地域の自然資源とテクノロジーを活用した新たな農業モデルを創出(株式会社浅井農園) 

キャリアリサーチLab編集部
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キャリアリサーチLab編集部

マイナビキャリアリサーチLabでは、アースデイをきっかけに地球温暖化や気候変動が私たちの働き方にどのような影響がでるのか、について国立環境研究所のお二人にご説明をいただきました。今回から、前編後編の2回に渡り、自然資源を活かした経済活動や熱中症などへの対策を講じている株式会社浅井農園にインタビューを行った内容をまとめております。

三重県を拠点とするあさい農園は、日本トップクラスのミニトマト生産量を誇る生産者であり、大規模農場を展開する農業法人です。現在はグループ全体で約500名の従業員を擁し、効率性と収益性を両立させた農業モデルを実践しています。

その基盤を築いたのが、他企業と共同で立ち上げた「うれし野アグリ」での取り組みです。計画的な生産・販売の体制を確立するとともに、地域資源を活用した脱・化石燃料のエネルギー転換にも挑戦。ゼロカーボン農業のモデルづくりを進めてこられています。

現在は、こうした経験と実績をもとに、北海道伊達市で新たな農業モデルの構築に取り組んでいます。本記事では、「うれし野アグリ」設立の背景や北海道伊達市でのプロジェクト、地域とともに描く次世代農業の姿について、キーパーソンのみなさんに話を伺いました。

馬野 幸紀 執行役員 生産開発ユニットマネージャー

■馬野 幸紀 執行役員 生産開発ユニットマネージャー
筑波大学工学部卒業。京都大学大学院エネルギー科学研究科博士前期課程修了。アクセンチュア、イーラボエクスペリエンス等を経て、 2015年より浅井農園に入社。うれし野アグリの農場運営(労務・出荷管理等)、アグリッドの新規立ち上げに参画し、現在は新規参入業者の企画・栽培支援(イチゴ)、北海道伊達市でのトマト農場開発を担当。

中島 正登 研究開発ユニット マネージャー

■中島 正登 研究開発ユニット マネージャー
明治大学農学部卒業。明治大学大学院農学研究科博士前期課程修了。片倉工業にて人工光型植物工場の研究開発職を経て、 2019年より浅井農園に入社。研究開発ユニットのマネジャーを担当。現在は事業化を目的とした栽培技術開発や大学等で開発された技術の社会実装を目的とした共同研究等を担当。

久保田 陽太郎 経営企画ユニット マネージャー

■久保田 陽太郎 経営企画ユニット マネージャー
モナシュ大学(オーストラリア)理学部卒業。モナシュ大学理学士(宇宙物理分野)修了。農林中央金庫にて企業融資やJAバンクグループの推進業務を担当した後、スタートアップの立ち上げに参画し、経営・事業企画に従事。2021年より浅井農園に入社。部門横断的なステークホルダーを巻き込みながら、持続可能な成長に向けた中長期戦略の立案および全社横断プロジェクトの企画・推進を担当。

コスト削減から始まった挑戦が、持続可能な農業へ進化

コスト削減から始まった挑戦が、持続可能な農業へ進化

質問:「うれし野アグリ」を設立することになった背景について教えてください。

馬野:「うれし野アグリ」の立ち上げは、あさい農園にとって「農業を“企業”として進化させる」ための大きな挑戦でした。その背景には、私たち自身の変革の歩みがあります。

あさい農園は創業118年の歴史を持つ老舗農業法人です。かつては植木の生産を中心にしていましたが、5代目の浅井雄一郎の代で方向を転換。ヨーロッパで人気の高いカラフルなミニトマトに着目し、「植木に代わる柱をつくる」覚悟でミニトマトの栽培に乗り出しました。最初はたった4反(約4000㎡)の小さなハウスからのスタートでした。

しかし、ミニトマトの栽培には課題もありました。冬場の栽培には加温が必要で、その燃料費が経営を圧迫していたのです。今後の拡大を見据えるうえで、「化石燃料依存からの脱却」は避けて通れないテーマでした。そんな中、転機となったのが、総合油脂メーカー・辻製油との出会いです。同社は木質バイオマスボイラーを導入しており、大量の排熱(温水・蒸気)を余剰エネルギーとして抱えていました。この排熱を農業に活用できないか――そんな可能性が、農業と製造業、双方の課題をつなげました。

両者を引き合わせたのは、三重大学の西村教授です。社長の浅井は現場の経営と並行して大学院で「地域資源の活用」を学んでおり、その中で辻製油とつながったのです。この構想に共感したのが、三井物産とイノチオアグリ。こうして2013年にジョイントベンチャー「うれし野アグリ株式会社」が誕生しました(2015年にイノチオアグリが正式参画)。

初期投資には経済産業省の補助金を活用しましたが、三重県内の間伐材を燃料とするバイオマスボイラーによって、安定的かつ環境に配慮したエネルギー供給体制も整えました。当初は「コスト構造の見直し」が目的だったこのプロジェクトは、結果として地域資源の活用、異業種連携、環境負荷の軽減という、現代農業が目指すべき要素を包括したモデルへと進化しました。

“営農・労務・経営”で実感する「うれし野アグリ」の農業改革

質問:「うれし野アグリ」の運営にあたり、あさい農園としてどのような成果を得ましたか?

