マイナビキャリアリサーチLabでは、2023年から法政大学キャリアデザイン学部の梅崎修教授と一緒に、「つむぐ、キャリア」をテーマとして、ワークとライフを含めた人生そのものとしてキャリアを捉える議論を重ねてきました。その成果は、書籍『つむぐ、キャリア―選択過剰時代のキャリアの考えかた』(梅崎修、マイナビキャリアリサーチLab著/中央経済社/2026年)にまとめています。議論の土台には、マイナビ「ライフキャリア実態調査(2022年追加調査)」の分析があります。
この分析を担当したのが、関西大学社会学部助教の瀬戸健太郎氏です。瀬戸氏は今回、同じ調査データの二次分析をもとに、梅崎氏との共著論文「技能形成の軌跡と昇進選抜」*を発表しました。その研究から、どのようなキャリアの姿が見えてくるのか。ワークキャリアに焦点を当て、経験をどう積み重ね、キャリア資本としてどう生かしていくかを伺いました。
瀬戸 健太郎(せと けんたろう)
関西大学社会学部助教。早稲田大学大学院教育学研究科博士後期課程、日本学術振興会特別研究員(DC2)、立教大学社会学部助教を経て現職に至る。博士(学術)。専門は産業・労働社会学。主要な研究テーマは技能形成や昇進構造のほか、最近では電気通信産業の労使関係、労働組合の効果、組織のマネジメントと賃金格差。社会政策学会学会誌編集委員会編集委員、日本労務学会機関誌編集委員会編集委員。近著に『人材マネジメントの革新: 理論を読み解くための事例集』(分担執筆・千倉書房、2025年)。『コロナ禍と日本の教育:行政・学校・家庭生活の社会学的分析』(分担執筆・東京大学出版会、2025年)。
キャリアは一時点ではなく、「連続的な線」で捉える
Q.今回の研究は、ある時点の配属先ではなく、20代から40代までを通した「仕事の仕方の積み重ね」に着目されています。“点”ではなく“軌跡”でキャリアを捉えようとしたのは、なぜだったのでしょうか。
瀬戸:誰もがそうだと思いますが、キャリアは一時点で決まるものではありません。新卒で入った会社に不満を感じて辞めたものの、2社目より最初の会社のほうがやはり良かった、と思うことはよくあるはずです。つまり、キャリアは一時点でわかるはずもなく、昇給も昇進も結局はそれまでの仕事経験の積み重ねと、タイミングで決まります。それなら、キャリアを一時点ではなく「連続的な線」として捉えてみないとわからないことがあるのではないか。それが問題意識の出発点です。
また、キャリアはマラソンにもたとえられます。その時々に何をしているかも大事ですが、それ以上に重要なのは、これまで何をしてきたかです。転職や人事異動でも、「これまでやってきた仕事は何か」ということも当然考慮されます。しかし、世の中を見ていると、「将来役に立つキャリア」と言いながら、「成長できる仕事」や「いろいろなスキルがつく仕事」といった大ざっぱな議論に惑わされている人が多いように見受けられます。そこで、次に述べますが、既存の先行研究の枠組みを少し拡張して分析してみよう、そう思ったのが、この研究の動機です。
長期的なキャリアを分析した先行研究はありますが、人材形成に着目する場合、多くの研究は、人事記録や社員名簿、どの部署に配属されていたかというデータを使っています。配属部署から、実際にどんな仕事をしていたかをある程度推し量ることはできるかもしれませんが、同じ部署でも仕事の中身は人によってかなり違うので、部署のデータにも限界はあります。人は具体的な仕事を通じて、技能を身につけていくものです。また、どうしても特定の企業で勤続しつづけている人の分析になり、転職によるキャリアチェンジの経験も含め、先行研究の議論が労働市場でどの程度、広く妥当するかも不明確なところがあります。
そこで、角度を変えて、本人にこれまでの仕事の仕方を振り返ってもらい、それを年代別に組み合わせてみることにしました。この方法も、振り返っての回答なので、どうしても測定が粗くなるといった、一定の限界はあります。それでも、これまでとは違う結果が出るのではないか、より深い説明ができるのではないか、という見通しはありました。
