障害者雇用において、「定着」とは単に在籍期間を延ばすことを指すものではない。しかしながら、障害者雇用率の引き上げを背景に、現場ではいまだに「辞めなければ定着」と捉え、雇用人数という“数字”を重視する暗黙の理解が残ってはいないだろうか。
本コラムでは、障害者の職場定着をめぐる公的データや支援制度を整理し、なぜ“制度があるのに定着が安定しない”のか、その構造的な要因を解説する。
障害者の職場定着とは何か?
障害者雇用における職場定着とは、単に「一定期間、障害者が在籍していること」を指すもの ではない。心身の状態や障害特性に応じた配慮を受けながら、本人の能力が最大限に発揮され、働き続けることができている状態であるといわれている。
近年の障害者雇用政策においても、職場定着は重要なキーワードとして位置づけられている。これは、採用後の早期離職が、本人にとっても企業にとっても負担が大きく、単なる雇用人数の積み増しでは、持続可能な雇用につながらないという認識が広がっているためである。
障害者の職場定着の現状
まず、公的データから現状を整理したい。厚生労働省が実施した「令和5年度障害者雇用実態調査」
によれば、従業員5人以上の民間事業所で働く障害者数は110万人を超え、身体・知的・精神・発達のすべての障害種別で雇用が拡大している。
また、障害者の定着率とは、障害のある人が就職・採用された後、一定期間(主に3か月後、1年後など)を経過した時点で、同一の事業所において雇用を継続している割合を指す。
独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構による「障害者の雇用の実態等に関する調査研究」によれば、一般企業に就職した障害者の職場定着率は、就職後3か月時点で76.5%、1年後では58.4%にとどまっており、就職後1年以内に約4割が離職している実態が示されている。
さらに、障害種別で見ると、身体障害者は60.8%、精神障害者は49.3%、発達障害者は71.5%と定着率に大きな差があり、職場定着における課題の内容や背景が、障害種別によって異なることが明らかになっている。
先述の「令和5年度障害者雇用実態調査」では、障害者雇用における平均勤続年数が平成30年度調査と比較して増加していることが示されている。一方で、定着率そのものを見ると依然として低い水準にあり、障害者雇用は「雇用の拡大」から「定着の質」が強く問われる段階にあると言わざるを得ない。
障害者の職場定着の支援や制度の現状
こうした背景を踏まえ、国は就職後支援にも力を入れてきた。代表的な制度が、2018年度に創設された就労定着支援事業である。
これは、一般就労へ移行した障害者を対象に、最長3年間、就職後の生活面・職場面の課題を整理し、企業や関係機関と連携しながら定着を支援する制度である。また、「ジョブコーチ」「障害者雇用納付金制度」「ハローワークや生活支援センターによるフォローアップ」の支援制度 で企業側を支援する仕組みも整備されてきた。それぞれの内容については、次の通り解説する。
ジョブコーチ(職場適応援助者)支援とは?
ジョブコーチ支援とは、障害のある人が職場に適応し、安定して働き続けられるようにするための専門的な就労支援である。正式には「職場適応援助者(ジョブコーチ)支援事業」と呼ばれ、厚生労働省の施策として実施されている。
ジョブコーチは、就職前後の一定期間、職場に直接出向き、障害特性を踏まえた支援を行う。支援の対象は本人だけでなく、上司や同僚、企業側への助言も含まれる点に特徴がある。業務の進め方や指示の出し方の工夫、職場内コミュニケーションの調整などを通じて、本人と職場の橋渡し役を担う。
ジョブコーチには、地域障害者職業センターに配置される「配置型」、福祉法人等に所属する「訪問型」、企業内で育成される「企業在籍型」の3種類があり、ケースに応じて使い分けられている。
支援は最終的に、職場の上司や同僚による「ナチュラルサポート」に移行することを目指しており、一時的な介入で終わらせず、職場に支援が定着することを重視した制度である。
障害者 雇用納付金制度とは?
障害者雇用納付金制度とは、障害者雇用に伴う経済的負担を事業主間で調整し、雇用の促進と安定を図るための制度である。「障害者 の雇用の促進等に関する法律」に基づき、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構が運営している。
障害者雇用には、設備整備や業務調整、人的支援など、一定の追加コストが伴う。こうした負担を個々の企業任せにすると、雇用に積極的な企業ほど不利になるという問題が生じる。そこで本制度では、「社会連帯責任」の考え方に基づき、一定規模以上の企業が共同で障害者雇用を支える仕組みが採られている。
具体的には、常用労働者数が100人を超える企業のうち、法定雇用率を未達成の場合、障害 者雇用納付金を納付する。一方で、法定雇用率を超えて障害者を雇用している企業や、中小企業に対しては、調整金や報奨金、各種助成金が支給される。
ここで、よく誤解されがちなこととして納付金=罰則金ではなく、障害者雇用を継続しやすくするための経済的インフラとして位置づけられていることを改めて確認しておくことが重要である。
フォローアップ制度とは?
