雇用システムと教育システムの多様化から考える日本のインターンシップ
国際的な市場競争の結果、先進諸国の雇用システムの多様化が進んでいる。また、雇用システムの多様化が進むことで、学校と職業との接続的役割を担うインターンシップにも変化が求められている。
(写真左)法政大学 キャリアデザイン学部 梅崎修教授
(写真右)国際教養大学 山内麻理客員教授
この対談では、2回に分けて欧州と日本の雇用システムの違いを確認し、今後のインターンシップのあり方について議論していただく。前編は、欧州と日本の雇用システムの違いについて確認したが、後編となる今回は、これからのインターンシップのあり方を中心に語ってもらった。
日・米・欧で比較・検討することが重要
梅崎:教育とか文化、法制度など、ベースとなる部分は国ごとに統一されていて変えようがありません。たとえ一つの国の中で、それぞれの業界が適した雇用システムを選んだとしても、一つの国の中に複数の教育制度をつくるのは難しい。それぞれの国で形成された教育システムをベースにして雇用システムを考える必要があります。
それから、雇用システムの議論はついつい日米比較で語ろうとしがちですね。先生のご研究のようにヨーロッパを入れると立体的に見えてきますね。
山内:日米比較だけで雇用システムを考えると、両極端になってしまいます。日本とヨーロッパで共通している部分もあるし、ヨーロッパとアメリカが共通している部分もありますから。複合的に見ていかないと新しい方向性は見えてこないと思います。
梅崎:雇用システムを研究する際は、同じ産業の同じような規模の企業同士で比較することも重要です。よくあるのがアメリカのIT系のベンチャー企業と日本の大手メーカーを比較して、「日本は遅れている」みたいな結論を出してしまうことがあります。これは要注意ですね。
山内:ラディカル・イノベーションが求められる産業か、インクリメンタル・イノベーションが重要な産業か、イノベーションの違いにも注目すべきです。一口にITといっても、アプリケーションソフトを開発しているのか、業務系ソフトを開発しているのかで、イノベーションやプロダクションの方法は違ってきますし。
教育制度と雇用システムを一体として議論
梅崎:教育制度についてもご意見をおうかがいします。雇用システムについては日本共通のものがあって、その中で各社少しずつ変化しつつあるというお話でした。
学校から職業への連結を考えると、企業にとっては自社の雇用システムを基準にして、よりマッチした教育制度に変わったほうがいいわけですから、企業同士では「これがスタンダードだ」という主張がぶつかり合うことになります。
山内:その通りです。雇用システムに不適合が起こっている業界や企業の人の声が大きくなって、その意見はコンセンサスが取れているように思われがちですが、実は不適合が起こっていない企業の人は静かにしているだけなんです。
梅崎:それは、見落としがちな事実ですね。近年、ジョブ型雇用に非常に注目が集まっていますが、金融とか製造業では非常に専門性の高いジョブが存在するので、これについては専門性を培う教育制度はあったほうがいいわけです。
でも、そういったジョブに就く人は大学生全体から考えると一部の人に過ぎないので、教育制度全体を考えると現実的ではないですね。
山内:大企業がジョブ型採用の導入について情報発信しているのは、割と偏差値の高い大学の学生に向けている印象があります。AIやデジタルとか非常に高度な特別能力を持っている学生が対象ではないでしょうか。すべての学生をジョブ型で採用したいとまでは考えていないように見えます。
梅崎:英語力とかプログラム言語の基礎知識など、今では特別ではなくなってきた一般的な能力に関して底上げしましょうということと、非常に高度な専門的能力を身に付けましょうというのは、まったく別の話です。
ジョブという言葉は同じでも、高度な専門性が必要なジョブと、ジェネラルスキルの底上げを想定するジョブでは、まったく内容が違います。
山内:私は、最終学歴を表す“縦の学歴”と、入試の難易度を表す“横の学歴”の違いで、欧米と日本の違いを見ています。たとえばフランスではグランゼコールというエリートが通う大学と普通の大学では大きな違いがあり、卒業後の進路もまったく異なります。
ドイツでは、むしろ、学位の高さが重視されるため主要企業のトップマネージャーには博士号取得者が多いです。日本では大学入学時の偏差値によるヒエラルキーはありますが、入社後は同じ土俵で競い合うようになります。
ヨーロッパは学位がすごく重視されます。高等教育が無償で親の収入にかかわらずだれでも進学できるので、学位で人材を評価するのは理解できます。殆どの学生が授業料が無償で、進級や卒業が一律に厳しく管理されている公立大学で学ぶため、進級や卒業の速度が、能力や努力を反映することになります。
従って、(どの大学で勉強したかではなく)どの学位まで到達したのかが重視される傾向があります。これはジョブ型と親和性があります。参考までに、OECDの平均で所定の期間に大学を卒業する人は4割程度しかいません。
インターンシップに対する日本と欧米の考え方の違いとは
梅崎:大学入学や企業への入社を「選抜システム」として考えてみると、大学に入学する際の選抜システムを日本式のままにしておいて、企業に入る際の選抜システムをジョブ型雇用の考え方を導入して欧米式にすることに疑問を感じます。
大学での教育システムと企業での雇用システムをつなぐ役割としてのインターンシップについても、最近ではしっかりした就業体験をさせることでジョブを選択する流れになってきました。しかし、理系学生ならまだしも、大多数の文系学生にもそれを求めるのはどうでしょうか?
