博士のキャリア整備に関する意見交換会 第2回-九州大学発スタートアップ創業者と博士課程学生が問う、博士号の真価と可能性

キャリアリサーチLab編集部
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キャリアリサーチLab編集部

博士人材のキャリアの選択肢を明確化し、進路選択の幅を広げることで、博士号を取得した人材(以下、博士人材)の多様な活用を促進する。そんな目的のもと、マイナビとgrubioの共催により、第2回「博士のキャリア整備に関する意見交換会」が開催されました。

今回は、九州大学発スタートアップのPicoCELA株式会社にご協力いただきました。無線の多段中継技術(ワイヤレスメッシュ)をコア技術に、スキー場や建築・土木現場など国内外4000カ所以上にWi-Fiネットワークを提供する同社の代表取締役CEO古川さん、経営戦略室長の中西さん、人事・広報担当の友田さんと、博士課程の学生2名が一堂に会しました。

アカデミア・民間企業・スタートアップという3つのフィールドを渡り歩いてきた古川さんのキャリアを軸に、博士号がそれぞれの場面でどう生き活き、キャリアをどう選んできたか。率直に意見を交わしていただきました。

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左から博士学生の及川さん、近藤さん、PicoCELA株式会社の 代表取締役 古川さん、中西さん、友田さん
左から博士学生の及川さん、近藤さん、PicoCELA株式会社の 代表取締役 古川さん、中西さん、友田さん

参加者プロフィール

●学生
近藤 恭平さん
東京科学大学 大学院環境・社会理工学院 博士課程3年(D3)
建築環境工学分野出身。人が「環境に対してどう反応・行動するか?」をテーマに、現在は熱帯地域(インドネシア等)での睡眠環境における人体生理(体温調節や発汗のメカニズムなど等)を研究。

及川 堅己さん
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 博士課程1年(D1)
薬学部出身。修士では脂質による脳腫瘍増悪メカニズムをwet研究。博士では脂質に関する横断研究を予定。株式会社Chordix COOであり、起業家としても活動。

●PicoCELA株式会社
古川 浩さん
代表取締役
NEC中央研究所での研究員を経て、九州大学教授としてワイヤレスメッシュ通信技術の研究に従事。2008年に同技術の事業化を目的としてPicoCELA株式会社を創業。2018年に大学を退職し、経営に専念。国内外で40件以上の特許を取得。

中西 広祐さん
執行役員 経営戦略室長・広報室長
管理部門の立ち上げから組織づくりを担い、現在は新規事業・アライアンス構築を担当。

友田 美沙さん
経営戦略室 HR/PR Team 人事・広報担当
人事領域を十数年経験。採用・労務を中心に担当。

●ファシリテーター(司会)
佐藤 龍飛さん
株式会社grubio 代表取締役CEO
東京科学大学の博士課程でバイオ領域のAI開発を研究する傍ら、博士人材を中心とした産学連携エコシステムの構築を事業として展開。研究開発プロジェクトへの博士人材の参画設計やインターンシップの設計などに取り組む。

アカデミア・民間・スタートアップ、それぞれの環境における「研究と事業」

環境と制約に関する違い

及川(学生):民間企業・アカデミア(大学)・スタートアップそれぞれで、働き方や研究の進め方、直面する制約はどのように違うのかについてお聞かせください。

古川(PicoCELA):私が大学の助手になった頃、IT・通信分野ではちょうど先端技術をリードする主体が大企業からスタートアップに移っていく潮流が生まれていました。1980〜90年代にかけて大学発ベンチャーが世界標準を作っていく時代です。そんな時代にあって、アカデミアにいながら論文は書いていましたが、自分の研究がリアルなビジネスに反映されないことへのフラストレーションを感じ、4年半で大学を辞めて民間企業に移りました。

民間企業では、モバイル通信の国際標準化という場に参加できたことが大きかったです。標準化はアカデミアではなく産業界が担う領域で、先端技術が高速に開発されていく現場に立てたことは非常に良い経験でした。

ただ、自分がやりたいことをやるには、在籍していた企業では難しかった。他の企業に転職しようと試みましたが理解してもらえず、最終的に受け入れてもらえたのが再び大学でした。

