報酬の工夫-手ごたえのある対価-

宮本祥太
著者
キャリアリサーチLab研究員
SHOUTA MIYAMOTO

問題意識

企業の人手不足感が強まり、人材獲得競争が激しさを増している。採用を目的とした賃上げの動きも活発で、初任給の引き上げを行う会社も珍しくない。ただ、すべての企業が継続的にハイペースの賃上げを行うことができるとは限らず、横並び的に賃上げが行われる労働市場にあっては、それ自体が求職者や就業者を強く惹きつけるための手段となりにくい側面もある。

そうは言っても、報酬は個人が就業先を決める上で重要な要素であり、企業にとって優秀人材を獲得・定着させるためには、時代や従業員のニーズにマッチした報酬の在り方を検討していくことは重要であろう。 

賃上げは生産性向上の結果として行われることが本来的であり、採用や既存社員の定着を目的とした賃上げは言わば先行投資と言える。人材の能力向上による付加価値向上を起点として賃上げがサイクル化していけば理想だが、実現するのは簡単でない。 

では、企業はいかにして報酬を組織の成果に結びつけながら組織を持続的に成長させることができるだろうか。報酬の工夫を行っている企業の事例から紐解く。 

アイ・アール債権回収株式会社の工夫

従業員同士のピアボーナス

三菱UFJフィナンシャル・グループのアイ・アール債権回収株式会社(東京都中野区/従業員150名/中川原毅代表取締役社長)では、給与とは別の報酬形態として「ピアボーナス」の仕組みを取り入れている。

ピアボーナスは、Peer(仲間)とBonus(報酬)を合わせた造語。従業員同士が感謝・称賛・労いのメッセージとともに少額のポイントを贈り合う。投稿されたメッセージは社内SNSですべての従業員に公開され、両者のやりとりに対して「拍手」を送るかたちで第三者がポイントを贈ることができる。 

ピアボーナスの仕組み/マイナビ作成

たとえば、営業職のAさんが一緒に仕事をしてくれた事務職のBさんに「業務を手伝ってくれたおかげでお客さまが満足してくれた」というメッセージとともに100ptを贈る。SNS上で投稿を見たCさん・Dさん・Eさんが内容に共感して10ptずつを贈る、といったやりとりが日々行われている。

新入社員からメンターの先輩へ研修支援のお礼を伝えたり、チームリーダー賞と題して上司から部下へ1カ月の頑張りを労ったり。実務以外でも、オフィスにあるごみ袋の交換や懇親会の企画など、組織でのさまざまな行動を対象に「ありがとう」を伝え合っている。

従業員は、個人で配分できるポイントとして1週間ごとに400ptを保有。他人から贈られたポイントは1pt=1円でギフトポイントに換算できる仕組みで、中には、1カ月あたり5,000pt以上を集める社員もいるという。SNS上の投稿頻度やポイントの行き来は年々活発になり、1カ月あたり約500件のやりとりが交わされる経済圏へと発展した。 

年齢の壁をなくす

ピアボーナス導入の背景には組織の高齢化があった。持続的な組織の成長を見据えて若手中途人材の採用に注力するにあたって、新しく入社した人たちの「組織に入りづらい雰囲気」をなくし、年齢や社歴を問わず誰もが手を挙げて挑戦できる環境をつくることを目的の一つに置いた。

当初はSNSを介したやりとりに否定的な声もあったが、若手社員や経営層の積極的な投稿によって少しずつコミュニティが活性化。ピアボーナスを導入した2023年からの3年間で約30名の20代~30代中途社員が入社して組織の若返りが進むと同時に、若手社員からベテラン社員へ、役員から新入社員へ、ある部署から別の部署の人へ、といった職域や役位を超えたフラットなやりとりがピアボーナスを通して多く交わされるようになった。

職場の風土も次第に変化し、若手従業員からの業務改善の提案が増えたり、投稿をきっかけとした従業員間の新たな交流が生まれたりしている。また、オープンに情報が飛び交うSNSの特性によって、普段仕事で交わらない人同士が互いの仕事ぶりや人となりを知り、会話するきっかけになっているという。 

株式会社日本レーザーの工夫

自分で決めるインセンティブ 

レーザー・光製品を取り扱う輸入商社の株式会社日本レーザー(東京都新宿区/従業員59名/宇塚達也代表取締役社長)では、報酬の透明性を高めるために、全社の売上・受注・粗利・実績を事業別・グループ別・個人別で公開している。人事評価は定量・定性の2種で、売上部門の定量評価は個人の業績に応じて支給しており、「粗利の3%」という明確なインセンティブの基準を設定している。

たとえば、100万円の売上があった場合、3%にあたる3万円がインセンティブとして賞与に上乗せされる仕組み。インセンティブの上限を設けておらず、成果が報酬に直接反映されて定期賞与(7月・2月)に加算されている。

大きな特徴は、自身の裁量で定量部分のインセンティブを他のメンバーへ配分できる点にある。営業部門では他の営業メンバーからの紹介で商談が実現することや、技術メンバーと協力して顧客に対応する場面も多い。そんな時に、たとえば、100万円の売上によるインセンティブ3万円を他の営業メンバーに1万円、技術メンバーに1万円のように割り振ることができる。