(1)ハローワークによるフォローアップ(職場定着支援)
ハローワークでは、障害者の就職した後も、本人と企業の双方を対象にしたフォローアップ支援を行ってる。就職後、仕事や職場環境について困りごとが生じた場合、職業相談を通じて状況を整理し、必要に応じて助言や関係機関の紹介を行っている。
また、企業側からの相談にも対応し、雇用管理や職場での配慮に関する助言を行うことで、ミスマッチや早期離職の防止を図っている。ハローワークは、必要に応じて障害者就業・生活支援センターや地域障害者職業センターなどと連携しながら、継続的な支援につなげる役割も担っている。
(2)障害者就業・生活支援センターでのフォローアップ制度
障害者の「仕事」と「生活」の両面を一体的に支援する地域の相談機関である。就職後は、支援員が定期的に本人と面談したり、職場を訪問したりしながら、働くうえでの困りごとを丁寧に把握し、職業訓練等に連携する役割を担っている。
特に障害者就業・生活支援センターによる支援では、就業面と生活面を一体的に支援する点に特徴がある。仕事上の課題だけでなく、生活リズム、健康管理、金銭管理、住居など、働き続けるための生活基盤も含めて支援が行われる。
これらのフォローアップでの共通点として、本人との定期的な面談や職場訪問を通じて、小さな変化や違和感を早期に察知することが重視される。必要に応じて、企業への助言や、医療・福祉機関との連携が行われる点も重要である。
このような支援は、就職直後だけでなく、配置転換や上司変更など環境が変化するタイミングでも有効であり、職場定着を「点」ではなく「プロセス」として捉える役割を果たしている。
ただし、職業訓練の実践においては、制度が存在することと、現場で機能することとの間にはギャップがあるといわれている。先述の独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構の研究によれば、精神障害者の就職後、大半が「適応指導(就職後フォロー)」を受けていないことも報告されており、支援が十分に届いていない実態も明らかになっている。そのため、職場定着が安定しない要因の一つになっているともいわれている。
障害者の職場定着の課題-障害種別に見る特徴
まずは障害種別ごとに定着の課題を整理していく。
身体障害のある人の職場定着の課題
身体障害のある人は、就職後1年時点の定着率が他の障害種別と比べ相対的に高い水準にある。しかし、定着を左右する要因は設備や制度といったハード面だけではないことが、独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(2017)での調査から示されている。
特に、合理的配慮に対する本人の認識や、雇用主・同僚の理解、人間関係の質が職場定着に大きく影響する。配慮が制度上は用意されていても、それを相談しやすいか、活用しやすいかどうかが定着を左右するのである。
精神障害のある人の職場定着の課題
精神障害のある人の職場定着は、特に大きな課題を抱えている。山下(2025) の研究によれば、就職後3か月では一定の定着が見られるものの、半年から1年にかけて定着率が大きく低下する。
離職リスクを高める要因として、症状の自己管理の難しさ、仕事上の相談相手の不在、障害非開示就職による無理な就労継続などが指摘されている。一方、3年以上定着している事例を分析した研究では、無理をさせない雇用管理方針、ポジティブフィードバック、就職初期の集中的な情報共有などが共通要因として整理されている。
発達障害のある人の職場定着の課題
発達障害のある人は、統計上は比較的高い定着率が示されているが、実務では「仕事の曖昧さ」が課題となりやすい。ルールや判断基準が暗黙のまま運用されている職場では、業務遂行や対人関係でつまずきやすい傾向がある。
川端(2024) の自閉スペクトラム症(ASD)を対象とした研究では、業務手順の構造化、役割の明確化、周囲の社員への支援を含む職場定着支援プログラムの有効性が検証されている。
発達障害のある人の定着は、障害の特性上「コミュニケーションが苦手」「あいまいな支持」「文口頭での指導よりもマニュアルや図表・文章等での業務の認識合わせ」等、本人支援だけでなく、職場側が「支援できる設計」を持てるかどうかが鍵となる。
職場定着支援での専門職の役割とは?