アカデミア・民間企業・スタートアップそれぞれで制約は異なります。大企業は会社の事業方針に従わなければならず、自分がやりたいことをそのままやらせてもらえるとは限らない。アカデミアは自由ですが、外部資金がなければ旅費もままなりません。スタートアップは、技術をどう世の中に普及させるかというギャップを埋める作業で、失敗すれば従業員の雇用にも影響する。真剣味が違います。

大学に戻ってからは、研究テーマについて自由に取り組める環境のもと、PicoCELAの製品の原型を学生と2人で作りました。プロトタイプができた時、大手企業にライセンスを持ちかけましたが理解してもらえなかった。だったら自分たちで起業しようと、それがPicoCELAの始まりです。

ビジネスにおける「大学教員」という肩書

近藤(学生):事業を立ち上げる際、初期の資金調達や顧客獲得において「大学教員」という肩書は実際どの程度有効だったのでしょうか。仮にその肩書がなかった場合でも、同じスピード感で事業を回せていたとお考えでしょうか。

古川(PicoCELA):大学の頃から、研究費を獲得するためのプレゼンはかなり鍛えられましたね。どうすればシンプルに伝わるか、相手がどの程度の知識を持っているかに応じて、どう話を組み立てるか。そうしたことは常に考えていました。

ただ、大学教員をやりながら民間でも資金調達を試みた時期がありましたが、誰も投資してくれませんでした。「二足のわらじ状態の人間には投資できない」というわけですね。大学を辞めると言った瞬間にお金が集まりました。肩書という意味では、大学教員のままでは逆に動きにくかったというのが正直なところです。

博士学生の質問に答えるPicoCELA株式会社 代表取締役 古川 浩さん
博士学生の質問に答えるPicoCELA株式会社 代表取締役 古川 浩さん

ニッチな専門性の「社会への翻訳」とその生かし方

資金調達における投資家へのプレゼンで意識したこと

近藤(学生):大学教員時代、創業後のR&D期間、そして2018年に経営に専念されてからと、フェーズによって資金獲得の方法や専門性の伝え方が変わってきたと思います。それぞれの時期でどういうところを意識しましたか。

古川(PicoCELA):研究費を集めるというのは、ある種、投資家を集める作業に非常に近いところがあります。しかし、投資家は専門家ではないので、専門的な話をそのまま話しても理解してもらえるとは限りません。

PicoCELAの技術をわかりやすく説明すると、建築現場でLANケーブルを引かずにWi-Fiを構築できることですが、それが技術の本質ではありません。でも最初はそこから入る。「こんなに簡単にWi-Fiが作れる」という体験から入ってもらって、そこから少しずつ深い話に進んでいく。

正直なところ、専門家に話すのが一番楽で、その研究領域の共通言語で話してもおおむねわかってもらえます。でも専門外の人に伝えようとすると、前提から丁寧に説明していかなければならない。今でも難しい仕事の1つです。

中西(PicoCELA):専門的なものを社会にどう翻訳するかというのは、私たちが日々苦戦しているところです。「LANケーブルなしでコストを下げられる」という説明は、技術のほんのわずかな一部でしかありません。本質はもっと深いところにあるのですが、そこからスタートしてしまうと、どんどん専門的な話になってしまう。

古川が投資家へのプレゼンや技術者との会話を重ねる中で、相手の専門性を瞬時に読み取って説明のレベルをチューニングしているんです。これは相当な経験の積み重ねだと思います。

博士学生の質問に答えるPicoCELA株式会社 中西さん
博士学生の質問に答えるPicoCELA株式会社 中西さん

研究費の調達とビジネスにおける資金調達の違い

近藤(学生):国からの競争的資金(科研費など)を獲得することと、投資家など財務的な観点が入った資金調達とでは、相手への説明の仕方はやはり違うのでしょうか。

古川(PicoCELA):根本的に違います。大学の先生が受ける競争的資金は、研究にのみ使える資金です。一方でベンチャーの資金は、あらゆるコストに自由に使える。私もアカデミアにいた頃に大きな競争的資金を取ってきましたが、純粋に研究と特許のためだけで、事業化とはまったく別の話です。そこは財務的な性格がまったく異なります。

近藤(学生):アカデミアの研究から事業領域に接続していくにあたって、研究者として培ってきたものが今も生きている部分はあるのでしょうか。

古川(PicoCELA):論理的な文章を書く力、つまり論文を書く訓練は、今の私の血肉になっています。論理的で正しい文章を書けるかどうかは、私が人を見る基準の1つになっているくらいです。