日本レーザーではこのような配分が当たり前に行われており、分け合った報酬の行き来もすべての従業員に公開されている。

株式会社日本レーザーのインセンティブの仕組み/マイナビ作成

会社はノータッチ

この“自分で決めるインセンティブ”の仕組みは、従業員自身が主体的に仕事を捉え、行動してもらうための仕掛けとして導入したもの。そのため、インセンティブをどう分け合うのかについて会社は一切関与せず、当事者間の話し合いの中ですべて決定される。

自分で決めるインセンティブの仕組みを取り入れてから10年以上が経つが、これまで従業員間でトラブルになったことはなく、取り組みを継続することで従業員の自発性が育まれ、職種を超えてチームで協力しながら課題に向き合う意識が広がったという。企業としては32年連続黒字経営を続けている。 

分析・考察

もう一つの経済圏をつくる 

この2社が取り組む報酬の工夫にはある共通点がある。それは、給与・賞与・手当といった通常の報酬に見られる個人-組織間の金銭的やりとりとは異なる、従業員自律型の「もう一つの経済圏」が形成されているところだ。

「もう一つの経済圏」には2つの特徴的な要素がある。一つは裁量性。原資自体は会社が持つが、組織が運用管理をするのではなく、従業員それぞれが仕事や成果を互いに評価し自身の裁量で金銭的やりとりを行う報酬形態となっている。自らの意思で報酬獲得に向けて行動したり、報酬を配分したりできる点は、労働の対価として組織が支払う給与にはない側面と言えよう。

二つ目は波及性。単なる報酬の付与にとどまることなく、従業員のモチベーションを刺激したり、個人の自律的行動や従業員間のコミュニケーションを促したりするなど、組織の発展に繋がる好循環のサイクルを生む可能性を秘めている。 

報酬の工夫の図/マイナビ作成

動機付けを促す3要素 

報酬は、いかに人の行動を動機付けるかという観点で研究が蓄積されてきた。報酬と動機付けの関係性を読み解くための代表的なフレームワークに「自己決定理論」がある。

この理論では、人間は自身の興味・関心など個人の中から湧き上がってくる内的な要因によって行動が規定される(内発的動機付け)という前提のもと、1.自律性、2.有能感、3.関係性の3つの心理的要素が満たされた時に内発的動機付けが高まると考える。

1.自律性とは自分の行動を自らの意思で選択できることであり、2.有能感とは自分の能力が他人に認められること、3.関係性とは他者との繋がりの中で尊重や帰属意識を感じられることを意味する(Ryan & Deci, 2002 ; Deci & Ryan, 2012)。組織の文脈で考えれば、この3要素が充足された時に、従業員の組織活動の源泉となるモチベーションが刺激される。

一方、報酬は内発的動機付けに影響を与える二つの側面を有している。一つは「制御的側面」であり、人々に特定の思考・行動を強いることで、個人の自律性を損ない、内発的動機付けを低下させるという機能。もう一つが「情報的側面」で、報酬を受ける人に能力を伝達する機能である。

一般的に報酬は内発的動機付けを損なう性質があるが、報酬によってその人の有能感が高まる場合(肯定的なフィードバックが行われた場合)には、個人の自律性を損なうことなく、内発的動機付けを高める効果があることが示唆されている(Ryan & Deci, 2002 ; Deci & Ryan, 2012)。

これらの研究を二つの事例にあてはめて考えてみると、共通要素であった「もう一つの経済圏」には1.自律性、2.有能感、3.関係性の3つの要素が含有されている。具体的には、自らの選択によって報酬のやりとりを行うことができ、自分の行動や成果に対する承認を得られる仕組みが組み込まれており、かつ、ともに仕事をするメンバーとの繋がりを感じることができる。

このような性質があるからこそ、報酬によって個人の内発的動機付けが損なわれることなく、従業員のモチベーションを維持したり、チームへの貢献を促したりすることに繋がっている側面があると考える。 

まとめ

物価高騰による人件費の上昇や人材獲得競争の激化によって企業の賃上げ意識がますます高まっている中で、自社の賃金を労働市場に見合った水準に定めていくことは、どの企業にとっても重要なことだろう。

ただ、組織の成長なしに報酬を上げ続けるのは難しい。労働の対価として支払う給与の妥当性や納得感を高めつつも、それとは別のアプローチとして、報酬を個人の成長や組織の活性化に繋げる工夫をすることが今後一層求められると思う。

個人-組織間の給与とは異なる、個人-個人間の報酬の仕組みによって組織の成長を期待できる点は、今回の事例分析から得られる重要な示唆ではないだろうか。ポイントは、報酬に意味や手ごたえを感じられることだ。

報酬によって人材を囲うという発想から転換し、多様な個々の意欲やプロアクティブ行動を引き出すために報酬の在り方を工夫することもまた、人手不足時代における組織の持続可能性を考える上で大切な要素であると考える。 

キャリアリサーチLab研究員 宮本 祥太


【参考文献】
・Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2002). Overview of self-determination theory: An organismic dialectical perspective. Handbook of self-determination research, 2(3-33), 36. 
・Deci, E. L., & Ryan, R. M. (2012). Self-determination theory. Handbook of theories of social psychology, 1(20), 416-436. 

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