マイナビ キャリアリサーチLab

採用充足率の高い企業は内定後のコミュニケーションで何をしているのか?
—大分大学・碇邦生氏

碇邦生
著者
九州大学ビジネス・スクール講師 合同会社ATDI代表
KUNIO IKARI

議論がされてこなかった内定後コミュニケーション

近年、新卒採用は、データを活用して採用プロセスを洗練させようという動きがみられる。たとえば適性検査において、性格診断や知能検査のような汎用的なものより、特定のビジネススキルの測定に力を入れられるように変化している。また、創造的思考能力を問うオンライン・テストや企業文化との適合をみる労働価値観テストを活用する企業が増えている。

新卒採用プロセスの洗練は、主に3つの領域で行われている。1つ目の領域は「募集」だ。求職者の入社意欲をかき立て、応募と内定受諾に結びつけるために、どのような施策を用いるのかが進化してきた。2つ目の領域は「選抜」だ。応募者が適材かどうかを見抜くために多様な選抜手法が生まれている。新たなツールの代表例がAIを活用した動画面接や書類審査だ。3つ目の領域は「社会化」である。新入社員が職場に馴染み、仕事を覚えて、早期の立ち上げが成功するかを、タレントマネジメント・システムの普及で高い精度を確保できるようになった。

これらの領域は、採用活動に関する学術研究ともマッチしている。採用活動を区分するときに「募集」「選抜」「社会化」という3類型は典型的なものだ。しかし、新卒採用において、この類型から抜け落ちているプロセスがある。それが、「内定者とのコミュニケーション」だ。

新卒採用は、内定を出してから、実際に入社に至るまでの間に数か月単位の長い空白期間が生まれる。内定を出す時期の早いベンチャー企業等では、内定から入社までの間に1年以上の期間が空くことも珍しくない。この期間のコミュニケーションは、内定者の心理状態に大きな影響を与える。内定をもらっているが志望度の低い企業の場合、内定者は別の企業の選考を継続して受ける。それを防ぐために誓約書の提出を求める企業もあるが、法的拘束力もなく、内定者にとっても心象が悪い。反対に、志望度が低くても、内定後に経営者と話す機会があり、そのリーダーシップに惚れ込んで入社意欲が高まることもある。

特に、「内定後のコミュニケーション」は悪いニュースが毎年のように取り上げられる。いわゆる「オワハラ問題」として取り上げられるものだ。過度なコミュニケーションは内定者にプレッシャーを与える。かと言って、何もやらないと内定者は放置されていると感じてモチベーションの低下につながる。

このような現状に対して、参考となる資料は驚くほど少ない。学術研究でも取り上げられず、専門書もほとんどない。採用担当者は、これまでの経験と個人的なネットワークで手に入る情報から判断して、施策を講じているのが現状だ。つまり、適切な「内定後のコミュニケーション」とはどのようなものなのか、議論がなされているとは十分に言えない状態だ。

内定後のコミュニケーションに関する企業調査

本稿では、このような問題意識に立ち、マイナビキャリアリサーチLabとの共同研究で実施した「2023年卒の内定者に対するコミュニケーション」に関する企業調査の結果を報告していく。調査では、マイナビ2023を利用している企業2,008社から回答を得た。回答者の属性は【表1】の通りだ。日本全国からデータを回収し、従業員数300人未満の中小企業が67%と大企業からの回答者よりも多い。この偏りは、日本企業のほとんどが中小企業であることを反映している。

「2023年卒の内定者に対するコミュニケーション」に関する企業調査・回答企業の属性
【表1】「2023年卒の内定者に対するコミュニケーション」に関する企業調査・回答企業の属性

回答時期は2022年下期であり、コロナ禍やウクライナ戦争による不景気の影響もあって、新卒採用をしたが採用人数が0名だった企業も11%ある。募集人数に対して採用人数が80%以上の企業を「新卒採用がうまくいった企業」として、80%未満の企業を「新卒採用が思うようにいかなかった企業」とした。

業種は、約半数を「非製造業(情報通信業を除く)」が占め、「製造業」が39%、「情報通信業」が11%という割合になっている。このことから、業種の偏りが比較的抑えられたデータと言える。また、業界によってコミュニケーション施策に違いがあるのかをクロス集計で分析したが、特に大きな違いはみられなかった。

