内定後のコミュニケーションの豊富さが内定者の満足度を上げる
—大分大学・碇邦生氏
後回しになりがちな内定後のコミュニケーション
人材獲得競争が激化する現代の採用状況において、どの企業も限られた人員をやりくりしながら採用業務にあたっている。そのため、募集から選考、内定(内々定)までのプロセスは手間暇をかけることができても、内定後のコミュニケーションまで手間暇をかける余力のある企業は多くない。内定後のコミュニケーションは大切だと思っていながらも、なかなか手をつけることができていない現実が採用担当者にはあるだろう。
一方で、学生からすると内々定から入社までの期間は、新生活への不安を抱えながら過ごすことになる。この期間で、入社後を見据えて自己啓発や専門領域の研究、視野を広げるために課外活動や海外留学をするのならば企業としてもありがたいが、そういった殊勝な学生はごく稀だ。
筆者自身も大学教員として、勤務校や周囲の大学の学生と接する機会が多いが、残念ながらこの時期の学生の多くが消化試合をこなすかのような雰囲気をまとう。前稿では、この時期の学生が社会人という次のステージに移行するとき、曖昧な立場におかれることから不安を抱えているのではないかという問題意識から考察した。
それでは、内定後のコミュニケーションにしっかりと取り組むことができている企業とそうではない企業では、内定者にどのような違いを生むのだろうか。本稿では、マイナビキャリアリサーチLabとの共同研究で実施した「2023年卒の内定者に対するコミュニケーション」に関する学生調査の結果を用いて考察していく。
調査では、マイナビを利用している2023年卒の大学4年生を対象として12月にデータを収集し、1,847名から回答を得た。男女比率は男性が44.67%で女性が55.33%だ。大学の所在地は、首都圏が35.95%で、関西が20.41%、その他地域で43.64%となっている。
内定後のコミュニケーションがただの懇親会になっていないか
本調査では学生に対して、内定後のコミュニケーション施策として、企業からどのようなアプローチを受けたのかについて回答してもらった。その結果をまとめたものが【図1】だ。
この結果から、上位4つの施策が内定式もしくは懇親会・座談会で占められていることがわかる。尚且つ、2位と3位、4位と5位の間には大きな隔たりがある。半数以上の企業が行うのは内定式と内定者懇親会であり、そこから少し踏み込んでもオンライン懇親会と先輩社員との座談会止まりとなっている。このほかの施策になると、実施している企業は25%以下の少数となる。
これらの結果は、本連載の第1回で取り上げた企業側の調査ともおおむね一致する結果だ。企業側での調査では、実施率の高いトップ3が「人事からの状況確認」「内定者懇親会」「内定式」であり、続いて「先輩社員との懇親会」となっていた。
ここから1つのリサーチクエスチョンが浮かび上がる。内定式と懇親会以外にも多くのコミュニケーション施策をとることができている企業ほど、内定者に良い影響を与えることができ、そうではない企業と差があるのではないか。
コミュニケーション施策の数の平均をとってみると、3.2個の施策(※標準偏差2.1)であり、ちょうど内定式・内定者懇親会に加えてオンライン懇親会もしくは先輩社員との座談会を実施するまでが定番なこともわかる。そこで、平均よりも多くの施策があったと回答した学生と平均よりも少ない施策があったと回答した学生で区分し、それぞれの内定先の満足度について差を確認した。
※:標準偏差とは,測定値のバラツキ度合いを表すもの。15個の施策(選択肢)の内、平均は3.2個の施策だが多くは1.1~5.3個の施策の範囲内で選択されていることになる。
内定後のコミュニケーションの豊富さが内定者の満足度を上げる
内定後に行われるコミュニケーションの施策の数で学生を2群に分け、平均よりも多くの施策があったと回答した学生と平均よりも少ない施策があったと回答した学生の施策に対する満足度について、5つの設問に回答してもらった。その結果をまとめたものが【図2】だ。
これらの結果から、5つの設問すべてにおいて、平均よりも多くのコミュニケーション施策を受けた学生のほうが少ない学生よりも「満足している」と回答していることがわかった。
