マイナビ キャリアリサーチLab

「健康経営」における仕事と休みのバランス
—法政大学・梅崎修氏×武蔵大学・森永雄太氏

矢部栞
著者
キャリアリサーチLab編集部
SHIORI YABE

前編では、「健康経営(R)とは」について広く議論していただきました。健康経営に取り組む企業が意識すべきことをお話いただくなかで、話題は「仕事と遊びのバランス」へ発展。そこで後編では、遊び=仕事以外の時間=休みと考え、「仕事と休み」についてフォーカスしていきます。
※1:「健康経営(R)」は特定非営利活動法人健康経営研究会の登録商標

マイナビで行った「転職動向調査 2022年版(2021年実績) 」で、転職活動を始めた理由を聞いたところ、仕事内容や給与、職場の人間関係に続いて「休日や残業時間などの待遇に不満があった」と答えた人は全体の17.8%。また、転職先に入社を決めた理由を聞いたところ1位の「希望の勤務地である」に続いて「休日や残業時間が適正範囲内で生活にゆとりができる」と答えた人が24.5%で2位。「給与が良いから」も同ポイントという結果でした。このことから、休暇制度は従業員にとっても関心が高いことが分かります。

労働基準法で定められている「休暇」ですが、「休みの日にどう過ごすか」は各個人にゆだねられているのが現状です。また、5日間の有給休暇取得が義務化されたものの、そうまでしないと休みにくいという風土が日本には根強くあります。健康経営に取り組む企業においては、従業員が積極的に有意義な休みを取れる環境を推進していくことが重要だといえるでしょう。
今ここで改めて、「仕事と休み」について健康経営の視点も交えながら梅崎先生と森永先生にお話を伺っていきます。

(左)武蔵大学・森永雄太教授 (右)法政大学・梅崎修教授 ※肩書は対談時点のものです

健康経営における”休み”が持つ意味

梅崎: 仕事と休みの関係ですが、たとえば、3交代制の工場労働者は8時間以上の労働ができないわけで、仕事が終わったらパッと気持ちを切り替えることができます。つまり、仕事の時間と仕事以外の時間を明確に切り分けることができるのです。しかし、ホワイトカラーの仕事は、ICT技術の進化によってオンとオフの区別がつかなくなり、場合によって24時間働いているというような状況もあり得るわけです。オンとオフが空間と時間で切断されていないので、ストレスに対処する時間と場所が確保できず、ある意味で休むことができなくなってしまっています。

「積極的休養」という言葉があるのですが、あえて銭湯でぼんやりする時間を過ごすようしたり、デジタルデトックスをやってみたり、マインドフルネスを実践してみたり…そんなことを意識する必要があります。 しかし、たとえ休暇になっても私たちの頭の中は何か活動してしまう状態になるので、うまく休むためのスキルみたいなものを身につける必要がありそうです。人は休もうと思ったときに、さて今からどうやって休むか、心の準備みたいなことをしたほうがいいわけです。それが習慣化されないとうまく休めないということなんです。

森永: 私は、ジョブクラフティング研究といって、やりがいを感じる仕事を自分で作ることが、やる気につながったりワークエンゲージメントにつながっていくという研究をやっているんですが、これを転用するようなコンセプトで、レジャークラフティングという考え方があります。能動的な休みというか、休みの中にも目標を持ったり新たなことにチャレンジして没頭することが重要だとする考え方が出てきています。

休日に家でゴロンとしているのではなくて、新しい語学にチャレンジしてみるとか、新たなコミュニティに参加してみるような行動が、能動的な休みを実現するスキルにつながるのではないかと考え始められています。仕事のことを完全に忘れるのは難しいですが、仕事とは違う「没頭できる何か」を見つけるというのが大事ということです。

梅崎: 昔、ある電気機器メーカーが、課長職6年目で3カ月の休暇が取れる制度を導入しました。そのことを作家の足立倫行さんが取材して『錦の休日―長期休暇に挑んだ課長たち』という本にまとめられています。それを読むと、戸惑いつつも、休むことを学ぶのですね。休みには、遊びのような投資という姿勢がすごく重要になってくるのではないでしょうか。

ストレスはかかってないけど投資にはなっているという時間を、休みの中に作ったほうがいいのだと思います。これを会社側が強制すると、24時間働いてくださいと誤解される危険性はありますが、遊びや趣味なども仕事に役立つようなものにしたら面白いよということなんです。