馬野:大きく二つの成果があります。一つ目は、大規模農場の運営と利益化の実現です。もともと4反(約4,000㎡)の自社ハウスからミニトマトの栽培を始め、社長の浅井がオランダで学んだ先進的な栽培手法を取り入れ、品質向上に努めてきました。

この取り組みを「うれし野アグリ」で一気に5倍の2ヘクタール規模(20,000㎡)へと拡大。しかし、ハウスの構造や栽培環境の違いから、ゼロベースでノウハウの再構築が求められました。

そうした中での運営はまさに手探りの連続でしたが、トマト農家出身でオランダでの農業研修経験がある社員の知見をもとに、この土地と設備に最適化した栽培ノウハウの構築を進めました。たとえば、欧州とは異なる日本の気候に対応するため、水処理の工夫や梅雨時の湿度管理、病害虫対策など、現地に適した管理方法を構築。日本仕様に適応した独自の管理手法をブラッシュアップしていきました。

“営農・労務・経営”で実感する「うれし野アグリ」の農業改革

馬野:また、1時間あたりの作業量をもとにした「工数管理」という考え方を農業に本格導入し、作業ごとの人員計画や採用戦略を構築。その結果、効率的で収益性の高い農場経営を実現しました。繁忙・閑散期に応じた人員配置や販売体制の構築も、利益確保につながっています。

雇用面では、主婦層を中心に柔軟なシフト制を導入し、急な休みにも対応できる体制を整備。工数ベースで作業量と人員数を調整したことで、安定した人材確保と高い定着率を実現しました。

さらに、経営ガバナンスの強化も大きな成果でした。月次の経営会議では、三井物産などの他社の視点も交えたフィードバックを受けながら、進捗ギャップの分析と対策立案を徹底。農業経営におけるPDCAサイクルの精度向上が、利益化を支えています。

こうした営農・労務・経営の三位一体の成果が、うれし野アグリの成長を支え、現在の自社展開や他地域でのプロジェクトにもつながっています。

中島:夏場の作業環境改善にも積極的に取り組みました。例えば、当日の温度・湿度基準を超える時間帯のハウス作業の中止、こまめな休憩・水分補給の実施、空調服や保冷ベストを活用した作業時の体温上昇抑制を行いました。

加えて朝5〜6時からの短時間勤務を可能にする「サマーシフト」も導入。これにより、熱中症対策というだけでなく、主婦層やシルバー人材、スポットワーカーにも柔軟に対応できる働き方が整備されました。

馬野:二つ目の成果は、地域との関係性の深化です。うれし野アグリでは地元のお母さん世代が中心となって働いており、働きやすい職場として評判が広まり、常に定員以上の応募があります。

また、農地の一部は周辺地権者の協力を得て運営しており、用水路の清掃や地域イベントへの参加など、地域社会との共存・協働を重視しています。ブランド名「うれし野」も地域の地名から名付けたものであり、スーパーでもその名で親しまれるようになってきました。

こうした営農・経営・地域連携の積み重ねが、“企業としての農業”を成り立たせる実践知となり、現在では自社単独でのハウス展開や他地域でのプロジェクトにもつながっています。

持続可能な農業へ向けた三つのチャレンジ

質問:いま直面している課題やその対応策について教えてください。

馬野:数多くありますが、大きく三つに整理できます。まず一つ目は、気候変動への対応です。近年は気温の上昇により、ハチによる受粉障害や病害虫のリスクが増大するなど、栽培環境にさまざまな悪影響がでています。こうした変化に対応するために、苗の定植方法や品種選定など、栽培技術の見直しを進めています。

二つ目は、資材・エネルギーコストの高騰と人件費の上昇です。LED導入による高効率な生産が可能になったとはいえ、初期投資は従来の2倍近くまで上昇しています。また人件費の上昇などにも直面しています。そこで、パッキング作業の簡素化など作業の自動化や省力化に取り組んでいます。

そして三つ目は、企業型農業としての組織的な課題です。生産管理者の交代により、栽培の再現性が保てなくなるリスクがあります。それにより、栽培ノウハウの継承が課題になっています。その対策として、あさい農園グループでは、スマート農業やデータ共有による業務の標準化を進めています。

