フリーランスITエンジニアの全貌~働き方のリアルと課題点を探る
目次
はじめに
ビッグデータやIoT、AIなどの最新技術の需要増加や政府のDX推進等を背景にITエンジニアは売り手市場が続いている。さらに売り手市場からくるIT人材不足をフリーランスへの業務委託で補う企業も今後一層増えていくだろう。
また、働き手にとっても、2024年にフリーランス新法が施行されるなどフリーランスへの注目度が上がっているなかで、フリーランスITエンジニアは企業に属さず自由に働けることに加え、IT人材需要の高さから安定した案件・収入が得られやすい可能性が高く、魅力的な選択肢の一つとなり得ると考えられる。
そこで今回は、マイナビ「フリーランスの意識・就業実態調査2024年版」をもとに、フリーランスITエンジニアの働き方のイメージを具体化し、課題点や満足度の高い働き方へのヒントを考えていきたい。
※本コラム用に再集計しているため調査レポートの数値とは異なる点に注意されたい。
本コラムでのフリーランスの定義
マイナビ「フリーランスの就業意識・実態調査2024年版」にて、フリーランスの定義は以下の3つすべてに該当する働き方としている。
- 雇い主がいない、個人事業
- 上記「1」の事業のための実店舗はない
- 上記「1」の事業において従業員を長期で雇用していない
※「フリーランスITエンジニア」の定義
以降、マイナビ「フリーランスの就業意識・実態調査2024年版」においてフリーランスとしての主な業務について下記小カテゴリの選択肢いずれかを選択した【ITエンジニア・開発系フリーランス】を、「フリーランスITエンジニア」と同義として読み取っていく。
コンサルタント・アナリスト・プリセールス/システム開発(WEB・オープン・モバイル系)/システム開発(汎用機系)/システム開発(組み込み・ファームウェア・制御系)/パッケージソフト・ミドルウェア開発/ネットワーク・通信インフラ・サーバ設計・構築/テクニカルサポート・監視・運用・保守/社内システム
フリーランスITエンジニアの人物像
はじめに、マイナビ「フリーランスの就業意識・実態調査2024年版」の結果を基に調査対象(フリーランスITエンジニア)の特徴をみていく。
性別や年代、フリーランス歴
マイナビ「フリーランスの意識・実態調査2024年版」の結果をみると、ITエンジニア・開発系フリーランス(副業フリーランスを除く)の回答者属性は、男性が86.5%で女性より比率が高く、年齢は平均53.4歳で50代以上のミドルシニア・シニア層が半数以上を占めた。
フリーランス歴は平均13.4年。20年以上従事している人が28.2%を占め、4人に1人以上はフリーランスとして長年働いている経験豊富な層であった。一方で10人に1人以上はフリーランスを始めて3年未満であり最近新しく参入した人も一定数存在する。【図1】
前職の経験
フリーランス以前の直近の働き方は「正社員」が71.8%でもっとも多く、非正規社員が17.3%で続き、元会社員が大部分を占める。
前職の業務内容はフリーランスとしての現在の業務と同じ業務の人が51.9%で半数以上で、これは他職種のフリーランスと比べても高い数値だった。専門的な技術や知識が必要な業務である分、会社員時代に教育を受けたり業務経験をある程度積み上げたりした上で独立するケースが多いのだろう。【図2】
フリーランスITエンジニアの働き方・収入面
続いて、フリーランスITエンジニアは実際どのように働き、どのように収入を得ているのか、詳細をみていく。
働く場所・時間
フリーランスITエンジニアの月の労働日数は平均19.6日、月の労働時間は平均147.5時間だった。
厚生労働省「毎月勤労統計調査」によると一般労働者の労働日数・時間が平均19.5日/月、平均149.7時間/月のため、一般的なフルタイム勤務と同程度といえる。
1案件あたりの業務日数は平均45.7日で、大体1ヶ月半程度であった。労働場所は「自宅」が84.0%で突出しており、次いで「顧客のいるオフィス」が28.8%となっている。【図3】
年間取引社数と案件の受注経緯
年間取引社数は1社(人)が36.5%でもっとも多く、平均すると3.4社(人)だった。受注経緯は「過去の勤め先での取引相手だった」「友人・知人からの(受注先の)紹介・仲介」がそれぞれ24.4%で並んだ。
取引社数別にみると、取引先が複数である人は友人・知人・同僚経由の受注が多く、1社のみだった人は過去の勤め先の仕事や取引相手の仕事をフリーランスとして行っている割合が高かった。取引先を増やしたい場合には、過去の勤め先の延長線上の関係だけでなく個人的な伝手や人脈との関係を活かすことも求められそうだ。【図4】
