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役割に合わない業務が会社を蝕む―不適正タスクの実態と対策
目次
はじめに
なぜ、この仕事を私がしなければならないのか。この業務に何の意味があるのだろう。このような思いを抱いたことはありますか。自分の役割や専門性に合わないと感じる仕事、あるいは意味がないと思える仕事に直面することは決して珍しくありません。これは、「不適正タスク」(illegitimate tasks)と呼ばれる問題です。
無駄な事務作業に時間を取られる、不要な会議に拘束される、他部署の雑務を押し付けられる。一見些細に思えるこれらの問題が、実は従業員の心の健康と組織の生産性にマイナスの影響を及ぼしていることが、さまざまな学術研究を通じて明らかになっています。
不適正タスクは、業務の非効率性の問題にとどまりません。それは従業員の職業的アイデンティティを脅かし、仕事への意欲を低下させ、時には燃え尽き症候群の原因にもなります。さらには、その影響が一時的なものにとどまらないばかりか、職場の人間関係や家庭生活にまで波及します。
しかし、希望もあります。組織の取り組み方次第で、不適正タスクの発生を防ぎ、悪影響を抑えることができます。本コラムでは、不適正タスクの実態とその影響を見ていくとともに、対策を探ります。より良い職場づくりのために、避けて通れないこの課題に向き合っていきましょう。
不適正タスクとは何か
みなさまの会社では、次のような事態が発生していないでしょうか。
- 営業職なのに、部署の文書整理や備品管理を任されている
- 研究開発職が、取引先への挨拶回りに時間を取られる
- システムエンジニアが、部内の飲み会幹事を毎回任されている
- 経理部員が、社内行事の写真撮影を担当させられる
- 製造現場の技術者が、来客対応のための社屋清掃に従事する
上記は一例であり、企業によっては必要な業務かもしれませんが、「全社一丸」や「協調性」という名のもと、慣習的に本来の職務とかけ離れた業務が発生している会社もあるかもしれません。若手社員に、こうした業務が集中する場合もあり、注意が必要です。
不適正タスクの二つの要素
本コラムで注目する「不適正タスク」には、大きく分けて二つの要素があります[1]。一つは「不合理な業務」、もう一つは「不要な業務」です。
不合理な業務とは、従業員の役割や職務の範囲を超えていると感じられる仕事を指します。たとえば、高度な専門知識を持つエンジニアが単純な事務作業を任されるような場合です。そのような状況において、従業員は自分の専門性や能力が正しく評価されていないと感じます。
一方、不要な業務とは、そもそも実施する必要がないと認識される仕事のことです。たとえば、すでに終了したプロジェクトのための文書作成や、誰も使用しない報告書の作成などが該当します。こうした業務は、従業員に無意味感や時間の浪費感を抱かせます。
これらの不適正タスクは、従業員の職業的アイデンティティを脅かすストレス要因となります。従業員は自分の役割や専門性に基づいて仕事をすることで、職業人としての自分のイメージを形成し、維持しています。不適正タスクは、職業的な自己イメージを損なう危険性があります。
職場では、不合理な業務と不要な業務は、しばしば重なり合って発生します。たとえば、専門職が余計な事務作業を任されるような場合、それは不合理でもあり不要でもあるということになるかもしれません。
不適正タスクの悪影響
エンゲージメントを低下させる
不適正タスクを与えられると、従業員のエンゲージメントは低下します[2]。これには、「自我消耗」という作用が関わっています。自我消耗とは、自分をコントロールするための心理的なエネルギーが使い果たされる状態を指します。
従業員は不適正タスクに直面すると、その仕事が自分の役割に合わないと感じながらも、なんとかそれをこなそうと努力します。この過程で心の力を大量に消費し、その結果、他の重要な仕事に集中するための余力が不足してしまいます。やがて、仕事全般に対する意欲が低下してしまいます。
この影響を和らげるには、同僚からのサポートや余暇活動の充実が有効です。たとえば、同僚からの励ましや共感が、不適正タスクによるストレスを軽減し、仕事への関わりを維持する助けになります。また、余暇を自ら計画し実行することで、仕事以外の場面で自信を高め、心の力を回復させることができます。
努力と報酬の不均衡感による悪影響
不適正タスクは、努力と報酬の不均衡感を通じても、従業員の仕事への意欲を低下させます[3]。従業員は、自分の役割や専門性に合わない仕事、あるいは不要だと感じる仕事を任されることで、「これだけ頑張っているのに、適切な評価や報酬を得ていない」という不公平感を強く感じます。
この不均衡感は、ストレスや不満を生み、仕事へのやる気を失わせる結果となります。調査では、努力と報酬の不均衡が仕事の満足度や内発的モチベーションに悪影響を与えることが確認されています。
