はじめに
組織内では、日々、無数の情報や課題、新たなアイデアが生まれています。しかし、そのすべてが検討の対象となるわけではありません。ある提案は速やかに承認され、ある問題は組織全体の課題として認識される一方で、多くは誰にも気づかれずに消えていきます。
この違いは、単に内容の優劣だけで決まるのではありません。その背景には、組織に属する人々の「注目」という、限られた資源の配分があります。注目は、組織が持つ時間や人材、資金と同じく有限な資源です。何に光を当て、何を見過ごすかという注目の配分が、組織の意思決定と行動の方向性を定めています。
組織における「注目」の役割を理論的に捉える考え方が、「アテンション・ベースド・ビュー(Attention-Based View)」です。これは、組織を「注目を処理するためのシステム」とみなし、経営者や従業員の限られた注目が、何に対して、どのように、そしてなぜ配分されるのかを分析することで、組織の意思決定や行動を説明しようとするアプローチです。
優れたアイデアがあっても注目されなければ存在しないのと同義であり、有望な市場があってもリーダーが注目しなければ組織は動きません。注目は意図的に管理できる戦略的な資源です。 本コラムでは、アテンション・ベースド・ビューの視点に基づき、まず個人が組織内で注目を集める方法、次にリーダーが組織全体の注目を方向づける役割、そして業界全体の注目が企業に与える影響について、順を追って解説していきます。
個人の提案を組織の議題にする方法
組織の中で新しい提案をしたり、問題点を指摘したりしても、それが上層部に届き、意思決定の対象となるまでにはいくつかの障壁が存在します。特に、組織の中間層にいる人々が、自身の問題意識を経営層に伝え、具体的な行動を促すためには、内容の正しさだけでなく、組織に存在する「注目」の流れを理解し、それに働きかける工夫が求められます。
米国の地域基幹病院で、中間管理職を対象に行われた調査は、この点について示唆を与えてくれます[1]。この調査では、中間管理職が上層部へ働きかけた事例を、成功したものと失敗したものに分けて分析しました。その結果、提案が受け入れられる際に共通してみられた、三つの働きかけが明らかになりました。
個人の提案を組織の議題にする方法/Dutton, J. E., Ashford, S. J., O’Neill, R. M., and Lawrence, K. A. (2001)および本文の内容をもとにマイナビが作成
提案の「見せ方」を工夫する
第一の要素は、提案の「見せ方」です。成功した事例では、提案内容を思いつきとしてではなく、数値やデータに基づいた事業計画の形式で提示する傾向がありました。
これは、組織が日常的に意思決定で用いている論理の形式に合わせることで、提案の正当性を高める試みです。組織には、意思決定を行う上での決まった手続きや好まれる形式が存在します。その形式から外れた提案は、内容が優れていたとしても、検討の土台に上がりにくいことがあります。
また、大きな変革を一気に提案するのではなく、達成可能な小さな目標に分解し、段階的に見せる手法も有効でした。小さな成功を積み重ねることで、提案への信頼性が増し、より大きな変革へと進めるための注目と支持を継続的に集めることができます。
組織の「価値」と結び付ける
第二の要素は、提案と組織全体の「価値」との「結び付け方」です。提案を、特定の部門の利害や個人的な問題意識として提示するのではなく、組織全体が共有している収益性や社会的な評判といった目標の達成にどう貢献するのかを示すことが重要です。失敗した事例では、この目標との接続が不十分であったという意見が多く聞かれました。
提案をより大きな組織の目標の中に位置づけることで、それは「個人的な問題」から「組織全体の課題」へと変わり、より多くの人々の注目を集めることができます。組織の根幹にある価値観に訴えかけることで、提案は部門間の利害対立を超え、組織的な正当性を獲得します。
周囲を「巻き込む」
第三の要素は、周囲の「巻き込み方」です。上司や経営層への直接的な働きかけは不可欠ですが、提案の成否を分ける上で見過ごせないのが、部門を横断した同僚との連携です。成功した事例では、同じ階層の仲間を巻き込み、幅広い支持基盤を築いていたことが確認されています。
一人の声は小さくても、複数の部門から同じ声が上がれば、それは経営層にとって無視できない「組織の声」として認識されます。失敗談の中では、もし他の部門の同僚たちの協力を得ていれば、結果は違ったかもしれないという意見が目立ちました。支持者が多ければ多いほど、その提案が組織にとって重要であるという信号になり、経営層の注目を引きつけやすくなります。
