2024年に話題となった労働問題について、マイナビデータを中心に振り返る本シリーズ。今回は「物流業界の2024年問題」に焦点をあて、物流業界の労働者や採用市場にどのような影響が見られているのか、2024年までの最新データをもとに見ていく。
物流業界の2024年問題
2024年問題は、2024年の4月から物流運送業や建築業、医療業などで時間外労働の上限規制が適用になることによって起こる諸問題のことである。概要についてはシリーズの第1回で解説しているためそちらを参照してほしい。
今回注目する「物流業界における2024年問題」につながる、業界での労働時間短縮の動きには、「時間外労働の上限規制の適用」と「改善基準告示の改正」が深く関わっている。まずはこの2点について整理する。
時間外労働の上限規制の適用
時間外労働の上限規制は、働き方改革の一環として開始されていた長時間労働是正の取り組みである。物流業界を含む一部の業界では、業務特性を考慮して2024年3月末まで上限規制の適用が猶予されていたが、2024年4月から適用開始となり、各業界の人手不足解消にもつながる働き方の改善が期待されている。物流業界・自動車運転者における、時間外労働の上限は以下の通りだ。
- 特別条項付き36協定を締結した場合、時間外労働の上限は年960時間まで
- 時間外労働と休日労働の合計月100時間未満、2~6か月平均80時間以内の規制適用外
- 時間外労働月45時間を超えるのは年6か月までとする規制の適用外
改善基準告示の改正
物流業界の労働時間について、もう一つ大きな変化を与えているのが「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(改善基準告示)」の改正である。時間外労働の上限規制が適用になったことに加え、業界において長時間・過重労働が課題となっていたことで、過労死等を防ぐ観点からトラックやバス、タクシー・ハイヤーなどの自動車運転者については、2024年4月より改善基準告示が改正された。
トラックドライバーの改正告示基準では、1年の拘束時間については、3,516時間以内から3,400時間以内に、1か月の拘束時間は293時間以内から原則284時間以内に改正された。また、休息期間についても1日継続8時間以上から11時間以上を基本とし、下限が9時間に変更となるなど、ドライバーの労働環境改善を目指した改正となっている。
「自動車運転者の長時間労働改善に向けたポータルサイト」(厚生労働省)より引用
長時間労働を是正するこれらの動きにより、働き方改革の推進が期待される一方で、物流業界においては労働時間の短縮によって引き起こされるドライバー不足が物流の停滞などの課題を招くのではと危惧されているのが「物流の2024年問題」である。
物流業界で働く人への影響
では、そのような規制を受けて、物流業界で働く人には実際にどのような影響があるのだろうか。ここでは特に長時間労働や物流への影響が懸念されるトラックドライバーについて、2025年6月時点での政府統計などをもとに、物流業界にまつわる変化を見ていこう。
トラックドライバーの労働時間の変化
賃金構造基本統計調査によると、トラックドライバーの年間労働時間は、年によって上下しながらも2017年からゆるやかに減少傾向にあり、特に2024年は2022年から2023年にかけての減少よりも大きく労働時間が減っている様子がわかる。
全産業平均の労働時間を大きく上回っている状況に変わりはなく、労働時間のさらなる短縮が求められるが、時間外労働の上限規制の適用開始や改善基準告示などが、労働時間減少に一定の影響を与えていると考えられる。
トラックドライバーの年間労働時間の推移/厚生労働省「賃金構造基本統計調査」_をもとに作成
※調査実施月である6月の労働実態の調査結果をもとに算出しているデータであり、
実際の年間労働時間を調査したものではない
国土交通省の調査によると、2024年のトラックドライバーの1運行あたりの拘束時間は平均して11時間46分となっており、2020年時点の調査結果と比較すると40分の減少となっている。
拘束時間の内訳からは運転時間が約50分減少していることがわかり、主に運転時間を減らす取り組みがなされていることが、年間労働時間の減少につながっていると考えられる。
トラックドライバーの1運行当たりの平均拘束時間とその内訳/
トラックドライバーの1運行当たりの平均拘束時間に関する調査結果をもとに作成
トラックドライバーの収入の変化
働き方の観点では労働時間が減少するのは望ましいことだが、2024年問題の懸念の一つとして時間外労働の手当による収入が多かった人については、時間外労働の削減による賃金の低下も問題視されていた。実際に影響はあるのか、トラックドライバーの年間収入のデータをもとにみていく。
賃金の経年比較を見ると、2020年ごろからトラックドライバー、全産業平均ともに年間収入額は増加傾向にあり、大型トラックドライバーについては2024年まで継続して収入額が増加している。一方で、中小型トラックドライバーの年間収入は、2022年以降わずかではあるが減少がみられた。
トラックドライバーの年間収入額の推移/厚生労働省「賃金構造基本統計調査」_をもとに作成
所定内給与の推移と比較すると、全産業平均・大型トラックドライバーともに2021年ごろから増加しているが、中小型トラックドライバーの所定内給与は2024年に前年から減少している。
