9割の管理職がプレイングマネージャーと言われる一方で、時代はダイバーシティが推進され、個別丁寧なマネジメントが求められており、プレイングマネージャーへの批判を耳にする機会が増えてきました。
同時に、メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用やスキルベース組織へと移行する流れのなかで、管理職自身もまた実務的なスキルを持ち、それをアップデートし続ける必要があるのではないか、という疑問もあります。プレイングとマネジメントの望ましいバランスはどこにあるのでしょうか。
今回お話を伺ったのは、青山学院大学経営学部教授の松尾睦先生です。経験学習研究を専門とし、育て上手のマネージャーへの調査や、課長級・事業統括役員のアンラーニング研究を重ねてこられました。マネジメントの本質、スキルベース組織における管理職の在り方、階層ごとの役割の変化、管理職自身の学習の設計について、研究に基づいた示唆をいただきました。
本稿は連載「望ましい管理職の姿とは?プレイングとマネジメントのバランスを再考する」の第2回となる。
松尾睦(まつおまこと)
青山学院大学経営学部教授
小樽商科大学商学部卒業、北海道大学大学院文学研究科修士課程、東京工業大学大学院社会理工学研究科博士課程修了、ランカスター大学経営大学院博士課程修了、博士(学術)、Ph.D(Management Learning)。専門は、経営組織論、経験学習論、人材開発論。現在の研究テーマは、経験から学ぶ能力、アンラーニング、実践コミュニティなどである。
主著:『経験学習入門:職場が生きる、人が育つ』ダイヤモンド社、2011年。『経験学習リーダーシップ:部下の強みを引き出す』ダイヤモンド社、2019年。『仕事のアンラーニング:働き方を学びほぐす』同文館出版,、2021年。
管理職の望ましいプレイングとマネジメントのバランスとは
マネジメントとは他者を通して事を成し遂げること
Q:先生が考える「望ましい管理職の姿」について教えてください。
松尾:マネジメントには「他者を通して事を成し遂げる(Getting things done through others)」という有名な定義があります。その定義に照らせば、プレイングマネージャーは本来あり得ない存在です。
部下を指導する際、マネージャーが手本を見せたり、部下と一緒に考えたりするという点ではプレイングの要素はあると思いますが、マネージャーの基本的な役割は、プレイヤーである部下を通じて事を成し遂げることに尽きます。
私は現在、課長級のマネージャーを対象にアンラーニング研究を行っています。アンラーニングとは、状況が変化したとき、有効性の低い知識やスキルを捨て、有効性の高い知識やスキルを取り入れるアップデート学習のことです。スタッフやリーダー職だった人がマネージャーに昇進したとき、何が起こるのか。大きく分けて2つのタイプに分かれます。
1つは、それまでスタッフとして実務を担当していたため、何でも細かく指示や管理をしてしまうタイプ。このパターンが非常に多い。もう1つは、「任せなければ」と考えて任せるものの、任せきりで介入しない放置型のタイプです。この2つのタイプがいて、いずれにも問題が生じます。前者は、マイクロマネジメントが過剰になり、部下が受け身になって「何をすればよいでしょうか」と指示待ちになり、自主性が育たなくなる。後者は、指示が不十分であるために業務が滞り、進捗も遅れる。
理想としては、他者を通して事を成し遂げる、つまり任せて育てて成果を出すことです。任せっぱなしにはせず、目標を明確にしたうえで、進捗を管理し、ディスカッションを重ねながら、過度に細かいことを言わずに、正しい方向に導いて成果を出していく。それは大変な仕事で、自分自身でプレイングをしている余裕はないと思います。
さらに、部下にもいろいろなタイプがいて、指示すればきちんとやってくれる人もいれば、「どうすればよいのですか」と聞いてくる人もいる。自律度にも個人差があるため、一人ひとりに合わせた関わり方が必要で、そこが難しいのです。
指導には一定のプレイング要素が含まれる
松尾:人事異動などによって新たな業務をキャッチアップしなければならないような場面では、ある程度は自ら動く必要があると思いますが、それをずっと続けるのはよくありません。
