本稿は連載企画「シニア社員が活躍する組織」の2回目である。第1回の記事で解説したように、少子高齢化が進行する日本においては、労働力の確保や、働く意欲の高い高齢者のキャリア継続を目的に高齢者雇用ならびに雇用の維持が推進されている。
高年齢者雇用安定法が改正され、65歳までの雇用確保が義務化されるなど制度は整っている一方で、すべての職場でシニア社員が生き生きと働くことの難しさも指摘され、世代の異なる労働者の企業内における協働関係のあり方が議論されている。
職場における世代間関係を考える上で考慮すべき要因はさまざまあると思われるが、今回はシニア社員が働く職場の組織的風土、とりわけ「エイジズム(年齢差別)」に注目する。
職場のエイジズムは、シニア社員に対するものだけでなく、シニア社員から若手社員への否定的な態度も含めて、世代間の相互作用として現れる。こうした背景を踏まえ、本稿では「職場におけるエイジズム」について、実践女子大学の原田謙先生に話を伺った。
なぜ今、職場でエイジズムが問題になるのか
「職場におけるエイジズム」とは、どのような現象を指すのでしょうか。
原田:エイジズム(ageism=年齢差別)という言葉は、アメリカの老年学者ロバート・N・バトラーが老年期の人々に対する偏見・差別を問題視して、1960年代後半に使い始めました。レイシズム(racism)という人種差別、セクシズム(sexism)という性差別に次ぐ第3のイズムとして紹介したのです。ただし、当時は、アメリカの高齢化率も10%未満に過ぎなかったので、権利擁護的な意味合いが強かったのではないかと思います。
一昔前は高齢者に対する偏見や差別を意味する言葉として使われていましたが、現在では逆に、高齢者が若い世代に対してネガティブな見方をすることもエイジズムではないかという考え方も出てきています。
特にヨーロッパでは、そういう見方をする人が多いようで、言葉としては両方向性があるものとして考えられるようになってきました。ただ、日本では心理学的な側面で考えられることが多く、子どもが高齢者をどう見ているかといった、いわゆる高齢者観という捉え方が昔は多かったように思います。
高年齢者雇用安定法が改正され65歳までの雇用確保が義務化されるなど、高齢者雇用により注目が集まっています。職場内のエイジズムが話題になることが増えているように感じますが、いかがでしょうか。
原田:確かにここ5年くらいで、注目は高まってきたように感じます。就業継続の政策的な動向や企業内のダイバーシティ・マネジメントへの注目が集まっていることが背景にあるのかもしれません。最近は人的資源管理の研究者からも関心を寄せられています。高齢者を対象とした心理や福祉研究とは違った角度で、エイジズムという言葉を使う機会が増えていると感じます。
シニア社員が職場で感じるエイジズムの影響
職場で現れるエイジズムの三つの形態
シニア社員が職場で年齢を理由に不利な扱いを受けると、どのような心理的・行動的影響が生じるのでしょうか。
原田:エイジズムは心理的に言うと、三つの側面から捉えられます。一つは高齢者に対してどう考えているのかというステレオタイプの「認知」、二つ目が高齢者に対してどう感じているのかという「偏見」、三つ目がどう行動するのかという「差別」です。
また、職場ではエイジズムは三つの形態で現れます。一つは、「制度的なエイジズム」で、年齢を理由に機会が制約される法律や政策です。制度化までされていなくても、ある年齢になったらこの仕事から外れてもらおうといった慣習などが含まれます。
二つ目が、「対人関係におけるエイジズム」で、高齢者に対する蔑視、接触や交流の回避です。若い社員とベテラン社員やシニア社員との関係性、お互いをどう見ているかが問題となります。
そして三つ目が、「自らに向けられたエイジズム」で、年齢ステレオタイプや偏見の内面化です。「自分は歳を取ったからデジタルの進化についていけないよ」と自分を卑下したり、若いときに高齢者に対して持っていた偏見に、歳を取ると自分自身がとらわれてしまったりして、仕事に対するモチベーションが低下してしまう状態です。
さて、これら三つのエイジズムが、職場に限らず日常生活に及ぼす影響としては、健康影響と経済的影響が考えられます。特に職場においてシニア社員の意見がないがしろにされたり、ある一定の年齢になると配置転換されたりしてしまうようなエイジズムがあると、やはり職場満足度には大きな影響があります。