実施率で4段階に分かれる内定後コミュニケーション施策

内定者に対するコミュニケーションの実施状況については、その実施率に応じて4つの段階に分けることができる。【表2】

【表2】内定者に対するコミュニケーションの実施状況 4つの段階

コミュケーション施策と実施率、内定者のモチベーションを高める効果への評価の3つについて、【図1】に整理している。

内定者とのコミュニケーション施策の実施状況と効果への評価/「2023年卒の内定者に対するコミュニケーション」に関する企業調査・マイナビとの共同研究
【図1】内定者とのコミュニケーション施策の実施状況と効果への評価/「2023年卒の内定者に対するコミュニケーション」に関する企業調査・マイナビとの共同研究

第1の段階は、60%以上の企業が実施している定番施策だ。「人事からの状況確認連絡」、「対面での内定者懇親会」、「内定式」が含まれる。結果をみてみると、「人事からの状況確認連絡」は入社手続きのための事務連絡も含まれるために評価が割れることになった。しかし、「対面での内定者懇親会」と「内定式」は内定者のモチベーションを高める効果が期待できると評価されている。

第2の段階は、30%以上の企業が実施している”企業の特徴が出る施策”だ。特に、実施した企業の中で肯定的な評価がされた施策は、「先輩社員との懇親会」、「社内見学・工場見学」、「人事との面談」だった。反対に、「社内報・社内資料の送付」は、実施率が49%と約半数の企業が行っているのにも関わらず、効果に否定的な評価を下した企業の方が多かった。また、「レポート課題を課す」とした企業は効果に対する評価が賛否両論となった。これらの結果から、実際の働く現場を体験し、イメージができる施策の評価は高いことがわかる。また、実施率がそこそこの高さであるのに否定的な評価が多い施策は、過去からの惰性で行っている可能性がある。このような施策は、施策の刷新をするときに除外対象となり得る。

第3の段階は、20%よりも多くの企業が実施している施策だ。これらの施策は、「インターンシップ」や「宿泊を伴わない研修」など、内定者とのコミュニケーション施策として比較的新しい試みが含まれる。「宿泊を伴わない研修」、「先輩との面談」、「アルバイト・インターンシップ」、「社内行事への招待」を実施している企業からの評価は高く、広く認知されることで実施率が今後高まってくると思われる。一方、「e-learning」は効果が賛否両論だ。一時期、内定後の施策として注目を集めていた「e-learning」だが、実施率は伸びていない。

第4の段階は、実施率が20%以下の”多くの企業が実施していない施策”だ。まだ数は少ないものの、「内定者向けWeb掲示板やSNS」は実施している企業の中では比較的評価が良い。しかし、「通信教育」と「研究室・ゼミ訪問」は、ほとんどの企業が実施しておらず、効果も賛否両論となっている。

これらの4つの段階を概観すると、約半数の企業が実施している施策のなかでも効果を疑問視している施策がいくつかあることがわかる。基本的には、よく実施されている施策は効果があると判断しているからこそ行っているものが多いだろう。しかし、効果を疑問視しながらも実施されている施策は再考の余地がある。

また、実施率が2~3割の間にあるような比較的新しく、挑戦的な施策は効果の高さが評価される傾向にある。実施することに困難さがあるかもしれないが、新しい施策には挑戦する価値があると言えるだろう。

内定充足率の高い企業は何をやっているのか

次に、施策と効果への評価について、内定充足率の高い企業と低い企業で違いがあるのかについてみていきたい。内定充足率に応じて、回答企業を「充足率 0%」、「充足率 80%未満」、「充足率 80%以上」、「充足率 100%以上」の4群に分けた。

充足率が0%の群には、採用を失敗した企業のほかに、景気の影響などで採用活動そのものをストップさせた企業も含まれる。たとえば、回答企業の中には、100名以上の募集人数を予定していたが、実際の採用人数は0名だという企業もあった。

【図2】は、充足率の高い企業と低い企業の間で、効果への評価に違いが認められた施策をまとめたものだ。

【図2】「2023年卒の内定者に対するコミュニケーション」に関する企業調査・マイナビとの共同研究

たとえば、充足率の良い企業の方が高い実施率で積極的に取り組んでいて、尚且つ効果も肯定的な施策として4つ(「先輩との懇親会」、「人事との面談」、「先輩との面談・OBOG訪問」、「内定者向けWeb掲示板やSNSを用意」)が挙げられる。