また、慣れている部署においても、たとえば指導のフェーズで自分がやってみせ、その後部下に「ちょっとやってみて」と促し、はじめは足場を作ってあげるけれども、徐々にその足場を外して独り立ちさせていく必要があります。いつまでも自分が前に出てやり続けるのは、望ましくないのです。
そもそも、指導という行為自体に、ある程度プレイングの要素は含まれていると感じます。一緒に考える、Think togetherという姿勢です。ゴールを共有し、それぞれにアサインしていくなかで、部下のアプローチを引き出しながらディスカッションを重ね、任せた後も観察やコミュニケーションを続けて軌道修正していく。
現場の業務が進行していて、それを部下が担っているわけで、上司が一緒に考えて進めている時点で、それはプレイングだと思います。だから、ミドルマネジャーが完全に現場から離れていくのは難しいのではないかと感じています。 そこの接点こそが大事で、それをしっかりやっていれば、置いていかれることもなく、最新のものについても部下と一緒に考えられる、ということになります。
指導において大切なのは『考えさせること』
管理職に必要なのは、部下に「考えさせる」ことです。経験学習研究の知見では、部下が自分の経験を振り返り、自分で答えを出していくのをサポートするのが、よい育て方とされています。
「これはこうなのだ」というティーチングも大事ですが、部下に考える余地を残しておかなければなりません。専門性が高いマネージャーほど、ついティーチング中心になってしまい、部下が自分自身で考えることを妨げがちです。
「本人に考えさせる」というのが指導の本質だ、ということは、新人の指導係をする3年目、4年目の社員にも理解できることです。リーダー職になってメンバーがついたら、自分で指示するのではなく、メンバーを通して事を成し遂げる、というマネジメントの本質を実践する。こうした力は、課長になる前から養えるはずです。「小さなプロジェクトでリーダーをやってみてよ」と任せ、そのエッセンスを事前に学んでもらえば、将来マネージャーになるための土台ができます。
もちろん、課長になればなったで世界が変わります。それでも、これまで培ったスキルがまったく使えなくなるわけではなく、考えさせる力は、メンバーに動いてもらうマネジメントにそのまま転用できる。完全にゼロから学び直すよりも、基本となるスキルがあったうえで、そこをバージョンアップさせていく方がよいわけです。ところが、こうした段階的な育成があまり意識されていないように感じます。
個人のスキル・能力が重視される職場での管理職の在り方
専門技術よりも本質を捉える視点が大事
Q:昨今、日本企業においてもジョブ型雇用やスキルベース組織への移行が望まれる傾向にありますが、こうした組織において管理職はどういう在り方が求められますか。
松尾:とても難しいテーマですね。以前、ITプロフェッショナルの経験学習を研究したことがありました。経産省が導入したITスキル・スタンダードの検証に関わる機会があり、日系・外資系を問わず、上位レベルのエンジニアにインタビューできました。
ITは非常に専門性が高く、技術の進化も速い分野です。そこで「どうやってマネジメントしているのですか」と部長クラスの方々に尋ねると、口をそろえて「技術の本質がわかっているかどうかが重要なのです」という答えが返ってきました。
彼らはそれまでのキャリアのなかで修羅場を経験してきており、「プロジェクトとはこういうものだ」「技術とはこういうものだ」というメタのフレームを持っている。それがわかっていれば、「正直、今の技術の細かいところはわからない」と言いつつも、基盤となる考え方が押さえられているため、全体像が把握できるわけです。
ただし、彼らがそうした視点を持てたのは、中堅社員だった時期にしっかりとした学びを積んでいたからです。当時インタビューした方々が話していたのは、「以前は全体的なプロジェクトを経験できたが、今は仕事が細分化されてしまい、全体感がつかみにくい。今の若い人はかわいそうだ」ということでした。細部ばかりに取り組んでいると、プロジェクト・マネジメントが身につかないそうです。
大事なのは、専門的な技術よりも、「ビジネスとは、技術とは、システムとは何か」といった本質的な考え方や枠組みです。そこは時代が変わっても大きく変わらないはずです。