国内外の研究でも、よく指摘されますが、抑うつといったメンタルヘルスとの関連性は高いのではないでしょうか。人的資源管理や労働衛生の観点で企業の方からの関心が高まっているようです。
業種・職種による違い
職場におけるエイジズムに関して、業種や職種による違いはあるのでしょうか。
原田:確かにエイジズムを感じやすい業種というのがあるかもしれません。エッセンシャルワークの場合、例えば身体的に負荷のかかりやすい仕事などはエイジズムが作用しやすいケースもあると思います。また、海外だと「シリコンバレーエイジズム」という言葉があるように、先端的なIT企業の職場ほど高齢者に対する偏見や差別が強くなる場合もあるようです。
業種や職種ごとの状況を詳細に分析できているわけではありませんが、総合的なメカニズムとして、エイジズムが直接あるいは間接的に身体的健康だとか精神的健康にも影響を及ぼしているのは事実だと考えられます。
エイジズムの経済的影響
原田:海外では、高齢者が働き続けることによる経済的影響を、けっこう重視するのですが、日本ではあまりそういう議論がなく、経済的な側面が軽視されがちなところがあると思います。
私がエイジズムに関心を持つようになったのは、東京都老人総合研究所(現:東京都健康長寿医療センター研究所)のパネル調査がきっかけでした。同じ個人を何年かおきに追いかけていく調査なのですが、高齢期に貧困ラインを行き来している人たちが見えてきたのです。
ずっと貧困というわけではなく、年金の受給額が少なかったり、仕事を辞めたり続けたりしているうちに、一時的に貧困状態に陥る人たちがいる。そうした層の存在に気づいたことが、高齢期における就業継続やエイジズムに関する研究を始めるきっかけになりました。
女性シニア社員が直面する複合的な不平等
原田:また、近年は職場でのハラスメントも無視できません。特に50代、60代の女性の就業率が上がる中で、エイジズムとセクシズムが重なって現れるケースが増えています。コロナ禍の時期にもそうした事例が見られましたが、これらの問題は健康やメンタルの問題にとどまらず、女性のキャリア形成の障壁にもなっています。
海外では、こうしたエイジズムがもたらす経済的インパクトの議論が活発ですが、日本ではまだそれほど多くはありません。今後は、高齢者が働き続けることの経済的な影響についても、議論が活発になっていくのではないかと思います。
世代間の不満がぶつかり合うメカニズム
職場におけるエイジズムは若者から高齢者に向けるものだけでなく、高齢者から若者に向けるものがあるという双方向性について指摘されていますが、世代間の関係について教えてください。
内集団・外集団の心理
原田:職場の話だけではなくて一般社会でも同じですが、若手社員は不満を抱えているわけですね。心理学では自分が所属している「内集団」と、自分が外部の存在と感じる「外集団」という分け方をしますが、若者も高齢者も自分たちが「内集団」で、相手側が「外集団」になるわけです。
差別や偏見の研究で言うと、枠組みとしては人種差別に似ている現象かもしれません。若者が職場に不満があるときに、その不満が経営者ではなく、外集団である高齢者に向けられるということがあります。
一方で、ここ一、二年、新入社員の給与が引き上げられていますが、上の世代から不満が噴出して、世代間で批判し合うような悪循環も生じかねません。実際に、職場の世代間関係次第で、高齢者側が若手社員に対してネガティブな態度を示すことも、調査データで判明しています。
こうなると、職場の雰囲気は悪化せざるを得ない状況になります。自分が置かれている問題の本当の原因は経営者や組織の方針、直属の上司にあったとしても、別のところに帰属させてしまうわけです。その点を正しく捉えられるかがポイントとなってくると考えられます。
また、“ある年齢の人はこうあるべき”という「年齢規範」が、世代ごとに存在するのかもしれませんね。特に上の世代が若手社員をどう見ているかを考えると、知らず知らずのうちに身につけてしまった年齢規範が、若手社員にとっては理解できない状況につながっているかもしれません。
海外におけるエイジズムの状況
職場におけるエイジズムについて日本と海外との違いはあるのでしょうか。
原田:国際的な動向としては、コロナ禍のときに世代間の対立が広がったようです。感染者の増加に医療機関のリソースが追い付かず、高齢者の命と若者の命を選別するような議論も起こりました。それまでくすぶっていて不満が一気に噴き出したような状況だったと考えられます。