社会福祉士と職場支援のかかわり
社会福祉士は、障害のある人を取り巻く生活・制度・環境を包括的に捉え、社会資源を調整する専門職である。職場定着支援においては、直接的に職務指導を行う立場ではなく、「働き続けるための生活基盤」と「制度との接続」を支える役割を担っている。
具体的には、就労によって生じる生活リズムの変化、通院・服薬との両立、経済面や住居、家族関係といった課題を整理し、必要に応じて福祉サービスや行政制度につなぐ役割を果たす。
職場での不調や離職の兆しの背景には、業務そのものよりも、生活上の不安定さが影響しているケースも少なくないため、社会福祉士の視点はこうした「職場の外にある要因」を可視化する点に強みがある。
また、本人・企業・支援機関の利害や立場が異なる中で、調整役として関係性をつなぐ役割も重要である。職場定着を「本人の努力」や「企業の配慮」だけに帰属させるのではなく、制度・環境・社会構造の問題として捉え直す視点を現場にもたらすことが、社会福祉士の職場支援における意義だといえる。
精神保健福祉士と職場支援のかかわり
精神保健福祉士は、精神障害のある人の支援に特化し、症状理解と生活・社会参加の両立を横断的に支える専門職である。職場定着支援においては、とりわけ「体調変動」と「就労継続」の間にあるグレーゾーンを支える役割が大きい。
精神障害のある人の職場定着では、「体調が悪い=即離職」でも、「無理をして働き続ける」でもない、中間的な調整が求められる場面が多い。精神保健福祉士は、本人の主観的なつらさと、職場側から見える行動・パフォーマンスのズレを丁寧に整理し、言語化する支援を行う。
また、医療機関との連携を通じて、診断名や服薬の有無だけでは分からない「現在の働きやすさ」「負荷のかかり方」を職場支援に反映させる点も重要である。
職場に対しては、症状の説明に終始するのではなく、「どのような環境・関わり方であれば安定しやすいか」という実践的な視点での助言を行うことが求められる。
特に就職後6か月から1年程度の時期は重要である。この時期は、入社直後の強い緊張が和らぎ、本人の言動や行動が「会社生活への慣れ」や「自然な振る舞い」として表に出てくるタイミングである。一見すると業務も安定し、特段の問題がないように見えやすい。しかし実際には、小さな違和感や負担が内側に蓄積しやすく、課題が表面化しにくい時期でもある。この時期に専門職がかかわりを持てるかどうかがカギになるといわれている。
職場定着における当事者視点の課題
障害者の職場定着を語る際、制度や支援体制、企業側の工夫に焦点が当たりやすい。しかし、実際に「続ける・続けられなくなる」という分かれ目にもっとも近い場所にいるのは、他ならぬ当事者自身であるものの、制度設計や研究では「当事者自身が議論や制度設計には参加していないこと」が多い。
ここからは、著者の障害者雇用やジョブコーチとして職場支援に携わった経験を踏まえて客観的に職場定着について考察する。
相談しにくさ
これまでの障害者の雇用や職場支援の実務経験から総合的に考察すると、職場定着が難しくなる理由の多くが、当事者の「能力」や「意欲」ではなく、言語化されない違和感や、相談しづらさの蓄積に起因しているという点であると考える。
困っているが、どこが困りごとか説明できない
職場定着が崩れ始める初期段階では、多くの当事者が「何となくしんどい」「続けられる気がしない」という感覚を抱いている。しかし、その理由を仕事上の言葉に置き換えることは容易ではない。
「作業量なのか」「指示の出し方なのか」「人間関係なのか」「体調変動なのか」、これらが複合的に絡み合い、「原因不明の不調」として本人の中に残る。結果として、企業側からは「突然の体調不良」「急な離職意向」に見え、当事者側からは「わかってもらえない」という不信感が生じやすい。
合理的配慮を求めることそのもののハードル
合理的配慮は制度としては整備されているが、当事者にとっては極めて心理的負荷の高い行為であることが多い。具体的には次のようなことがよく起こっているといわれている。
・何をどこまで言っていいのか分からない
・求めすぎだと思われないか不安
・一度伝えた配慮が固定化されることへの恐れ
・面倒な人であると思われないか
・配慮を求める=特別扱いを要請する行為と捉えられやすい
・あきらめて、黙って無理を重ねる選択に向かいやすい。
職場定着という言葉は前向きに聞こえる一方、当事者側から見ると「辞めないこと」が暗黙の正解になっている場合がある。しかし実際には、「業務内容が合わない」「成長や役割の見通しが持てない」「この先のキャリア像が描けない」といった状態で「ただ在籍している」ことは、長期的には消耗につながる。
一方で、企業の人事や職場の上司では、「雇用率の数字が下がるから会社にさえいてくれればよい」という感覚を暗黙の了解で認識して、業務の分担・本人の意向の確認をしないままマネジメントしていることもある。
当事者にとっては、「定着=我慢」になってしまう瞬間が、離職の引き金になることや本人のキャリアを狭めることにつながっていることも少なくない。