だからこそ、個別の分野に詳しい部下に任せればよく、管理職自身がディテールを詳しく知る必要はないのではないかと思います。役割が違うのです。専門的な仕事の流れや本質的な考え方、捉え方をしっかりと身につけることの方が重要です。
カッツモデル(ロバート・カッツ)
アメリカの経営学者ロバート・カッツが提唱した「カッツモデル」という有名な理論があります。
マネジメントに必要なスキルを
・テクニカルスキル(業務遂行能力):特定の専門分野で必要な知識や能力、操作技術、実務的なスキル
・ヒューマンスキル(対人関係能力)」:コミュニケーション能力、協調性など、職場で良好な人間関係を築き、効果的・効率的に働くために必要なスキル
・コンセプチュアルスキル(概念化能力):抽象的な概念やアイデアを理解、統合し、複雑な問題を分析するスキル
の3つに分類し、職位によって求められる比重が変わるという考え方です。
ヒューマンスキルは、どんなに地位が上がっても欠かせない。テクニカルスキルは、職位が上がるにつれて比重が下がっていく。代わりに比重が高まっていくのが、考え方の土台となるコンセプチュアルスキルです。
ですから、マネージャーは、フレームや基本的な考え方を押さえたうえで、「我々は何を目指しているのか」「今回のシステムは何が新しいのか」を把握し、プロジェクトを進めるなかで何が大変か、どこに落とし穴があるか、問題が起きたときにどう対処するかを見通していく力を身につける必要があります。先を見るコンセプチュアルな能力こそが、管理職に求められる力です。
以前、複数の研究者とプロジェクトマネージャーに関する共同研究を行ったことがあります。優秀なプロジェクトマネージャーと極めて優秀なプロジェクトマネージャーの差を分析したのですが、その違いは「先を見ているかどうか」にあることがわかりました。
極めて優秀な人は、プロジェクトの先にどんな問題が起きるかを予測し、その問題が起きたときに誰にサポートを求めるかまで含めて、すべて先回りして考えている。優秀止まりの人は、そこまで考えていない。これも、コンセプチュアルな能力の差です。
専門職のマネージャーには、仕事がどう動いていくかを大きな視点で捉える、メタ認知と呼ばれる能力が求められます。目の前の業務に没頭するのではなく、一段高い視点から俯瞰する、概念的能力を鍛えなければなりません。
とはいえ、最低限の専門性は必要です。そこはキャッチアップとアップデートを続けながら、細かいことはわからなくても「おおむねこうなっているはずだ」という見立てを、進捗管理やディスカッションを通じてつかんでいく、ということです。
管理職自身の成長機会をいかに確保するか
ジョブ型は領域を狭く定義しすぎない
松尾:一方で、あまり狭い範囲の専門にどっぷり浸かりすぎるのは危険です。私はなぜか看護師さんから研修を依頼されることが多く、優れた看護師長さんのインタビュー調査もたくさん行ってきました。
そこでわかったことは、たとえばずっと同じ診療科にいると、マネージャーとしての成長が止まってしまう傾向があるということです。スタッフ時代から副看護師長、看護師長と同じ領域でキャリアアップしていくと、何でも知っている状態になり、すべて指示型になって、任せて考えさせるマネジメントをしなくなってしまうのです。
ところが、看護師の職場では頻繁に異動があり、看護師長のまま、専門の異なる診療科へと異動していくと、マネジメント力が育っていく。「わからないから教えて」「これは何なの」と部下に聞かざるを得ず、結果としてマネジメントに集中できます。
優れた業績を上げている某外資系企業では、「自分の知らないことをマネジメントできるマネージャーを育てる」という考え方があります。まったくわからない領域に行ったら、大いに質問して、キャッチアップしながら、担当部門や組織の実態を把握します。
その上で、ゴールは何か、どう到達するか、誰に任せるか、困ったときにどうサポートするか、そこを重点的に押さえる。業務内容については最低限をキャッチアップしておく、というかたちです。
その意味で、ジョブ型を導入する場合も、領域をあまり狭く定義しないことが大切です。たとえば、人事部のなかにもいろいろな仕事があります。同じ仕事ばかり続けていると固定化するので、人事領域における異なる業務へのローテーションを通じてレベルアップさせていく工夫が必要になります。
