2025年後半頃は、労働基準法が約40年ぶりに大改正される、とインターネットを中心に大きく騒がれていたものの、結果として見送りとなりました。2026年に入っての衆院選挙後、現政権は「裁量労働制の見直し」の方針を打ち出していますが、具体的な審議はこれからとなります。
本稿では、2026年4月1日現在で確定している、最新の法施行・改正予定に基づいて、人事労務の実務担当者が押さえておくべきポイントを整理します。
1.健康保険料率の改定(2026年3月〜)
2026年3月より、全国健康保険協会(協会けんぽ)の保険料率が改定されています。社会保険料は原則として翌月控除(天引)ですので、4月支給分の給与(控除する保険料)から、新しい保険料率で計算することになります。
なお、協会けんぽではなく、健康保険組合に加入している企業は、当該保険組合の保険料率をご確認ください。
<実務ポイント>
- 料率の確認:都道府県別の新しい健康保険料率を確認します。
2026(令和8)年度 保険料額表
- システムの設定:給与計算ソフトを利用されている場合は、料率マスタを更新します。
- 従業員への周知:保険料の変更は手取り額に直結します。社内ポータルや給与明細への付記により、改定の旨を周知し、不要な問い合わせを未然に防ぐことも実務上のポイントです。
2.子ども・子育て支援金制度の開始(2026年4月〜)
「子ども・子育て支援金」が新設されました。これは、子育て支援を拡充するため、すべての世代や企業のみなさんから支援金を拠出する制度です。
前述の健康保険料改定とは1ヵ月ずれ、5月支給分の給与(控除する保険料)からの控除開始となることに注意しましょう。
<実務ポイント>
上記1の健康保険料率の改定と同様です。なお、支援金にかかわる料率は0.23%となっていますが、前述の2026(令和8)年度 保険料額表に、実際の控除額も記載されていますので、ご参照ください。この料率も毎年改定されていく予定です。
3.女性活躍推進法:101人以上企業への公表義務拡大(2026年4月〜)
これまで301人以上の企業に課せられていた「男女間賃金差異」の公表について、101人以上の企業にも義務化が拡大されました。また、同じく101人以上の企業は、「女性管理職比率」の情報公表も義務化されます(100人以下の企業は努力義務です)。
これにより「労働者数101人以上300人以下」の企業においては、次の3項目以上の情報公表が必要となります。
- 男女間賃金差異
- 女性管理職比率
- 女性労働者に対する職業生活に関する機会の提供に関する実績、又は職業生活と家庭生活との両立に資する雇用環境の整備に関する実績
<実務ポイント>
- 雇用区分別の平均年間賃金の算出:直近の事業年度における「全労働者」「正規雇用労働者(いわゆる正社員)」「非正規雇用労働者(有期雇用社員やパートタイム社員)」の区分別の平均年間賃金を算出します。
- 男女の差異の算出:①の雇用区分別の平均年間賃金について、男性労働者の賃金平均に対する、女性労働者の賃金平均を割合(パーセント)で算出します。この際、小数点第2位は四捨五入、小数点第1位まで表示します。
- 公表:自社サイトや「女性の活躍推進企業データベース」等において、2の算出データを公表します。なお、データの対象期間その他計算の前提となる重要事項(対象労働者の範囲、「賃金」の範囲など)をあわせて付記します。
※ 毎年1回(事業年度終了後、おおむね3ヵ月以内)に最新の数字(直近事業年度の数字)を集計、公表していくことになります
※ 公表して終わり、ではなく、要因や課題を分析し、改善に取り組むことが大切です
<情報公表のイメージ>
| 雇用区分 | 男女の賃金の差異 |
| 全労働者 | 〇〇.〇% |
| うち正社員 | △△.△% |
| うちパート、有期社員 | □□.□% |
*対象期間:●事業年度(▲年▲月▲日~■年■月■日)
*対象労働者:出向者を除く
*対象賃金:割増賃金や賞与を含む
女性の活躍推進企業データベースにて、すでに賃金差異情報を公表されている企業もありますので、参考にしてみてください。
なお、女性活躍推進法に基づき、「一般事業主行動計画」の策定・届出等を行った企業のうち、女性の活躍推進に関する取り組みの実施状況が優良である等の一定の要件を満たした場合は、都道府県労働局への申請により、「えるぼし認定」を受けることができます。
この認定基準の見直しと、あらたなランク「えるぼしプラス」も創設されておりますので、ブランドイメージ、採用力向上のためにも認定取得を検討されてはいかがでしょうか。
4.健康保険 被扶養者認定にかかわる収入基準の判定方法(2026年4月~)
健康保険被扶養者として認定されるかどうかの基準のひとつに、俗にいう「130万(円)の壁」があります。年間収入が130万円以上となるのであれば、健康保険の扶養には入れない(配偶者等の被扶養者になれない)というものです(年齢によっては、150万円または180万円となる場合があります)。
この年間収入は、これまで対象者の「今後1年間の収入の見込み額」によって判定していました。しかし、今後は対象者の労働契約で定められた賃金、つまり、雇用契約書や労働条件通知書に記載された労働条件(賃金額と労働日数や労働時間)から見込まれる年間収入によって判断します。
もしも当初想定されなかった臨時の収入(残業代や一時金)により、結果的に年間収入が 130 万円以上となった場合であっても、当該臨時収入が社会通念上妥当である範囲に留まる場合には、被扶養者から外れることはありません。
<実務ポイント>
本改正により、労働条件通知書(雇用契約書)の項目について、追加や改訂の法的必要性はありませんが、賃金や労働時間、労働日などの労働条件から、130万円の基準を満たすのか、精査しておきましょう。