クリエイティビティと休暇の精神状態ってすごくリンクしています。たとえば、ムーミンの親友のスナフキンは、毎年、半年くらい旅に出てしまうんです。彼は自由な音楽家でもあるでしょ。孤独になって休むことはクリエイティビティとも関係します。いずれにせよ休み方には非常に多くの種類が存在するわけです。とにかく体を休ませるというレベル、健やかな状態になることを目的とする休み方、あるいは、創造的になるために休むというケースもあります。休みは、仕事の内容やアウトプットとすごく関連しているわけです。

森永: 従業員は自分にとっての最適な休み方を見出すのはそう簡単ではありませんが、ご指摘があったように、遊びや趣味と両立できるようなものを見つけることができるといいですね。しかし、仕事と余暇の境界線を完全に分けずに捉えられる人はそういった考え方ができそうですが、仕事と趣味に関連性があったとしても完全に区別したいタイプの人もいるので、そういった方には少し難しいかもしれませんね。

仕事と余暇の境界を重ねる取り組みとは

梅崎: 最近話題のワーケーションも、まさに境界を重ねる取り組みですよね。たとえば、キャンプ場を併設するコワーキングスペースで、金曜日は仕事をして、土曜日はみんなで遊んだり、キャンプファイヤーを囲みながら部門会議をやるというのは、普段の会議よりもクリエイティブなものになる可能性があります。

ただ、良かれと思って境界を重ねる施策を取り入れたら、仕事と余暇の区別が不明確になって、逆に従業員がストレスを感じるケースもあると思います。重ねるのか切り離すのか、その判断は仕事の内容によってもずいぶん違ってくるだろうと思います。

森永: ワーケーションというのは、普段のオフィスとは離れた環境で仕事をするという取り組みですが、私が今やっているオフィスの研究では、今いる会社の中に遊びや休みの要素を取り入れていこうとする取り組みを調べています。たとえば、昼寝のスペースを作ってみたり、卓球台を置いてみたりして、会社にいる時間の中で上手に休んでリフレッシュしてクリエイティビティを高めるのを目的とした試みが行われています。 ただ、私が調査した会社では、オフィスの中に設置すれば誰もが利用するようになるかというと、そう簡単ではないようで、どこに設置すれば効果が上がるのかについてまだ試行錯誤しているようです。

梅崎: 「ハレとケ」という日本人特有の世界観に関連付けてお話すると、仕事の中にちょっとした非日常を打ち込むことを意識するといいかもしれません。ただ、非日常を演出するためには、社員という集団の心を整える必要があるので、環境全体をデザインする必要があります。ハードである場所をクリエイトしながら、ソフトであるコミュニケーションやコンテンツを考えられる人が求められています。物理的なものや身体的な条件を考えて、うまくチューニングできる人の重要性が高まっていると思います。

健康経営の舵取りの難しさ

梅崎: ところで、心理学ではバーンアウト(燃え尽き症候群)の研究がありますが、人間というのは知らないうちに忙しさに慣れてしまって過剰適応してしまう動物です。だからこそしっかり休みを取る必要があるわけですね。休みを取らずに成果を挙げたから良しとするのではなくて、その人が数カ月後にポキッと折れてしまう危険性を回避することが重要で、それが人事の技と言ってもいいかもしれません。研究者はそのメカニズムを分析しようとしているのですが、人事担当者は休みを取ることを促すとしても、本人の状態に応じたさじ加減を調整する技術を持っているわけです。ひょっとすると、健康経営の難しさもそのあたりにあるのかもしれません。導入した後の舵取りが難しいのではないかという気がします。

森永: 健康経営の舵取りという意味では、プレゼンティーイズム風土という考え方がヒントになるかもしれません。プレゼンティーイズムの研究には2種類あって、ひとつは病気などで自分の力を十分に発揮できない状態を算出して健康経営の指標として活用しようとする研究があります。そしてもうひとつは、病気なのになぜ会社に来てしまうのか、その原因を探究しようとする人事管理の研究です。

後者の研究の中で、病気になってしまって、有給休暇もあるのに出社してしまう従業員行動を助長するような風土をプレゼンティーイズム風土と呼んでいます。この風土を構成する要因は3つあって、1つ目は職場に長くいること自体が評価される価値観。2つ目は他の従業員との競争状態に置かれている状況。そして3つ目が代替不可能性というか、自分の代わりはいないという状況です。