国連やアメリカでの高齢者研究はかなり早い段階でエイジズムの問題を指摘していました。特にWHOは、2021年〜2030年の10年間を、「国連ヘルシーエイジングの10年(The UN Decade of Healthy Ageing)」として4つの行動分野を特定し、その中の一つとして、「エイジズムとの戦い」を前面に打ち出し、高齢化に対するネガティブな考え方や態度を変える取り組みが進められていきました。
ただ、ヨーロッパでは少し温度感が違っていて、特に雇用問題で大きな影響を受けているのはむしろ若者の方で、年齢差別を受けているのは若い世代であると位置づけて議論すべきだという論調が強くありました。 実は私の研究もそこが出発点なのですが、今日のエイジズム研究では、高齢者から見た若い世代と、若い世代から見た高齢者、両面の関係になっています。
世代間エイジズムの悪循環とその克服方法
世代間の相互理解を促進するために、組織や個人ができることはありますか。
世代継承性(ジェネラティビティ)と職場満足度
原田:高齢者が仕事で自分の技能をきちんと生かしていたり、若手社員に自分の知識を伝えることができていたりするほど職場満足度は高いことがわかっています。反対に、若手社員と意見が合わないとか、苦労やストレスが多いと感じていると、直接的にメンタルヘルスに悪影響を及ぼします。
ただ、難しいのが、自分の技能を次の世代に伝えようという思い、これをアメリカの社会心理学者エリク・エリクソンは、「ジェネラティビティ(generativity=世代継承性)」と名付けましたが、自分が持っている知識や技能を次の世代に伝えていこうと思っている人が、若者に対して偏見を持っていないのかと言うと、そう単純な話でもないようです。
次世代への関心は高いけれども、「最近の若い人は…」などと不満を感じて、うまく次の世代に伝えられないという状況があるようです。この世代継承性を向上させる一つの解決策は、若い世代からポジティブなフィードバックがあるかないかが大きな鍵になっていると考えられます。 職場でも地域でも、自分は役に立っているという自己効力感(self-efficacy)が重要で、偏見や差別意識があるとそれが失われてしまいます。
アンコンシャスバイアスをなくすための取り組み
原田:さらに、コミュニケーションスタイルの違いを認識することも重要だと思います。大切なのは、世代間でお互いに持っている無意識のバイアスを排除してコミュニケーションの場づくりを考えることではないでしょうか。
管理職向けの研修などもセクシズムをテーマにしたものは積極的に実施されているかと思いますが、年齢をテーマにしたものは当たり前すぎて意識されてこなかったのかもしれませんね。
「エイジフリーな職場」を目指すために
「エイジフリーな職場」を実現するために、私たち一人ひとりや組織が心がけるべきことなどアドバイスをお願いします。
原田:女性、外国人、障がい者を対象としたダイバーシティの取り組みは今では一般的な状況になっていますが、年齢に関する「エイジダイバーシティ」にも注目が集まり始めていると感じます。
一つの視点として、高齢者の状況について正しい知識を持つことが大事だと感じます。令和時代の高齢者は若返っているという現実もあります。
昭和時代の65歳と今の65歳を比較すると、運動機能や健康状態が違うので、アンチエイジングではなくて老化に対するきちんとした知識を伝えていく必要はありますね。その上で、自分が働きたいという意志と能力がある人たちが働きやすい職場づくりに努めることが重要だと思います。
地域や家族で高齢者と接触する機会が少なくなっていると、高齢者をマイナスイメージで捉えてしまうようになるかもしれません。人の意識を変えるのは簡単ではないので、間違った認識を持たないように、エイジフリーな社会を実現するための議論を進め、世代間交流を促す取り組みを増やしていく必要がありそうです。
大切なのは、思い込みをなくすことです。「高齢者にはこれはできない」といった思い込みは、高齢者自身が持つ場合もあるし、若い人が思うこともあるはずです。その思い込みはなくす必要があります。
また、高齢者と若者で就業機会を奪い合うといった議論がなされることがあると思いますが、そうではなくて、お互いの強みと弱みを組み合わせて生産的な職場づくりを進めることが重要だと思います。
そのためにも、高齢者と若者の二者間の関係ではなくて、上司や同僚などバッファーとなる存在がポイントだと思います。ちょっと愚痴を聞いてくれるといったエモーショナルなサポートが有効になるはずですから。