現代の企業経営において、イノベーションの重要性を疑う人は少ないと思います。変化の激しい市場で競争力を保つためには、前例にとらわれない新しい発想、すなわち「創造性」が不可欠です。多くの企業が、創造的な人材を求めて採用に力を入れ、社内公募やアイデアコンテストなどを通じて、従業員の発想を刺激しようとしています。
しかし、現場に目を向けると、期待通りの成果が上がっていないことも珍しくありません。革新的であるはずの新規事業案が会議で却下され続けたり、期待のエースとして入社した人材が孤立して退職したり、高い成果を上げている社員がコンプライアンス違反を起こしたりといった問題が起きています。
これらは「個人の資質」や「偶発的なトラブル」として片付けられることもありますが、学術研究を紐解くと、そこには共通する心理的なメカニズムや組織の力学が働いていることが見えてきます。
創造性は、組織に利益をもたらす力であると同時に、私たちの認知や人間関係、倫理観に対して独特の作用を及ぼす「副作用」も持っています。本稿では、近年の研究知見をもとに、イノベーション推進の裏側で生じる課題を明らかにしていきます。
評価者の心理的バイアス、創造性と不正の関係、変革に伴う組織内の摩擦、個人の生活やメンタルヘルスへの影響という視点から、創造性のリスクと対策について論じます。
なぜマネジャーは創造性を殺してしまうのか
イノベーションが進まない原因は、アイデアの不足ではなく、実は「選ぶ側」にあることが多いのです。革新的な提案を求めているはずのマネジャーや経営層が、無意識のうちに創造的なアイデアを低く評価し、潰してしまう現象が確認されています。評価者の心理状態が判断をどう歪めるのか、興味深い研究を紹介します。
創造性棄却のメカニズム/記事内容をもとにマイナビ作成
不確実性が生む無意識の拒絶
創造的なアイデアとは、「新しい」かつ「役に立つ」ものを指しますが、「新しい」ということは、未知の要素を含むということです。要するに、創造性には「成功するかどうかわからない」という不確実性が常について回ります。人間は本能的に、先の見えない不確実な状態を避け、予測できる安定した状態を好みます。
ある研究は、この「不確実性への不安」が、創造性に対する無意識の拒絶反応を引き起こすことを実証しました[1]。実験では、参加者を二つのグループに分け、一方には報酬が確実に支払われる状況を、もう一方には報酬が運任せで決まるような予測不能な状況を与え、不安を喚起しました。その後、心理テストを用いて、無意識の反応を測定しました。
すると、口頭でのアンケートでは両グループとも「創造性は素晴らしい」と答えていたにもかかわらず、無意識の反応を測るテストでは、不確実な状況に置かれたグループだけが、創造性に関する言葉を「悪いもの」と結びつける反応を示しました。不安が高まると、人は無意識のうちに創造性をネガティブなものとして捉え、遠ざけようとしてしまうのです。
経営環境が悪化し、先行きが見えないときほど革新的な解決策が必要なはずですが、皮肉なことに、そういう時ほど人の心は保守的になり、創造的な提案を拒絶してしまう可能性があります。
Howのマインドセットが革新の芽を摘む
評価者がどのような「思考モード」でアイデアを見ているかも、評価を左右します。「物事をどのくらい抽象的に捉えるか」が評価に与える影響を調べた研究があります[2]。人は、心理的な距離が遠いもの(他人のことや未来のこと)は抽象的に、近いもの(自分のことや直近のこと)は具体的に考える傾向があります。
実験では、「ナノテクノロジーを使った画期的なランニングシューズ」という同じアイデアを評価してもらいました。その際、半数には「遠く離れた場所の研究者が開発した」と伝え、残り半数には「身近な場所の研究者が開発した」と伝えました。結果は、遠い場所で開発されたと聞いたグループの方が、このアイデアをより「創造的だ」と高く評価しました。心理的な距離が遠いことで思考が抽象的になり、アイデアの「新しさ」や「コンセプトの価値」に目が向きやすくなったためと考えられます。
さらに別の実験では、思考の焦点を操作しました。一方のグループには「なぜ(Why)やるのか」という目的を、もう一方には「どのように(How)やるのか」という手段を考えさせました。その状態で革新的なアイデアを評価させると、「どのように」を考えたグループは、評価が厳しくなりました。具体的な手順や実現可能性に意識が向いた結果、リスクや欠点が目につき、アイデアの価値を低く見積もってしまったのです。
実務を担うマネジャーは、普段から「どうやって実現するか(How)」という具体的な思考を求められます。しかし、その頭の使い方のまま、生まれたばかりのアイデアを評価しようとすると、あら探しになってしまいます。新規事業の審査や会議の場において、評価者がいったん「実現手段」から離れ、「なぜやるのか(Why)」という目的や価値に視点を切り替えられるような進行を設計する必要があるでしょう。
