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多様な視点で分析する若手社員の早期離職問題
—多摩大学・初見康行氏

初見康行
著者
多摩大学 経営情報学部 准教授
YASUYUKI HATSUMI

2023年も3月を過ぎ、新卒採用が活況だ。近年、大卒の求人倍率は1.5倍前後を推移しており、売り手市場に傾いている。今年も優秀な学生を採用するために、人事はさまざまな工夫を凝らして会社や仕事の魅力を学生に伝えていることだろう。

そうした中で、苦労して採用した若手社員について人事を悩ませている問題がある。入社後の「早期離職(※1)」問題である。若手社員が早期に辞めてしまうことは、採用に関わった人事担当者にとってもショックであろう。また、採用人数が少ない中小企業にとっては、事業としても大きな痛手となる。
※1:一般に、入社3年以内の離職が早期離職と呼ばれる。

なぜこのような早期離職が起きてしまうのか?また、読者のみなさまは、早期離職と聞いた時にどのような原因を思い浮かべるだろうか?

多くの調査・研究では、早期離職の主な原因として「仕事内容」、「給与(賃金)」、「労働環境」、「職場の人間関係」などへの不満が挙げられる。実際、このような「職場内での不満」によって離職する若手社員が多いことは間違いない。しかしながら、本コラムでは、あえてもう少しマクロな視点から早期離職を考察してみたい。具体的には、早期離職という現象を時代背景から読み解いてみる。いつもと異なる視点から問題を眺めてみることで、問題の本質を明らかにし、新たな解決策の検討にもつながるかもしれない。

大卒者の早期離職率

はじめに現状を確認しておこう。【図1】は、2021年に発表された厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況」から、大卒者の部分を抜き出したものである(※2)。
※2:「新規学卒就職者の離職状況」は学歴別にまとめられている。中学卒で約7割、高校卒で約5割、大学卒で約3割が入社3年以内に離職する傾向があることから「7・5・3」現象とも呼ばれる。

大学卒の離職状況/厚生労働省(2021)「新規学卒就職者の離職状況」
【図1】大学卒の離職状況/厚生労働省(2021)「新規学卒就職者の離職状況」

この「新規学卒就職者の離職状況」の特徴は、入社3年以内の早期離職率を昭和62年(1987年)から令和2年(2020年)まで時系列に並べている点にある。また【図1】から、早期離職率は常に一定ではなく、時代(時期)によって違いがあることが分かる。

たとえば、早期離職率がもっとも低かったのはバブル経済崩壊直後の1992年であり、3年以内の早期離職率は23.7%であった。一方、早期離職率がもっとも高かったのは、就職氷河期最後の2004年であり、早期離職率は36.6%に達している。なぜこのような差が生まれたのだろうか?

早期離職に影響を及ぼす4つの要因

拙著「若年者の早期離職」では、早期離職率が時代によって異なる理由を4つ(環境、構造、企業、個人)の要因から分析している。簡単に1つずつ説明していきたい。

環境要因

「環境要因」とは、大学を卒業した時期の経済環境や労働市場の状況が、ある世代の賃金・就職・離職などに及ぼす影響を指す(※3)。言い換えれば、就職活動をした時期(年)が好況期もしくは不況期だったかによって、就職活動の結果やその後の離職率、賃金なども影響を受けるという考え方である。
※3:一般に「世代効果研究(コーホート効果)」と呼ばれる。主に労働経済学の分野で研究蓄積がされてきた。

実際、大竹・猪木(1997)は、不況期に就職した者の勤続年数が、好況期に就職した者に比べて有意に短い(好況期に就職した世代は、そうでない世代よりも平均勤続年数が有意に長い)ことを明らかにしている。このようなことが起こる背景として、不況期に就職活動をした場合、求人案件数が減少することによって、自分の志向・能力に合った企業に就職できる可能性が低下する。その結果「不本意就職」が増加し、入社後の早期離職が促されることが考えられる。

逆に、経済が好況期に就職活動をした者は、求人案件数が増加することによって、自分の志向・能力に合った企業に就職できる可能性が高まる。これにより求職者(学生)と企業のマッチングの質が相対的に向上し、入社後の早期離職が抑制されることが考えられる。実際、景気の目安となる「求人倍率」と「早期離職率」は強く「逆相関(※4)」している。バブル経済のような好況期(求人案件が多い時期)には早期離職率が低下する一方、就職氷河期のような不況期(求人案件が少ない時期)は、早期離職率が上昇している様子がうかがえる。【図2】
※4:「大卒求人倍率」と「早期離職率」の相関は-.81(p < .01)であった。また、大卒求人倍率を説明変数、早期離職率を応答変数とした回帰分析を行った結果、R²値は.65という高い説明力を示した。

大卒求人倍率・新規大卒者3年以内離職率/初見(2018)
【図2】大卒求人倍率・新規大卒者3年以内離職率/初見(2018)

構造要因

次に、早期離職に影響を与える要因の2つ目は、「構造要因」である。これは、産業構造の変化や産業ごとの雇用慣行の違いが、早期離職率の上昇・下降に影響を与えるという考え方である。

具体的には、長年、わが国の基幹産業であった製造業の雇用吸収力が減少し、離職率の高いサービス業や小売業などに就職する大学生が増えたことが、早期離職率に影響を与えたと考えられる。事実、早期離職率は業界によって大きく異なる。以下の【図3】からも確認できるように、製造業の早期離職率は低く、サービス業・小売業系は相対的に高い傾向にある。