こうした分析結果は、組織内で自身の考えを浸透させていく活動が、良い内容を準備するだけの作業ではないことを示しています。それは、組織に存在する意思決定の「型」を理解し、共有された「価値」に接続し、共に動く「仲間」を募るという、組織の文脈を読み解く実践的な活動です。
組織の注目という資源は有限であり、さまざまな案件との競争に晒されています。その中で自身の提案に注目を集めるためには、こうした戦略的な働きかけが不可欠となります。
組織の注意を方向づけるリーダーの役割
個人の働きかけがボトムアップで注目を集める技術だとすれば、リーダーの役割は、組織全体の注目をどこに集めさせるかという、トップダウンでの方向づけにあります。経営者が日々の業務の中で、何に時間を使い、どのような言葉で語りかけるか。その一つひとつの行動が、組織全体の優先順位を定め、資源の投入先を決め、企業の将来を左右します。
ここでは、リーダーがいかに組織の注目を設計し、企業の革新と安定を両立させていくかを探ります。
革新の各段階とリーダーの注目配分
企業の革新は、リーダーの注目がどこを向いているかに依存します。米国の小売銀行業界を対象とした研究では、CEOの意識の方向性を「未来か、現在か」という時間軸と、「社外か、社内か」という空間軸で分析し、その後の革新の成果との関係を検証しました[2]。
その結果、革新のプロセス、すなわち新技術の兆候を見つける「検知」、製品として形にする「開発」、サービスを改善していく「展開」の各段階で、求められるリーダーの注目の配分が異なることが明らかになりました。
新技術の兆候を見つける「検知」の段階では、「未来志向」と「外部志向」が重要でした。未来の動向を見据え、社外の環境変化にアンテナを張っているトップがいる組織ほど、変革の種を早期に発見できていました。逆に、社内の調整や管理といった「内部志向」が強いと、検知が遅れる傾向がありました。
技術を製品として形にする「開発」の段階では、未来志向と外部志向が開発速度を早めることに加え、内部志向もまた開発を促進することが分かりました。一度プロジェクトが始動すれば、社内の資源配分や組織調整といった内部課題にCEOが注意を払うことが、推進力となるためです。
そして、導入後のサービスを持続的に成長させる「展開」の段階では、「未来志向」だけがプラスの作用を及ぼしていました。サービスの将来像を描く構想力が、持続的な成長を支えるのです。
一方で、リーダーの注目が過去の成功体験や現在の主力事業に固定化されることには危険が伴います。ある調査では、CEOが年次報告書で「既存技術」について言及する頻度が高いほど、有望な新技術市場への参入が遅れるという結果が出ています[3]。
組織が持つ能力の問題ではなく、トップの注目が過去と現在のどちらを向いているかという点が、行動の遅れにつながります。
危機の予兆を捉える注目の設計
注目の設計は、革新の推進だけでなく、組織を予期せぬ危機から守る上でも有用です。多くの組織的失敗は、事前に何らかの「弱い兆候」があったにもかかわらず、それが見過ごされた結果として発生します。デンマークのある大手製薬会社が経験した品質管理危機を分析した研究は、危機の予兆を捉えるためには、組織の注目を三つの次元で設計する必要があると論じています[4]。
第一の次元は「安定性」です。これは、特定の課題に対して、時間をかけて継続的に深く観察し続ける注目のあり方を指します。第二の次元は「鮮明性」です。これは、一つの課題を多角的かつ豊かな視点から捉える力を意味します。第三の次元は「整合性」です。これは、部門や階層を超えて、組織全体が同じ課題に足並みをそろえて注意を向けることを指します。
この製薬会社は、危機を経験した後、これらの三次元を同時に高めるための仕組みを導入しました。たとえば、社外の批判的な非政府組織と恒常的に対話する専門部署を設置して「鮮明性」を高め、経営層が定めた目標への各部門の取り組みを評価して「整合性」を確保し、管理職が各部門を巡回して従業員の懸念を直接聞き出すことで「安定性」を担保しました。危機の予兆を捉えるためには、これら三つの次元を意図的に交差させる設計が必要です。
「場」の設計による注目の統合
では、具体的にどうすれば組織の注目を特定の方向へ導き、統合できるのでしょうか。その鍵の一つは、人々が集い、対話する「場」の設計にあります。ゼネラル・エレクトリック社の長期的な事例研究は、本社と事業部、専門スタッフが一堂に会する「クロスレベル」の会議体が、組織の適応において重要な役割を果たしていたことを示しています[5]。