文系学生にとっては、いろいろな会社をちょっとずつ見てみて、自分に合う業界や企業を探してみるくらいの感じでいいのではないかと思うのですが⋯⋯。
山内:文部科学省、厚生労働省、経済産業省が合意して「インターンシップの推進に当たっての基本的考え方」が改正されました。その内容に基づき「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」が、インターンシップをはじめとする学生のキャリア形成支援に係る産学協働の取り組みを4類型に整理し、インターンシップの定義が改められました。
しかし、こういった議論が経済界のトップと大学のトップによって進められていることには疑問を感じます。大学こそジョブ型採用で、教員ごとの専門分野がはっきりしています。やはりこういった議論に参加する学者は、専門性で選ぶ必要があると思います。
梅崎:トップは、当事者かもしれませんが、雇用問題に詳しいとは限りません。労働を専門にしている研究者か、キャリアセンターとか就職部の部長さんのように、本当に就職に携わり、就活の実態を理解している人に参加してほしいですね。
日本のインターンシップのあり方については、いいとこ取りができないというのを前提として、それでも欧米のインターンシップと比較して、このあたりは変えてもいいんじゃないかと思われるところはありますか?
山内:日本のインターンシップと欧米のインターンシップでは、位置付けがまったく違います。アメリカの経済学者、サンフォード・M. ジャコービィが『雇用官僚制―アメリカの内部労働市場と“良い仕事”の生成史』の序文で、日本の大学入学の受験システムの素晴らしさを指摘しています。日本企業が新卒の学生をほんの数回の面接で採用を決定し、期限の定めのない雇用を与えられるのは、大学入学の選抜システムのおかげだと。
しかし、欧米の大学では日本ほど大学入学の選抜システムが厳密ではないので、企業が採用を決める際には、長期のインターンシップで人材をじっくり見極める必要があります。また、ジョブ型採用だからと言って、だれでも自分が就きたい仕事に就けるわけでもありません。行きたい会社の就きたいジョブでインターンシップの機会を得ることは非常にハードルが高く、インターンシップに行くのに「あなたのインターンシップ経験は?」と聞かれるという話をよく耳にします。
また、数か月単位の長期で受け入れる訳ですから、インターンシップで迎える学生は、労働力としても期待されています。そのため、ドイツでもフランスでも無償のインターンシップは禁止されています。
日本のインターンシップはどうあるべきか
梅崎:日本企業が数回の面接で採用する人材を選抜できるのは、ジャコービィさんが指摘されたように日本の受験システムのおかげだといえるかもしれません。
しかし、イノベーション力など、人材によって求められる能力が多元化しているので、企業側の人材別に選び方も変化してくるかもしれません。求める人材像が多様化しているという点では、インターンシップでじっくり人材の本質を見極めて、採用に結びつけるというのも一つの有効な方法ですね。
山内:個人的には、ドイツのように高等教育と企業内訓練を組み合わせた二元学習プログラムを実施する「インターンシップ大学」のような教育機関が日本でもっと広がるといいなと思っています。最近では、学費が払えなくて学業をあきらめざるをえないケースが増えてように思います。そこで、企業もインターンシップという形で長期に学生を有償で雇用し、それを採用にもつなげられるシステムができるといいのではないでしょうか。
ドイツでは、学業とOJTを両立させる学習プログラムができています。IT化、デジタル化によって業務で高度な知識が求められるようになったので、企業と大学が一緒になって教育プログラムを考えるようになっています。アメリカの大学でも、学生が即戦力として卒業できるようにインターンシップを活用するような動きが出てきています。
梅崎:社会的なプラットフォームになっている既存の制度は変えられなくても、少しずつ変化させられる部分はたくさんあるはずですね。新卒で入社する年齢の多様性などもその一つで、学生は浪人とか留年とかを気にしますが、大学を3年で卒業して大学院に進学したり、1年間海外留学してから就職したりすることなどは、むしろ就活でも有利になるのではないでしょうか。年齢的なダイバーシティについては、もう少し柔軟になるといいなと思います。
