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せっかく採用した尖った新卒社員を尖ったままで活用するには?
—大分大学・碇邦生氏

碇邦生
著者
九州大学ビジネス・スクール講師 合同会社ATDI代表
KUNIO IKARI

尖った新人が3年で丸くなる問題

新卒採用を行っている企業にとって、その目的はいくつも複雑に絡み合っている。多くの企業に共通しているのは、現場レベルの人手不足を補う目的と、長期的な育成を視野に入れて基幹人材の候補生確保という2つだろう。そして、候補生というニュアンスには、既存事業を発展させる屋台骨人材のほか、停滞した組織に変化を生み出す「変革人材」の卵という異なる種類の人材が混在していることがある。後者については、俗に「尖った人材」と呼ばれ、他の新入社員とは異なる評価基準で選出される。

尖った人材は表立って採用枠が通常の採用枠と区別されることもあるが、日本企業は伝統的に暗黙的に採用枠を設けてきた。表立って採用枠を設けている例は住友商事のデザイン選考だ。デザイン思考を問うワークショップを行い、優れた創造性を有した学生の採用を狙っている。暗黙的に枠を設けている企業の中には、公募よりもより確実にポテンシャルの高い学生にアプローチをしようとリファラルであらかじめ接点を持つことも増えている。

しかし、残念なことに、尖った人材を採用したとして成功例よりも「期待通りの成果が出なかった」という話を耳にすることのほうが多い。よくある上手くいかなかったケースは2パターンある。

1つ目は、数年たつと尖っていたところが丸くなってしまい、他の社員と差がなくなることだ。これは新入社員のときに現場の仕事を覚える中で過剰に適応してしまうことや、尖っていることからくる軋轢で同調圧力に屈してしまうといった原因がある。このパターンは、尖った人材だけではなく、日本企業で少数派の人材が生き残っていく際に同じような現象が確認できる。

2つ目は、尖った人材が仕事を覚えた瞬間に辞めてしまう問題だ。これは企業と尖った人材の間で期待しているキャリアの在り方に齟齬があることから起きる。いくら尖った人材だからといって、新入社員から即戦力であることはほとんどない。新入社員は手間暇をかけて育成をして、いくつもの失敗を乗り越えて、はじめて価値を提供できるようになる。

企業にとって、育成は投資だ。そのため、投資した分を回収するために仕事を覚えた後は回収期間として同じ仕事を数年こなし、その間に次のキャリアの方向性をすり合わせしたい。しかし、個人、とりわけ尖った人材にとって、育成後の投資回収は成長が停滞する期間でもある。もちろん、投資回収期間の仕事からも得ることは多い。しかし、新しい仕事に挑戦しているときと比べて成長のスピードは遅くなる。そうして、成長のスピードを上げるために、組織の外に機会を探してしまう。実績がある尖った人材は労働市場からの評価も高く、容易に新しい仕事を見つけ離れていく。

尖った人材を「同化」から「分離」する

尖った人材が、既存の価値観に過剰適応してしまうことや早期離職してしまうことを防ぐにはどうすべきだろうか。この2つの問題の対策は、同一の施策で解決することができる。それは、尖った人材に尖った状態で価値を発揮する機会を与えれば良い。

たとえば、既存の価値観に過剰適応してしまうことは、ダイバーシティ・マネジメントの理論としては「同化」していると言える。早稲田大学教授の谷口真美氏は、ダイバーシティに対する企業行動を4つの段階で整理している。

ダイバーシティに対する企業行動を4つの段階で示した図
【図】ダイバーシティに対する企業行動

「同化」は第2段階にあたり、同化することで違いを無視し、少数派を多数派と同じものとして扱おうとする。尖った人材という少数派を尖った状態で使おうとするのであれば、第3段階に企業の行動を推し進めれば良い。

第3段階は「分離」だ。違いがあることを認めたうえで、違いを活かしやすい場で限定的に活用する。たとえば、2000年代に家電メーカーで女性向け商品の開発部署だけ女性社員が重点的に配属された。今でも、女性活躍推進の部署は女性社員が多く配属される傾向にあるが、これも「分離」の1つのケースだ。

