流動性に対する企業の向き合い方-不確実時代の転職活動4-

宮本祥太
著者
キャリアリサーチLab研究員
SHOUTA MIYAMOTO

企業は転職時代にどう向き合うべきか

企業の人手不足感が強まる中、これから先さらに生産年齢人口が減り続ける未来がやってくる。企業は今後、限りある人材をどのように活かすかという課題に直面することになる。

片や、転職者や転職等希望者が年々増加し、早期の転職実現を望まない人も転職を視野に入れてキャリアを捉える意識が広がる。マイナビ転職活動実態調査(2025年)のデータを紐解いてみると、そこには働く人と転職の距離が縮まっている様子が垣間見えた。 

個人の自律性と雇用の流動性の現状は、企業の人材マネジメントを複雑にする。たとえば、組織の中核として考えていた従業員が突然会社を離れることもあれば、中途採用の候補者たちが自社が望むタイミングでの入社を望んでおらず選考から離脱する可能性もある。離職・転職として表面化している事実だけでは捉えきれないことも多いだろう。 

労働力に限りがあり、雇用に流動性が生まれている。これを前提としたときに、企業はどのような観点で人材の獲得、定着、育成と向き合うことができるのだろうか。 

生産年齢人口の減少

これからの企業の人材マネジメントを検討する上で、人口問題を切り離して考えることは難しい。これまで労働の主たる部分を担ってきた生産年齢人口(15歳~64歳)が減少する未来は確実だ。

直近の令和2年(2020年)国勢調査によると、日本の生産年齢人口は7,509万人で、今後さらに減少が予想されている。国立社会保障・人口問題研究所は将来の出生推移の可能性として「高位」「中位」「低位」の3種を想定し、それに応じて将来の人口推計を行っている。

推計によると、生産年齢人口は2040年代に6,000万人を割る勢いで減少。出生率が高く推移する「高位」の場合でも2070年に5,000万人に迫り、出生率が低く推移する「低位」の場合(低位)はさらに速いペースで減少が進み、2070年に4,000万人に迫る。(※1)【図1】

【図1】国立社会保障・人口問題研究所の推計値をもとにマイナビ作成
【図1】国立社会保障・人口問題研究所の推計値をもとにマイナビ作成

生産年齢人口が増えている間は、外部労働市場(企業の外に開かれた労働市場)から継続的に、あるいは必要に応じて人材を調達することが比較的容易だった。だが、これからの人口構造の変化を鑑みれば、この考え方に基づいて組織を構成することには限界も出てくる。今後は、限りある人材をどう活かすかという視点が一層大切になってくる。 

前提となる流動性

雇用の流動性の観点も今後の企業の組織づくりにおいて踏まえるべきことだろう。転職を巡る動きが活発になっている背景には、雇用の流動性を促す社会全体の機運の高まりも関係していると考える。政府の新しい資本主義実現会議が示した「三位一体の労働市場改革の指針(2023年)」では内部労働市場と外部労働市場の接続の重要性が示された。 

また、経済産業省の人的資本経営の実現に向けた検討会がとりまとめた「人材版伊藤レポート2.0(2022年)」においても、社会の変化が大きい時代において企業・個人に求められる変革として「個の自律・活性化」や「選び、選ばれる関係」が指摘されている。【図2】 

対象変革の方向性キーワード
人材マネジメントの目的人的資源・管理
 →人的資本・創造価値
投資(コストでなく競争優位に資する資本)
アクション人事
 →人材戦略
持続(持続的な価値向上と経営戦略との連動)
個と組織の関係性相互依存
 →個の自律・活性化
共創(互いに選び合い共に成長・創造)
雇用コミュニティ囲い込み型
 →選び、選ばれる関係
対等(専門性を土台とする多様性・開放性)
【図2】人材版伊藤レポート2.0をもとにマイナビ作成 

2つの指針に通ずるのは、雇用や個人の一つの組織でのキャリア形成を前提としない、流動的な人材マネジメントへの転換が求められている点であろう。この発想自体、日本型雇用システム(終身雇用・新卒一括採用・年功序列)とはある種対極的な考え方であり、組織の発展や経済成長へ時代に合わせた労働・雇用の変化が求められている様子が見て取れる。 

転職が身近なキャリアの選択肢に

このような社会の雇用に対する捉え方の変化が、働く個人にも影響を与えている可能性がある。マイナビ転職活動実態調査(2025年)の結果を紐解くと、転職活動を行う人のスタンスには濃淡があり、必ずしも転職実現や早期の転職を前提とせずに転職活動を行うパッシブ(控え目)な側面が見られた。 

また、転職することでキャリアの前進を期待するポジティブな視線があり、個人にとって転職が身近なキャリアの選択肢になっている可能性もうかがえた。そこには働く人、転職活動を行う人の「曖昧さへの備え」の意識もにじむ。 

転職活動の実態や「曖昧さへの備え」の意識は、キャリアの持続可能性を重視する「サステナブルキャリア」に通ずる部分があり、不確実性が高まるとともにこのような考え方でキャリアを描く人は今後増えていくことも想定できる。その中で、企業はどのように組織を捉えるべきだろうか。  