なお、130万円未満であるだけでなく、その収入額について、対象者が被保険者と同一世帯に属している場合は被保険者の年間収入の2分の1未満であると認められるとき、同一世帯に属していない場合は被保険者からの援助による収入額より少ないとき、ほかの収入が見込まれないこと、などの要件も押さえておきましょう。
5.障害者の法定雇用率の引き上げ(2026年7月~)
民間企業の法定雇用率が「2.7%」に引き上げられます(2026年4月現在は2.5%)。このため、雇用している労働者数が「37.5人」以上であれば、少なくとも1人以上の障害者を雇用する義務が生じます。
<実務ポイント>
- 自社が雇用すべき障害者数の算定
- 障害者雇用の取り組み:ハローワークなどへの相談
- 障害者雇用状況の報告:毎年6月1日時点での実際の障害者雇用状況をハローワークへ報告
なお、業種ごとに「除外率」も設定されていますので、自社の業種が該当するかどうか、ご確認ください。また、令和8年度分の障害者雇用納付金について(申告期間:令和9年4月1日から同年5月17日までの間)は、令和8年6月以前については2.5%、令和8年7月以降については2.7%で算定することになります。
6.カスタマーハラスメント(カスハラ)防止の義務化(2026年10月〜)
顧客からの著しい迷惑行為、いわゆる「カスハラ」から労働者を守るため、企業は、雇用管理上の措置を講じなければなりません。
カスハラとは、下記1~3の要素をすべて満たすものをいいます。
- 顧客等の言動であること(電話やSNS等も含む)
- 雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものであること
- 1、2により、労働者の就業環境が害されるもの
2の「社会通念上許容される範囲を超えたもの」とは、以下のようなものをいいます。
- 身体的な攻撃(暴行、傷害等)
- 精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言、土下座の強要等)
- 威圧的な言動
- 継続的、執拗な言動
- 拘束的な言動(不退去、居座り、監禁)
<実務ポイント>
- 方針の明確化と周知啓発:「当社はカスハラを許さない(毅然とした態度で対応し、労働者を守る)」というメッセージを内外に発信します。昨今、小売や飲食の店舗でもカスハラに関するポスターを目にすることが多くなりました。
もちろん、自社労働者が顧客へカスハラを行うことも許されませんので、就業規則や服務規律にその旨を明記してもよいでしょう。
- 相談体制の整備:既存のセクハラ・パワハラ窓口に加え、カスハラにも対応できる体制を整えます。
- 対応体制の整備:対応マニュアル等を作成し、現場の労働者が「どこまでが正当なクレームで、どこからがハラスメントか」を判断できる基準をつくり、悪質なハラスメントだと感じたら、どのような行動を起こしたらよいか、対応手順を周知します。悪質なカスハラに対し、1人で抱え込まない体制づくりが望まれます。もちろん、相談者のプライバシーを保護したうえで、相談に対する不利益取り扱いは禁じられています。
7.求職者へのセクハラ防止措置(2026年10月~)
採用選考中の学生や求職者、インターン生、実習者等に対するセクシュアルハラスメント(セクハラ)防止も義務化されます。自社の労働者(採用面接官や学生とコミュニケーションをとるOB・OG、インターンシップのメンターなど)が決してハラスメント加害者となることのないようにしましょう。
<実務ポイント>
上記カスハラ同様に、自社方針や相談窓口、対応体制を明確化し、自社労働者だけでなく求職者にも周知啓発をしていきます。面接担当者等に対し、不適切な発言や接触を未然に防ぐためのトレーニングも有効です。
8.その他の法改正予定など
その他、2026年度は在職老齢年金や企業型DCなども法改正があります。また、2027年以降も下記のような法改正が予定されています。
1.育成就労制度のスタート(2027年4月〜)
外国人雇用について、「技能実習」制度が廃止され、人材確保と育成を目的とした「育成就労」制度へ移行します。
2.標準報酬月額上限の段階的引き上げ(2027年9月〜)
厚生年金保険等の標準報酬月額の上限が、現行の65万円から段階的に75万円まで引き上げられます。
- 2027年9月~68万円
- 2028年9月~71万円
- 2029年9月~75万円
3.雇用保険の適用拡大:週10時間以上への変更(2028年10月〜)
雇用保険の加入要件である週の所定労働時間について、「週20時間以上」から「週10時間以上」へと引き下げられます。
4.社会保険適用拡大の最終段階(2027年〜2035年)
労働者数に応じた企業規模要件が段階的に撤廃され、2035年には1人以上の全事業所が対象となります
- 段階的撤廃スケジュール:
- 2027年10月:従業員36人〜50人
- 2029年10月:従業員21人〜35人
- 2032年10月:従業員11人〜20人
- 2035年10月:従業員1人〜10人(完全撤廃)
まとめ
これらの改正を乗り切るため、人事担当者としては、「いつ」「何が変わるか」を把握し、自社として「どうしておくべきか」対応方針や、事前準備をしておくことが大切です。
特に、社会保険の適用拡大と標準報酬上限の引き上げは、人件費へのインパクトが大きいものと推察します。近年大幅に増額している最低賃金の動向も注視すべきでしょう。これらは事業計画にも影響するため、経営陣との情報共有が必要となるでしょう。もちろん、労働者が安心して長く働けるような環境づくり、情報発信も大切です。
法改正に対応するだけでも目まぐるしさがあるかもしれませんが、法改正や他社動向などの外部把握、自社の最適な方法・体制づくりのための課題分析を踏まえ、適切な人事施策を実行していきましょう。