年間収入と経費
年間収入(経費を除いた利益)は平均610.8万円、他職種のフリーランスと比べるとコンサルタント系に次ぐ高額だった。国税庁の調査によると平均給与は正社員で530万円であり、平均的な正社員より高い収入といえる。
出典:令和5年分 民間給与実態統計調査|国税庁
年間経費は平均162.3万円で、クリエイティブ系や編集・ライター系と比べるとやや高かった。【図5】
フリーランスITエンジニアの強み・メリット
フリーランスITエンジニアの働き方の解像度は上がってきたが、改めてフリーランスという働き方はどういう強みやメリットがあるのか。正社員と比較しながらみていきたい。
増える「仕事の自由度」「私生活の幸福度」と、減る「ストレス」「勤務時間」
ITエンジニア・開発系フリーランスのうち、前職が正社員だった人に正社員時代とフリーランスの働き方を比較してもらったところ、「仕事の進め方の自由度」「収入」「私生活の幸福度」は「増えた(計)」が約半数以上となった。一方、「仕事上のストレス」「勤務時間の長さ」「業務量」は「減った(計)」が4割を超えた。
裁量をもって自由に働くことがストレスの軽減および私生活の幸福につながっていることがうかがえ、フリーランスとして働く大きなメリットであると考えられる。【図6】
他職種のフリーランスと比べて最低月収(平均値)も高め
1年間のなかでもっとも高かった時の月収と低かった時の月収をそれぞれ選択してもらい平均値を算出したところ、ITエンジニア・開発系のフリーランスは最高月収平均63.5万円、最低月収平均21.7万円で、どちらも他職種と比べて高めであった。
他の職種と比べて収入のベースが高い点は、フリーランスITエンジニアの強みの一つと言えるだろう。【図7】
フリーランスITエンジニアの悩み
自由に裁量をもって働けるフリーランスだが、もちろん良いことばかりではなく苦労したり、躓いたりすることもあるだろう。次は、フリーランスITエンジニアとして働いている人の困りごとや失敗経験をみていきたい。
収入の不安定さと、体調管理の課題感
フリーランスITエンジニアが現在不安なことでは「収入に波がある・不安定」「老後の心配」「仕事を見つけることが困難」が上位に上がった。
また、失敗経験では「体調を崩して働けなくなってしまった」が15.4%でもっとも多かった。4位には「仕事を受けすぎて過労になってしまった」もランクインしており、安定した収入を得るために仕事を受けすぎてしまっても、体調を崩すなどによって業務が難しくなりかえって収入が不安定になってしまうバランスの難しさが推察される。【図8】
満足度の高い働き方のヒントは?
フリーランスITエンジニアのフリーランスとしての働き方全体としての満足度をみると、満足している人が62.8%と過半数を占めた。
一方で「どちらともいえない」や「不満」と回答した非満足者も4割弱を占める。何が両者の差につながったのか。また、フリーランスエンジニアが満足感をもって働くためにどのような点に注意したらいいのか。データをもとに考えたい。【図9】
「フリーランスになって何を実現したいのか」を具体化し、見極める
働き方に満足している人と非満足者(どちらともいえない~とても不満)で、「フリーランスになる前に、フリーランスとしてもっとも実現したかったこと」の回答を比較すると下図のようになった。【図10】
満足者は「好きな場所で働くこと」「収入を増やすこと」などの回答が非満足者よりも多い一方で、非満足者は「特になし」が15.5%で満足者より10pt以上高い。具体的な目標をもった上でフリーランスとなることは、満足度を高める上で一つのポイントなのではないか。
加えて、同図において非満足者が実現したかったこととして「自分のペースでゆっくり働くこと」「人間関係にとらわれずに働くこと」「仕事の内容が簡単で手軽であること」等の回答率が、満足者よりも高い。
しかしながら、先述の通りフリーランスITエンジニアはフルタイム同様の勤務時間の人が多いこと【図3】、人脈経由で取引先を確保する人が多いこと【図4】などもあり、人付き合いの重要性は依然として存在することなどから、求めていた「ゆっくり働く」「人間関係から解放」は期待通りに実現できず、ギャップが生まれている可能性も考えられる。
余裕をもった働き方や煩わしい人間関係からの解放を重視する場合は、それが実現できる他業態や他職種や、そもそもフリーランスという働き方を選択すべきかについて、再度、検討するのも一案かもしれない。
「体調不良による収入停止」「立ち上げ期間が長い」等のリスクを想定して準備をする