俗説では、日本の人事異動や雇用労働でのキャリアは特定の職種に限定せず、複数の領域で経験を積み、幅広い知識を持つゼネラリスト型が多いと言われます。しかし、1990年代ぐらいまでの研究ですでに、日本もほとんどが一職能のなかでの幅広い技能形成が行われていると明らかにされています。バラバラな人事異動をしている人は少数で、結局ほとんどの人は、営業畑や生産管理畑、経理畑のように、ある特定の範囲のなかでキャリアを形成することが多いとわかっているのです。これがいわゆる「畑」、専門分野です。
ただ、そのなかでも重要になってくるのが難易度です。私は以前、法人営業職を経験しているのでよく覚えていますが、営業にも難易度があります。私の経験からいえば中小企業への飛び込み営業なら、度胸は必要かもしれませんが、その後の事務処理や、受注時のヒアリングは、それほど難しいものではありません。
ところが、大手企業を担当するとなると、1回や2回のヒアリングで終わることは、まずありませんし、扱う商材や理解すべき前提知識のレベルも大きく異なります。このように、普段の仕事にも、当然ながら難易度の差があります。同じ畑の中で様々な経験を積んで、次第に難易度の異なる仕事を担当し、キャリア形成をしている。少なくとも日本では、これが主流だと以前から言われているのです。もちろん、諸外国に比べれば、日本人の経験している仕事の幅はやや広いという話はあります。
しかし、この前まで営業係長だった人が昇進して、突然経理課長になることは、営業支援や営業企画の課長になることに比べると、それほど多くはないでしょう。
仕事経験の積み方は「幅」と「深さ」で4つに分かれる
Q:分析からは、仕事の経験の積み方(技能形成)が4つのタイプに分かれたとのことでした。「一職能深掘」「一職能幅広」「一職能一業務」「複職能」、この4つについてご説明いただけますか。
瀬戸:キャリアの「幅」と「深さ」という考え方には、先行研究があります。労働経済学者の小池和男先生の概念です。「幅」は言葉の通り、担当する仕事の範囲の広さです。営業であれば、担当する顧客の業種や扱う製品の種類が多いことをイメージするとよいでしょう。
一方、「深さ」は「変化や異常への対応」とされ、一般的には不確実性への対応と言えます。こうした仕事の難易度が高いことは、想像に難くありません。
従来の研究では、幅広い仕事経験からさまざまな知識を統合し、不確実性への対処能力が上がる、という説明がされてきました。ところが海外には、知識の幅広さと深さは、仕事の成果に結びつく年代がそれぞれ異なる、という研究があります。そうだとすれば、幅広い経験を積み重ねても、自動的に深さが身につくとは限らないのではないか。それを確かめることが、分析の目標でした。
4つのタイプを大まかに説明します。
「一職能一幅広」とは
まず「一職能幅広」は、特定の部門のなかで、いろいろな仕事を経験していくタイプです。たとえば経理部門で、ある時は決算を、ある時は請求書の支払いを担当する、というイメージです。
「一職能一業務」とは
次に「一職能一業務」は、一職能幅広よりも経験の範囲が狭いタイプです。たとえば入社以来10年、決算しか担当したことがない、というイメージです。
「一職能深掘」とは
「一職能深掘」は、少し性格が異なります。1つの部門を中心にしている点は、「一職能幅広」や「一職能一業務」と大きくは変わりません。違うのは、仕事の内容に着目した時に、担当する仕事を横に広げているのではなく、縦に、つまり難易度を上げる方向に進んでいるかどうかです。
心当たりのある方も多いと思いますが、同じ部門のなかで担当が変わることで同時に、表面的な仕事の内容は変わる一方で、難易度は変わらないということはよくあります。たとえば営業でも、担当先が変わると顧客の業界の慣習や業務フローが変わるので、仕事の内容は一見変わったように見えます。しかし、もし自社で提供している技術やサービスの水準も大きく変わっていないとすれば、難易度が大きく変わったわけではないでしょう。