異なる階層と機能を持つ人々が集まる場を体系的に配置することが、組織全体の注目を一つの方向に束ね、変化に対応する力となります。リーダーの仕事は、指示を出すことだけではありません。誰が、いつ、どこで、何を議論するのかという「場」を設計することを通じて、組織の注目という有限な資源を管理することです。
企業外部の注意とその影響
企業の行動は、社内の仕組みやリーダーの意図だけで決まるものではありません。業界の常識や社会の関心、文化的な背景といった企業を取り巻く外部環境における「注目」の力学が、ビジネスのルールを変え、企業の行動を方向づけることがあります。
ここでは、一企業という単位を超えた、より大きな注目がビジネスに与える影響を解説します。
出来事が業界の課題になる条件
ある出来事が社会で起きたとき、すべての事象が同じように産業界から注目されるわけではありません。あるものは一過性の話題として消え、あるものは業界全体の構造を変えるほどの大きな課題へと発展します。この違いは、出来事の規模の大きさよりも、それが「どう解釈されるか」によって決まります。米国の化学産業を分析した研究は、ある出来事が業界内で注目され、議論され続けるための条件を探りました[6]。
その結果、業界内で初期の関心が高まるきっかけは二つあることが分かりました。一つは、外部のメディアなどが、出来事の原因をその業界や特定の企業にあると名指しで報じる「外部からの責任帰属」です。もう一つのきっかけは、業界自身が「この出来事は、我々の社会的なイメージを損なうかもしれない」と判断する「内部からのイメージ点検」です。
しかし、初期の関心を集めた出来事が、そのまま業界の重要課題として定着するわけではありません。注目が持続し、大きな課題へと発展するためには、もう一つの条件が必要でした。それは、その出来事の解釈をめぐって、外部社会と業界内部との間に対立が生じ、その対立が、業界が自らをどう認識しているかという「産業アイデンティティ」を揺るがす場合です。
ある出来事が業界でどれだけ取り上げられるかは、それが「誰の責任」として語られ、「業界の自己イメージ」とどう関わるか、という解釈のされ方によって決まります。
たとえば人事領域では、長時間労働の問題がこれにあたるかもしれません。個別の問題として認識はされていましたが、社会的な批判の高まりによって「企業の社会的責任」の問題として再定義されました。
そして、従業員の帰属意識を美徳としてきた従来の企業観(産業アイデンティティ)と、人権を損なう労働環境であるという外部からの批判が衝突することで、働き方改革は業界全体の不可避なテーマとなったのです。
社会的注目が業界を変える力
社会全体の注目は、時に法改正のような直接的な強制力がなくても、業界の常識を書き換えてしまうほどの力を持つことがあります。1990年代に米国で議論されたクリントン政権による医療制度改革は、その一例です[7]。
この改革案は法制化されませんでしたが、改革をめぐる一連の公的な議論、すなわち社会的な注目の集中が、米国の病院業界の根底にあった行動規範を転換させたとされます。改革の議論というイベントが、業界に関わる人々に、自分たちの環境を新しい視点で見つめ直し、新しい言葉で語り直すことを促しました。
その過程で、コストや品質を管理する「マネージドケア」という概念が新たな業界の常識として定着していきました。社会的な注目の持続は、それ自体が一種の力として機能し、行動の前提となる考え方を変容させてしまうことがあるのです。
産業環境が形成する経営者の認知
経営者の注目もまた、こうした外部環境によって方向づけられています。企業が属する産業の変化スピードが、経営者の思考様式を形成し、それが環境変化への対応速度に結び付くという研究があります[8]。
半導体のように変化が激しい「高速度産業」の経営者は、意識の焦点が競争相手や顧客といった身近な業務環境に向かい、まず行動しその反応から学ぶ「能動的な論理」を強く持つようになります。
一方、石油化学のように変化が比較的緩やかな「低速度産業」の経営者は、マクロ経済や政治といった広範な環境に目を向ける余裕が生まれ、外部を把握し適合する戦略を練る「決定論的な論理」を持つようになります。
重要なのは、産業の速度が企業の対応スピードに直接作用するのではなく、経営者の「認知」というフィルターを通過する点です。自社が置かれた環境の特性を理解することは、自社の注目の癖を自覚し、意図的にそれを調整していくための一歩となります。
おわりに
