「疲れているけれど、まだ働ける」「休む時間があるなら、仕事を進めたい」。そんな働き方が当たり前になってはいないでしょうか。オンライン会議やチャットの普及により、仕事の密度が高まり、勤務時間外でも仕事とつながりやすくなっています。
こうした環境の中で重要になるのが「休養」です。仕事の合間に取る「休憩」が一時的な疲労回復や気分転換を目的とするのに対し、「休養」は心身の疲労を回復し、活力を取り戻すためのより広い概念を指します。休養は、単に何もしないことや睡眠を取ることではありません。適切に休み、活力を回復させることは、仕事のパフォーマンスや生産性にも関わります。
今回は、「休養学」を体系化し、日本リカバリー協会代表理事を務める片野秀樹氏にお話を伺いました。日本人の疲労が深刻化している背景をはじめ、疲労と生産性の関係、日常で取り入れられる7つの休養法、企業に求められる取り組みについて解説していただきます。
片野秀樹(日本リカバリー協会代表理事)
博士(医学)。東海大学医学研究科、東海大学健康科学部研究員、東海大学医学部研究員、日本体育大学体育学部研究員、特定国立研究開発法人理化学研究所客員研究員を経て、現在は株式会社ベネクス エグゼクティブフェロー、一般財団法人博慈会老人病研究所客員研究員、一般社団法人日本未病総合研究所公認講師(休養学)、日本疲労学会評議員、日本抗加齢医学会指導士を務める。疲労やストレスに関する研究を長年続け、休養学を提唱。運動・栄養に並ぶ「第三の健康づくり」として、休養に関する社会の不理解解消のためにリテラシー向上を目指して医療機関や企業での講演、教育現場での啓発、また休養士の育成活動にも取り組んでいる。著書に「休養学:あなたを疲れから救う」(東洋経済新報)。「マンガでわかる休養学:最高のパフォーマンスを生む休み方」(KADOKAWA)、「疲労学:毎日がんばるあなたのための」(東洋経済新報)、「今さら聞けない 休養の超基本 疲労ゼロを習慣化する」(朝日新聞出版)等、またNHKテレビ「視点・論点」「あさイチ」など各種メディア主演も多数あり。
日本人の8割強が慢性的に疲れている
質問:そもそも「疲労」とは何でしょうか。
片野:疲労とは、専門的には「過度な肉体的・精神的活動によって、活動能力が低下した状態」を指します。体を動かし続けると手足が動かしにくくなり、頭を使い続けると思考力や注意力が低下して、ミスが増えます。このように、本来の力を発揮しにくくなっている状態が「疲労」です。
疲労と疲労感の違い
ここで区別しておきたいのが、「疲労」と「疲労感」の違いです。疲労感とは、活動能力が低下したときに生じる不快な感覚を指します。自分の状態を知らせて休息を促す役割があり、強くなれば体からの危険信号ともいえるでしょう。
日常では「疲労がたまった」と表現しますが、専門的には、疲労そのものが物質のように蓄積するわけではありません。一般に「疲れがたまった」と感じているのは、疲労感が強くなっている状態です。
たとえば、我が家の老犬も、散歩中にリードを引いても動こうとしないことがあります。活動能力が低下したため、安全な場所にとどまり、回復するのを待っているのです。これは、弱った状態で敵に襲われるリスクを避けるために、動物に備わった防衛本能です。人間も動物ですから、疲労感に従って休むことは、自分の身を守るために必要な行動と言えます。
日本人の深刻な疲労状況
質問:働きすぎといわれる日本人の疲労問題について、どのように見ていますか。
片野:日本人の疲労は、深刻な状況にあります。私が代表理事を務める日本リカバリー協会が、全国の男女約10万人を対象に10年前から行っている直近の調査(※1)では、8割強が「疲れている」と回答しています。これは主観的な疲労感を尋ねた調査ですが、その割合は年々上昇しています。国が1999年に行った調査では約6割だったため、四半世紀あまりで約2割増えたことになります。
この問題を深刻にする一因が、疲労感の「マスキング」です。マスキングとは、実際には活動能力が低下しているにもかかわらず、体からの警告信号である疲労感を一時的に感じにくくすることです。人間は前頭葉が発達したことで、使命感や責任感によって、疲れていても行動を続けられます。エナジードリンクなどで眠気やだるさを抑えることも、その一例です。
しかし、感じにくくなったのは疲労感であり、活動能力が回復したわけではありません。「まだ働ける」と思っていても、実際には注意力や判断力が低下している可能性があります。そのまま無理を続ければ、仕事上のミスや労働災害、交通事故などにつながりかねません。
現代社会では、疲労感をまったく覆い隠さずに生活するのは難しいでしょう。だからこそ、無理を長期間続けず、どこかで意識的に休むことが大切です。疲労感を体からのサインとして受け止め、活動能力を回復させることが、生産性だけでなく、働く意欲や日々の充実感を保つことにもつながります。
※1 日本リカバリー協会 ココロの体力測定(2021年〜2023年)
なぜ日本人は疲れているのか?