何百本という論文を読み、博士号の審査も複数担当してきた経験が、あらゆる場面でベースになっています。アカデミアに行って一番良かったのは、この論文を書く訓練ができたことだと思っています。

博士人材の「価値の出し方」とキャリア戦略

専門性を軸に、確固たる理由を持ってアピールする

佐藤(司会):博士号を取得した人材が、自身の価値をどのようにアピールし、また、どう社会に提供していくべきだとお考えですか。採用側の視点も交えてご意見をうかがいたいです。

古川(PicoCELA):自分の得意なところ、つまり博士論文のテーマがあるわけですから、まずはそこを軸にアピールするのがいいと思います。博士課程を出たからといって専門家と言えるかどうかは微妙なところもありますが、特定の領域に深く取り組んできたということは大いに自信を持っていい。

ジェネラルに何でもできますというよりも、この分野でここまでやってきた、論文も書いて学会でも発表して評価もされたという、そこに特化してアピールする方がシンプルで伝わりやすいと思います。

友田(PicoCELA):学位を持っているということは、それだけ深く研究してきた努力の証しですので、一定のアピールにはなります。

ただそれに加えて、仕事に対する姿勢や環境へのキャッチアップ力といった定性的な部分も採用の判断において大きいと思います。 特に新卒の場合、その人がどういう考えで研究を選んだのか、どういう姿勢で取り組んできたのかという部分が重視されるのではないでしょうか。

博士学生の質問に答えるPicoCELA株式会社 友田さん
博士学生の質問に答えるPicoCELA株式会社 友田さん

博士課程の学生と起業家の「二足のわらじ」状態に対する評価

及川(学生):私自身は博士課程の学生でもあり起業家でもあるという「二足のわらじ」状態をアピールポイントだと思っています。ただ、採用側から見た時に、「博士にも力を入れていないし、いろんなことに手を出している」と映ってしまうのではないかという不安があります。「二足のわらじ」状態が採用側にどう映るのか、何をどうアピールすれば良いのかをお聞きしたいです。

中西(PicoCELA):昔とは時代が変わってきています。かつての採用では、会社への忠誠心を示すことが評価ポイントでしたが、今は逆です。いろいろなことにチャレンジできて、情報収集・処理能力が高く、視野が広い人が評価される。博士課程での研究と起業を並行しているというのは、今の時代では明確なアピールポイントだと思います。

古川(PicoCELA):採用基準は会社によって全然違います。自分の価値観と合わない会社は、肌に合わない可能性が高い。二足のわらじを評価しない会社があったとしても、それはその会社との相性の問題かもしれません。

研究とキャリア形成に費やす時間の配分

及川(学生):博士課程は研究に時間を費やすほど成果が出るとは思いますが、キャリアを考えると研究だけに没頭できない時間もあります。古川さんはラボの学生に対して、研究とキャリア形成の時間配分をどのように指導されていたのでしょうか。

古川(PicoCELA):ベンチャーを立ち上げて大学を辞めた学生もいましたが、そういう活動をしていた学生は面白いと思っていましたし、規制するものでもありませんでした。ただ、テクニカルな部分として、せっかく博士課程に進んだからには論文を通して修了させてあげないといけない。そこは教員としての最低限の責務です。

また、自分自身がベンチャーをやってきた経験は飲み会の席でもよく話しました。いずれ社会に出ていく学生たちに、こういう分野ならベンチャーが向いているという話はよくしてきましたね。

アカデミアと企業におけるマネジメント・人材育成の違い

近藤(学生):さまざまな組織で研究活動や事業に関わる際に、組織づくりやマネジメントをどういう意識で取り組んできましたか。研究室と企業組織をまたいで汎用性のある部分と、研究室特有の部分があればお聞きしたいです。

古川(PicoCELA):大学の研究室と企業・スタートアップは、組織としての性格がまったく違います。大学は教授会という自治組織の中の一員として動く形で、隣の研究室との関係性もあります。一方でスタートアップは、代表取締役を頂点とした意思決定ができます。