こういった風土を解消するのは簡単ではないですが、少しずつ問題を解きほぐしていくことで、自分の健康状態に応じて気兼ねなく休める環境ができる可能性はあると思います。最近はテレワーク、在宅ワークが進み、仕事内容に合わせて時間や場所を自由に選択できる働き方、ABW(Activity Based Working)が浸透してきているので、出社していないことが目立つ時代ではなくなってきていますよね。きっと、こういう風土を変える工夫をしている企業もあると思います。

梅崎: 確かに、社内の価値観を変えるのは難易度が高そうです。健康経営を浸透させるために、経営者や従業員の考え方や価値観を変えることを目的とした人事施策やキャンペーンを実施した企業があれば、詳しくお話を聞いてみたいですね。 あらためてになりますが、パーソンシステム(人間システム)は非常に複雑だから、休むということに多様性があることは大前提です。休み方のバリエーションが変化してきているわけです。しかし、企業という集団に属している限りは、自分1人でできることには限界があります。その意味では、企業側もどれくらい集団に関与していくのか、従業員の健康課題に働きかけるのか、すごく選択を迫られている時代になってきたということでしょうか。

森永: 私の研究している「ウェルビーイング経営」は、健康経営の拡張版というか、発展形として位置付けられる取り組みです。病気でない状態を目指すだけでなく、健康面の良好さにも注目し、これらふたつを総合的に捉えながら企業経営に取り組むことが、従業員の意欲や生産性、企業業績の向上に寄与すると考えています。働き方改革、ダイバーシティ&インクルージョンなど、誰もが生き生きと働くことができる職場環境づくりに向けてさまざまな取り組みが進められています。これからも、もっと多くの企業で健康経営、ウェルビーイング経営の取り組みが広がっていくことを願っています。


■プロフィール※肩書は対談時点のものです
梅崎修(うめざき・おさむ)写真右
マイナビキャリアリサーチLab 特任研究顧問 法政大学キャリアデザイン学部教授
大阪大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)。2002年から法政大学キャリアデザイン学部に在職。専攻分野は労働経済学、人的資源管理論、オーラルヒストリー(口述史)。人材マネジメントやキャリア形成等に関しての豊富で幅広い調査研究活動を背景に、新卒採用、就職活動、キャリア教育などの分野で日々新たな知見を発信し続けている。

森永雄太(もりなが・ゆうた)写真左
武蔵大学経済学部経営学科教授
神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。立教大学助教、武蔵大学経済学部准教授などを経て、現職。専門は組織論、組織行動論、経営管理論。近著に『ウェルビーイング経営の考え方と進め方 健康経営の新展開』(労働新聞社)など。最近ではABW型オフィスにおける従業員のウェルビーイングの増進に関心を持っている。

編集後記:キャリアリサーチLab研究員 矢部 栞
国も推進している「健康経営」という取り組みですが、その背景や効果、課題を明らかにしたうえで企業に取り組んで欲しいという思いから今回梅崎先生と森永先生に取材させていただきました。企業が従業員の「健康」にどこまで関与するのか、その切り口はどうするのか、など方法はさまざまですが、「健康であること」は新型コロナウイルス感染症の影響もあり世代を問わず注目されています。
企業が意識するべきは「緊張と弛緩」であるというお話から、「仕事と休み」にフォーカスし、有意義な休み方についてもお話しいただきました。最近ではテレワークやワーケーションなど、仕事とそれ以外の境界が曖昧になっていることも多いです。そんななかで、パフォーマンスを下げずに仕事をするための考え方として非常に勉強になる議論でした。


——次回以降は、実際に「健康経営」に取り組んでいる企業に取材し、取り組み事例の効果や課題などを掘り下げていきます。

←前のコラム          次のコラム→

森永雄太
登場人物
上智大学 経済学部経営学科 教授
森永雄太
YUTA MORINAGA
梅崎修
登場人物
法政大学キャリアデザイン学部教授
梅崎修
OSAMU UMEZAKI

関連記事

研究レポート

休暇制度と「休める職場」
~育休も取りやすい「休める職場」の作り方~

コラム

週休3日制の現状とこれから—導入事例紹介も

2023年卒大学生就職意識調査

調査・データ

2023年卒大学生就職意識調査