イシューセリングとは? 現場のモヤモヤを打開する“「上」を動かす戦略”

神谷俊
著者
株式会社エスノグラファー代表取締役 バーチャルワークプレイスラボ代表
SHUN KAMIYA

「この問題、なぜみんな重要だと思わないんだろう?」
「これほど良い企画なのに、どうして理解してもらえないんだろう?」
「はやく手を打たないと大きなトラブルになるのに、上層部の反応が薄い……」

職場で、こんなモヤモヤを感じたことはありませんか?現場だからこそ気づける課題や改善提案を、上司や関係者に伝えようとしても、なかなか動いてくれない。そんなとき、つい「相手が悪い」と考えてしまいがちです。

「上司はやる気がない」「理解力がない」「忙しくて聞く耳を持たない」……。

こんな声を耳にすることは少なくありません。しかし、相手に原因があると意味づけ、それ以上のアクションを控えてしまえば、結果として現場の問題は放置されてしまうでしょう。改善のチャンスは失われ、組織のパフォーマンスも少しずつ落ちていってしまう。

そんな“声が届かない状況”を打開するヒントになるのが、「イシューセリング(Issue Selling)」という考え方です。本コラムでは、このイシューセリングを実践するうえで大切なポイントを紹介していきます。誰もが「それ、たしかに大事だね」と動きたくなるような伝え方のコツを、一緒に探っていきましょう。

イシューセリングとは何か?

イシューセリング(Issue Selling)とは、自分が発見した課題を、ただ指摘するのではなく、相手の関心を動かすように仕掛ける行動を意味します(※1)。相手に課題を“売り込む”ための方法論と言っても良いでしょう。

「この業務、少し非効率かもしれない」「お客様の声が現場には届いていても、組織として活かせていない気がする」

――そんな現場の気づきは、多くの方が日々感じているものかもしれません。しかしながら、そうした気づきは、いつも“組織のアジェンダ”に載せられるとは限りません。

上司に伝えても「不満」「愚痴」のように聞こえてしまえば、受け流されてしまうこともあります。その一方で、「なるほど、それなら一度考えてみたい」と思ってもらえるように伝えられれば、そこから具体的な改善や検討の動きが生まれる可能性が高まります。

「どう伝えるか」によって、組織の反応が変わってくる――この前提に立った考え方が、イシューセリングです。

特に近年は、ビジネス環境の変化が速く、課題も複雑化してきています。その中で、上司がすべてを把握し、トップダウンで対応していくことは、難しくなってきています。加えて、リモートワークの普及や職場の多様化も進み、「現場の状況を上司が察してくれる」ような関係性は築きづらくなってきたように感じる方も多いのではないでしょうか。

だからこそ、あなたの目の前で起きていることを言語化し、周囲に届けていく力が、これまで以上に求められているように思います。イシューセリングは、そのための一つの手がかりとして、活用できる考え方です。

イシューセリングの4つのフェーズと実践ポイント

イシューセリングにおいて大切なのは、戦略的に踏んで準備・展開していくこと。「思いついたらすぐ言う」のではなく、相手を見極め、用意周到に準備を進め、場を選んで理解を促していきます。ここでは、イシューセリングの実践ポイントを4つのフェーズに分けて紹介します。

イシューセリング-4つのフェーズと実践ポイント-
イシューセリング-4つのフェーズと実践ポイント-

フェーズ1:観察・分析 ―「誰に・どのように届くか」を見極める

イシューセリングは、相手のニーズを見極めるところから始まります。まずは、ターゲットを見定めつつ、相手の価値観や立場を観察しながら、どのようなコミュニケーションを取れると効果的なのか、丁寧に分析していく必要があります。

どんなに優れた提案でも、適切な相手に届かなければ、そこから何かが動き出すことはありません。そして、たとえ正しい相手に伝えたとしても、その人自身が「重要だ」と感じてくれなければ、動いてもらうことは難しいでしょう。

周囲の反応からキーパーソンを探る

とはいえ、最初から「この人がキーパーソンだ」「こう言えば響く」と確信を持てるケースは限られます。そこでおすすめなのが、軽く「ジャブ」を打って周囲の反応を探ることです。