トラックドライバーの所定内給与と年間収入額の推移/
厚生労働省「賃金構造基本統計調査」_をもとに作成
労働時間が減少することで、時間外手当なども減少して収入が下がるのではと危惧されていたが、大型トラックドライバーに関しては、所定内給与自体が増加しているため、年間収入の減少には至っていないようだ。
一方で、中小型トラックドライバーの2024年の収入については、所定内給与自体が2023年に比べて低くなっており、そのことが年間収入額に影響しているとみられ、時間外労働の削減による手当の減少という懸念とは別の点で収入面に課題があることが見てとれる。
また、大型・中小型トラックドライバーともに収入は増加傾向にあるものの、全産業平均の水準には及んでおらず、トラックドライバーの賃金ベースのさらなる見直しが求められる。
物流業界の採用市場への影響
2024年問題では、ドライバー1人あたりの労働時間の減少によって運送能力が低下し、業界全体の人手不足がさらに加速することが懸念されていたが、採用市場では人手不足の状況にどのような変化が見られているのか。
ここからはマイナビの採用に関するデータから、その変化について考察する。なお、マイナビの調査データにおいては業種区分の関係から「運輸・交通・物流・倉庫」の業界全体のデータを見ていく。
物流業界の人手不足感
中途採用担当者に対して正社員人材の不足感を聞いたところ、全産業平均では2021年から2024年までやや減少傾向にあるのに対して、「運輸・交通・物流・倉庫」は2021年からゆるやかに増加しており、特に2024年は前年比7.4pt増と、増加幅が大きくなっている。
正社員の不足感/中途採用状況調査2025年版(2024年実績)
人材不足を感じる点について経年比較すると、2022年から2024年にかけて「運輸・交通・物流・倉庫」では「量的な部分」に人材不足を感じるという人の割合が高くなっていることが見て取れる。
「どちらかといえば、量的な部分」と「量的・質的の両方」という人も含めて、正社員の量的な人材不足を感じる人は、2022年には77.3%だったが2024年には87.8%と9割近くまで増加しており、業界において、2024年にかけて量的な人材不足を感じる企業が増えている様子がうかがえる。
中途採用の実施理由
2024年に企業が中途採用を実施した理由を見ると、「運輸・交通・物流・倉庫」では「労働時間短縮への対応」が39.8%で全体平均を12.5pt上回り、3位に入っている。
経年比較をみると2021年の時点では「運輸・交通・物流・倉庫」の「労働時間短縮への対応」は27.3%となっているが、2023年には40.2%、2024年には39.8%と上昇している。全体平均をみても上昇傾向にはあるが、それを上回る形で上昇している。
物流業界では、2024年4月の時間外労働の上限規制適用に向けて正社員の増員を考え、中途採用を実施する企業が増えていたと推察される。
中途採用における初年度年収
マイナビ転職のサイトデータにおける正社員の初年度年収データを見てみると、産業全体の初年度年収がゆるやかに上昇しているのと同様、「運輸・交通・物流・倉庫」の業種でも初年度年収が上昇していることがわかる。
年間の平均値を出してみると、2020年から2023年までは一定の水準を保っていることがわかるが、2024年から増加幅が大きくなっている。昨今の賃上げの機運が影響しているのと同時に、前述の人材の不足感も初年度年収の上昇につながっているのではないだろうか。
正社員平均初年度年収の推移/正社員の平均初年度年収推移レポート
2024年問題の影響に対する考え
2024年1~7月に、企業の中途採用担当者に2024年問題が自社に与える影響についての考えを聞いたデータでは、「運輸・交通・物流・倉庫」の企業の約5割が「悪い影響を及ぼす」と回答し、「良い影響を及ぼす(27.4%)」を上回った。また、全体平均(40.4%)も上回る結果となっている。
2024年問題は自社にどのような影響を及ぼすと思うか/中途採用実態調査2024年版
時間外労働の規制は、労働者にとって働き方の改善につながるものであり、企業としてもエンゲージメント向上や安全面・健康面で好影響をもたらすはずだが、人事担当者の観点からは先に示したような人手不足が深刻化していると感じられているケースが多いようだ。
物流業界の転職者への影響
今度は、転職者のデータから、物流業界における2024年問題の影響を考察していく。2024年に転職した「運輸・交通・物流・倉庫」業界の人の転職理由を見ると、「給与が低かった」が1位であることに変わりはないが、2021年からの増加傾向は止まり、2024年は割合がやや減少した。
また、「休日や残業時間などの待遇に不満があった」は2022年から減少傾向にあることが見て取れる。要因の一つとして、前述の通り2022年ごろから労働時間は減少傾向にあるため、残業時間などを理由に転職をはじめる人も減少していることが考えられる。
また、転職先の企業を決めた理由を見ても、「休日や残業時間が適正範囲で生活にゆとりができる」という、残業時間等に関する項目の割合は減少している。残業時間等の待遇を改善することを目的に転職をはじめた人が減少している分、生活へのゆとりを決め手に転職先を選ぶ人も少なくなっているのではないだろうか。
