マイナビ キャリアリサーチLab

連載『高齢化社会における定年後のキャリアを考える』
第2回 定年に明確なビジョンを持つ50代の3つの特徴—九州大学ビジネス・スクール講師 碇邦生氏

碇邦生
著者
九州大学ビジネス・スクール講師 合同会社ATDI代表
KUNIO IKARI

「人生100年時代」と言われてピンとくる人・こない人

ロンドン・ビジネス・スクールのリンダ・グラットン教授によって示された「人生100年時代」のインパクトから8年が経つ。この概念はもはや新鮮なビジネス用語ではなく、社会に広く浸透している。「人生100年時代」の社会に与えた影響は大きく、わかりやすいところでは、定年が65歳に引き上げられた。

同時に70歳までの就業機会を確保するための施策を講じることを努力義務とし、70歳まで働くことが当たり前になりつつある。このような流れの中、55歳で設定されることの多い役職定年制や定年制の廃止まで視野にいれた議論をしている企業もみられる。

一方、働く個人の意識には大きなばらつきがある。当然、人生100年時代を見越して、60歳以降のセカンドキャリアの準備をしっかりと行う人もいる。だが、「定年後と言われてもピンとこないし、そのときになれば、なんとかなるだろう」というように、よく言えば楽観的、厳しく言えばどこか他人事のような人も多い。社会人としてのキャリアのほとんどを1社で過ごした人の中には「60歳以降もこれまでと同様に会社がなんとかしてくれるだろう」という感覚の人も相当数いる。

自分のキャリアを自分事として捉えることができない人は多い

自分のキャリアを我がこととして捉えることができない従業員が数多くいることを問題視する企業は少なくない。たとえば、「従業員のキャリア自律」や「シニア人材向けキャリア研修」に取り組んだり、定年後再雇用の受け皿となる子会社を設立したりする。これらは、自らのキャリア開発に主体性を持つことで、年齢に関係なく能力開発に取り組み、価値を発揮することが期待される。

価値を発揮する場は、そのまま会社に留まってもらっても構わないが、定年後再雇用で処遇が変わることを考えると社外で新たな活躍の場を見出しても気にはしないだろう。もちろん、資産運用が巧みで老後を支える経済基盤が整えられている場合には、定年後に引退するのも良い選択と言えるだろう。しかし、研修を実施し、キャリア自律が重要だと企業が訴えても、定年後の意識のばらつきはなかなか是正されない。

本稿は、このような課題を持つ、ある大手製造業との共同研究の結果を基に、定年後明確なビジョンを持つ50代のキャリア意識について考察していく。

「主体的なキャリア」とはなにか?

「キャリア自律」や「主体的なキャリア」という言葉は、ビジネス上ではよく聞かれる概念だ。一方で、キャリア研究の文脈では主要なテーマとして扱われることは稀だ。というのも、そもそもキャリアという概念には個人が主体的に開発していくというニュアンスを含んでいるためだ。

「就社」という言葉が指すように、1つの会社内でキャリアのほとんどを完結させる日本の特性が、キャリアは個人ではなく、会社が決めるものという文化を作り上げている。そのため、個人が意識しないかぎり、自身のキャリアについて主体的に考えることが難しい構造ができている。

プロアクティブ・キャリア

数は少ないながらも、キャリアの主体性に着目している研究もある。たとえば、Parker & Collins(2010)[1]は、「プロアクティブ(主体的な)キャリア」を、キャリア開発の計画を立て、スキルを開発し、ネットワークを構築するといった、肯定的なキャリアの成果を得るために、積極的にキャリアを構築していく個人の行動として定義している。

また、Taber & Blankemeyer (2015)[2]は「プロアクティブ・キャリア」を未来の仕事生活における自己のビジョンを持つことに重要な役割を果たすと強調している。

キャリア・サステイナビリティ

関連する概念として、自身のキャリアの持続性に関する認知を示す「キャリア・サステイナビリティ」という概念がある。

キャリア・サステイナビリティとは、個人の多様なキャリア体験の連続であり、時間経過に伴うさまざまな継続パターンによって反映され、いくつかの社会的空間を横断し、個人の主体性によって特徴づけられ、それによって個人に意味を与えるものと定義される (Van der Heijden & De Vos, 2015)[3]。

