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従業員のウェルビーイングを重視するマネジメント
– 武蔵大学・森永雄太氏

森永雄太
著者
上智大学 経済学部経営学科 教授
YUTA MORINAGA

はじめに

日本企業で働く従業員エンゲージメントの低下が話題になって久しい。この問題は根深く、表層的な取り組みではなかなか解決しないだろう。本コラムでは、日本企業が直面する課題に対して根本的な解決を図るための取り組みとして、ウェルビーイングを重視するマネジメント、すなわちウェルビーイング経営への転換を主張していく。

ウェルビーイング経営に定まった定義はないが、私自身は従業員のウェルビーイングを高めることを通じて中長期的に高い組織成果を継続していこうとするマネジメントと考えている。組織が成果だけを追求すると従業員が疲弊してしまうことがある。一方、従業員の健康や幸せを確保しようとすると、組織が立ち行かなくなるという心配の声があがる。2つを両立させるためには、このジレンマを解きほぐす努力が必要になる。このジレンマを中長期的な視点で解消し、両者の間に相乗効果を見出していく点にウェルビーイング経営の要諦がある。

ウェルビーイングとは何か

心理学の研究によればウェルビーイングとは何かの考え方は大きく2つの潮流に分かれているようだ。第1の潮流では、ポジティブな感情を多く、ネガティブな感情を少なく感じ、人生全体に対する満足度も高い状態をウェルビーイングな状態とみなしている。第2の潮流では、人生の意義や可能性に注目し、目的に向けて意味があると感じることを成し遂げていったり、そのために成長していったりする状態をウェルビーイングな状態とみなしている。

私たちが心理学のウェルビーイング研究から学ぶべきことは、学術的研究においてもウェルビーイングには多様な捉え方があるということだ。組織や職場でウェルビーイングという用語を用いる時には、「わが社ではどのような意味でウェルビーイングという用語を用いているのか、どのような状態を目指しているのか」についての議論や合意が欠かせないだろう。

一方経営学では心理学的ウェルビーイングだけでなく、健康面の良好さにも同時に注目し、これら2つの側面を総合的に捉える概念としてウェルビーイングを位置づけることが多い(たとえばGrant et al., 2007 ) 。両者を包括的に測定できる尺度は存在しないため、さまざまな関連する尺度を複数利用することで、複数の側面を総合的に捉えようとする努力がなされてきた。

筆者は、経営学の立場を踏襲しつつわかりやすさを重視するため、従業員のウェルビーイングを2階建ての家のメタファーで捉えることを提唱している(図1)。

ウェルビーイングを構成する1階部分は、職務遂行の基盤となる「心身の健康」である。ここでは心と体のコンディショニングが整っている状態を指している。人生100年時代を背景に、従業員の健康確保は組織にとっても重要な課題となってきた。大企業はこれまでも、病気になった後のフォローには熱心に取り組んできたが、今後は予防的な取り組みが一層重要になるだろう。また、心の健康問題への対処も重要な課題である。ここでも課題は、一旦不調に陥った従業員の復職支援や早期発見にとどまらない。燃え尽き症候群や学習性無力感などを未然に防ぐマネジメントへの転換が求められている。

ウェルビーイング経営の構成をあらわした図
【図1】ウェルビーイング経営の構成をあらわした図

ウェルビーイングを構成する2階部分は、パフォーマンスに直結しやすい「仕事に対する意欲」や「所属組織に対する前向きな態度」が該当する。経営学では、古くから2階部分を職務満足度等で捉えようとしてきたが、もう少し解像度をあげて複合的に捉えようとする試みがなされている。たとえばワーク・エンゲージメントやインクルージョンもその1つだ。