某食品メーカーのマネージャーの方が「人事には、給与、評価、教育といったインフラ系の『1階』と、戦略的な人的資源管理を担う『2階』がある」とおっしゃっていましたが、1階で経験を積んだ後には、2階に上がって、より戦略的な人事の経験を積むべきかと思います。
コラボレーションを通して停滞を回避する
ファンクション(職務機能)で区切って、その領域で仕事をしてもらうかたちにしても、他部門とのコラボレーションは不可避です。
そうすると、繰り返しになりますが、領域は人事、技術、営業といった大括りで設定し、狭く定義しすぎないことが大切です。日本はこれまで頻繁に職種をまたぐ異動を行ってきた面があり、「何ができるのか」と問われたときに「何でもできます」となってしまう状態になりがちでした。だから、領域を設定すること自体は良いのですが、狭すぎてもいけません。
なぜなら、経験学習の理論で言えば、人が成長する大きな契機は異動と昇進だからです。異動して、それまでのスキルが通用しなくなるからこそ、新しいスキルを獲得していく。昇進はそう頻繁に起きるものではないので、現実的には異動が大事になります。
ただし、無計画な異動ではなく、本人や会社と相談しながら、プロフェッショナルとしてのキャリアを設計したうえで行う異動です。自分の領域を持ち、そこでプロになるというのは非常に良いことなので、そこを設定しながら、ある程度の異動、変化、プロジェクトを経験してもらう。先ほど触れた境界横断的なプロジェクトに参加してもらうのも1つの方法です。
違う世界とのコラボレーションがなければ、人は育ちません。フィンランドの教育学者ユーリア・エンゲストロームは、領域を超えることを「バウンダリー・クロッシング(越境)」と呼び、越境を伴わないと、今の複雑な社会の問題は解決できないと主張しています。
逆に言えば、ジョブ型で自分の領域に閉じこもっていては、成長もしないし、複雑な問題を解決することできない。だからこそ、コラボレーションの機会を意図的に設ける必要があります。そうした場では、考え方も価値観も利害も違う相手とぶつかることが起こります。
けれども、そこで視野が広がり、解決策の引き出しが増え、コミュニケーション力やリーダーシップ力が鍛えられていく。そういう仕組みが組織として設計されていることが、何より大事だと思います。 人間は、ある程度の揺らぎがなければ成長しません。安定してしまうと、そこで止まってしまう。だからジョブ型は、ともすると安定しすぎて停滞を招く危険があります。その領域やジョブのなかで、意図的に揺らぎを生み出す必要があるのです。
望ましい管理職の姿
マネジメントの本質は目標共有と協働にある
松尾:他部門と協力するときも、当然ぶつかることはありますが、向かっている先は共有しなければなりません。目標共有が重要で、そこを軸にしながら全員で進めていく、それがマネジメントだと思います。
共通の目標に向かってメンバーが「貢献したい」という気持ちになるよう動機づけ、コミュニケーションを取りながら協働する──これは経営学の基礎を築いたチェスター・バーナードが唱えているマネジメントの基本です。テクニカルなスキルにばかり目が行きがちですが、ここをしっかりやることこそがマネジメントなのです。
マネージャーの役割は、ジョブ型であろうとなかろうと変わりません。目標を設定し、それを全員で共有してやる気になって向かっていけるよう、協働を促していく。そのためのトレーニングは、若いうちから積めます。部下自身に考えさせるという経験は、早い段階から可能です。小さなプロジェクトを任せれば、それが目標共有のトレーニングになります。
たとえば「若手3人で、半年でこういうことをやってほしい」と任せ、「これはマネジメントのトレーニングなのだよ」と伝える。「大事なのは、一人で突っ走らないこと。目標をみんなに浸透させて、『やりたい』と思ってもらえる状態を作ること」と伝え、目標を共有し、コミュニケーションとコラボレーションを通じて、みんなの力を結集して成果を出す。
これはマネジメントトレーニングそのものです。苦労しながらも形になったときに、「君、マネジメントをやったのだよ」と言ってあげれば、それまで「課長になど絶対なりたくない」と思っていた若手も、「なってみてもいいかな」と思えるかもしれません。