本コラムでは、「注目」という概念を軸に、それが個人の提案活動から組織の意思決定、さらには業界全体の動向にまで、いかに影響を及ぼしているかを見てきました。優れたアイデアも、それに注目が集まらなければ存在しないのと同義です。有望な市場も、リーダーがそれに注目しなければ組織は動きません。見過ごされた危機は、注目を怠った組織の足元を脅かします。
重要なのは、注目が単なる個人の意識の問題ではなく、組織の構造や会議の設計、使われる言葉、日々のコミュニケーションを通じて、意図的に管理できる資源であるということです。それは、限りがあるからこそ、賢く配分されるべき戦略的な資源に他なりません。
日々の業務の中で一度立ち止まり、「今、私たちの注目はどこに向いているのか」「それは本当に、今、向けるべき場所なのか」と自問すること。その問いかけが、組織の未来をより良い方向へと導くはずです。
[1] Dutton, J. E., Ashford, S. J., O’Neill, R. M., and Lawrence, K. A. (2001). Moves that matter: Issue selling and organizational change. Academy of Management Journal, 44(4), 716-736.
[2] Yadav, M. S., Prabhu, J. C., and Chandy, R. K. (2007). Managing the future: CEO attention and innovation outcomes. Journal of Marketing, 71(4), 84-101.
[3] Eggers, J. P., and Kaplan, S. (2009). Cognition and renewal: Comparing CEO and organizational effects on incumbent adaptation to technical change. Organization Science, 20(2), 461-477.
[4] Rerup, C. (2009). Attentional triangulation: Learning from unexpected rare crises. Organization Science, 20(5), 876-893.
[5] Joseph, J., and Ocasio, W. (2012). Architecture, attention, and adaptation in the multibusiness firm: General Electric from 1951 to 2001. Strategic Management Journal, 33, 633-660.
[6] Hoffman, A. J., and Ocasio, W. (2001). Not all events are attended equally: Toward a middle-range theory of industry attention to external events. Organization Science, 12(4), 414-434.
[7] Nigam, A., and Ocasio, W. (2010). Event attention, environmental sensemaking, and change in institutional logics: An inductive analysis of the effects of public attention to Clinton’s health care reform initiative. Organization Science, 21(4), 823-841.
[8] Nadkarni, S., and Barr, P. S. (2008). Environmental context, managerial cognition, and strategic action: An integrated view. Strategic Management Journal, 29(13), 1395-1427.
![株式会社ビジネスリサーチラボ代表取締役・伊達洋駆]()
著者紹介
伊達洋駆(だて ようく)
株式会社ビジネスリサーチラボ代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。