「一職能幅広」と比較して、「一職能深掘」は、仕事の難易度そのものが上がります。これまで自分の業務改善をするためにエクセルVBAで色々便利なツールを作ってましたが、全社の業務改善をするとなれば、まず部署ごとの業務フローを整理して、場合によっては独自システムを開発して、と難易度が異なるということはご理解いただけるかと思います。深掘とは、このようなイメージだと考えていただければ、おおむね間違いないと思います。
「複職能」とは
最後に複職能は、先ほど申し上げたゼネラリスト型で、複数の部門を経験していくタイプです。たとえば営業部門から経理部門に異動するというように、部門をまたいで仕事の経験を積んでいきます。
なお、今回の分析では、企業内の異動だけでなく、転職による企業間の移動も含めて見ています。転職したかどうかで分けて比べると、転職した人は「一職能幅広」にはなりにくいものの、それ以外のタイプでは大きな差はあると言えそうにありませんでした。
(参考)「つむぐ、キャリア」のレポートの中では以下のように表現していました。
「一職能一業務」:なれる/「一職能深掘」:かさねる/「一職能幅広」:つなげる/「複職能」:こえる
「仕事の経験のつくり方」なれる・かさねる・つなげる・こえる/2040 近未来への提言「つむぐ、キャリア」より
20代の働き方はバラバラでも、分岐点は「30代」にある
Q:4つの類型に関して、「仕事の仕方の積み重ね」を“軌跡”として捉えた結果、年代別に分岐が生じているケースが確認できたと報告されていました。それぞれの類型別に年齢による変化に関して特徴的なことがあれば教えてください。
瀬戸:先ほどの4つのタイプの指標は、先行研究を参考に作ったもので、もともとは「ある時点でどのような仕事の仕方をしているか」を尋ねるものです。今回の調査では、これを使って、20代、30代、40代のそれぞれでどのような仕事の仕方をしていたかを、本人に振り返って答えてもらいました。キャリアを10年ごとに区切って振り返ってもらう設問です。
仕事の仕方の選択肢は4つで、それを20代、30代、40代の3つの年代で答えてもらうので、組み合わせは4の3乗で64通りになります。ただ、64通りのパターンをそのまま見せられても、何がわかるのか、つかみにくいと思います。そこで、「系列分析」というクラスター分析の一種を使って、64通りのパターンを似たもの同士に分類しました。その結果、仕事の積み重ね方としても、もとの4つの選択肢と同じような4つのタイプに分かれました。
4つのタイプを年代ごとに見ていくと、【図1】にあるように、それぞれに特徴があります。
【図1】技能形成別クラスターの特徴/瀬戸健太郎, & 梅崎修. (2026)より抜粋
30代のタイプ別にみるキャリアの”軌跡”の特徴
「一職能幅広」の場合
まず、「一職能幅広」は、基本的に20代からの延長で仕事を続けているタイプです。「一職能幅広」に分類される人を見ると、20代ですでに8割近くが幅広い仕事の仕方をしていて、30代ではほぼ100%になります。40代では割合が少し下がるものの、7割程度は幅広い仕事を続けています。
つまり、「一職能幅広」の人は、基本的に幅広い仕事の仕方をずっと続けているように見えます。
「一職能一業務」の場合
「一職能一業務」も同様に基本的に20代からの延長で仕事を続けているタイプです。もしかしたら、20代は請求書業務だけをしていた人が、30代では決算業務に移っているかもしれません。それでも、20代、30代、40代のどの年代を見ても、その時々に1つの業務に専念しているのです。
「一職能深掘」の場合
「一職能深掘」は、少し特徴的です。20代の仕事の仕方が、意外とバラバラなのです。幅広い仕事を経験している人もいれば、20代から難易度を上げてきた人もいるし、1つの業務に習熟してきた人もいます。少ないながら、複数の部門を経験してきた人もいます。