つまり、キャリア・サステイナビリティでは、個人が自身のキャリアに持続可能性を認知するには、先行要因として個人の主体性が重要な働きをするという。定年後も自身のキャリアに明確なビジョンを持つためには、「プロアクティブ・キャリア」と「キャリア・サステイナビリティ」という2つのキャリア意識を持つことが重要であると学術理論では示されている。

それでは、具体的に「プロアクティブ・キャリア」と「キャリア・サステイナビリティ」を身に着け、定年後も自身のキャリアに明確なビジョンを持つ個人はどのような特徴を持つだろうか。

調査から見える「将来の自己像」を持つ50代の特徴

明確な「将来の自己像」を持つ個人の特徴を明らかにするために、大手製造業から協力を得て、55歳以上59歳以下の従業員に対してオンラインでの質問紙調査を行った。回答者は720名で、回答者のうち619名(85.73%)が30年以上の勤続年数で、転職経験があると回答したのは148名(20.49%)、管理職経験を持つのが366名(50.69%)だった。

「プロアクティブ・キャリア」と「キャリア・サステイナビリティ」を活性化させる要因としては、「管理職経験」と「組織外の経験」、それに連載第1回で取り上げたキャリアの転換点となる「終わりの意識」を加えている。

将来の明確な自己像を高める要因

調査の結果、得られたデータを共分散構造分析にかけることで、概念同士の因果関係を探った。その結果をまとめたものが図1だ。

将来の明確な自己像を持つキャリア意識の特徴

調査の結果では、「将来の自己像」を持つのに「プロアクティブ・キャリア」と「キャリア・サステイナビリティ」の双方が正の影響を持つことがわかった。

このことによって、定年後に明確なイメージを持ってもらうためには、「プロアクティブ・キャリア」と「キャリア・サステイナビリティ」を研修で身に着けてもらうことが能力開発の目的となることが示されている。

「プロアクティブ・キャリア」と「キャリア・サステイナビリティ」を高める要因

次に、「プロアクティブ・キャリア」と「キャリア・サステイナビリティ」を高める要因についてみると、「キャリア・サステイナビリティ」を高める要因として「プロアクティブ・キャリア」が影響力を持っており、「プロアクティブ・キャリア」は単体でも「将来の自己像」に有意な影響を持っていた。また、「プロアクティブ・キャリア」を持ち、なおかつ「キャリア・サステイナビリティ」を有することが、より良い影響を発揮していた。

一方で、「キャリア・サステイナビリティ」を高める先行要因は「管理職経験」のみという結果がでていた。つまり、管理職経験を持つことが定年後も自分の市場価値があると考える傾向にある。

ただし、「プロアクティブ・キャリア」に正の影響を持つのは「組織外の経験」と「終わりの意識」であり、「管理職経験」からの有意な影響は確認できなかった。つまり、管理職だからと主体的にキャリア設計や開発ができているかというとそうではなさそうである。

それよりも、「組織外での経験」や定年をキャリアの転換点として捉え、今の会社や仕事が一旦終わるのだという心の整理する「終わりの意識」を持つ方が「プロアクティブ・キャリア」に有意な影響を持っていた。

これらの結果から、定年後も明確なビジョンを持つためには、「プロアクティブ・キャリア」と「キャリア・サステイナビリティ」を高めることが肝要であり、加えて50代になるまでに、「組織外の経験」を積むなどの効果的な経験を積む機会を持てるのかが重要だということがわかった。

サードプレイス・やり切った感・管理職経験

定年後も明確なビジョンを持つ50代の従業員の特徴

大手製造業の調査からは、定年後も明確なビジョンを持つ50代の従業員には、3つの特徴があることがわかった。

組織外の経験

1つは、「組織外の経験」だ。MBA進学や学会・委員会の活動、趣味やサークル、ボランティアなどの「組織外の経験」は、外部の価値観と接することで自分を客観視し、将来の方向性について柔軟に考える機会を得る。このような、職場と家庭以外での自分の居場所を持つことを「サードプレイス」という。