自己評価の低下とバーンアウト
さらに、不適正タスクは従業員の自己評価を低下させ、怒りを高め、最終的にはバーンアウトにつながります[4]。不適正タスクによって、従業員は自分の価値が正しく評価されていないと感じ、仕事に対する自信や自己肯定感が低下していきます。
「なぜこんな仕事をしなければならないのか」「自分の能力が無駄になっている」といった感情がたまり、職場や上司に対する怒りとなっても表れます。これらの感情的な反応が長期化すると、従業員は徐々に仕事への熱意を失い、心も体も疲れ果ててしまうのです。
反発や撤退を生む
不適正タスクはまた、従業員からの反発を招きます。具体的には「道徳的無効化」というプロセスを通じて、破壊的な発言を引き起こします[5]。道徳的無効化とは、自分の行動を倫理的に正当化し、責任を回避するプロセスを指します。
従業員は不適正タスクを与えられると、「こんな意味のない仕事をさせられるなら、少し反発しても仕方ない」といった考え方を持つようになります。その結果、組織や職場に対する批判的で有害な意見を表明するようになります。
仕事中に仕事とは関係のないことに時間を使う「時間の浪費」も見られるようになります。破壊的発言や時間の浪費は、職場の雰囲気を悪化させ、組織全体の生産性にも悪影響を及ぼす可能性があります。
職場での孤立感を高める
不適正タスクは、従業員の無礼な行動を促し、職場での孤立感を高めることも明らかになっています[6]。自分の役割に合わない、あるいは意味がないと感じる仕事を与えられることで、従業員はストレスや不満を感じます。このネガティブな感情が、同僚や上司に対する無礼な言動として表れるのです。
無礼な行動を取る従業員は、周りから避けられるようになり、職場における会話や協力関係が減少します。特に、集団を重視する文化圏では、孤立感が深刻な問題として受け止められます。
家庭生活に影響し、離職意思を高める
不適正タスクの影響は家庭生活にまで及び、最終的には離職意思の高まりにつながることがわかっています[7]。特に「努力・報酬の不均衡」と「仕事と家庭の対立」という二つの要因を通じて、離職意図に影響を与えます。
意味がないと感じる仕事に時間を取られることで、家族と過ごす時間が減ったり、仕事のストレスが家庭に持ち込まれたりすることがあります。仕事と家庭のコンフリクトは、会社を辞めたいという気持ちを強める要因となります。研究を通じて、不適正タスクが離職意図に与える影響は、特に仕事と家庭のコンフリクトを通じて強く現れることが実証されています。
悪影響がなぜ生じるか
不適正タスクの影響が、その日だけにとどまるのであれば、まだ許容できるかもしれません。しかし、悪影響は翌日以降まで続くことがあります。スイスとアメリカでの調査では、特に自己評価の低下と落ち込んだ気分が翌日まで持続することが確認されています[8]。
普段から自己評価が低い人ほど、この影響が大きく、翌日まで自己評価の低下が続く傾向が見られました。対して、怒りや仕事の満足度への影響は比較的一時的で、翌日まで続くことは少ないようです。怒りは強い感情ではあるものの、通常は持続せず、すぐに解消されるからでしょう。
一方で、落ち込んだ気分は深い感情的な反応で、長く続く思考や反芻によって影響を受けるため、その影響が持続しやすいということです。不適正タスクによって「自分には価値がない」と感じることが落ち込んだ気分を引き起こし、その感覚が一晩を超えて持続します。
それにしても、不適正タスクが悪影響を及ぼすのはなぜでしょうか。「Stress as Offense to Self(自分への攻撃としてのストレス)理論によって説明することができます[9]。
この理論によれば、不適正タスクは従業員の自己イメージを脅かすことでストレスを引き起こします。特に重要なのは、社会的自己、つまり他者からの評価に関わる部分への影響です。従業員は自分の専門性や役割に基づいて職業的なアイデンティティを形成していますが、不適正タスクはこれを脅かします。その結果、自己肯定感が傷つけられ、さまざまなストレス反応が生じるのです。
どう対処すれば良いか
不適正タスクへの対処として、まず組織レベルでの取り組みが重要です。研究によれば、組織内の役割分担を明確にし、意思決定の過程を透明にすることで、不適正タスクの発生を防ぐことができます。
特に管理職の場合、組織の構造や統制の仕組みが不適正タスクの発生に影響を与えることが明らかになっています。たとえば、スウェーデンの地方自治体に所属する管理職を対象とした研究では、管理職が経験する不適正タスクの一定割合が組織間の違いによって説明できることが示されました[10]。
組織内の役割分担・意思決定プロセスの明確化