たとえば、身近な先輩や上司に「最近、こんなこと気になっていて…」と、さりげなく話題にしてみる。その反応から、さまざまなヒントが得られます。

「それは工場長が最終的に判断する話だけど、今はかなり忙しそうだよ」「事業部長は、以前も同じような提案には乗ってこなかった。利益に直結する話じゃないと動かないタイプなんだよね」

こういった口コミ情報は、非常に有用な手がかりになります。誰に、どのタイミングで話を持ちかけるのが良いのか。どんな切り口なら相手の関心に引っかかるのかを検討する材料となります。

自分に貼られている“ラベル”を自覚する

また、ターゲットを意識するのと同時に、自分がキーパーソンからどう見られているのか(自分の“ラベル”)に配慮することも大切です。

たとえば、あなたが営業部の社員だとして、「顧客からサービス改善の要望がある」と提案をしたい場合、相手によっては「それは営業視点の意見だよね」「営業だから、顧客の声に過剰に反応しているのでは」といったフィルターがかかってしまうことがあります。このように、「○○部のポジショントークだ」と見なされると、内容そのものに向き合ってもらえないケースもあるのです。

こうした状況では、視点を一段引き上げて問題を捉えることが大切です。たとえば、営業部としての感覚だけでなく、社内の他部署の状況や数字をあらかじめリサーチしておき、「組織全体のパフォーマンス向上のために、顧客サービス改善が必要」という形で提案できれば、受け止め方も変わってきます。

つまり、目の前の問題を「どう伝えるか」だけでなく、「どの視座・視点で伝えるか」によって、提案の受け止められ方が大きく変わってくるということです。

フェーズ2:設計・構築 ―「何を・どう伝えると響くか」を組み立てる

「誰に伝えるか」が見えてきたら、次のステップは「どう伝えるか」の設計です。相手の関心や判断基準にフィットする伝え方を組み立てていく段階に入ります。

ここで重要なのは、自分が伝えたい「課題」や「提案」を、相手にとって“価値のある話”に翻訳することです。

相手の「KPI(業績指標)」で語る

伝え方を設計する際におすすめなのが、相手のKPI(業績指標)や目標に照らして話すことがポイントです。人は誰でも、自分の役割や目標には、強い関心を持っているものです。そこに話を「乗せて」いくことで、より自分ごととして受け止めてもらいやすくなります。

たとえば、あなたが現場でお客様へのサービス提供のスピードに問題意識を感じたとしましょう。その問題を改善するために、品質を重視する生産部門のマネージャーに協力を仰ぐならば、「お客様からのクレームや品質評価に影響を与えるリスク」について丁寧に語ることで共感を引き出せるかもしれません。

あるいは、営業部門やマーケティング部門のマネージャーに提案するなら、「NPS(顧客による自社サービスの推奨度)が低下し、既存顧客の解約率に影響を与えるリスク」について言及するとより詳しく話を聞いてくれるはずです。

このように、相手の関心の軸=「相手が成果を出したいと感じている領域」に話を寄せていくことで、「これは自分の仕事に直結する話だ」と思ってもらえる可能性が高まります。ただ正論をぶつけるのではなく、「この人にどのように話せば“価値のある話”に聞こえるか?」という視点で、伝え方を組み立てることがポイントです。

「C案」を提案に含める

イシューセリングでは「これが問題です!」と伝えるだけでは不十分なことがあります。相手がマネージャー以上の立場ならば、なおさら「問題だ」と言うだけでは事態は前に進みません。彼らの仕事は「意思決定」です。つまり「何を承認してほしいの?」という視点で話を聞いているのです。

このとき大切なのは、単なる問題提起ではなく、対策の「選択肢」や「求める対応」を添えて提案することです。そして、その中でも特に重要なのが、「現実的に実行しやすい案」を用意することです。
たとえば、こんな構成です。

A案:思い切った抜本的な改革(効果は大きいけれど、コストもかかる)
B案:現実的な改善案(すぐにできるけれど、効果は限定的)
C案:A案とB案の間にある、より柔軟性・実行可能性の高いプラン

ポイントはC案です。A案とB案だけだと「どっちも決めきれないな……」と、上司が判断を先送りする可能性があります。そんなとき、C案があると「とりあえずこの方向で進めようか」と合意が得られやすくなるのです。具体例を見てみましょう。