質問:「疲れている」と感じる日本人が年々増えている背景には、どのような変化があるのでしょうか。
片野:大きな要因の一つは、生活や仕事から「余白」が失われていることです。以前は、営業先への移動中などに、ひと息ついたり、気持ちを切り替えたりできました。現在はオンライン会議などによって予定を隙間なく入れられるため、同じ時間働いても、業務の密度が高くなっています。
日本人には、働くことを美徳とし、「休まずに頑張ることが良い」と考える傾向があります。また、自分の感覚よりも周囲との調和を優先し、疲れていても休みにくい人が少なくありません。こうした意識と環境の変化が重なり、「空いている時間を埋めなければならない」という感覚が強まっているのではないでしょうか。
日本リカバリー協会の調査では、コロナ禍に「疲れている」と答えた人が大きく増えました。外出や人との交流が制限されたことによる、精神的な抑圧感が背景にあったと考えられます。
さらに深刻なのは、疲れが慢性化している人の増加です。調査では、数日で解消する疲れを「低頻度」、その日のうちに解消できず、翌日以降も続く状態を「高頻度」と分けています。近年は、この「高頻度」の疲れを抱える人が年々増え、半数近くに達しています。(※2)
日本人の疲労問題は、疲れている人の増加だけでなく、日々の疲れを回復できず、翌日以降に持ち越す人が増えていることに、より大きな問題があるのです。
※2 日本リカバリー協会 「ココロの体力測定」(2026年)
日常の疲れから回復するための学問がなかった
質問:「休養学」を体系化しようと考えた背景を教えてください。
片野:健康づくりには「運動・栄養・休養」の3つの要素があります。ところが、運動や栄養に比べ、休養については体系的に学べる分野がありませんでした。
健康科学をはじめ、医学、体育学、脳科学の研究現場で学びましたが、医学では病気に伴う倦怠感、体育学では競技力を高めるコンディショニング、脳科学では疲労のメカニズムが研究の中心です。日常的な疲れから、どのように回復するかを扱う学問は確立されていませんでした。
そこで、さまざまな分野の研究者約30人に声をかけ、2021年に教科書『休養学基礎』をまとめました。これが「休養学」を体系化する最初の一歩です。その後、一般書の刊行などを通じて、休養の考え方を国内外へ発信しています。
休養不足が生産性を下げる。見過ごされやすいプレゼンティーイズム
質問:仕事の生産性と休養には、どのような関係性がありますか。
片野:適切な休養は、仕事の生産性を維持・向上させるうえで欠かせません。長時間働いても、十分に休めていなければ本来の力を発揮できず、能率や質が低下します。休養は、良いパフォーマンスを支える土台なのです。
心身の不調が仕事に与える影響は、「アブセンティーイズム」と「プレゼンティーイズム」の2つに分けられます。アブセンティーイズムとは、病気や体調不良によって仕事を休んだり、遅刻や早退をしたりする状態です。一方、プレゼンティーイズムとは、出勤はしているものの、疲労や心身の不調によって、本来の力を発揮できていない状態を指します。
特に注意したいのが、外からは見えにくいプレゼンティーイズムです。経済産業省が示している企業の健康関連コストは、従業員一人当たり年間約72万5,000円と試算されています。そのうち約78%、金額にして約56万5,000円をプレゼンティーイズムが占めています(※3)。
日本リカバリー協会の調査(※4)では、そのうち疲労に関連する損失は、一人当たり年間約23万円に上ります。国全体に換算すると、年間約15兆円です。疲れていても出勤しているため問題が見過ごされやすいものの、企業や社会に与える影響は小さくありません。
疲労が深刻になる前に適切な休養を取ることは、プレゼンティーイズムやアブセンティーイズムの予防につながります。休養をコストではなく、生産性を高めるための投資として捉えることが大切です。
※3 厚生労働省保険局「従業員の健康関連コストの構造」(2014年度医療費等に基づく試算)
※4 日本リカバリー協会「ココロの体力測定 2025」
休養は活動の中断ではなく、次に備えるための準備
質問:休むのが上手な人とあまりうまく休めない人ではどのような違いがあるのでしょうか。
片野:大きな違いは、休む目的を意識しているかどうかです。休むのが上手な人は、休養を単なる活動の中断ではなく、次の活動に備えて活力を蓄えるためのものと捉えています。
日本リカバリー協会では、リカバリーを「休養によって、生理的・心理的資本である活力を蓄え、次に備えること」と定義しています。次に何をするのかが明確であれば、必要な休み方も考えやすくなります。
プロのアスリートが試合に向けてコンディションを整えるように、働く人にも準備が必要です。自分の力を十分に発揮するために、必要な休養を意識して取れるかどうかが、休み上手を分けるポイントだと思います。
休養は寝ることだけではない。日常でできる7つの方法