組織外に自分の居場所となって活躍できるような場を意識して持つことで、会社にとらわれない、主体的なキャリアの考え方ができるようになる。

終わりの意識

2つ目は、「終わりの意識」だ。定年を所属している企業におけるキャリアの終わりと捉えて、キャリアの転換点として、次の方向性を模索する。ただし、キャリアの転換点として受容することは容易ではない。

これまでの自分が否定されたような感じや、居場所無なくなる喪失感と折り合いをつけ、次の道を探す必要がある。そうして、「ここでやることはやり切った」という認知を持つことで、自分のキャリアに対して主体的に向き合うことができる。

管理職経験

3つ目は、「管理職経験」だ。キャリアにはさまざまな定義があるが、組織の中で出世することはキャリアにおいて重要な方向性の1つだ。

「管理職」となることは、組織の中で優秀であるというお墨付きを得て自己効力感が高まるだけではなく、管理職として経営の視座を得ることで多様な価値観と接する機会が増える。また、管理職としてのマネジメントスキルは文脈に依存されないポータブル・スキルの性格が強い。

そのため、「管理職経験」があることで、大きな方向転換をしなくても、自身のキャリアは持続可能なものだという認識が持ちやすくなると思われる。

重要なのは日常で良質な経験を積むこと

これら3つの特徴を概観すると、定年後の明確なビジョンを持つことは研修などで知識を得ることよりも、特別な機会ではなく日常でどれだけ良質な経験を積むことができるのかが重要であることがわかる。加えて、これらの経験は定年間際の50代から取り組むよりも、できることなら中堅層である30代後半から40代のうちから取り組むことが望ましい。

たとえば、「サードプレイス」のようなMBAへの進学や外部の団体で活動することは、成果がでるまでに年単位での時間が必要となる。そのため、早めに取り組むことが大切だ。人生100年時代のキャリアでは、70歳どころか、健康であれば生涯現役のような働き方が求められる可能性もある。

そのような未来予想を踏まえ、個人としては、50代までに会社の枠にとらわれずに良質な経験を積むことが望ましい。また、企業としても「キャリア研修」を提供するだけではなく、従業員の「プロアクティブ・キャリア」を活性化させる職務設計もすべきだ。

構造的に自分のキャリアを主体的に開発することが難しい日本では、個人と企業の双方が、どのような経験を積み、「プロアクティブ・キャリア」を高めるのかを設計することが肝要である。


[1] Parker, S. K., & Collins, C. G. (2010). Taking stock: Integrating and differentiating multiple proactive behaviors. Journal of management36(3), 633-662.

[2]Taber, B. J., & Blankemeyer, M. (2015). Future work self and career adaptability in the prediction of proactive career behaviors. Journal of Vocational Behavior86, 20-27.

[3]Van der Heijden, B. I., & De Vos, A. (2015). Sustainable careers: Introductory chapter. In Handbook of research on sustainable careers (pp. 1-19). Edward Elgar Publishing.

九州大学ビジネス・スクール講師 合同会社ATDI代表 碇 邦生

著者紹介 

九州大学ビジネス・スクール講師 合同会社ATDI代表 碇 邦生
2006年立命館アジア太平洋大学を卒業後、民間企業を経て神戸大学大学院へ進学し、ビジネスにおけるアイデア創出に関する研究を日本とインドネシアにて行う。15年から人事系シンクタンクで主に採用と人事制度の実態調査を中心とした研究プロジェクトに従事。17年から大分大学経済学部経営システム学科で人的資源管理論の講師を務める。現在は、新規事業開発や組織変革をけん引するリーダーの行動特性や認知能力の測定と能力開発を主なテーマとして研究している。また、起業家精神育成を軸としたコミュニティを学内だけではなく、学外でも展開している。日経新聞電子版COMEMOのキーオピニオンリーダー。

※所属や所属名称などは執筆時点のものです。

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