなぐ役割があります。個々の取り組みだけでは移動全体のバリアフリーを実現できません。バリアフリー情報は、個々の施設や事業者ごとに分散したままでは、十分に活用することができません。必要な情報を一つの基盤に集約し、誰もが使いやすい形で共有していくことが、移動環境の連続性を高めるうえで重要です。

そのためには、自治体だけでなく、国、自治体、民間がそれぞれの役割を果たしながら連携していく必要があります。国が中心となってオープンデータ化の方向性を示し、自治体が地域の情報を整理し、民間がその情報をサービスや技術に生かしていくことで、バリアフリー情報はより実用的なものになります。

建物や設備の整備に加えて、情報をつなぎ、活用できる仕組みを整えること。それこそが、これからのバリアフリーを支える大切な基盤であり、行政と民間が連携して取り組むべき重要なテーマだと考えています。

ライター:西谷忠和

穂刈顕一
担当者
キャリアリサーチLab編集部
KENICHI HOKARI

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