創造的な社員ほど不正に手を染めるリスク
創造性とは、困難な問題を解決する力ですが、その力が「ルールの抜け道を探す」という方向に使われることもあります。創造性の高い人が必ずしも高い倫理観を持っているとは限らず、むしろその知恵を使って不正を行い、さらにそれを正当化してしまうリスクがあることがわかってきました。
創造性がもたらす3つの副作用/記事内容をもとにマイナビ作成
優秀な頭脳は言い訳を作る達人
ある研究は、創造性と不誠実な行動の間に関連があることを示しました[3]。広告代理店の従業員を調査したところ、創造性を強く求められる仕事をしている人ほど、備品の私的流用や経費の水増しといった不正を行う傾向が見られたのです。
これが個人の資質によるものかを確認するため、学生を対象に実験も行われました。創造性と知能(IQ)を測定した後、うそをつくことで報酬が増える課題に取り組んでもらいました。その結果、IQが高いかどうかにかかわらず、創造性のスコアが高い人ほど、うそをついて多くの報酬を得ていました。
なぜこのようなことが起きるのでしょうか。研究者たちは「正当化の能力」が鍵だと指摘しています。人は誰しも、「得をしたい」という欲求と、「正直な人間でありたい」という自尊心の間で葛藤します。創造性の高い人は、柔軟な発想力を駆使して、「これは悪いことではない、なぜなら…」というもっともらしい言い訳を思いつくのが得意です。
その結果、良心の呵責(かしゃく)を感じることなく、自分の行動を正当化してルールを破ってしまいます。創造性が、倫理的なブレーキを外すための道具として使われてしまうわけです。
「会社のため」という大義名分
私利私欲のためではなく、「会社のため」に行う不正についても注意が必要です。これを専門用語で「非倫理的向組織行動」と呼びます。その一例としてパキスタンの企業を対象に調査が行われました[4]。
調査の結果、創造性が高く評価されている従業員ほど、会社を守るために顧客にうそをついたり、業績を良く見せようと数字を操作したりする傾向が強いことがわかりました。ここで重要なのが「特権意識」です。
創造的な従業員は、「自分は新しいアイデアを出して組織に貢献している」という強い自負を持っています。この自負が行き過ぎると、「自分は特別な存在だ」という特権意識に変わります。「これだけ会社に貢献しているのだから、組織の利益になるなら、多少ルールを曲げても許されるはずだ」という論理で、不正を正当化してしまいます。
組織が創造性を称賛し、成果を上げた人を特別扱いすることは重要ですが、そこにはリスクも潜んでいます。高い成果を上げている人材に対してこそ、特権意識が増長しないよう注意を払い、成果とコンプライアンス遵守は別問題であることを伝える必要があるでしょう。「会社のため」であっても不正は許されないという基準を、揺るぎないものにしておくことが重要です。
変革者が招くチームの分断と冷笑
組織を変えようと新しいことを始めれば、当然、これまでのやり方を変える必要があります。この変化は、変革を進める人と、現状維持を望む周囲の人との間に摩擦を生みます。創造的な行動が、必ずしも賞賛されず、逆に人間関係を悪化させ、チームを機能不全にさせるメカニズムについて見ていきましょう。
熱意が招く対人葛藤
オランダの学校教師を対象に、革新的な行動と人間関係のトラブルについて調査した研究があります[5]。学校のように規則や定型業務が多い組織では、新しいやり方を持ち込むことは容易ではありません。
調査の結果、革新的な行動をよくとる教師ほど、同僚との間に対立や葛藤を抱えていることがわかりました。特に、仕事への熱意やこだわりが強い教師ほど、この傾向が顕著でした。仕事に情熱を持っている人が良かれと思って改革を進めようとすると、そうでない人に比べて、周囲との関係が悪化しやすいということです。
変革者にとって新しいアイデアは「改善」ですが、慣れ親しんだ方法を守りたい同僚にとっては「脅威」であり、これまでのやり方の否定と受け取られます。変革者は情熱がある分、妥協ができず、抵抗されると「自分への攻撃だ」と感じて対決姿勢を強めてしまいます。その結果、組織のために動いたはずが、周囲との溝を深め、孤立するという皮肉な結果を招きます。
地位争いが心を冷淡にする
チーム内での主導権争いも、創造性の大敵です。ある研究では、医療チームを対象に、「誰の意見が通るか」という地位争い(ステータス・コンフリクト)が創造性にどう影響するかを調べました[6]。専門家が集まるチームでは、プライドがぶつかり合い、ヒエラルキーを巡る争いが起きやすいものです。
分析の結果、チーム内で地位争いが激しくなると、メンバー個人の創造性が低下することが確認されました。その原因として特定されたのが「脱人格化」という心理状態です。これはバーンアウト(燃え尽き)の一種で、他者を人間としてではなく「物」のように扱い、感情的に距離を置く冷めた態度を指します。