「新規学卒就職者の離職状況」(2021)/厚生労働省
【図3】「新規学卒就職者の離職状況」(2021)/厚生労働省

また、文部科学省(2001)「学校基本調査」によると、1995年(平成7年)に製造業とサービス業への就職者数が逆転し、その後拡大していることが指摘されている。製造業など早期離職率が低い業界への就職者数が減少し、早期離職率の高い業界への就職者数が増加したことが、早期離職率に影響していることが考えられる。

企業要因

第3の要因は、「企業要因」である。具体的には、「終身雇用」や「年功賃金」に代表される日本的雇用慣行の衰退が、若年者の早期離職行動に拍車をかけたのではないか、という考え方である。濱秋ほか(2011)によれば、大卒者の終身雇用者比率は1990年代半ばから減少を始めており、特に大企業(従業員1,000名以上)においてその傾向が顕著である。また、吉村(2010)は、バブル経済崩壊以降、賃金も含めた労働条件が相対的に低下しており、「雇用の劣化」が進んでいると指摘している。このように、企業の雇用条件の低下が、特定の企業に長期間留まるインセンティブを弱め、若年者の早期離職を促していることが考えられる。

個人要因

最後の要因は、「個人要因」である。これは若年者の「職業観」が「就社」から「就職」に抜本的に変化したことによって、早期離職が促進されているという考え方である。

公益財団法人日本生産性本部が2019年に実施した『新入社員の「働くことの意識」調査』によると、2000年(平成12年)以降を境目として、新入社員の仕事に対する価値観が、「会社重視(図中の赤線)」から「仕事重視(図中のオレンジ線)」に大きく転換していったことが確認できる。【図4】

日本生産性本部(2019)/『新入社員の「働くことの意識」調査』
【図4】日本生産性本部(2019)/『新入社員の「働くことの意識」調査』

また、若年者の職業観変化については、苅谷・本田(2010)や谷内(2005)でも以下のように言及されている。

「会社を無前提に信頼し依存するのではなく、仕事そのものが自分の興味に合致しスキルを伸ばしてくれるものであるかどうかを強く意識するようになっている」(苅谷・本田, [2010] 37頁)
「いくつかの組織に所属し、それぞれのところから必要なものを手に入れていく」(谷内, [2005] 34頁)

以上のように、若年者の職業選択の基準が、自分の個性が活かせる仕事、スキルや将来のキャリアアップにつながる仕事を重視する方向に変化していったことが伺われる。またそれによって、企業とは、若者にとって「第二の我が家」ではなく「止まり木」として認識されるようになっていったことが推測される。

早期離職改善の方向性

今回は若年者の早期離職について、いつもとは少し異なった視点で分析を行った。読者のみなさまにとっても、賛同できる部分・賛同できない部分があったかもしれない。拙著では、以上の4要因が相互に関係し合い、特に「環境要因」が起点となって早期離職現象が形成されてきたことを指摘している。しかしながら、ここで重要なことは、上記仮説の正しさを主張することではない。ポイントは、多様な視点(いつもとは異なる視点)から問題を検討してみることである。

冒頭で指摘したように、早期離職の原因については、「仕事内容」、「給与(賃金)」、「労働環境」、「職場の人間関係」など、「職場内の要因」が調査・分析されることがほとんどである。もちろん、それは適切なことであり、各職場単位で早期離職を改善していくためには不可欠である。しかしながら、早期離職現象全体を俯瞰して改善していくためには、よりマクロな視点、時系列での分析、時には社会学的な観点からの考察も必要になるだろう。それによって創出される改善策も多様になり、問題解決の新たな糸口が見つかるかもしれない。

余談であるが、 筆者自身は上記のような分析を通して、早期離職現象を改善する有効な施策は大学在学中のインターンシップ活動にあるのではないかと考えている。つまり、入社後に不満を持たれがちな職場内要因の改善よりも、入社前の企業選択・職業選択自体の質向上に注目している。みなさまの答えは違うかもしれない。しかし、それで全く問題ない。もっとも重要なことは、不本意な「早期離職」が減ることである。問題解決に向けて、多様な人が多様な視点から検証し、多様な改善策を積み重ねていくことが肝要である。


<参考文献>
大竹文雄・猪木武徳[1997]「労働市場における世代効果」浅子和美・吉野直行・福川慎一(編)『現代マクロ経済分析-転換期の日本経済』東京大学出版会. 第10章
苅谷剛彦・本田由紀(編)[2010]『大卒就職の社会学-データからみる変化』東京大学出版会.
厚生労働省[2021]『新規学卒就職者の離職状況』
日本生産性本部[2019]『働くことの意識』
初見康行[2018]『若年者の早期離職-時代背景と職場の人間関係が及ぼす影響』中央経済社.
濱秋純哉・堀雅博・前田佐恵子・村田啓子[2011]「低成長と日本的雇用慣行 ― 年功賃金と終身雇用の補完性を巡って」『日本労働研究雑誌』No.611, pp.26-37.
文部科学省[2022]『学校基本調査』
谷内篤博 [2005]『大学生の職業意識とキャリア教育』勁草書房.
吉村大吾[2010]「若者の早期離職現象に関する基礎的考察」『労務理論学会誌』第19号, pp.217-229.

著者紹介
初見 康行 (はつみ・やすゆき)
多摩大学 経営情報学部 准教授
同志社大学文学部卒業。企業にて法人営業、人事業務に従事。2017年、一橋大学博士(商学)。いわき明星大学(現:医療創生大学)准教授を経て、2018年より現職。専門は人的資源管理。主な著書に『若年者の早期離職』(中央経済社)、『人材投資のジレンマ』(日本経済新聞出版)などがある。

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