ところが、この人たちは皆、30代になると「仕事の難易度を上げてきた」と答えています。20代の仕事の仕方はさまざまでも、30代で難易度を上げていることははっきりしています。
40代になると、さらに難易度を上げ続けている人もいれば、幅広い仕事の仕方をしている人もいます。なお、今回の調査では20代の頃の心理や意識は尋ねていないので、どのような思いで働いていたかはわかりません。
「複職能」の場合
最後の「複職能」は、あまり明確な傾向が出ていません。複数の部門を経験する人が一番多いというだけで、どの年代でもほかの仕事の仕方がかなり混じっている点が、ほかの3つとは異なります。
強いていえば、20代から40代まで、どの年代でも複数の部門を経験する仕事の仕方が見られ、その割合が年代とともに少しずつ高くなっている、という程度です。
キャリアの”軌跡”の特徴と昇進の関係
少なくとも複職能以外の3つのタイプは、分岐点が30代です。
このうち「一職能深掘」について、論文では「早い選抜」という構造と、職務適性を発見する探索的な異動という2点から説明しています。
一般に日本企業の昇進は遅いと言われますが、実際の選抜は早くから行われていることが知られています。早く選抜されたグループは、職務適性を見いだされて、コアな仕事が集まる部署に配属され、そこでOJTを積み重ねてる。一方、選抜されていない多くの人については、企業は職務適性を探るための異動を行うと解釈しています。
一般的に、日本企業では5年以内に1回程度異動しているとされます。これを当てはめると、初期配属で頭角を現し、20代後半に重要な部署に異動して、そこでの仕事経験を20代末から30代にかけて積み続けると同時に昇進する。こういったことが起きているのではないか、という推測です。
さらに、日本企業の「遅い昇進」の仕組みでは、最初の選抜が30代半ばから行われます。これらが重なって、昇進の差が表に出てくる時期に、それまでの技能形成が十分かどうかが重要になっているのだと考えられます。
一方、残りの「一職能幅広」と「一職能一業務」については、はっきりしたことはわかりません。ただ、ミドルパフォーマーは、目標達成も悪くなく、職場では十分に戦力になっているので、会社にとってわざわざ異動させる理由がないと言われています。その結果、30代で、これまでの延長線上の異動をしているのではないでしょうか。いわば「マンネリを防ぐためではあるが、職務経験が大きく変わるわけではない」異動です。
「複職能」については、「一職能幅広」や「一職能一業務」以上にわからない点がありますが、論文では色々な指標や先行研究から「玉突き人事異動」と「幹部候補生のマネジメント経験のための異動」が混在しているのではないか、と推測しています。いずれにせよ、「複職能」はどの年代でも特徴があまり変わりません。
どのタイプが良いか悪いかは、私には判断できません。こうした議論をする時に注意しなければいけないのは、本人が自分で選んだ結果としてそのタイプになっているのかどうかは、この分析からはわからない、ということです。
よくあるのは、「昇進はほどほどでいい、課長まで上がれればいい」という考え方です。ただ、一業務のような働き方は、本人がそう選んだ結果ではなく、もしかしたら企業側が塩漬けにしているだけかもしれません。
実際、それを裏付ける結果もあります。今回の調査は、もともと正規雇用の人のキャリアを分析しようというのが出発点でした。ただ、正規雇用のなかにも、一般職と総合職のようにコースを分けて雇用管理をしている企業があることはよく知られています。そこで、どこまで捉えられるかは別として、ひとまず一般職と総合職くらいは分けてみようと、設問に加えました。
実際に結果を見ると、正規雇用で初職が一般職だった人は、「一職能一業務」になる傾向が確認されるのです。無論、コース別雇用管理のどの雇用管理区分で働くかは自己選択が大きいでしょうが、40代以降までキャリアすべてが自己選択だといわれると、私は少し躊躇します。むしろ、最初の就業選択をきっかけに、思っている以上に長期のキャリアの選択肢は狭まっているかもしれません。