地位争いのある職場では、自分の立場が脅かされるストレスにさらされます。そのストレスから心を守るために、メンバーは感情のスイッチを切り、周囲に対して無関心で冷淡な態度をとるようになります。創造性は本来、他者の意見に耳を傾け、刺激し合うことで生まれるものですが、心が閉ざされた状態ではそれは不可能です。
社内政治に敏感で、空気を読むのがうまい人であっても、この悪影響からは逃れられないことも示されました。むしろ敏感だからこそ、殺伐とした空気にストレスを感じてしまいます。創造的なチームを作るためには、個人のスキルアップだけでなく、無益な地位争いを防ぎ、安心して発言できる環境を作ることが不可欠だと理解する必要があります。
創造性は家庭とメンタルを蝕む
創造的な仕事は、脳のエネルギーを大量に消費します。その影響は職場だけでなく、退社後の私生活や、本人の長期的な幸福感にもおよびます。ここでは、創造性が働く人のウェルビーイング(心身の健康や幸福)に与える「見えないコスト」について考えます。
脳がオフになれない
仕事の内容が家庭生活にどう影響するかについて、興味深い報告があります。従業員とその配偶者のペアを対象に、日誌をつけてもらう調査が行われました[7]。
その結果、職場で新しいアイデアを出すような「拡散的思考(発想を広げる作業)」をした日は、帰宅後に配偶者と過ごす時間が明らかに減っていました。一方で、アイデアを検証したり評価したりする「収束的思考(絞り込む作業)」をした日は、配偶者と過ごす時間が増え、関係も良好でした。
新しいアイデアを考える作業には、明確な正解や終わりがありません。そのため、退社して物理的に職場を離れても、脳内では思考が止まらず、仕事モードから抜け出せなくなります。これを専門的には「心理的ディタッチメント(切り離し)ができない」状態と言います。家にいても心ここにあらずで、家族の話も上の空になってしまうため、夫婦関係に亀裂が入る原因となりかねません。
他の研究でも同様に、創造的な業務が多い人ほど、仕事と家庭の葛藤を抱えやすいことが報告されています[8]。本人が気づかないうちに、仕事への没入が家庭生活を侵食しているリスクがあります。
幸福との残酷なトレードオフ
創造性と個人の幸福感の関係については、歴史的なデータを分析した研究もあります。ある研究が、過去の偉大な芸術家や科学者200名の人生を分析しました[9]。その結果、社会的に大きな功績を残した人ほど、個人の幸福度や健康状態は低い傾向にあることがわかりました。特に画家において、その傾向は顕著でした。
偉大な創造的成果は、しばしば個人の生活や健康を犠牲にして生み出されています。これは現代のビジネスパーソンにも通じる話かもしれません。常に高い創造性を求められることは、精神的な不安定さやプレッシャーを伴い、個人の幸福感を低下させる可能性があります。企業が従業員に創造性を求めるということは、考え方によっては、彼ら彼女らの人生のリソースの一部を代償として求めているとも言えます。
たとえば、クリエイティブ職の社員に対して、長時間労働を放置するのではなく、意識的に脳を休ませるよう促す、思考モードを切り替えるための定型業務をあえて挟むなど、メンタルヘルスと私生活を守るためのケアを行うことが求められます。
創造性のエネルギーを正しく導くために
ここまで見てきたように、創造性は企業の競争力を高める力である一方で、評価の歪み、倫理的な問題、組織内の対立、個人の生活や心への負担といった、さまざまな副作用をもたらす可能性があります。これらは、たまたま運が悪かったから起きるのではなく、人間の心理や集団の性質上、起こるべくして起こる問題です。
組織として求められるのは、単に「もっと創造的になれ」とハッパをかけることだけではありません。創造性が持つリスクを正しく理解し、それが組織や個人を壊してしまわないように守る役割を果たすことが不可欠です。たとえば、次のような対策が考えられるかもしれません。
第一に、評価のバイアスを取り除くことです。新しいアイデアを評価する際、どうしても「どうやって実現するのか」という現実的な視点になりやすいのですが、意識的に「なぜやるのか」「どんな価値があるのか」という視点に切り替える仕組みや会議の設計が必要です。
第二に、成果と倫理のバランスを保つことです。創造的な人材は、「自分は貢献しているから特別だ」という意識を持つことがあり、また不正を正当化するのも上手です。高い成果を上げていても、倫理違反は許さないという姿勢と教育が必要です。
第三に、心理的安全性を確保することです。変革による摩擦やチーム内の地位争いは、創造性の芽を摘み、人の心を疲弊させます。競争を煽るのではなく、安心して意見を出せる土壌を作ることが、結果として持続的なイノベーションにつながります。
