前編では、社会に出た後も学び続けることを選んだ理由やそのタイミング、そして学びがもたらした効果についてお話を伺いました。社会人としてキャリアを積み重ねる中で、継続的な学びはどのような変化をもたらすのでしょうか。
後編では、実務教育研究科での学びが、キャリアや人生観にどのような影響を与えたのか、研究活動が実務に与える具体的な効果や学び続けるためのモチベーションの維持方法、そしてこれから学びを始めたいと考えている社会人へのメッセージを、具体的なエピソードを交えてご紹介します。
■挽野元(アイロボットジャパン合同会社 代表執行役員社長)
1967年生まれ。武蔵工業大学(現・東京都市大学)大学院工学研究科修了後、1992年に横河ヒューレット・パッカード(現・日本HP)に入社。フランスへの出向やアジア地域担当などパーソナルコンピュータビジネスでの海外赴任経験を経て、帰国後は日本市場でのモバイルビジネスの立上げを行う。2006年からは執行役員として印刷機器事業の責任者を務める。2013年にBose日本法人社長に就任。アジア中近東地域の営業開発管掌も兼ねて音響機器ビジネスのポートフォリオ改革に従事。2017年のアイロボット日本法人設立と同時に社長に就任。アジア太平洋地域の事業も統括しながら、日本市場におけるロボット掃除機ルンバの世帯普及率拡大をミッションとして鋭意活動中。
■米田英智(エイベックス・ミュージック・クリエイティブ株式会社 役員付 ゼネラルプロデューサー)
1974年生まれ。1999年、エイベックス株式会社入社。洋楽宣伝、洋楽制作部門を経て、2005年から現在に至るまで浜崎あゆみのA&R/ディレクターを担当。レーベルの事業部長、ゼネラルマネージャーを務めた後、現在はエイベックス・ミュージック・クリエイティヴ株式会社 役員付 ゼネラルプロデューサーとして、DANCE CULTURE UNITの管掌、及び、複数の国内外アーティストのA&R業務を統括。
■川山竜二(社会構想大学院大学 実務教育研究科 教授・研究科長)
1986年生まれ。専門は、知識社会学・職業教育学。リカレント教育や高等教育における実務家教員の養成に関する理念・制度・理論を研究しつつ、実際に実務家教員の養成に注力している。特に、理論と実践を架橋する新たな知識として「実践の理論(反省理論)」に関する理論的研究を行っている。近年は、令和2年より制度化された社会教育士と社会教育に関する基礎理論とその育成の実践にも従事している。(社会構想大学院大学 社会教育主事講習主任講師)。著書に『実務家教員への招待』(編著、社会情報大学院出版部、2020)、『実務家教員の理論と実践』(編著、社会情報大学院大学出版部、2021)、『実務家教員のこれまで・いま・これから』(編著、社会構想大学院大学出版部、2024)などがある。
継続的に学ぶことが新たなキャリアの可能性を切り拓く
質問:継続的に学習を続けることがお二人のキャリア形成にどのように影響を与えていますでしょうか?変化や効果がありましたら教えてください。
米田:自分の研究は、実務で得られる知識を形式知化、言語化しているので、研究成果が会社や業界に還元できるものだと考えています。その意味では、会社から与えられた業務とは別に、自主的にもう一つ仕事を増やしている感覚です。
大学院に行って教え方や研修コースの設計などについて学んだので、会社の中では新しく制作部門に配属された社員に向けた研修を立ち上げ、講師も担当しています。
挽野:私の研究は経営統合がテーマです。M&Aなどが一般的になってきましたが、自分ではコントロールできない職場環境の変化に直面したときに、人はどのように生きていくのか、会社のことを経営視点で見るだけではなくて、そこで働く人のキャリア形成をテーマに研究を進めました。
先生の授業で1番好きだったのは「実践と理論の融合」で、現実社会で起こっていることを、言語化し理論化して論文を書き上げました。しかし、実はまだしっくりきていなくて、もう少しわかりやすくして、いろいろな場面で適用できるように研究を続けていきたいなと考えています。