研究室での指導という観点では、最終ゴールを明確にすることが基本です。修士であれば修論を書いて卒業させること、博士課程であれば査読付き論文を通すこと。査読期間だけで1年を超えることもありますから、修士の段階から意向を聞いて中長期的なプランを学生と共有していました。進捗に遅れがあればどうバックアップするかも、日々考えていました。

近藤(学生):学生目線では、研究室はあまり「組織」という感じはなく、会社のような共通の目的に向かって全員が動くというわけではないという感覚があります。

古川(PicoCELA):学生から見るとそうかもしれませんが、教員側から見ると組織であることは間違いありません。先生によっては独自のルールや伝統的な文化があったりしますね。私自身は月1回ゼミを開いて学生に研究発表をしてもらい、その後みんなでピザを食べながら語り合うのが楽しかったです。

左から座談会に参加している博士学生の近藤さん、及川さんとファシリテーターを務める佐藤さん
左から座談会に参加している博士学生の近藤さん、及川さんとファシリテーターを務める佐藤さん

近藤(学生):一流の経営者と大学教員に共通しているのは、優れた教育者であるという印象があります。学生や社員に対して、指導や育成において意識していることはありますか。

中西(PicoCELA):古川をそばで見ている立場から申し上げると、PicoCELAは現在50名規模ですが、この規模だと古川が全員の顔を見えていて、何をしていてどういう性格かを把握できています。一人ひとりと会話する時間が双方にとって非常に大切で、組織が大きくなってラインでしか話をしなくなるとダイナミックさが失われると感じています。

古川(PicoCELA):社員一人ひとりのことをよく見るようになり、何をしている人なのか、どんな性格なのかを把握できるようになったのは、学生に教える経験があったからだと思います。

また、人に教えようとすると、自分が理解できていないことがわかるんです。90分の講義を15コマ通してやると、「自分はこんなことも知らなかったのか」という発見がある。それが技術者・研究者としての、ごく基本的なところになっています。

近藤(学生):民間だと管理職1人に対して6~8人が、顔の見える範囲だと聞いたことがあるのですが、研究室ではそれ以上になることが多い。先生からしっかり認識されている人とそうでない人がいて、もったいないと感じることがあります。どうしたら改善できるのでしょうか。

中西(PicoCELA):元気のある組織というのは、トップが誰に対しても積極的に声をかけているものです。「おはよう」でも何でもいい。声をかけられた側はモチベーションが上がります。ただ人数に限界があって、50人を超えると難しくなってくる。組織の規模と目的に合わせて運営の方法を変えていく必要がありますし、研究室でも先生がそこに意識を持っているかどうかは大きいと思います。

博士を目指す若い世代へのメッセージ

佐藤(司会):最後に、博士課程を目指す方や現在博士課程にいる若い方に向けて、メッセージをお願いします。

古川(PicoCELA):博士課程に進む意義は、専門性を極めることにあると思います。なんとなく選ぶのはお勧めしません。それでは目的を失ってしまう。また、博士号を取るというのは一定の大変さがあるべきで、修士とは根本的に違います。3年で卒業するのはあくまで1つの目安で、4年でも5年でもいい。出口の厳しさがあってこそ、学位の価値が保たれるんです。

一方で、今の若い世代を見ていると、ギラギラしている人が少なくなっているような気がします。博士課程まで進んで専門性を極めるというのは、ある程度の野心がないとできないことです。そういう気持ちを持っているのであれば、1つのキャリアパスとして、ぜひ考えてみてほしい。学位を持って損はない。給料がどうなるかはわかりませんが、損は絶対にありませんから。


【編集後記】
今回の対話で繰り返し語られたのは、博士号を取得していることそのものの価値ではなく、博士号を取得するプロセスで獲得する力の価値や、その専門性を社会実装するためにどのように伝えるかが重要であるという視点だった。相手に応じて説明を変え、アカデミア・民間・スタートアップを渡り歩いてきた古川さんは、まさに博士人材として自らキャリアを切り拓いてきた当事者である。その実体験に裏打ちされた言葉には聞いている人をワクワクさせる説得力があった。博士人材のキャリアは「アカデミアか、就職か」の二択で語られがちだが、本当は、無数の選択肢が広がっているとこの対話は教えてくれたのではないだろうか。

東郷 こずえ
担当者
キャリアリサーチLab主任研究員
KOZUE TOGO

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