仕事の難易度の上げ方
「成長実感」と仕事の難易度は分けて考える
Q:この研究を通して得られた知見をもとに、働く人々が自身のキャリア形成を考える際にどういう点に気をつければよいか教えてください。
瀬戸:私は未来を予測する立場にはないので、この分析から現実のキャリアについて言えそうなことに絞ってお話しします。まず大きな点として、年齢という要素は無視できません。年齢によって分けて考える必要があると思います。
そのうえで、1つ注意しておきたいことがあります。人事異動で仕事が変わると、慣れるまでにそれなりの時間がかかります。技術は変わらなくても、担当する顧客の業界が変われば、新しい職場の仕事に慣れるまでには時間はかかりますし、部門をまたぐ異動であれば、一通りの仕事を覚えるのに1年かかることもあるでしょう。初めての仕事を任されたり、それまでの仕事と少しだけ違う仕事をしたりすると負荷がかかるので、「自分は学んでいる」という手応えはあるかもしれません。
しかし、その仕事は、何カ月あれば慣れることができるものなのか。そして、慣れるのに時間がかかったのは、自分が畑違いのところから来たからなのか、それとも、そもそもその仕事が難しいからなのかは違います。
「自分が慣れるまでに必要な期間」と、「仕事が求める難易度」があります。慣れた分野であれば、難易度の高い仕事でも比較的早く習熟できますが、新入社員であれば、そんなに難しくない仕事でも慣れるのに2年、3年かかることもあるでしょう。人事異動でも同じことが起こります。
慣れるまでに時間がかかったことと、その仕事自体が難しいかどうかは、きちんと分けて考えたほうがいいでしょう。
キャッチアップに時間がかかったからといって、その仕事の難易度が高いとは限りません。客観的に見れば、それほど難しくないということもあり得ます。ですから、これまでの仕事の積み重ねが、実は同じような難易度の仕事を繰り返しているだけなのか、それとも階段を上るように経験を積み重ねているのかを、一度冷静に振り返ってみたほうがいいと思います。
「成長実感」という言葉をよく耳にします。若い人から聞くことが多いのですが、それはあくまで実感であって、本当に仕事の難易度が上がっているのだろうか、と疑問に思うことがあります。
では、何を手がかりに仕事の難易度を見極めればよいのか。先行研究で言われていることを踏まえた説明になりますが、1つはやはり「不確実性への対応」です。
たとえば経営判断は、非常に不確実な仕事です。今投資すべきか、どこに投資すべきかは1回限りの判断です。しかも、投資のタイミングだけでなく、実際に商品やサービスを世に出すタイミングにも大きく左右されます。一方、請求書や契約書の処理にも不確実な部分はありますが、投資判断と比べれば、不確実性ははるかに小さいと言えます。
おそらく、1つの指標は、定常的にできない仕事かどうかだと思います。請求書の処理は、いくら不確実なものがあったとしても、ある程度パターンに落とし込めるので、定常的にこなせるようになります。でも、投資判断を定常的にしていたら、その会社の先行きが心配になります。
もう1つは、共著者の梅崎先生が指摘していた「工程設計」です。これまでの仕事のやり方を、もう一度設計し直すことです。これもある意味では不確実な仕事ですが、単に不確実さが増すだけでなく、一段ジャンプしているわけです。
ある程度決まった範囲の仕事をこなすことと、仕事そのものを設計し直すこととでは、難易度がまったく違います。これまでの延長線上にないことに取り組むわけですから。そういう仕事を任されているなら、仕事の難易度は上がっていると考えて差し支えないと思います。
転職と学位取得という方法
瀬戸:では、仕事の難易度をどうやって上げればいいのか。日本では人事権を会社が握っていますから、個人の意思で取れる選択としてはっきりしているのは、転職と学歴(学部卒、修士修了、博士修了という学位の階層のこと)だと思います。
