仕事に直結しない学びが人生を豊かにし、継続的な学習がキャリアを拓く-社会構想大学院大学 川山竜二氏

キャリアリサーチLab編集部
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前編では、社会人構想大学院大学の川山竜二先生に社会教育とはなにか、日本や海外の社会人の学びの状況についてお話をうかがいました。

後編では、リスキリングといった仕事に直結する学びだけでなく、趣味や知的好奇心を満たす学びが、いかに個人の人生を豊かにするのか、さらに、社会に出てから継続的に自主学習を行うことが、キャリア形成にどのような心理的・社会的な効果をもたらすのかについて、引き続き川山先生にお話をうかがいます。

川山竜二(社会構想大学院大学 実務教育研究科 教授・研究科長)
1986年生まれ。専門は、知識社会学・職業教育学。リカレント教育や高等教育における実務家教員の養成に関する理念・制度・理論を研究しつつ、実際に実務家教員の養成に注力している。特に、理論と実践を架橋する新たな知識として「実践の理論(反省理論)」に関する理論的研究を行っている。近年は、令和2年より制度化された社会教育士と社会教育に関する基礎理論とその育成の実践にも従事している。(社会構想大学院大学 社会教育主事講習主任講師)。著書に『実務家教員への招待』(編著、社会情報大学院出版部、2020)、『実務家教員の理論と実践』(編著、社会情報大学院大学出版部、2021)、『実務家教員のこれまで・いま・これから』(編著、社会構想大学院大学出版部、2024)などがある。

多様な学びが人生を豊かにする

多様な学びが人生を豊かにする

質問:社会人の「学び」というと仕事(業務)に直結する学びをイメージしがちかと思いますが、仕事には全く関係がないことを自主的に学ぶことは、学んでいる本人にどのような影響を与えますでしょうか。

川山:仕事には全く関係のないことを自主的に学ぶことは、個人にとって非常に多岐にわたる良い影響をもたらします。

友人関係の広がりや精神的な拠り所になる

川山:まず、新しい友人関係ができるということです。仕事に関係のない学びの場、たとえば趣味の教室や地域の講座、大学・大学院などに行くと、利害関係のない、率直に話せる仲間と出会うことができます。年齢も職業も異なる人たちとの交流は、新たな視点や価値観を与えてくれ、人生を豊かにしてくれるでしょう。社会人が大学院に進学する動機の一つに、こういった新しい人間関係を築きたいということが挙げられることも少なくありません。

また、サードプレイスとなることも重要な影響の一つです。職場と家庭以外の第三の場所を持つことは、心理的な安定やリフレッシュに繋がります。近年では、オンラインでの学びの場も増えており、物理的な場所としてのサードプレイスだけでなく、精神的な拠り所となるような学びの場も重要になってきています。

仕事に関係のない学びは、個人の成長や生きがいにも繋がります。たとえば、長年興味があった分野を学ぶことで、知的好奇心が満たされ、新たな知識やスキルを習得する喜びを感じることができます。これは、日々の生活に彩りを与え、生きがいや満足度を高める要因となります。

社会資本・人的資本が向上する

川山:作家の橘 玲さんが『幸福の資本論』という本で、金融資本、社会資本、人的資本を高めることがウェルビーイングの向上に繋がると指摘されています。仕事に関係のない学びは、社会資本(友人関係)を豊かにし、人的資本(能力・スキル)を向上させる可能性があります。また、日常から離れた学びの場に行くことで、新たな人間関係が築かれ、さらに社会資本が高まるという好循環も期待できます。

特に、定年退職後など、これまで仕事中心の生活を送ってきた人にとっては、仕事に関係のない学びは同世代の友人を作る上で非常に重要な役割を果たします。会社を辞めてしまうと、これまでの人間関係が途絶えてしまいがちですが、学びの場で新たな繋がりを持つことで、孤立を防ぎ、充実したセカンドライフを送るための支えとなるでしょう。

さらに、学びを通してこれまで気づかなかった自分の興味や才能を発見することもあります。これまで「自分はこういう人間だ」と思い込んでいた固定観念が覆され、新たな可能性に気づくきっかけになるかもしれません。

また、学びは自分自身を客観的に見つめ直す良い機会となります。これまでのキャリアや人生を振り返り、これから何をしたいのか、どう生きていきたいのかを考えるきっかけを与えてくれます。

結局のところ、仕事に直接繋がるかどうかは自分自身の意識次第と言えるかもしれません。たとえ仕事に関係のないことを学んだとしても、そこから得た学びを仕事に活かすことは十分に可能です。

継続的な学びがキャリアに与える影響とは

継続的な学びがキャリアに与える影響とは

質問:社会に出てから自主的な学びを継続的に行うことで、個人のキャリアにはどのような影響がありますでしょうか。

川山:社会に出てから自主的な学びを継続的に行うことは、個人のキャリア形成に非常に大きな影響を与えます。それは、単にスキルアップに留まらず、心理的、社会的な側面においても重要な効果をもたらします。