最近、学会に呼ばれて大学の先生たちとパネルディスカッションをする機会がありました。そのときに、アカデミックに研究をしている先生たちと、自分のように実務をベースに研究している人間が一緒になって議論することは、非常に価値があるように感じ、そんな場がもっと増えるといいなと思いました。
理論と実践の学びの往還がとても楽しく感じられる経験で、普段の自分の世界とは違う世界に入るきっかけをいただいたようで、今後も継続的な学びの場として取り組んでいきたいなと思います。
米田:学会って、自分には全く縁がない世界だと思っていたのですが、音楽に関連する学会に参加してみると、先生方は何の利害関係もなく業界の外から音楽産業を研究されているので、業界の中にいる自分からするととても新鮮なんです。
逆に先生方にとっては自分のような音楽業界の中の人間はとても興味深く感じてもらえるようでした。産・官・学の産と官の距離は近いような気がしますが、学と産は少し距離があるなと思っていたので、同じテーマを研究する者として、とても有意義な場だと感じました。
定年後も音楽業界にいるかどうかはわかりませんが、実務家教員として学んだことで、もしかしたら教員としての選択肢が残りの人生の中で広がったように思いますし、ぜひチャレンジしてみたいなという気持ちも芽生えました。
本音を言えば、企業人でありつつ学生であり、教える側でもあるという3足のわらじを履きたいですね。会社で働くことしか考えていなかった3年前には、想像もしていなかった人生なのですが、この歳になっていろいろと選択肢が増えてきたことにワクワクしています。
挽野:私も、実務家教員養成課程で学び、今も研究生として研究を続ける中で、自分の時間の使い方がずいぶん変わってきました。忙しいというよりも研究活動が楽しく、家に帰って自分の部屋で関連の書籍に囲まれていると、なんだかニヤニヤしてしまうほどです。
この4月からは母校の大学の客員教授もしているのですが、教えるという役割が増えることで、自分の時間の使い方が複線化しました。これからの長い人生を豊かに過ごすためにも、この複線化した状態はとてもいいなと思っていて、そのきっかけをいただけたのがとても良かったと感じています。現役で仕事もやりつつ研究にも取り組む、そして研究の成果を社会に還元する、この3つがうまく回ると楽しいですね。
川山:継続的に学ぶことは、自分をリフレクションして、キャリアを再構成する契機になると思います。学びを通して、自分にどういう可能性があるのかを自分に問いかけて、キャリアを作り直す活動になるのではないでしょうか。
人生において、どういうことをするのが自分の楽しみなのか、生きがいになるのかを再確認したり、自己を再発見したりすることが、継続的な学びには必ずあるのではないかと思います。
挽野:家族にも良い影響がありますね。購入した書籍がどんどん増えていって、親が学ぶ姿を子どもが見ているんですね。私がオンラインで受けている授業の様子も聞こえているので、きっと良い刺激になったのではないでしょうか。
社員もびっくりしていましたね。「社長は何か勉強しているみたいだけど、忙しいのに大丈夫かな?」みたいな噂をしていたようです。もともと自主的に学ぶ社員は多いのですが、自分のそういう姿勢は間接的に社内にも良い影響があったのではないかと感じます。
米田:自分は大学院に通っていることを、社長以外には言わないようにしていました。何か仕事がうまくいかなかったときに、大学院に行っているからだと思われるのが嫌だったのです。
ただし、論文の仕上げで、何人かにインタビューしなければいけないときに事情を話したところ、僕のことがきっかけになったみたいで、大学院に通い始めた人がいました。他にも、何人かの社員は、学ぶことに興味を持ったようで、話を聞きにきてくれました。
挽野:私は、論文を書く際にインタビューに協力してくれた方に、論文のサマリーをお渡ししたところ、半分くらいの方が感想を返してくれて、うれしかったですね。
研究成果を社会に還元することが目標
質問:学習のモチベーションを維持する方法や今後の目標があれば教えてください。
挽野:今、研究生として残っているのもモチベーションの現れなのですが、2年間ご指導をいただいてアウトプットを出したものの、やり残したことがいっぱいあると感じています。自分の研究テーマに関する先行研究を調べてみると、たくさんあることがわかり、今、一生懸命読み込んでいるところです。