まず転職について言えば、よい例かどうかわかりませんが、業界のより上位の会社に移れば、実際にそうした仕事を任されるかどうかは別として、難易度の高い仕事に出会えるかもしれません。
次に学歴について言えば、より学位を取ることは海外ではキャリア達成において、一般的な方法です。どこの大学の学部を出たかではなく、どの段階・専門分野の学位を取ったかが問われるのです。自分でキャリアをデザインしたいと考えるなら、やはり学ぶことの効果は大きいと思います。たとえば、これだけデータサイエンスの時代だと言われているのですから、データを意思決定に生かしたいのであれば、一度腰を据えて大学院で学び、修士号を取ってはどうか、と考えています。やはり原理的な理解がない仕事はどこか弱いですが、学問を役立てるレベルまで原理的な理解をしようとすると、より高い学校段階での学習が一番、確実です。
その意味で、仕事の高度化として一番わかりやすいのは学位の取得です。OJTとは違い、これまでとは明らかに異なるスキルを身につけることができます。ただし、学位を取って伸びたスキルも、それを実践する場がなければ、本当の意味で身につきません。その点では、実践の場も欠かせません。結局、どちらか一方に偏るのではなく、学ぶことと実践することをうまく行き来しながらスキルを高めていくのが一番でしょう。
これまでの経歴をベースにしないで、転職や学び直しで仕事の難易度を上げることは、30代までなら、まだ十分に可能だと思いますが、40代以降になると少し留保が必要かもしれません。前述の年齢によるタイミングも重要で、若い内に専門性で抜きん出ていれば、同世代と比べても強みはあると思います。
一方、ミドル以上で専門性を今から高めようとしても、逆転しようもない職務経験の差がもうついているかもしれません。私たちの研究に引きつけて話すと、一職能幅広でこれまで畑違いの分野で30代を過ごしてきた人が40を少し過ぎたタイミングからいきなりリスキリングでITとデータサイエンスのスキルを高めるといっても、30代のうちに専門性を確立した人にキャッチアップするのは難しいでしょう。
「知識の幅広さと深さは、仕事の成果に結びつく年代がそれぞれ異なる」のですが、キャリアの前半は、専門性はアドバンテージですが、キャリアの後半では前提になります。専門性で勝負するのは大事ですが、勝負を有利に進められるタイミングは年齢によって限界があります。
会社が人を採用する時や、人事異動で配置転換する時に、40代の人をわざわざ“未経験”の分野に就かせるかというと、なかなか考えづらいでしょう。40代に求められるのは基本的に即戦力です。人生はいつまでも学びですが、市場の評価は現実的です。これまで経験したことのない仕事を急にやりたい、そのためにリスキリングしました、と言われても、客観的に見れば採用は難しいと考えるのが妥当だと思います。
仕事経験というキャリア資本を隣接する領域で生かす
では、40代以降はどうすればいいのか。なかなか難しい問題ですが、1つ言えるのは、これまで自分が培ってきたキャリアには、それなりの価値があるということです。まずは冷静に自分のキャリアを棚卸しして、どのような今後のキャリア設計が可能なのかを考えることです。
まずは冷静に自分のキャリアを棚卸しして、今後のキャリア設計が可能なのかを考えることです。自分の畑で専門性をさらに深めて戦うのであれば、現実的でしょう。
経理をしてきた人が今から営業に移るよりも、経理で連結決算まで扱うように少し難易度を上げてみる。あるいは、どこかの子会社に経理課長として移り、経理の仕事を一通り担う。そうしたやり方のほうがいいのではないでしょうか。
あるいは、隣接する領域に移るのもいいかもしれません。営業職の人が40代で突然人事に移りたいと言っても、受け入れる側は、経験のない40代をどう活用すればいいのか、と考えるでしょう。ただ、中途採用の担当なら事情は違ってくるかもしれません。