特に、「コミュニケーションには全体的に満足している」「コミュニケーションの内容に満足している」「コミュニケーションの頻度は適切だ」という3項目から、施策の数が多いことでコミュニケーションの質と量の双方において高い満足を示している。このことから、内定後のコミュニケーション施策として企業が行っている取り組みの多くは、学生から好ましいと捉えられていることがわかる。
また、コミュニケーション施策によって入社意欲に違いがあるのかについて、8つの設問に回答してもらった。その結果をまとめたものが【図3】だ。
入社意欲についても、すべての設問で多くのコミュニケーション施策を受けている学生が少ない施策を受けている学生よりも高い意欲を持っていることが明らかとなった。
特に、「入社を決めてから内定先の名前がいろいろなところで目につくようになった。」「高いモチベーションを持って入社日を迎えられると思う。」「入社日が近づくにつれて内定先への愛着が高まっていると感じる。」の3設問は2群の差が大きく、コミュニケーション施策によって、会社への帰属意識を高めることができていることがうかがい知れる。
しかし、「早く内定先で働きたい」と「入社後の仕事が楽しみで仕方がない」という設問に関しては他の項目と比べると差が小さく、新しい職場としてワクワクさせるような期待値を高める施策に関しては改善の余地があるように見受けられる。
これらの結果からわかるように、多くのコミュニケーション施策を受けている学生のほうがコミュニケーション施策への満足度も高く、入社意欲も高めることができている。しかし、コミュニケーション施策の数はただ増やせば良いというわけでもなさそうだ。
内々定と引き換えに就職活動を終わらせるように圧力を感じたかという設問に対して、わずかではあるが、多くの施策を受けている学生のほうが少ない学生よりも圧力があったという回答をしている。(【図4】参照)ただし、内定先以外からの圧力に関しても多くの施策を受けている学生のほうが圧力を感じているため、コミュニケーション施策の数が多い業界では多少なりとも、就職活動を終わらせるような圧力をかける傾向にあるのかもしれない。
まとめ
内定後のコミュニケーション施策は、採用人数のようなわかりやすい成果指標がなく、効果があったかどうかを確認することが難しい。加えて、特にこれといった施策をとらなくても、多くの学生は最低限の入社案内さえしておけば、そのまま入社日を迎えることも可能である。そのため、ついつい後回しにしていまいがちだ。
しかし、新入社員の早期戦力化と定着の観点から見ると、入社日に高いモチベーションと意欲を持っているかどうかは非常に重要だ。入社日の前に学生とコミュニケーションをとることにより、高いモチベーションと入社意欲を持ってもらうことで、入社後の早期戦力化と定着の難易度が大きく変わってくる。
本調査からは、効果が見えにくかった内々定後のコミュニケーション施策について、取り組む企業の背中を押す結果を得ることができた。内定式と懇親会だけを行って内々定後のコミュニケーションとするのではなく、人材育成・研修やインターンシップ、現場見学、内定者SNSなど、多様な施策を提供することで内定者の入社意欲を高めることができる。そして、多くの企業が行っている施策は間違えておらず、学生からの満足度も高い。
内定後のコミュニケーション施策に積極的に取り組んでいる企業にとっては、胸を張ってこれからも取り組んでもらいたい。また、効果に対して半信半疑だった企業は、これを機会に1つで良いので懇親会以外の施策にも取り組んで欲しい。手間をかけた分だけ、内定者は気持ちよく入社日を迎えることができ、新入社員の質の向上にもつながるのだ。
著者紹介 大分大学経済学部講師 合同会社ATDI代表 碇 邦生
2006年立命館アジア太平洋大学を卒業後、民間企業を経て神戸大学大学院へ進学し、ビジネスにおけるアイデア創出に関する研究を日本とインドネシアにて行う。15年から人事系シンクタンクで主に採用と人事制度の実態調査を中心とした研究プロジェクトに従事。17年から大分大学経済学部経営システム学科で人的資源管理論の講師を務める。現在は、新規事業開発や組織変革をけん引するリーダーの行動特性や認知能力の測定と能力開発を主なテーマとして研究している。また、起業家精神育成を軸としたコミュニティを学内だけではなく、学外でも展開している。日経新聞電子版COMEMOのキーオピニオンリーダー。
※所属や所属名称などは執筆時点のものです。