テーマ例:顧客からサービス改善の要望があったケース
テーマ例:顧客からサービス改善の要望があったケース

上記のスライドにおいてA案・B案だけだと、意思決定時のリスクが高いためマネージャーはこの事案を先送りにする可能性があります。「具体的な対策を下すには情報不足だ」「もう少し様子を見よう」といった具合に、先送りになってしまえばこの問題への対応は一時的に「ストップ」してしまいます。

しかし、C案というある意味での「前向きな先送り(すぐに施策は打たないが、まずは現場情報から集めて段階的に進める)」の選択肢も含めておくことで「この問題への対処を何かしら進める」という合意を獲得することはできます。相手に選ばせるための選択肢を設けておくことが、問題へのアクションを承認してもらうためのポイントです。

フェーズ3:準備・展開 ―適切なタイミングでキーパーソンを巻き込む

提案の骨組みが見えてきたら、いよいよ“動き出す”フェーズです。ただし、ここで注意したいのは、「いきなり全体会議で発表する」というような直球勝負は、かえってブレーキをかけてしまう可能性があるということ。人は、初めて聞く話や、自分が関わっていないテーマに対して、無意識に警戒や防御反応を示してしまうものです(※2)。

だからこそ大切になるのが、「相手のレディネス(準備状態)を高めておくこと」。具体的には、「キーパーソンを事前に巻き込んでおく」「あらかじめ提案概要を共有しておく」といった、“仕掛け”の積み重ねが有効です。

会議やそこでのプレゼンテーションは“勝負の場”のように思われがちですが、実際には「最終確認の場」にすぎません。会議での反応は、事前にどれだけ関係者の理解や共感を得ておいたかによってある程度は決まっているものです。勝負はすでに会議の前に決着しているといっても言い過ぎではないでしょう。

キーパーソンを見極め、“隙間”を攻略する

このフェーズでは、すべての関係者に一律に説明するのではなく、「誰に、どの手段で、どれくらい丁寧に伝えるか」を見極めて、力を注ぐべきポイントを絞りましょう。特に重視したいのが、会議や意思決定の場で発言力を持つ“キーパーソン”にどう働きかけるかです。

もしキーパーソンが多忙で、まとまった時間を取りづらい人であれば、まとまった時間をもらおうとするよりも、「ちょっとした隙間時間」をうまく活用する方が、スムーズに共有できることもあります。
たとえば、こんな場面を活用してみましょう。

  • 昼食を買いに行くタイミングで、エレベーターで一緒になったときに軽く話しかける
  • 席を立って休憩に向かう途中で歩きながら「少しだけご相談いいですか?」と声をかける
  • 雑談の中で「実は最近ちょっと気になっていることがあって…」とさりげなく話題を切り出す

これらのアプローチは、1on1を申し込みしっかり時間を取ってもらうよりも、むしろ相手にとって負担感が少なく、印象に残りやすいというメリットがあります。また、“正式”な提案ではないために、シビアなコメントや最終的な判断をされずに、相手の関心度合いや懸念点を探ることもできるので、「提案を育てる小さなきっかけ」としてとても有効です。

提案を通すための“準備”とは、何もスライド資料や根拠データを整えることだけではありません。「誰に・いつ・どこで・どんな言い方で伝えるか」という、“伝え方の準備”もまた、非常に重要な要素です。
特にキーパーソンに対しては、関心を引く導入の工夫、話すタイミングの見極め、短時間で要点を伝える技術など、自分なりの「作戦」を持っておきましょう。相手のスタイルに合わせてアプローチを変えることが、提案の受け入れやすさを高める一歩になります。

フェーズ4:振り返り ―「何が効いて、何が効かなかったか」を学ぶ

イシューセリングは、提案して終わりではありません。本質は、実践そのものよりも、むしろその前の“準備”と、その後の“振り返り”にあります。

実際、組織行動論や対人影響に関する研究でも、「提案の成否は、その場の技術よりも、事前の準備や相手理解の深さに左右される」と繰り返し指摘されています(※3)。

相手の心理を“逆再生”するように

効果的な振り返りのコツは、自分の発言だけを見直すのではなく、「相手がどう受け取ったか」という視点を持つことです。たとえば、提案が驚くほどスムーズに通った場合も、ただ「タイミングが良かった」と片づけるのではなく、「どの瞬間に相手が頷いていたか?」「どの表現が響いていたか?」「事前にどんな擦り合わせをしていたか?」など、相手の心理の流れを逆再生するようにたどってみると、再現性のあるスキルが身についていきます。

