対話の工夫-イノベーション風土を育む-

宮本祥太
著者
キャリアリサーチLab研究員
SHOUTA MIYAMOTO

問題意識

社会経済や雇用環境が刻々と変化し、企業の価値や組織の事業が将来まで保証されるとは言い難い時代となっている。今後さらに人手不足が進行して組織の人材が限られることが予想される中、企業が持続的に組織を発展させていくためには、人材一人ひとりの能力を最大化させ、イノベーションの源泉となる多様なアイデアを引き出し、形にしながら、組織や事業をアップデートする視点が求められる。

しかし、従業員が自由な意見やアイデアを出し合い、それを組織の中に取り込むことはそう簡単ではない。階層的な組織構造の会社ではどうしてもトップダウンで意思決定が行われがちで、職場での発言権が個人の年齢や経験値に比例するあまり、若手人材が意見しづらい雰囲気が生まれることもある。旧態依然の習わしや同調性が強い企業風土もまた、目新しい個性を阻害する要因となりかねない。

では、企業はどのようにして従業員の主体的かつ創造的な行動を促しながら、組織を持続的に発展させることができるのか。組織内のコミュニケーションの観点から、職場における個人のイノベーション行動を促すためのヒントを探る。

株式会社ユーメディアの工夫

経営と現場の目線をかけ合わせる 

メディアプロモーション事業などを展開する株式会社ユーメディア(宮城県仙台市/従業員133名/今野均代表取締役)では、ユーメディアグループの全従業員が一堂に集まり立場や年代を超えて対話する取り組みとして「ミライサミット」を行っている。

これは「経営方針を自分事化する」というミッションのもと、経営層と現場従業員の両者の距離を近づけることを目的として2020年から年1回開催する社員総会。広報部門と各事業部からアサインされた若手・中堅社員が現場視点で一から企画しており、従業員参加型で組織・事業についての理解を深め主体的に仕事ができるよう毎年テーマを設定している。  

BASE CAMPをテーマとしたミライサミットの様子
BASE CAMPをテーマとしたミライサミットの様子

2025年のテーマは、高い目標(山)に向かって大きくジャンプするために、基盤をより強固にしていくことをメッセージとした「BASE CAMP」。会場はキャンプグッズであしらわれ、参加者それぞれが思い入れのあるキャンプ道具に身を包む。

カジュアルな雰囲気の中で進行するミライサミットには、組織にいる人同士がフラットに対話をするための工夫がいくつも組み込まれている。たとえば、最初のプログラムでは、経営方針をテーマに社長に対して従業員がインタビューする形で内容を解きほぐし、現場の視点から見た経営や事業について意見交換を行う。

そのほか、社員が前期1年間の象徴的な仕事をもとに自分なりに考えた将来の展望を語る「ミライプレゼン」、さまざまな事業に携わる従業員がグループとなりミライサミットのテーマについて対話しながら自分の言葉でアウトプットするプロセスを体感する「全社ワーク」もプログラムに織り込まれる。

ミライサミットの司会は入社2年目の若手社員が務めることが恒例となっており、従業員それぞれが年齢や立場を超えて役割を担いながら、フラットな関係性で全従業員が組織について考え、意見を出し合う機会が創出されている。 

アイデアを形にする

ミライサミットを行う目的の一つに主体性・創造性の価値観の醸成があり、これはユーメディアグループが従業員に求める価値観として位置づけられている。主体性・創造性をアイデンティティとして掲げている背景には、事業の多角化の歴史がある。ユーメディアグループはもともと創業事業である印刷業を柱として成長を続けてきたが、2009年のリーマンショックの影響もあり、事業の多角化に舵を切った。

これを実現するには多様な見識とバックグラウンドを持つ人材を確保する必要があるという経営判断のもと、性別や年齢や経歴が異なる多様な人材が主体的かつ創造的に仕事に取り組める組織づくりを推進してきた。その一環としてミライサミットなどの従業員それぞれが主体的に組織活動に関わり、自分の考えを発信できる場の創出に力を入れている。 

従業員のアイデアが事業化した例はいくつもある。たとえば、「一年生ラジオ」では、ユーメディアグループに毎年加わる新入社員が自らプロモーター・パーソナリティとなり、グループが運営するコミュニティエフエムでラジオ番組を放送している。

発端は新入社員の一つのアイデアだった。2022年に入社した女性社員がグループのリソースを活用しながら新入社員同士が協力して行えるプロジェクトとして提案し、直属の上司のサポートも受けながら企画を練り上げ、経営企画会議でのプレゼンを経て事業化。新入社員が地域に出て街の人をインタビューするコーナーなどさまざまなコーナーを新入社員が自ら作り上げ、毎月第1金曜日(※取材時)にラジオ番組として放送している。