経営学のウェルビーイング研究から学ぶべきポイントは、ウェルビーイングの多次元性である。そしてマネジメントがウェルビーイングに与える影響が、次元間で必ずしも同じではないという指摘だ。たとえば、ワーク・エンゲージメントを高めるための人事施策が従業員の心身の健康にも良い影響を与えるとは限らない。企業はこれまで、どちらかというと2階部分に対して直接的に働きかける人事施策を重視してきた。確かにそのような働きかけがウェルビーイング全体にとって有効なケースがあるのも事実だが、そうでないケースがあることにも注意する必要がある。

また、従業員の意欲やエンゲージメントの低下の原因が1階部分の毀損にある場合には2階部分のリフォームではなく、家全体の立て直しを考えなければ解決しないだろう。逆に、1階部分への働きかけを上手に行うことで2階部分の充実に結びつけることもできる。その好例として昨今健康経営の先進企業で取り組まれているチーム単位での歩数イベントをあげることができる。これは、健康施策の成果を従業員の健康習慣づくりに留めず、職場のコミュニケーション活性化や相互支援のネットワークづくりにまで発展させている点で興味深い取り組みといえる。

ウェルビーイングを実現するためのマネジメント

ウェルビーイング経営を組織全体に浸透させていくためには、経営トップや経営陣が主導し、そのコミットメントを示す必要がある。ただし、経営陣がウェルビーイング経営を掲げれば、成立するほど単純なものでもない。さまざまな主体によるマネジメントが「連動」していくことが重要である。

まず、人事部門によるマネジメントが重要である。ただし、大手企業の場合には、すでに従業員のウェルビーイングに関わる類似の取り組みがなされていることの方が多い。そういった場合には、やみくもに新しい施策を投入することよりも、関連部署の共通の目標としてウェルビーイングを位置づけ、施策の再設計を通じて人事施策間の横の取り組みを強固にしていくことが有効であろう。

次に、職場の管理者によるマネジメントも不可欠である。職場の管理者には、経営陣の主旨やその趣旨を仕組み化した人事施策の意図を正しく理解し、現場で運用することが求められる。また、取り組み内容が現場に適合するように調整したり、現場が直面しているウェルビーイング課題を吸い上げたりする役割も期待されるだろう。

最後に、従業員一人一人にも自己管理(セルフマネジメント)がこれまで以上に求められるだろう。ウェルビーイングは従業員の個人的の考え方や私生活における振る舞いからも影響を受けることが多い。ただ受け身の姿勢でウェルビーイングな仕事生活を組織が提供してくれることを期待するのではなく、自ら作り出していくという意識を持つことが重要である。

まとめ

ウェルビーイング経営を実践するためには、管理者にも従業員にも変化が求められる。
たとえば管理職には、業務を遂行する上で、部下の自主性を尊重しつつ、支援とフィードバックを通じて方向性を共有するマネジメントが求められるだろう。このようなマネジメントは、一部の管理者にとっては煩わしく感じられるかもしれない。一方従業員に対しても、長期的にパフォーマンスを持続できるような生活習慣の実践や自主的な能力開発が求められることになるだろう。

マネジメントの変化を受け入れることは決して簡単なことではないかもしれない。しかし日本企業が冒頭述べたような深刻な課題に直面していることを踏まえれば、マネジメントそのものも大きく変わることが求められているといえるだろう。

参考文献:
Grant, A. M., Christianson, M. K., & Price, R. H. (2007). Happiness, health, or relationships? Managerial practices and employee well-being tradeoffs. Academy of management perspectives, 21(3), 51-63.
森永雄太 (2019). 『ウェルビーイング経営の考え方と進め方 健康経営の新展開』労働新聞社。


武蔵大学経済学部経営学科・森永雄太教授

著者紹介 ※肩書は寄稿時点のものです
森永雄太
武蔵大学経済学部経営学科教授
神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。立教大学助教、武蔵大学経済学部准教授などを経て、現職。専門は組織論、組織行動論、経営管理論。
近著に『ウェルビーイング経営の考え方と進め方 健康経営の新展開』(労働新聞社)など。

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