一方で、「給与が良い」を理由に転職先企業への入社を決めた人は2021年から増加傾向にある。物流業界でも社会全体と同様に賃上げの流れがあり、好待遇によって他社との差別化を図っている企業に魅力を感じる人も増えていると考えられる。
物流の2024年問題の解決に向けて
物流業界において、採用市場データから人材の不足感が加速している様子などがみられた。このような問題を乗り越え、物流を持続可能なものにしていくため、政府は「物流革新に向けた政策パッケージ」にて、以下の3つの施策を掲げている。
- 商慣習の見直し
- 物流の効率化
- 荷主・消費者の行動変容
このコラムでは、上記の3つのポイントの中でも、特に業界として取り組むことが求められていることを取り上げていく。
荷待ち・荷役時間の削減による物流負荷の軽減
トラックドライバーの労働時間において、特に問題視されていることの一つが「荷待ち・荷役」と呼ばれる荷物の積み込みなどにかかる待機時間である。国土交通省の調査によると、2024年のトラックドライバーの1運行あたりの平均拘束時間全体は2020年に比べて減少しているものの、荷待ち時間と荷役時間にはほとんど変化がないことがわかる。
トラックドライバーの1運行当たりの平均拘束時間とその内訳/
トラックドライバーの1運行当たりの平均拘束時間に関する調査結果
2023年6月に経済産業省などから出されている「物流の適正化・生産性向上に向けた 荷主事業者・物流事業者の取り組みに関するガイドライン」で、荷主事業者に対して「荷待ち・荷役作業は計2時間以内」とする指針を示しているが、2024年時点の調査では3時間を超えている。荷主・物流事業者ともに業界全体としてドライバーの負担軽減のために時間短縮に努めることが求められる。
ドライバーの労働環境・待遇改善による人材確保
物流業界における人材不足の問題を乗り越えるため、ドライバーの労働環境や待遇改善によって今いる人材を定着させながら、新しい人材にとっても魅力的な職場環境にすることが求められている。企業での賃上げや労働時間短縮などはもちろん、適正な運賃や価格転嫁による賃金ベースの上昇などについては、荷主事業者なども含む物流に関わるステークホルダー全体で取り組むべき課題とされている。
転職者のデータから、「給与が良い」ことを決め手に転職先を決めている人が増加しているように、働く個人としても勤務先における待遇の良さへの意識は高まっているとみられる。物流業界の人材確保において、待遇の改善は特に早急な対応が必要な課題といえるだろう。
また、労働環境の改善については、ダイバーシティ経営の観点でも重要性が高まる。国土交通省「若年層・女性ドライバー就労育成・定着化に関するガイドライン」では、多様な勤務体系の整備やトイレ・更衣室・シャワー室などの設備の用意なども推奨されている。幅広い観点から労働環境の改善に努めることで、多様な人材の雇用や定着の可能性が高まることも人材不足解消につながるだろう。
DX推進による業務効率化
「物流革新に向けた政策パッケージ」では、荷待ち・荷役時間の削減にもつながることとして、物流DXの推進についても示されている。生産年齢人口が減少していき、物流だけでなく日本全体として人手不足が深刻化していく中、デジタル化による労働生産性の向上が求められているのだ。
「物流・配送会社のための 物流DX導入事例集」では、トラックの自動配車システムや倉庫ロボットなどの導入による荷役作業・輸送の効率化や作業の無人化、電子マニュアルなどによる事務処理作業の省略化等が紹介されている。また、多数の企業の輸送経路をデータベース化し、AIによって荷主をマッチングさせることで、異業種の企業同士の荷物を積み合わせる共同輸送を可能にする例についてもあげられている。
さらに、政府としては自動運転トラックやドローン物流などの実用化に向けても対応し、個別事業者でも導入を促進するスキームを具体化していくと言及されており、将来、業界として取り組む機運がより高まると考えられる。
まとめ
今回は物流業界の2024年問題について、時間外労働の上限規制の適用開始となる2024年4月を経て業界にどのような変化が見られたのかを振り返った。
政府統計を見ると、大型トラックドライバーについては労働時間の減少と同時に賃金も上昇していることで、懸念されていた年収額の減少は見られなかった。いまだ全産業平均と比べると労働時間にも賃金にも大きな差がみられるためさらなる改善が求められるが、労働時間を削減しつつも年収額を維持・上昇させていくのは望ましい形である。一方で、中小型トラックドライバーにおいては、労働時間は減少したが給与も減少しているため、特に力を入れて待遇の改善に努めていくことが求められる。
採用に関するデータを見ると、物流業界において量的な人手不足を感じている企業が増加していることなどがわかった。ドライバーは以前から平均年齢が高いことも問題視されており、今後、物流業界を若手人材にとって魅力的な職場にしていくことは、加速していく人手不足を解消するための重要なポイントである。
ネットショッピングなどが普及している現代において、物流はすべての人に欠かせない生活インフラの一つとなっている。人手不足が深刻化している中、業界としても社会全体としても、物流に関わる人々が働きやすい環境を整えていくことが必要だ。