質問:ご著書『休養学』で紹介されている7タイプのうち、忙しい人にも取り入れやすい休養法を教えてください。
片野:忙しい人ほど、「まとまった時間がなければ休めない」と考えないことが大切です。休養とは、寝たり横になったりすることだけではありません。日常の小さな行動も、心身の回復に役立ちます。
休養は、大きく「生理的休養」「心理的休養」「社会的休養」の3つに分けられ、その中に7つのタイプがあります。生理的休養に含まれるのが、「休息」「運動」「栄養」です。「休息」とは、睡眠や休憩など、体を安静にする方法。「運動」は、軽く体を動かして血流を促す方法で、アクティブレストとも呼ばれています。
特にデスクワークの人には、意識して体を動かしてほしいところです。脳の重さは体重の約2%ですが、全身で使う酸素の約20%を消費するとも言われます。仕事の合間に歩いたり、階段を使ったり、軽くストレッチをしたり——そうした行動が、頭を切り替えるきっかけになるのです。
「栄養」はたくさん食べるのではなく、胃腸を休ませるという考え方です。こってりした料理を避けて腹八分目にする、消化の負担が少ないものを選ぶ、といった方法があります。糖分の多い菓子やエナジードリンクの取りすぎにも要注意です。
心理的休養は、「親交」「娯楽」「造形・想像」の3タイプ。家族や同僚と話す、ペットや自然と触れ合うのが「親交」。音楽や映画など、好きなことを楽しむのが「娯楽」です。「造形・想像」には、料理や手芸のほか、目を閉じて行きたい場所や楽しかった出来事を思い浮かべることも含まれます。こうした行動を通じて、仕事やストレスから心理的な距離を置くことができます。
社会的休養にあたるのが、周囲の環境を変える「転換」。旅行はもちろん、机を片づける、仕事着から私服に着替える、部屋に香りを取り入れる。これらもすべて「転換」に含まれます。 複数のタイプを組み合わせれば、効果はさらに高まるでしょう。たとえば昼休みに外を歩きながら同僚と話せば、「運動」「親交」「転換」の3タイプを同時に取り入れられます。まずは自分が「ほっとする」と感じる行動に気づくこと。そこから、別のタイプを一つずつ加えてみてください。
休養を経営課題に。制度と教育の両輪で支援する
質問:近年、健康経営やウェルビーイング経営が広がっていますが、企業の休養に対する考え方は変化していると感じますか。
片野:休養への関心は高まっていますが、企業の取り組みはまだ十分とはいえません。健康管理の一環としてストレスチェックを実施する企業は増えていますが、それだけでは捉えにくい問題もあります。
ストレスチェックは、心身の不調がある程度表面化した段階で、その兆候を把握するものです。一方、日々の疲れを十分に解消できていない状態は、結果に表れないこともあります。深刻な不調に至る前の対策は、依然として個人に任されているのが現状です。
企業の取り組みを、表面化した不調への対応だけでなく、日常的な回復の支援まで広げる必要があります。私たちも「休養士」という資格制度などを通じて、正しい休み方を広めています。
質問:個人任せになりがちな休養ですが、企業ができることはありますか。
片野:企業には、従業員が心身の不調に陥る前に、適切に休み、回復できる環境を整える役割があります。休養を健康や生産性に関わる経営課題と位置づけ、制度と教育の両面から支援することが重要です。
具体的には、勤務中に短時間の仮眠を取る「パワーナップ」や、終業から翌日の始業まで一定の休息を確保する「勤務間インターバル」、週休3日制などが挙げられます。
ただし、制度を導入するだけでは十分ではありません。休養の目的や適切な過ごし方を伝える教育も必要です。休日に昼まで寝るなどして生活リズムが乱れると、休み明けに「ソーシャルジェットラグ(社会的時差ボケ)」が起こり、集中力や生産性が低下することがあります。企業には、安心して休める制度と、その休みを回復につなげるための教育を、両輪で進めることが求められます。
『オフファースト』で休養を設計する
質問:常につながる時代に、仕事で成果を出し続けるための「休養リテラシー」とは何でしょうか。
片野:休養リテラシーとは、疲労や休養について正しく理解し、自分に必要なオフを主体的につくるスキルです。休養を「疲れたから仕方なく取るもの」ではなく、活力を回復させるための行動と捉えることが出発点になります。
スマートフォンやメール、チャットを通じて、勤務時間外でも職場や取引先とつながる現在は、自分で「つながらない時間」を設けなければ、仕事から意識を切り離しにくくなっています。
そこで大切になるのが、仕事より先にオフを考える「オフファースト」という発想です。仕事が終わった時点から、翌日の準備は始まっています。終業後から翌朝までを、睡眠だけでなく、一人で過ごす、軽く体を動かす、家族と話すなど、自分が回復できるように組み立てます。
長時間働き続けるのではなく、最善の状態で仕事に臨み、短い時間で質の高い成果を出す。そのためにオフを自ら管理できることが、これから求められる休養リテラシーだと考えています。
ライター:西谷忠和