今は過度に一律化が進んでいるのではないでしょうか。もう少し多様性があってもいいのに…。“改革”という強い言葉を使わないと受けが悪くなってしまうのかもしれませんが、ベースは変えずに少しずつ改良を重ねていく“漸進的制度改革”ができるといいのですね。
山内:産業ごとの連携を強めて、協力して取り組む制度がつくれるといいかもしれません。ドイツでは同じ産業に属する企業同士の連携が強いです。アメリカもボランティア精神が旺盛で、社会に良いことで自分たちにもメリットがあれば、誰かがリーダーシップを発揮して取り組みを進めます。
ミシガン州にケタリング大学という学校があるのですが、ここはもともとある大手企業が運営していた訓練学校なのですが、今ではさまざまな企業が協力して、機械工学、電子工学、産業工学などの職業経験を積むプログラムを実施しています。
日本でも地域の企業が連携してインターンシップと学業を両立させるような取り組みが進められないでしょうか。日本企業の場合は、企業グループごとの縦の連携は強いのですが、もう少し横の連携が強くなるといいですね。
梅崎:1社ごとに勝手にインターンシップを実施すると個別性が強まりますし、国全体で基準を統一して実施すると抽象度が上がり過ぎます。産業なのか技術なのか、あるいは商品なのか、もう少し中間的なカテゴリーでインターンシップの取り組みを考えるべきかもしれません。
対談の冒頭で山内先生にご説明いただいたように、産業や業界ごとに雇用システムの多様化が進んでいるのだから、それに合わせてインターンシップも業界ごとに違いがあってもいいように思います。雇用システムの多様化と教育システムの多様化に合わせて、その接続としての役割を担うインターンシップも少しずつ柔軟性を持たせることで、結果的に社会実装につなげることができるのではないでしょうか。
ー前編の欧州と日本の雇用システムの違いをと合わせて今回の後編は、今後の日本のインターンシップのあり方について語っていただいた。日米比較だけでなく欧州などを踏まえて複合的にみていくことで、これからの日本のインターンシップのあり方がみえてきたのではないだろうか。
■プロフィール
梅崎 修(うめざき おさむ)
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
マイナビキャリアリサーチLab 特任研究顧問
1970年生まれ。大阪大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)。2002年から法政大学キャリアデザイン学部に在職。専攻分野は労働経済学、人的資源管理論、オーラルヒストリー(口述史)。人材マネジメントやキャリア形成等に関しての豊富で幅広い調査研究活動を背景に、新卒採用、就職活動、キャリア教育などの分野で日々新たな知見を発信し続けている。主著「「仕事映画」に学ぶキャリアデザイン(共著)」「大学生の学びとキャリア―入学前から卒業後までの継続調査の分析(共著)」「大学生の内定獲得(共著)」「学生と企業のマッチング(共著)」等。
山内 麻理(やまうち まり)
国際教養大学 客員教授
専門は雇用制度や教育訓練制度の国際比較、制度的補完性。カリフォルニア大学バークレー校 東アジア研究所、フランス国立労働経済社会研究所(LEST-CNRS)、ドイツ日本研究所で客員研究員、同志社大学 技術企業国際競争力研究センター、国際教養大学で客員教授(現任)。『雇用システムの多様化と国際的収斂:グローバル化への変容プロセス』(2013)が、労働関係図書優秀賞、日本労務学会学術賞を受賞、『欧州の雇用・教育制度と若者のキャリア形成:国境を越えた人材流動化と国際化への指針』(2019)が大学教育学会選書(JACUEセレクション)入賞。日本労務学会・学術賞審査委員、国際ビジネス研究学会・学会賞委員会委員、中央職業能力開発協会 参与、厚生労働省グッドキャリア企業プロジェクト審査委員などを歴任。博士(商学)。