また、2020年の設立60周年事業の一環として行った取り組みに「project blUe」がある。これは「自分たち自身が誇れる会社を若手から作っていく」というコンセプトで、若手社員がアイデアを出し合って新規事業の創設や社内コミュニケーションの活性化を推進するプロジェクト。外部講師を招いたコーヒーハンドドリップ体験の社内イベント「U=STAND」が開催されるなど、若手の多様な視点が組織の活動として実現した。

ほかにも、オフィスをリニューアルする際に経営主導ではなく現場目線で従業員に一から企画してもらったり、今後の経営方針や経営ビジョン策定・浸透のプロジェクトに各事業部の次期リーダー候補7名を加えたりなど、仕事や組織活動に当事者として関わることができる仕掛けをつくっている。このように、組織にいる人材が立場を超えて対話をする機会が多く埋め込まれている点に特徴がある。

左:コーヒーハンドドリップ体験の社内イベントU=STANDの様子/右:リニューアルしたオフィス
左:コーヒーハンドドリップ体験の社内イベントU=STANDの様子/右:リニューアルしたオフィス

株式会社タシロの工夫

挑戦をコアバリューに掲げる

精密板金加工を手掛ける株式会社タシロ(神奈川県平塚市/従業員17名/田城功揮代表取締役社長)は企業のコアバリューに「挑戦」を掲げる。組織にとっての転機となったのが2020年にスタートした自社製品開発事業。もともとは装置部品の受託製造を展開していたが、半世紀の歴史で培ってきた高い技術力を生かしつつ、従業員に「自分がやりたいこと」を実現してもらうことでものづくりの面白さを感じることができる会社にしようと、従業員のアイデアを製品化する自社製品開発事業に注力した。

従業員の自由なアイデアを起点にたくさんの商品が生まれている。たとえば、薪を固定させて理想の大きさに割りやすくするステンレス製補助具「薪のこだ割り」は、入社1年目の新卒社員が趣味のキャンプから着想した製品で、自ら企画して入社から半年で商品化に繋げた。

熱伝導率が高いアルミを利用した冷却プレート「ねこの寝床」は、猫が寝転がって体の熱を逃がすためにつくられた製品で、動物好きの従業員の発想から誕生。アウトドアの時にピザ窯・燻製器・焚火台として使える鉄板素材の「3WAYピザ窯」はギフトの魅力を競う大会でグランプリを獲得するなど、個人のさまざまなアイデアを組織として積極的に受け入れてきた。 

左:薪のこだ割り/右:3WAYピザ窯
左:薪のこだ割り/右:3WAYピザ窯 

個の創造性を膨らませる

コアバリューの「挑戦」を実現するための工夫も行き渡っている。たとえば、自社製品開発事業を開始した2020年から、段階的に評価制度の刷新に着手。「従業員の多能工化」を掲げ、従業員一人ひとりが複数の製造工程を担当できる人材になるよう育成している。評価項目が記されたスキルシートには、製造工程ごとに求められるタスクのほか、挨拶や顧客対応、PCスキルやAI活用など製造業務以外の業務も多く含まれる。常に新しい挑戦をしながら仕事の幅を広げてもらう狙いで、新しいことができるようになることが評価に直結する制度が整っている。

また、従業員が自分のアイデアを隠さず自由に出すことができる雰囲気づくりにも余念がない。組織として常に従業員のアイデアを募集しているという姿勢を示し、従業員からのアイデアが少ないことがあれば、社長が朝礼の場でアイデア出しを呼び掛ける。

また、社長が従業員とマンツーマンで行う年3回の面談では「従業員のやりたいこと」を聞き出し、自由にアイデアを伝えてもらう。個人からアイデアが出されると、製品化に向けて発案者と社長が二人三脚で企画を考案。実現可能なアイデアと判断されれば、全体会議ですべての従業員に情報が共有され、工程ごとに役割分担をしながら組織全体で製品を作り上げていく。

2025年12月に立ち上がった「技能コンクール入賞プロジェクト」は、板金の技術とデザインを競う大会で入賞したいという従業員の声をもとに発足したプロジェクト。有志3人が集まり、通常業務と同時並行でプロジェクト活動を続けている。 

技能コンクール入賞プロジェクトの様子
技能コンクール入賞プロジェクトの様子

ほかにも、他社工場見学の取り組みを定期的に実施。同業他社の製造現場と比較することで従業員にアイデアの源泉や自社の強みを見出してもらうことを目的にしている。他社見学の気づきから業務改善や新たな技術の導入に繋がった例もある。