同じように、満足者と非満足者の「失敗経験」の違いをみていく。全体として非満足者の回答率が高いが、特に「体調を崩して働けなくなってしまった」「発注元との人間関係トラブル」「思うように仕事が受けられず生活費を賄えなかった」の回答率が満足者よりも高く、5pt以上の差がある。このようなネガティブな経験も満足感低下の一因と考えられる。
体調不良になり働けなくなることや、仕事が思うように受けられないリスクがあることを理解し、対策や準備をすることが必要といえる。【図11】
対策案1:健康管理の心がけ、ピンチヒッター等頼れる人を作る等の対策を
ではどう対策したら良いのか。働く上での健康などの配慮状況をみると、「年に1回以上健康診断を受けている」「ピンチヒッターとして頼れる人がいる」「トラブルが発生した際に頼れる相談窓口・人がいる」などを筆頭に、非満足者の該当率は一様に満足者よりも低かった。【図13】
多くの会社員と違い有給休暇がないフリーランスは、体調を崩して働けなくなると直接的に収入に影響するため、より一層健康管理が重要となる。健康診断の定期的な受診や万が一体調を崩した場合にピンチヒッターを頼める相手や、気軽に相談できる人脈をもつことが安心材料となるだろう。
発注元との人間関係トラブルについても、発生した際に頼れる窓口(※)を知っておくと、より安心して働けるのではないか。
※厚労省は相談窓口としてフリーランストラブル110番を設置している。
対策案2:軌道に乗るまで1年はかかることを見越して準備を
仕事が軌道に乗った(依頼が安定した)と感じたのはフリーランスを開始してからいつ頃かを尋ねたところ、フリーランスITエンジニアでは平均で20.1ヶ月後、中央値は12ヶ月後だった。
最低でも1年間は仕事を受けられない・収入が安定しない可能性が高いことを想定しつつ、生活費の貯金などをしておくと安心につながるだろう。
フリーランス新法等の法律を理解し、自衛することも必要
2024年11月にフリーランス新法が施行され、取引において立場が弱いことが多いフリーランスが、安心して働ける環境を整備する動きが進んでいる。フリーランスITエンジニアでも、新法による「契約トラブルの防止」への期待が高く、企業と取引をする人の34.8%が期待できると回答した。
企業の対応や意識改革が求められることはもちろん、フリーランス自身も法律により守られていることを理解し、積極的に権利を主張していくことが求められる。フリーランス新法については公正取引委員会によって特設サイトが設置されているので参照されたい。
公正取引委員会「フリーランス法特設サイト」
不安に対する工夫・対処法の一例
最後に、フリーランスとして働いている人に、働く上でもっとも不安に思っている要素についてどのように対処しているかを自由記述で回答してもらった。リアルな工夫として参考にしてほしい。
「収入に波がある・不安定」の対処法
- 無駄遣いをしないよう気を付ける
- なるべく無駄な出費はせずに貯金やリスクの少ない投資をしている
- まとまった収入がある月でも節約する。収入の少ない月(仕事の少ない月)はポイ活をする
- 定期的に得意先をまわり、レギュラーの仕事が増えるように努力している。
「老後が心配」の対処法
- 本業と副業を行い老後に備えようとしている
- 人とのつながりを年齢を問わず積極的にするようにしている
- 年金保険、小規模共済など、個人年金や貯蓄の備え
- 健康管理や資産状況管理
「仕事を見つけることが困難」の対処法
- いろいろな紹介サービスに登録する
- 昔の仕事で知り合った知人に声をかける。
- 人脈を増やすために異業種の人たちとの交流を持つ
- 今の仕事を大切にしている
おわりに
フリーランスITエンジニアは、働く自由度が高く私生活の幸福度も上がりやすく、他職種のフリーランスと比べて平均収入も高めなど、多くの魅力がうかがえた。
一方で、企業に属さず自立している分、健康管理の重要さや収入の安定感への不安も多い。中には企業とのトラブルを経験した人も一定数いる。今後も需要が高まる中で、フリーランスとして働く人も安心して働ける環境の整備が求められる。
個人としては、健康管理の心がけや頼れる人や相談窓口をもっておくことがより安心して働くことにつながると考えられる。また、これからフリーランスとして働くことを考えている場合は、何を実現したいか、それをフリーランスで実現できるかを一度立ち止まって納得の上で独立することや、立ち上げに時間が掛かることを想定した貯金や前準備なども必要だろう。
本コラムがフリーランスを目指す人や、現在フリーランスとして働いている方の同業者の状況を知るための情報収集および、フリーランスへの業務委託を検討している企業の情報収集などの一助となれば幸いである。
キャリアリサーチLab研究員 元山 春香