ひたすらジョブ型を進めていくと、専門家が集約した組織になります。病院組織がまさにそうです。それぞれの専門家が協力しながら、チーム医療を行わなければならないため、コンフリクトが起こりがちです。そこでうまくいくかいかないかを決めるのは、やはりビジョンやミッションの共有です。医療職の方々は「患者さんのために」という共通項があるので、その病院がしっかりと、価値観やビジョン、ミッションを浸透させていれば、領域の壁を越えていけます。
ジョブ型を進めていくのは相当大変だと思います。これまでは領域の壁があまり明確でなかったから、領域意識のようなものがなかった。けれども、領域意識が一度できてしまうと、部門を超えたコラボレーションのハードルが高くなってしまう。だからこそ、若いうちから、いろいろな部門の人とコラボレーションする機会を持っておくことが必要なのです。
階層が上がるほどマネジメントは間接的になる
Q:課長・部長・上級管理職といった階層の違いによって、マネジメントの在り方はどのように変化するとお考えでしょうか。その違いを組織としてどのように設計すべきでしょうか。
松尾:階層が上がるにつれて、マネジメントの中身は大きく変わっていきます。課長と言っても、たとえば生産部門だと部下が200人ほどいて、その下に係長が5、6人いるようなケースもあります。この場合は完全に間接管理で、肩書は課長でも実質は部長クラスです。
ある外資系保険会社の執行役員の方が、こんなたとえを話してくれました。営業職というのは、自分の手で物を右から左に動かすようなもの。それが営業所長(課長)になると、マジックハンドを使って部下を動かすようになる。さらに部長になると、マジックハンドを使ってマジックハンドを操作するようなものになる、と。役職が上がるほど間接的になり、自分が動くという感覚はだんだん薄れていきます。
その究極が、事業統括役員のような立場です。私は、事業部長が事業統括役員に昇進したときのアンラーニング研究をしたことがあります。
事業部長までは「自分の王国の王様」として現場のやりがいを感じられるのですが、昇進すると、今度は複数の事業部長を支援する側に回ることになる。自分の王国がなくなり、各王国の王様を応援する役割に変わるので、非常に寂しいそうです。情報も自分のところまで上がってこなくなり、それに耐えなければならない、と。
こうなると、組織を動かしていくにはビジョン、ミッション、バリューが必要になってきます。「自分たちはこっちを向いている」「これを目指している」ということを共有し、それをコミュニケーションしながらずれないようにしていく。
「他者を通して事を成し遂げる」というマネジメントの定義は変わらないのですが、課長、部長と階層が上がるにつれて、その「他者」の下にさらに別の「他者」が入ってくる、というかたちです。 1on1で個別にアドバイスすることも、なかなかできなくなる。
だから、目指すところをきちんと一致させ、そこに至るプロセスをしっかり共有していく必要があります。そこがずれていなければ、組織全体も大きく外れることがなく、パフォーマンスも上がっていく、と言われる方が多いです。
役職に応じた役割の切り替えとキャリア設計が重要
松尾:ところが、なかにはマイクロマネジメントを続けてしまう人もいるそうです。役員になっても課長のような動き方をしていて、いちいち口を出して「ああしろ、こうしろ」と指示してくる。周囲が困ってしまいます。要するに、アンラーニングができていないのです。
役職が上がったら、「私は偉くなった」ではなく、役割そのものが変わったのだと意識させることが、非常に大事だと思います。
プレイヤーとしてやりたい人は、そこに特化できる道を用意すればよいわけです。プロフェッショナル職は、以前は形だけの位置づけでしたが、最近は給与水準も管理職とそろえている会社も出てきています。部下はいないけれど、高い専門能力を持つということです。
一方で、マネジメントができる人がきちんと管理職に上がっていく仕組みも整えておかなければなりません。プロフェッショナル職にも段階を設けて評価していかないと、本人の成長が止まってしまいます。「自分は第一人者だから、もう学ぶことはない」となってしまっては困りますから、しっかり段階を設定して評価することが大切だと思います。
管理職の専門性は狭すぎない方がよい
Q:特に専門職組織において、管理職自身が専門性を維持・更新し続けることは、部下の経験学習や成長にどのような影響を与えるとお考えでしょうか。また、そのために管理職自身はどのように「学習の設計」を意識すべきでしょうか。