また、自分が大学で教える授業で使う教材作りにも取り組んでいます。自分は異文化マネジメントというテーマを1つのライフワークにしたいので、それを授業でやるとしたらどういう構成にしたらいいか、構想を練っています。研究は本当に終わりがないですね。でも、それが楽しいです。
川山:自分で知識パッケージを作るのが楽しくなってくるんですね。
挽野:今の仕事とどう繋がるんだろうかとか、今やっていることがどういう風にこの理論にあてはまるんだろうかと考える、このパラレルが重要だと思っていて、それを考えるのが楽しいですね。
米田:自分の場合は、3つぐらいあって、1つ目は挽野さんと同じように、やり残したことがあるというか、研究は本当に終わらないですね。修士論文を出したものの、やっぱり先行研究の調査が甘かったなって思うところがいっぱいあります。
もう1つが、自分の研究が会社組織や業界に絶対に役に立つという自信があるので、自分のためだけじゃなくて、みなさんに還元できるように、利害関係を抜きにして業界の先頭に立って研究をまとめていきたいなと考えています。
最後の1つが、ドクターという肩書きがもらえればうれしいと思っています。業界全体の役に立つ研究を進めるために、業務実態調査のような調査をする際にも、ドクターという肩書きがあれば、調査内容や調査結果の信頼度が増すと思いますので。
川山:大学院なので、やりたいことを研究するというのが大きなモチベーションになっているのは間違いないと思います。基本的にはあらゆるものが研究対象になるはずで、みなさんがやりたいこと、好きなことを研究するサポートをするのが我々の役割で、研究テーマや知りたいことについてはお任せしています。
学びたい気持ちを信じて、新たな扉を開く勇気を
質問:最後にこれから学びを始めたい、または継続したいと思っている社会人に対してアドバイスやメッセージがありましたらお願いします。
挽野:やりたいと思ったときがやるべきときというか、何かに興味があってやりたいと思って出会ったときが多分スタートだと思います。自分の経験を振り返っても、そのときに一歩踏み出すことが大切なのではないかと思います。やり始めてみると、面白い世界が広がっていきますので、悩んでいる人は思い切って入ってみるといいと思います。
米田:始めるのに早いも遅いもありません。学びたいと思ったときに踏み出せるかどうか。きっと仕事はずっと忙しいと思うので、何かやりたいと気づいたのであれば、その一瞬の自分の気づきを大切にして一歩踏み出したら、その先に楽しいことが待っていると思います。実務教育研究科を2年で卒業して、研究生として1年半が経過しましたが、後悔は全くありません。
川山:学びの場には、年齢も社会的な属性も関係ない人との出会いがあり、フラットな交流ができます。誰もが学びにアクセスできて、学びにアクセスした瞬間に、新たな世界が広がっていきます。学びを始めて後悔することはなく、やらない後悔をすることの方が大きいと思うので、ぜひ多くの方にチャレンジしてほしいと思います。
編集後記
社会人として多忙な日々を送りながらも、学びの場に身を置くことを選んだ挽野氏と米田氏。その姿勢には、社会人としてのキャリアを積み重ねてきたからこそ見えてきた「学びの価値」を感じることができました。お二人の言葉には、「今やらなくて、いつやるのか」という覚悟と、「学びが人生を豊かにする」という実感が込められており、だからこそ、多くの人の背中を押す力があるように思います。
継続的に学び続けることは、単なるスキルアップではなく、自分自身を見つめ直し、他者と対話しながら新たな視点を得るプロセスになります。学びは、個人の内面を豊かにするだけでなく、周囲の人々や組織にも良い影響を与える「波紋」のような存在であることが、今回の座談会から浮かび上がってきたように思います。
「忙しいから無理」と思いがちな社会人にとって、まさに“忙しいお二人”が語るリアルな経験は、何よりの励ましになるのではないでしょうか。学びたいと思ったその瞬間が、きっと始めどきです。思い切って一歩を踏み出せば、キャリアにも人生にも、想像以上に思いがけない広がりが生まれるのではないでしょうか。