第四に、従業員の生活と心を守ることです。創造的な仕事への没入は、知らぬ間に私生活を壊すことがあります。仕事とプライベートの切り替えを支援し、長く健康に働ける環境を整えることは、企業の責務です。
創造性という強力なエネルギーを、副作用を抑えつつ、組織の成長につなげていくことが、持続的な成功を収める組織の使命です。
[1] Mueller, J. S., Melwani, S., and Goncalo, J. A. (2012). The bias against creativity: Why people desire but reject creative ideas. Psychological Science, 23(1), 13-17.
[2] Mueller, J. S., Wakslak, C. J., and Krishnan, V. (2014). Construing creativity: The how and why of recognizing creative ideas. Journal of Experimental Social Psychology, 51, 81-87.
[3] Gino, F., and Ariely, D. (2012). The dark side of creativity: Original thinkers can be more dishonest. Journal of Personality and Social Psychology, 102(3), 445-459.
[4] Hameed, I., Arain, G. A., Hameed, I., Gamage, A., and Muchiri, M. K. (2025). How and when does employee creativity relate to unethical pro-organizational behavior? Unmasking the negative side of organizational creativity. Journal of Business Ethics, 199, 331-349.
[5] Janssen, O. (2003). Innovative behaviour and job involvement at the price of conflict and less satisfactory relations with co-workers. Journal of Occupational and Organizational Psychology, 76, 347-364.
[6] Imam, H., Chambel, M. J., Nauman, S., and Yasin, H. (2022). Status conflict and team creativity: The roles of depersonalization and organizational awareness. Journal of Work and Organizational Psychology, 38(2), 101-110.
[7] Harrison, S. H., and Wagner, D. T. (2016). Spilling outside the box: The effects of individuals’ creative behaviors at work on time spent with their spouses at home. Academy of Management Journal, 59(3), 841-859.
[8] Xie, L., and Li, G. (2022). The dark side of creativity: Its connection to work-family conflict. Community, Work & Family, 27(1), 1-17.
[9] Zagonari, F., and Giacomoni, E. (2022). Social benefits and individual costs of creativity in art and science: A statistical analysis based on a theoretical framework. PLOS ONE, 17(4), e0265446.
![株式会社ビジネスリサーチラボ代表取締役・伊達洋駆]()
著者紹介
伊達洋駆(だて ようく)
株式会社ビジネスリサーチラボ代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。