うまくいかなかったときも同様です。「唐突に話を切り出してしまったのでは?」「課題の深刻さを共有できず、相手の優先順位に入らなかったのでは?」といったように、自分視点だけでは見えない原因に気づくことができます。

こうした振り返りは、たとえ提案が受け入れられなかった場合でも、それを“相手を理解するチャンス”として捉えることにつながります。

イシューセリングとは、単発の説得行動ではなく、相手との関係性や課題認識を少しずつ育てていく“継続的なプロセス”です。今日うまくいかなかったことも、次回の布石になるかもしれません。だからこそ、提案の中身以上に、その前後の丁寧な設計と検証が、結果を大きく左右するのです。

だからこそ、提案がうまくいったとしても、あるいは期待通りにいかなかったとしても、「通った/通らなかった」という表面的な結果で終わらせてはいけません。次につながる気づきを得るために、客観的な振り返りが欠かせません。

イシューセリングを実践することの意味 ― ネガティブな先入観を超えて

イシューセリングと聞くと、「根回し」「社内政治」「ロビー活動」といった言葉を思い浮かべ、少し距離を置きたくなる人もいるかもしれません。特に若手社員の中には、「そういう動きをするのは評価目当てに見える」「裏でコソコソしているようで苦手だ」と感じてしまう人も少なくありません。

ですが、イシューセリングの本質は、決して不透明な駆け引きでも、立場を利用した押し付けでもありません。それは、自分が気づいた課題を“他者の目”にどう映るかを想像し、相手の理解と行動を引き出すために工夫を重ねる、コミュニケーションにおける知性だと私は考えます。

「どう伝えれば動いてもらえるか?」――

この問いに向き合いながら試行錯誤を重ねることは、「どうせ言っても無駄」と黙ってしまうのではなく、自ら関係性を耕し、組織に働きかけようとする前向きな姿勢の表れです。トップダウンでは気づけない現場のリアル。そこにいち早く気づけるのは、現場で働く一人ひとりの目線です。

変化が多いこの時期に、あなたの声で現場の問題を届けることが、組織の未来を変える起点になるかもしれません。今だからこそ「イシューセリング」という行為を意識的に行う価値があるのではないでしょうか。


<参考文献>
※1 Dutton, J. E., & Ashford, S. J. (1993). Selling issues to top management. Academy of management review, 18(3), 397-428.
※2 Brehm, J. W. (1966). A theory of psychological reactance. New York: Academic Press.
※3 Ashford, S. J., Ong, M., & Keeves, G. D. (2017). The role of issue selling in effective strategy making. Handbook of middle management strategy process research, 77-108.

神谷俊

著者紹介
神谷俊(かみや しゅん)
株式会社エスノグラファー 代表取締役
バーチャルワークプレイスラボ 代表

企業や地域をフィールドに活動。定量調査では見出されない人間社会の様相を紐解き、多数の組織開発・製品開発プロジェクトに貢献してきた。20年4月よりリモート環境下の「職場」を研究するバーチャルワークプレイスラボを設立。大手企業からベンチャー企業まで、数多くの企業のテレワーク移行支援を手掛け、継続的にオンライン環境における組織マネジメントの知見を蓄積している。また、面白法人カヤックやGROOVE Xなど、組織開発において革新的な試みを進める企業の「社外人事(外部アドバイザー)」に就くなど、活動は多岐にわたる。21年7月に『遊ばせる技術 チームの成果をワンランク上げる仕組み』(日経新聞出版)を刊行。

関連記事

コラム

上司や同僚、人事担当者はここに注意!!
『ライフキャリア実態調査』で考えるZ世代との関わり方とは?

コラム

上司がスマホの画面ばかり見ている~ファビングがもたらす組織への影響~

コラム

上司と新入社員の視点から探る伸びる新人のフィードバックの生かし方—九州大学ビジネス・スクール講師 碇邦生氏