具体的には、組織内で役割分担が明確で、意思決定の過程が透明であれば、それぞれの立場に適した仕事が割り振られやすくなります。逆に、このような組織の統制が不足していると、役割や業務の境界が曖昧になり、従業員が不適正タスクを任されやすくなってしまいます。
そこで、仕事役割の定期的な見直しと更新、部門間の業務分担の明確化、意思決定プロセスの文書化などを行うと良いでしょう。新しい業務が発生した際の振り分けルールを事前に定めておくことで、属人的な業務配分を防ぐこともできます。
業務の棚卸しと整理
業務の棚卸しを行い、各従業員の本来の業務と付随する業務を整理することも、役割の明確化に役立ちます。さらに、組織図や権限体系を整理し、誰がどの決定に責任を持つのかを可視化することで、不適正タスクの押し付け合いを防ぐことができるでしょう。
加えて、デンマークの保育所を対象とした研究では、従業員参加型の職場改善プログラムを実施することで、不適正タスクの増加を抑制できることが明らかになっています。41の保育所の従業員が職場改善プログラムに参加し(介入群)、30の保育所の従業員が通常通りの業務を続けた結果(対照群)、介入群では不適正タスク、特に不合理な業務のスコアにほとんど変化が見られなかった一方で、対照群ではこれらのスコアが増加しました。
従業員が主体的に職場の改善に関わることで、職務内容が再確認され、不適正タスクの増加を抑えるということです。職場改善を実施する際は、まず従業員から業務上の課題や改善案を収集する機会を作り、そこで出された意見をもとに改善計画を立てることが重要です。
そして、フォローアップ・ミーティングを設けて、改善の進捗を確認し、新たな課題に対応していく仕組みも必要でしょう。部門横断的なプロジェクトチームを作り、異なる立場の従業員が協力して問題解決に当たることで、効果的な改善が期待できます。
上司のサポート
一方で、不適正タスクになり得るとはいえ、業務上どうしても必要な仕事もあるでしょう。その場合は、上司からのサポートによって悪影響を緩和させることがおすすめです。研究では、上司からのサポートが高い場合、不適正タスクによる落ち込んだ気分が軽減されることが実証されています[11]。
上司によるサポートの方法としては、個人面談を設定し、従業員の業務上の悩みや困りごとを丁寧に聞き取ることが挙げられます。その際、なぜその業務が必要なのか、組織全体の中でどのような意味を持つのかを説明し、従業員の理解を深めましょう。
業務の優先順位付けを支援し、本来の業務に支障が出ないよう配慮することも求められます。必要に応じて、スキル開発の機会を提供したり、業務の一部を他のメンバーに再配分したりするなど、柔軟な対応を心がけることで、従業員の負担感を軽減することができます。
おわりに
不適正タスクの問題は、現代の職場が直面する課題の一つです。それは業務の非効率性の問題に収まらず、従業員の心の健康や職場の機能全体に関わる深刻な問題です。
本コラムで見てきたように、不適正タスクは従業員のエンゲージメントを低下させ、反発や撤退を引き起こし、その影響は時として長期に及びます。また、家庭生活への影響や離職意図の高まりなど、個人の生活全般に及ぶ影響も無視できません。
しかし同時に、適切な対策を講じることで、悪影響を防いだり緩和したりすることも可能です。役割の明確化や意思決定の透明性確保といった組織レベルでの対策と、個々の従業員へのサポートという両面からのアプローチが求められます。
従業員参加型の職場改善プログラムの効果が実証されていることは、今後の対策を考える上で示唆的です。従業員の参加を促しながら職場改善を進めていくことで、不適正タスクの増加を抑制し、健全な職場環境を築くことができるのです。
不適正タスクの問題に対処することは、従業員のウェルビーイングと組織の生産性の両方を高めることにつながります。これからの職場づくりにおいて、避けて通れない重要なテーマと言えます。
<参考文献>
[1] Semmer, N. K., Jacobshagen, N., Meier, L. L., and Elfering, A. (2007). Occupational stress research: The “Stress-As-Offense-to-Self” perspective. In J. Houdmont and S. McIntyre (Eds.), Occupational Health Psychology: European Perspectives on Research, Education and Practice (Vol. 2). Nottingham University Press.
[2] Zong, S., Han, Y., and Li, M. (2022). Not my job, I do not want to do it: The effect of illegitimate tasks on work disengagement. Frontiers in Psychology, 13, 719856.