キャリアの棚卸を通して自分の考えを整理し伝える

川山:まず、キャリア形成という点でもっとも重要なのは、「キャリアの棚卸し」ができるようになることだと考えます。自主的に学ぶ時間を持つことで、これまでの自分のキャリアや人生を振り返り、自分が本当に何をしたいのか、何に価値を感じるのかを深く考えることができます。

特に、年齢を重ねるほど残された時間は有限になってくるため、今後のキャリアを真剣に見つめ直す良いきっかけとなるでしょう。そして、自分が本当にやりたいこと、目指したい方向性を見つけることができれば、その後のキャリア形成はより主体的なものになります。

大学院のような学びの場では、単に知識を習得するだけでなく、アウトプットを求められることが多いです。自分の考えを整理し、他者に伝える過程で、当初考えていたことが変化したり、新たな気づきを得たりすることがあります。このような考え方の変化を体験できることは、キャリアを長期的に考える上で非常に重要な経験となります。

仕事をしていると、どうしてもルーティンワークに陥りがちで、決まった考え方から抜け出せなくなることがあります。しかし、自主的な学びを通して、既存の枠組みにとらわれない柔軟な思考力を養うことで、キャリアの可能性を広げ、変化に強い人材へと成長することができます。

学びは人生のご褒美

川山:心理的な効果としては、これは私の大学院の院生が話していたことですが、学びが「人生のご褒美」になるという側面も無視できません。仕事や日常生活から少し離れ、自分の興味関心に基づいて学ぶ時間は、精神的な充足感や自己肯定感を高め、日々のモチベーションに繋がります。特に、社会人になると、自分のために使える時間は限られてきますから、自ら時間を作り出して学ぶことは、まさに自分自身への投資であり、ご褒美と言えるでしょう。

また、自主的な学びは、視野を広げ、新たな価値観に触れる機会を与えてくれます。特に、長年同じ業界で仕事をしていると、どうしても視野が狭くなりがちです。異なる分野を学ぶことで、既存の知識や経験を相対化し、新たな視点から自分のキャリアを見つめ直すことができるようになります。

新しい人間関係がキャリアチェンジやビジネスにつながる

川山:社会的な効果としては、先ほどもお話ししましたが、新たな人間関係の構築が挙げられます。多様なバックグラウンドを持つ仲間との交流は、自分の社会的なネットワークを広げ、キャリアチェンジや新たなビジネスチャンスに繋がる可能性も秘めています。

キャリアに悩むこと自体が、ある意味では恵まれた状況であるという考え方もあります。日々の生活に精一杯で、キャリアについて考える余裕がない人もいる中で、キャリアについて悩み、より良い方向性を模索できるのは、それだけ選択肢があり、自己成長への意欲がある証拠と言えるでしょう。

さらに、自主的な学びを通して、自分の実務の場から一歩引いて、客観的に自分自身や仕事を見つめ直すことができるようになります。普段当たり前のように使っている専門用語や業界の常識が、全く通用しない場でコミュニケーションを取る経験は、言語化能力や説明能力を高め、結果的に仕事におけるコミュニケーションの質を向上させることに繋がります。

共に学び、成長する社会へ

共に学び、成長する社会へ

質問:最後に、これから学びたいと考えている人、学びを推進したいと思っている企業の方にメッセージがありましたらお願いします。

川山:まず、社会人で学びなおしをしよう、新しいことを勉強しようと迷っている方へ。今、少しでも「学びたい」という気持ちがあるのであれば、それはもう学び始めるサインだと私は思います。難しく考える必要はありません。みなさまがこれまで学生時代に経験してきた学びとは違う、もっと自由で楽しい学びがきっとあります。ぜひ、その一歩を踏み出して、学びそのものが持つ面白さを実感していただきたいと思います。

そして、企業として学びを推進しようと考えている方へ。現代において、知識やアイデアを生み出す源泉は、最終的には「人」です。従業員一人ひとりの能力開発、学び直しを積極的に支援していくことこそが、これからの企業の成長、そしてイノベーション創出の鍵となると私は確信しています。

短期的な費用対効果にとらわれず、長期的な視点で人的資本への投資を積極的に進めていただきたいと思います。従業員の学びは、企業の活性化、ひいては社会全体の発展に繋がる、もっとも重要な投資の一つだと考えます。ぜひ、革新的な経営を進めていってください。


後編では、仕事(業務)に直結しない学びをすることの意義や効果などについてお話をうかがいました。次回は、社会に出た後も継続的な学びを行っている方にインタビューを行う予定です。

片山久也
登場人物
キャリアリサーチLab編集部
HISANARI KATAYAMA

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