相談できるが、「安心して相談できない」構造
多くの職場には相談窓口や面談制度がある。しかし当事者の声を聞くと、「評価に影響しないか不安」「忙しい上司に迷惑をかけたくない」「何度も相談する人だと思われたくない」「障害内容の理解や他の人へ共有などされないか不安」等といった理由から、形式的には存在する相談先が、実質的には使えない状況が生じていることが考えられる。
特に就職後6か月〜1年の時期は、「最初の配慮」は終わり、「一人前扱い」が始まる時期でもある。この移行期に職場や専門職に相談できないことが、精神障害者の離職へつながる課題と重なりやすいといわれている。
障害種別と当事者視点の意識するポイント
身体障害
合理的配慮としては、スロープの設置や文章の代筆等の配慮提供は制度化されている が、周囲との関係性の中で「言いづらさ」が残りやすい。配慮を使うことへの遠慮が蓄積しやすい。
精神障害
体調変動と評価・期待のバランスに悩みやすい。「今日はできる/今日は無理」を説明し続けること自体が消耗となる。
発達障害
仕事の曖昧さや暗黙知が負荷になりやすい。本人は真面目に取り組んでいるが、「なぜうまくいかないか」を他者に説明しにくい。
障害者の職場定着を当事者視点から考え直す
今後の職場定着支援には、次の3点が重要である。
(1)採用前から定着を見据えた設計
業務内容や配慮事項を事前に言語化し、入社後の「想定外」を減らすことが必要である。
(2)支援の属人化を防ぐ仕組みづくり
特定の上司や担当者に依存せず、人事・現場・外部支援機関が役割分担できる体制を整えることが、長期的な定着につながる。
(3)定着を「ゴール」にしない視点
役割の変化や成長、場合によっては次のステップを含めたキャリアを描けることが、結果として「働き続ける」ことを支える。
職場定着とは「我慢させないこと」ではなく、「選び直せる状態」をつくることではないだろうか。当事者視点で見た職場定着の本質的な課題は、「続けられるかどうか」ではなく、「続ける・調整する・立ち止まる・次を考える」というキャリア選択肢が見えているかどうかにある。
これは、本質的には障害の有無にかかわらず実はキャリアを考える上で当たり前とされる共通の内容ともいえるが、障害があることにより、選択肢が狭まりやすく、声を上げること自体に心理的な負荷が大きいという現実がある。
体調や特性の変化、業務とのミスマッチを感じても、「迷惑をかけてはいけない」「また理解されないかもしれない」といった経験からくる思いが、調整や立ち止まりといった選択肢が本人の中で消去されてしまうことも少なくない。
その結果として、続けるしかない状況に自らを追い込み、我慢を重ねた末に、突然の離職や体調悪化に至るケースが生じている。つまり問題は「定着しないこと」ではなく、途中で選び直す余白が十分に用意されていないことにあると考える。
だからこそ職場定着支援には、離職を防ぐための対処的な関わりだけでなく、当事者が自分の状態を言葉にし、必要に応じて選択を調整できる関係性と環境を、あらかじめ整えておくことが求められる。それは、「働き続けること」だけを正解としないからこそ、結果として働き続けられる可能性を支える支援だと言えるのではないだろうか。
現在、「多様性」の考え方は社会や企業等では、制度や支援の整備が進んでいる。だからこそ、「当事者は何を言いづらいのか」「なぜ我慢が積み重なるのか」この問いを、改めて中心に置いて考えることに期待したい。
障害者雇用は、確実に「次の段階」に入っている。雇用すること自体ではなく、共に働き続けられる設計をどうつくるかが、これからの問いである。
この「問い」に向き合い続けるために、障害者の職場定着に関わる専門家や企業の受け入れ現場に焦点を当て、現場の負担軽減につながる制度や試行錯誤の取り組みを事例として紹介していく。そうした情報を定期的に共有しながら、職場定着や支援のヒントを読者とともに考えていきたい。
【参考文献】
厚生労働省,令和5年度 障害者雇用実態調査
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_39062.html
独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構,(2017),障害者の就業状況等に関する調査研究
調査研究報告書 No.137
https://www.nivr.jeed.go.jp/research/report/houkoku/houkoku137.html
独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構,(2014),「精神障害者の職場定着及び支援の状況に関する研究」
https://www.nivr.jeed.go.jp/research/report/houkoku/p8ocur0000000p1j-att/houko