このように、従業員それぞれが主体的にアイデアを発信し、それを実現するための仕組みが整備されている。平均年齢28歳の若手が中心に活躍する職場だが、年齢や職種や立場に関係なく発言権があり、実際に商品化に繋がっているところが特徴と言えよう。“誰でもアイデアを形にできる”という実績は、新規採用の呼び水にもなっている様子。求職者は2019年から増加傾向にあり、2025年は新卒・中途合わせて1年間で約200名の応募があったという。 

分析・考察

組織によるアイデアの実現とインタラクティブな対話  

両社の事例からは二つの共通性が浮かび上がってくる。一つは「組織によるアイデアの実現」である。これは、個人から創出されたアイデアが他のメンバーに共有され、理解者や協力者が加わりながらチーム単位でアイデアを実現する体制が整っていることを意味する。両社とも経営層が現場の意見を尊重し、多様に異なる従業員の考え方を組織に積極的に取り入れようとする姿勢がうかがえた。

もう一つが「インタラクティブコミュニケーション」である。これは対話が双方向的であり、従業員がそれぞれの立場に関係なくフラットな環境で個々の考えやアイデアを分かち合うことを指す。ポイントは、肩ひじを張らず、失敗を恐れることのない、リラックスした状態で対話ができる点である。定期面談やプロジェクト、社内イベントなどさまざまな機会を通じて、組織にいる人同士が交流し、個々の考え方や価値観を共有できるような工夫が見られる。 

アイデアを育むイノベーション風土

職場における個人のイノベーション行動(Innovative Work Behavior:以降 IWB)の代表的な研究では、IWBは3段階のプロセスを経ることが重要であるとされる(Scott & Bruce, 1994)。

第1段階が「アイデアの創出」であり、個人は問題の所在を把握しそれを打開するためのアイデアを創出する。第2段階が「アイデアの推進」であり、個人のアイデアを共感・支持してくれる人の集団が構築される。第3段階が「アイデアの試行」であり、アイデアを実践可能な形に体系化して実装を試みる。

さらに、イノベーションに関する組織風土がIWBに影響を与えることが示唆されている(Scott & Bruce, 1994)。具体的には、組織が多様性に寛容であり個人の創造的活動について柔軟な姿勢である「イノベーションに対する支援」を個人が知覚する場合、IWBは促進される。

このIWBのフレームワークで二つの事例を分析する。両社とも、従業員それぞれが仕事や組織活動に主体的に関わりアイデアを発信できる機会をつくり、チーム単位で実現する仕組みが整っている。また、個人の創造性への尊重を人材戦略に掲げ、経営層や上司といったリーダーが個々のアイデア実現を支援するといった、イノベーションを支援する風土も醸成されていると言えよう。

このイノベーション風土を支えている一端が、工夫されたコミュニケーションの施策ではないだろうか。組織が意図的に経営と現場の接点をつくり、近い距離感で双方向のコミュニケーションをとる機会を重ねることで、「アイデアを出していいんだ」「私は組織の一員なんだ」という従業員の意識の変化と、主体的にアイデアを発信する行動を促す。それが組織全体のイノベーションの雰囲気に繋がっていると考える。

イノベーションと対話の関係性
イノベーションと対話の関係性

まとめ

この2社の事例からは、職場における個人のイノベーション行動を起点としながら組織・事業の幅を広げられる可能性がうかがえた。そのために重要なことは、まず個々のアイデアをチームで実現する体制だろう。個人のアイデアを引き出すことにとどまらず、それを組織として膨らましながら実行するプロセスが欠かせない。

二つ目は、アイデア発信を容認する風土である。ピリついた緊張感があったり、誰かの顔色をうかがいながら発言したりする職場では自由な発想は生まれにくい。組織にいる誰もが自分の発言を無下に否定されることなく、アイデアが実現できそうな期待を感じられることが大切だろう。

その雰囲気をつくるために欠かせない要素が、三つ目の「インタラクティブコミュニケーション」と考える。リーダーたちが現場と目線を合わせ、フラットな環境で意見交換ができる機会を組織活動の中にちりばめていくことが重要であると考える。

実践的には、事例でも見られた「プロジェクト活動」が有効策の一つとなるのではないだろうか。ポイントは、所属部署内での担当業務ではなく、自分の持ち場を超えて関わる業務や実務以外の組織活動(社内イベント等)でプラスアルファの役割を持てる機会にすることである。

それが、個人にとってのアイデア創出の機会を増やすことに繋がり、業務・部署の領域が異なる従業員同士が対話を重ねることでシナジーが生まれる可能性もある。そうした施策を重ねることで、従業員が誰でもいつでもトライできる雰囲気を温めながら、多様な創造性によって組織を更新していくことが、今後組織に求められると考える。 


【参考文献】
・Scott, S. G., & Bruce, R. A. (1994). Determinants of innovative behavior: A path model of individual innovation in the workplace. Academy of management journal, 37(3), 580-607. 

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