松尾:私が看護師の経験学習を研究したとき、管理する立場になると専門的な学びが減るということがわかりました。マネジメントを担っている以上、当然のことだと思います。詳しいケアやサポートのスキルは、現場のスタッフの方が詳しいわけで、そこはやむを得ないところがあります。
ただ、繰り返しになりますが、大枠としてその領域で何が大事なのか、今どういう動きがあるのか、という視点を持つことは大事です。部下と会話しながら、相手は高いスキルを持っているわけですから、むしろ任せられるのです。自分がやらないからこそ、任せることができる。
以前、「部下に任せて育てて成果を上げている」3人の看護師長にインタビューしたのですが、同じことをおっしゃっていました。
同じ領域で管理職になると、「私は何でも知っている」という万能感が生まれてしまうそうです。任せたときに「なぜできないの」となってしまう。これが、マネジメントを阻害する要因になっているのです。
その人たちが気づくのは、異動して、不慣れな状況に置かれたとき。そこで初めて他者を通して事を成し遂げるマネジメントの重要性に気づくようです。専門性が狭すぎると、逆に足かせになってしまうわけです。
ただし、看護師の場合、看護というベースは共通しているので、領域が違っても、マネジメントは行えます。中身や専門的なスキルには不慣れでも、ベースがあるから吸収していけるわけです。
これは社長でも同じです。IBMの元会長であるルイス・ガースナーがビスケット会社からIBMに来たとき、ITの世界は詳しくなかった。けれども、ビスケット会社にいたときにシステムの顧客だったので、顧客の視点はありましたし、もともとコンサルタントだったのでビジネスの本質はわかっていました。就任早々「これをやる」と打ち出すことはせずに、最初の3~4か月は顧客を訪問したり、社内の状況を調べたりして、全体像が見えてきた段階で動き出したそうです。
先ほど、異動と昇進が経験学習において重要だという話をしましたが、越境も同じです。特定の領域に詳しすぎると、ティーチングに走り、教えすぎてしまう。むしろ、わからないくらいの立場の方が、一緒に「これは何なのだろう」と本気で考えられる。そのくらいの距離感の方が、よいのかもしれません。
さいごに:わからないからこそ部下と一緒に考えられる
松尾:一緒に考える姿勢は、非常に大事だと思っています。私自身、ゼミ生と話していて、答えを誘導してしまっていたことがありました。あるとき学生から「先生、答えありますよね」と言われて、ハッとさせられました。私が学生を誘導していることが伝わってしまったのです。
本当に自分もわからないときが、一番面白いです。「これはどうなのだろう」と一緒に考えていく時間がいいですね。学部のゼミでは、学生が研究テーマを持ってきて「こういうことをやりたい」と探求しているのを見ると、前のめりになります。すぐに答えが出るものではないからこそ、楽しい。私自身は、そうしたわからないテーマに一緒に取り組む方が、よい指導になっているような気がします。私の専門領域である経験学習の研究を学生がやり始めたら、「そうじゃないよ」と思ってしまいますが、まったく違う領域のテーマであれば、一緒に考えていけます。
研究の醍醐味は「探求と感動」にあります。何かを知りたくて調べ、発見したことに感動する。これが研究です。ただし、私もいつも理想的な姿勢で取り組んでいるわけではありません。ふと「探究していないな」と気づくこともあります。それでも、感動の瞬間が訪れたときは、それがよい研究のサインです。ですから学生には、「これが大事だ」「こういうものを味わってほしい」という本質的な部分と、研究の方法を伝えています。「こういうステップで進める」「気をつけるべきポイントはここだ」と、進め方の枠組みは示す。けれども、中身は本人が自分で考えるよう促します。
ビジネスの世界も同じだと思います。それぞれの専門領域において、優れた成果を生み出すためのアプローチというものがあるはずです。細かい専門的な知識がなくても、専門領域の大枠の流れは理解していて、成果を生み出すための仕事の進め方がわかっていれば対応できるはずです。その上で、部下に考えさせ、育て、成果を上げさせることができるマネージャーが求められていると思います。