尖った人材に関していうのなら、過剰適応で「同化」してしまうのならば、尖った個性を活かす場を限定的に設けることで「分離」することができる。

新入社員から社内起業させる

尖った人材が成果を出すようになった途端に辞めてしまう問題は、対策として常に成長ができる機会を与え続けることだ。そもそも論として、若い好業績者が退職してしまう問題は日本企業だけではなく世界でよくみられる問題だ。特に、中国とインドの若者は成長機会に貪欲で企業に見切りをつけるのが早い。

このような若い好業績者を留めるために世界で採られている施策が、好業績の見返りとして育成機会を選択できる権利を得ることができるというものだ。これは、優先的に社内異動の権利を得ることができたり、社内外の研修機会を得ることができたりする。この中に、若い好業績者を対象として、新規事業開発や組織変革のプロジェクトに参加できるというものがある。つまり、尖った人材を採用したのであれば、尖った人材が尖り続けるための成長機会をキャリアパスとして企業側が整備する必要がある。

前述したダイバーシティの4段階理論とあわせると、尖った人材を「分離」したうえで成長機会を与える方法として社内起業をお勧めしたい。新規事業開発では本業との兼ね合いや事業規模の問題など、超えるべきハードルが数多くある。それに対し、社内起業は従業員個人の持つリソースで小さく始めても問題がない。特に、副業を解禁する企業が増える中で、本業ではできないが自分が挑戦したいと思う事業を社員が立ち上げる事例も増えている。

たとえば、ある食品関係の専門商社では、女性社員が食品に関する知識を活かして食育を支援する個人事業を始めている。同社では副業によって他社と雇用関係を結ぶことは認めておらず、個人事業や法人成立によって事業を興すことを推奨している。 社員が心の内に秘めている起業家精神を社内起業という形で昇華することで、尖った人材を離職させることなく、尖ったまま活かすことが期待できる。

心理的契約の期待値を超える

新入社員は、入社時に企業に対して期待を抱いている。このときの期待は、特に企業と約束したわけではないが、新入社員がイメージとして持っているものだ。この暗黙的な期待は、あたかも契約関係のように新入社員の心理状態に作用する。つまり、入社後に期待が裏切られると契約が不履行となったように感じる。

尖った人材は、尖った自分が評価されて内定を得たものと期待して入社するが、その後の職務経験を通じて期待が裏切られ続けるとモチベーションを失ってしまう。しかし、反対に期待を超える機会が与えられるとモチベーションが喚起され、仕事にも熱中して取り組むことができる。

残念なことに、尖った人材を暗黙的に扱っていた伝統的な日本企業のスタイルだと、新入社員の期待を超えることは難しい。加えて、新入社員だからといって一律の処遇と育成方法にすると尖った人材は委縮してしまう。そうとは言っても、尖った人材だからと、明らかに異なる処遇をすることは難しいだろう。

そこで、新入社員から自分で選択し挑戦する機会を作ることが効果的となる。新入社員はまだ仕事を覚える時期だから、というのであれば、まずは好業績を出した後の報酬として育成機会を提供する方式も良いだろう。 重要なことは、尖った人材を尖った状態で居続けさせるためには、新入社員の頃から尖ったプロジェクトに挑戦できる機会を用意することだ。入社時の期待を上回る挑戦の機会があれば、尖った人材は自分の強みをより強固なものに成長させることができる。その結果として、新規事業開発や組織改革を推進する変革人材として、採用時に期待した通りの成果の発揮が望めるだろう。


著者紹介  大分大学経済学部講師 合同会社ATDI代表 碇 邦生

2006年立命館アジア太平洋大学を卒業後、民間企業を経て神戸大学大学院へ進学し、ビジネスにおけるアイデア創出に関する研究を日本とインドネシアにて行う。15年から人事系シンクタンクで主に採用と人事制度の実態調査を中心とした研究プロジェクトに従事。17年から大分大学経済学部経営システム学科で人的資源管理論の講師を務める。現在は、新規事業開発や組織変革をけん引するリーダーの行動特性や認知能力の測定と能力開発を主なテーマとして研究している。また、起業家精神育成を軸としたコミュニティを学内だけではなく、学外でも展開している。日経新聞電子版COMEMOのキーオピニオンリーダー。

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