また、充足率の良い企業の方が高い実施率で積極的に取り組んでいるが、効果に対して懐疑的な施策もある。たとえば、「社内報・資料の郵送」、「レポートや課題を出す」、「e-learning」、「通信教育」が挙げられる。

ユニークな結果として、宿泊を伴わない研修は、充足率が8割以上あるが100%には届かない企業でのみ多くみられる。研修に対する効果は、採用充足率とは関係なく高く評価されている。このことから、研修は、不足している人数を補うための質の向上と入社後の早期立ち上げ、入社辞退を防ぐ手段として活用されていると推察される。

充足率の高い企業は挑戦的な取り組みをする

充足率の高い企業と低い企業を見比べてみると、充足率の高い企業は効果が期待できないと評価している施策であっても導入する傾向がみられる。反対に、充足率の低い企業は効果の見込めない施策の実施には及び腰だ。このことから、充足率の高い企業は、内定後コミュニケーションに対して挑戦的な姿勢を持っているのではないかと仮定される。
たとえば、内定者向けの掲示板やSNSを準備することは、充足率の高い企業で実施されることが多く、評価も高い。反対に、充足率の低い企業では、たとえ実施していたとしても評価が賛否両論で割れている。

テクノロジーの活用という意味では、「e-learning」も充足率の高い企業の方が実施していることが多い一方で、効果に対しては意見が分かれる。つまり、充足率の高い企業では、テクノロジーの活用や新しい取り組みに対して、効果の有無を議論するよりも、まずは実施して挑戦してみる傾向が見て取れる。

また、充足率の低い企業と比較したときに、高い企業で多く用いられている施策は「先輩社員」に関連するものと「教育」に関するものだ。先輩社員と接する機会を設けることで、内定者は自分が実際に働くイメージを持つことができ、うまくいけば先輩社員がロールモデルになり得る。そうして、具体的に入社後の働く姿をイメージさせることが内定者のモチベーションを向上させることにつながる。「教育」は、内定者にとって入社前の心構えを作る機会であり、入社後の働き方を疑似的に体験できることになる。この疑似的な就労体験としての「教育」が効果を発揮していると思われる。

まとめ

本稿では、これまで注目を集めてこなかった「内定後のコミュニケーション」に焦点を当てて、採用担当者を対象に企業調査の結果を報告した。ここから、実施率が高い定番の施策であっても、内定者のモチベーションを向上させるには効果が期待できない施策があることがわかった。そのため、コミュニケーション施策は、長年やってきた定番の施策であっても、効果を見直す必要があると言えるだろう。

また、内定充足率の高い企業は低い企業と比べて、効果が期待できるか確証のない施策であっても積極的に実施する姿勢が確認できた。特に、SNSの活用や教育的な施策など、実施するためのコストがかかるわりに、効果が見通せない施策では違いが出ていた。このような、「効果が期待できるのかが見通せないものの挑戦的な施策」に取り組むことができるかどうかが、採用充足率の高い採用チームを作る鍵となってくるのかもしれない。

これらの結果から、「内定後のコミュニケーション」は見直す余地の大きな分野であると言えるだろう。適切なコミュニケーション施策を実施することで、内定者のモチベーションを向上させ、新入社員には最高の状態で社会人として初めの1日目をスタートさせて欲しい。


著者紹介  大分大学経済学部講師 合同会社ATDI代表 碇 邦生
2006年立命館アジア太平洋大学を卒業後、民間企業を経て神戸大学大学院へ進学し、ビジネスにおけるアイデア創出に関する研究を日本とインドネシアにて行う。15年から人事系シンクタンクで主に採用と人事制度の実態調査を中心とした研究プロジェクトに従事。17年から大分大学経済学部経営システム学科で人的資源管理論の講師を務める。現在は、新規事業開発や組織変革をけん引するリーダーの行動特性や認知能力の測定と能力開発を主なテーマとして研究している。また、起業家精神育成を軸としたコミュニティを学内だけではなく、学外でも展開している。日経新聞電子版COMEMOのキーオピニオンリーダー。

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