中途採用では、応募者の能力を見極められるかどうかが問われます。たとえば、労務を担当してきた人が突然SEの採用を任されても、応募者の力を見抜けるはずがありません。ところが、ずっとSEをしてきた人であれば、話せばだいたいどの程度の実力かがわかります。応募者の能力を見極める仕事が、その人のこれまでの業務に限りなく近いのです。
最近は新卒でも職種別採用をする会社がありますが、そうしたところにも有益だと思います。これは専門性を基軸に仕事の幅を広げるパターンです。ただ、中途採用の面接の仕事ばかりするわけではないでしょうから、それ以上の付加価値を見つけることや、仕事の幅を広げる分の学習負荷は当然、必要になってくると思います。
このように、まったく違う部門であっても、実は隣接する仕事があります。この程度のキャリアチェンジを目指すのは現実的で、これまでの仕事のマンネリを少し変える1つの手にもなるかもしれません。業務としては地続きで、しかも人事部にはそうした知見がないことも多いので、ある意味、幸福な越境と言えます。
あくまで、キャリアは地続きです。人的資本経営の重要性がこれほど叫ばれているのですから、これまでの仕事経験こそが人的資本です。このことは、研究の世界ではすでに1960年代から言われてきました。これまでの仕事経験を資本ととらえず、転職時に提示された年収が少し高いということで、うってかわった仕事をされる方をたまにお見掛けしますが、投資判断として捉えると、中長期的に妥当なのかなと疑問を抱くことがしばしばあります。
投資してきた人生の期間をすべてかなぐり捨てるのですから、それはとても大きな経営判断です。生産ラインが止まった時に徹夜で対応した、あの経験も手放すことになります。
昇進について分析してみると、「一職能幅広」の人は、少なくとも課長までは、「一職能深掘」の人より昇進が遅れていました。部長への昇進については、差がおそらくあるだろうという結果です。
一方、「複職能」の人は、最初の昇進では遅れがちです。ただ、その後の昇進は「一職能深掘」の人と大きくは変わらず、統計的にも差があるとは言えません。「一職能深掘」の道で生き残るのは大変ですが、いったん生き残れば、課長までは1つの分野だけを知っていればまだなんとかなるかもしれません。しかし、次長や部長になると、1つの分野の知識だけではどうにもならない場面が出てきます。そういうところで、やはり「複職能」のほうが生きてくるのです。
何を優劣とするかは難しいのですが、歩んできたタイプによって、今やっている仕事の高度さが違うということは言えます。論文では、前述した過去の仕事の積み重ねによって現在やっているタスクレベルでの仕事の水準が違うという結果は出ています。良いか悪いかは別にしても、まったく差がないということはありえません。あえてメッセージを挙げるなら、「幅広く仕事をしていることは、本当にいいことなのか」ということは、絶えず振り返ったほうがいいかもしれません。
OJTが能力開発の基本であることには、私は全面的に賛成です。ただ、決まった業務をこなす力を伸ばしても、それが将来のキャリアにどれほど役立つのかはよくわかりません。幅広く仕事をすると、特に仕事の分野が変わった場合は、今までできなかったことができるようになるので、「成長実感」はあるかもしれません。しかし、ひょっとすると、それは器用貧乏になっているだけかもしれません。
40代になれば、「特定の分野で専門家としてやっていくのは難しいのではないか」、ということもある程度見えてくると思います。しかし、隣接する領域に移れば、それまでの資本は生かせるかもしれません。そもそも会社は、レベルの低い仕事をさせるために人を雇うわけではありません。そうした投資判断をして、これまでの専門性を深めるか、新しい領域で、自分が培ってきた専門性を基軸に、仕事の幅を広げて専門性と掛け合わせるかということは、現実的でもあるし、なにより、それは間違いなく自分にとっての学びになるのではないでしょうか。
*瀬戸健太郎, & 梅崎修. (2026). 技能形成の軌跡と昇進選抜――時期別仕事経験における幅と深さに着目して――. 社会政策, 18(1), 115-127.