サステナブル人的資源管理の考え方

サステナブルキャリアを実現する手段として近年注目されているのが「サステナブル人的資源管理」の考え方である。 

サステナブル人的資源管理は、持続可能性を重視し、従業員が置かれた環境や社会環境が時間経過とともに変化することを前提に、個々の従業員やその家族といった複数のステークホルダーと、社会が求めるニーズといった外部環境の文脈を考慮した人材マネジメントの在り方だ(De Vos, A., & Van der Heijden, B. I. 2017)。  

サステナブル人的資源管理の理論モデルの一つに「ROCモデル」がある(De Prins et al.,2014)。ROCモデルは、尊重(Respect)、開放性(Openness)、継続性(Continuity)という3つの特徴を含む。

尊重(R)は、従業員に対する尊重であり、個々のエンゲージメント・ウェルビーイング向上や経営への従業員参加などに向けた実践が求められる。開放性(O)は、外部視点を意味し、地球環境やダイバーシティ、高齢化や労働市場などのさまざまな環境要因を踏まえた施策展開を重要視する。継続性(C)は長期的視点を意味し、短期的利益を重視する考え方ではなく長期の個人と組織の関係性を意識しながら人材育成や職場改革を行う必要性が提示されている(De Prins et al., 2014)。【図3】 

尊重
(Respect)
人的資源に対する尊重の姿勢。従業員や従業員の家族など多様なステークホルダーを考慮する 
開放性
(Openness)
外部環境から捉える視点。地球環境や社会倫理に配慮し、多様性やワークライフバランスなどの視点を含める 
継続性
(Continuity)
長期的な雇用関係の視野。個人・組織の双方にとってバランスのとれた関係性を長期の視点で実現する 
【図3】De Prins et al. (2014)をもとにマイナビ作成

個人のキャリアだけでなく、組織の人材マネジメントにも「持続可能性」の視点が求められる時代であると言えよう。

企業における持続可能性の実践例

このように、持続可能性の要素を人材マネジメントに取り入れる動きが企業の人事施策にも見られる。

NTT西日本株式会社は、キャリア自律の観点から、自ら希望のポストに手上げできる「手上げ人事」や、本業を継続しながら最大で業務時間の2割までの稼働の中で社内・グループの業務に取り組むことができる「社内ダブルワーク制度」を展開。 

実際、「社内ダブルワーク制度」を活用して、キャリアコンサルタント資格を持つ従業員が組織内のメンバーのキャリア相談に応じる「キャリア相談窓口」を設立するなど、従業員が自律的にチャレンジできる環境を整備している。 

また、介護サービス事業などを展開する社会福祉法人新生寿会は、不規則な労働時間や変則的な勤務体系になりがちな介護職員を支援する施策の一つとして「子連れ出勤」の制度を取り入れている。制度の対象を正職員からパート職員にまで広げ、誰もが育児と仕事を両立しやすい環境づくりを実践。同時に採用広報の場面で「子連れ出勤」の制度をPRすることで、新規人材の獲得にも繋げている。 

2つの事例は、社員の個々の置かれた環境や従業員の多様性が考慮された制度を導入し、個人と組織の関係性を長期的なものとして捉えている点で「尊重」「開放性」「継続性」の3要素を踏まえているとも言えるだろう。 企業が従業員それぞれのキャリアに寄り添って人事施策を展開することは、個々のキャリアを取り巻く環境が不確実になる今の時代において有効であると思う。 

「尊重」による「共感」の醸成

サステナブル人的資源管理の考え方や人事施策の事例から得られる示唆は、個人のキャリアに対する配慮が欠けた「組織一方的」な人材マネジメントからの転換の必要性だろう。

組織が求めるものは、必ずしも働く個人が求めるものや社会環境が求めるものと一致しておらず、企業の人材獲得・定着の課題が深刻化している状況を踏まえると、この点に配慮した施策を展開していくことが重要と考える。 

まずは「尊重」の要素を組織づくりに取り入れることが重要ではないだろうか。新たな制度をつくったり、運営したりすることは簡単ではないが、経営者やマネージャーが従業員それぞれが担当する目先の業務や成果だけに限らず、個々のライフキャリア・ワークキャリアにも気を配りながらニーズを吸い上げる姿勢を示すことも意味がある。 

そこから、実現可能なものを制度や組織に少しずつ取り入れていくことで、組織と従業員の持続的な関係を築いていく方策は有効だろう。それが、今働いている人たちや、これから働こうと思っている人たちの組織に対する「共感」を生むことに繋がると思う。 

キャリアリサーチLab研究員 宮本 祥太


(※1)各年10月1日現在の総人口(日本における外国人を含む)の推計.令和2年(2020)年は、総務省統計局『令和2年国勢調査 参考表:不詳補完結果』の数値。人口推計には死亡推計も加味されており、死亡高位・死亡中位・死亡低位の3種を想定。本コラムでは死亡中位における生産年齢人口の将来推計を紹介。


【参考文献】 

De Vos, A., & Van der Heijden, B. I. (2017). Current thinking on contemporary careers: the key roles of sustainable HRM and sustainability of careers. Current opinion in environmental sustainability, 28, 41-50. 

De Prins, P., Van Beirendonck, L., De Vos, A., & Segers, J. (2014). Sustainable HRM: Bridging theory and practice through the’Respect Openness Continuity (ROC)’-model. Management revue, 263-284. 

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