[3] Omansky, R., Eatough, E. M., and Fila, M. J. (2016). Illegitimate tasks as an impediment to job satisfaction and intrinsic motivation: Moderated mediation effects of gender and effort-reward imbalance. Frontiers in Psychology, 7, 1818.
[4] Semmer, N. K., Jacobshagen, N., Meier, L. L., Elfering, A., Beehr, T. A., Kalin, W., and Tschan, F. (2015). Illegitimate tasks as a source of work stress. Work & Stress, 29(1), 32-56.
[5] Zhao, L., Lam, L. W., Zhu, J. N., and Zhao, S. (2022). Doing it purposely? Mediation of moral disengagement in the relationship between illegitimate tasks and counterproductive work behavior. Journal of Business Ethics, 179(3), 733-747.
[6] Ahmad, A., Zhao, C., Ali, G., Zhou, K., and Iqbal, J. (2022). The role of unsustainable HR practices as illegitimate tasks in escalating the sense of workplace ostracism. Frontiers in Psychology, 13, 904726.
[7] Zeng, X., Huang, Y., Zhao, S., and Zeng, L. (2021). Illegitimate tasks and employees’ turnover intention: A serial mediation model. Frontiers in Psychology, 12, 739593.
[8] Eatough, E. M., Meier, L. L., Igic, I., Elfering, A., Spector, P. E., and Semmer, N. K. (2016). You want me to do what? Two daily diary studies of illegitimate tasks and employee well-being. Journal of Organizational Behavior, 37(1), 108-127.
[9] Ding, H., and Kuvaas, B. (2023). Illegitimate tasks: A systematic literature review and agenda for future research. Work & Stress, 37(3), 397-420.
[10] Bjork, L., Bejerot, E., Jacobshagen, N., and Harenstam, A. (2013). I shouldn’t have to do this: Illegitimate tasks as a stressor in relation to organizational control and resource deficits. Work & Stress, 27(3), 262-277.
[11] Fila, M. J., and Eatough, E. (2020). Extending the boundaries of illegitimate tasks: The role of resources. Psychological Reports, 123(5), 1635-1662.
![伊達洋駆(だて ようく) 株式会社ビジネスリサーチラボ代表取締役](https://career-research.mynavi.jp/wp-content/uploads/2024/07/45af441058ad26d2b132e05ffca6569e.jpg)
著者紹介
伊達洋駆(だて ようく)
株式会社ビジネスリサーチラボ代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。