持続可能な農業へ向けた三つのチャレンジ

北海道伊達市とあさい農園の挑戦!有珠山の地熱を活かした新しい農業モデル

質問:北海道の伊達市で新たな農業モデルを展開されるとのことですが、その取り組みを教えてください。

馬野:伊達市は「北海道の湘南」と呼ばれるほど温暖で雪が少なく、葉物や果菜類、果樹など多様な作物が育つ地域です。しかし、高齢化や担い手不足といった全国的な課題も抱えており、市はスマート農業と地元資源を活かした「新しい農業モデル」の構築に取り組もうとしていました。

一方であさい農園も夏場の高温によってトマトの生産が止まる課題を掲えていました。通年で安定供給を望むスーパーのニーズにも応えるべく、冷涼な地域での栽培拠点を探していたところ、伊達市の公募をしり、応募を決めました。また、私たちはバイオマス排熱を活用した栽培の実績も後押しになりました。再生可能エネルギーによる次世代型農業という点でも、伊達市の構想と一致したのです。

その一つの柱が、地熱エネルギーを活用した農業です。伊達市には有珠山という活火山があり、その周辺には温泉資源が豊富にあります。市は農業への活用を見据えて温泉の掘削を進め、その結果、十分な湯量が得られることを確認。そのうえで、地熱を有効活用できる企業を募集するためのプロポーザルを実施しました。

事業展開について(あさい農園)

現在は、農林水産省が掲げる「みどりの食料システム戦略」に沿って、化石燃料を一切使わない農業に挑戦中です。主な熱源は伊達市の温泉熱ですが、真冬の寒さや雪解け時には、地元のペレット工場から供給される木質バイオマスを燃料とするボイラーで補完します。こうして地元の自然資源だけで営農を行う「ゼロカーボン農業」の実証モデルを目指しています。

スマート農業と福祉連携

質問:このプロジェクトで、その他に目指していることは何かあるのでしょうか?

馬野:それ以外だと、二つの目的があります。一つ目は、スマート農業の技術を「農業の競争力を高める手段」として活用することです。伊達市の農場では、環境制御やセンサーによって栽培環境を安定させ、収穫予測や人員配置の精度を高める取り組みを進めようとしています。こうしたデータ活用により、状況に応じた柔軟な対応が可能となり、農業を再現性のある「経営」として確立していくことを目指しています。

二つ目は、地域との連携と農福連携の推進です。伊達市からは、福祉施設や学校と連携し、障がいを持つ方々も一緒に働ける場づくりが期待されています。農業を通じて地域貢献・社会的包摂の実現にも力を入れていく計画です。

現在は、約1.3ヘクタールの栽培面積でミニトマトの生産をスタートする予定ですが、将来的にはイチゴなど他の果菜類の実証栽培や輸出展開も視野に入れています。

地元農業連携について(あさい農園)

地域・大学・福祉施設との連携で農業の可能性を広げる

質問:地域や企業と連携することで得られる効果はどのような点ですか?

馬野:一言でいえば、“農業の可能性が広がる”ことだと思っています。異なる立場や視点を持つ地域や企業、大学、福祉施設などと連携することで、自分たちだけでは実現できなかった農業のかたちが見えてきます。

たとえば、間伐材を使ったバイオマスエネルギーや温泉熱といったその土地ならではの地域資源を活用することで、環境負荷を抑えた栽培やエネルギーコストの削減が可能になります。

また、大学・高校との連携では、農場を研究や実証のフィールドとして活用でき、新たな技術や人材育成にもつながります。さらに、地元の方々と課題やニーズを共有することで、販路開拓や物流の効率化など、事業面でも多くのメリットが生まれます。もちろん、連携には時間や合意形成の難しさもあります。しかし、こうしたプロセスを経てこそ、地域に根ざした持続可能な農業が実現できると考えています。

中島:少し補足すると、農地の確保については、地域の協力なしでは進みません。日本の農地は細かく分割されており、1ヘクタールを確保するにも多くの地権者の同意が必要です。キウイフルーツの圃場がある三重県の玉城町では、地元行政の方々が主体となって7ヘクタールの農地をまとめてくださり、事業が非常にスムーズにスタートできました。

久保田:地域ごとに資源や条件は異なります。そのため、一方的にやり方を持ち込むのではなく、地域から得られる資源から品目や開発規模を考え、その土地に合った農業を築いていくことが大切です。これからの農業には、柔軟で協働的な姿勢が求められています。

スマート農業時代に求められる、新しい“農”の専門性

質問:これからの農業に求められる人物像とは何でしょうか?

馬野:本質的には、「植物が好き」「育てることに喜びを感じる」といった思いは変わっていません。自然への関心と愛情を持つ人が、やはり長く活躍できると感じています。一方で変化しているのは、チームで成果を出すという視点です。

ICTやスマート農業が進展する中では、データ分析や環境制御といった技術に関する知識はもちろん、自分の強みを把握し、他者と補い合う意識がますます重要になっています。

中島:これからは、「ビジネスパーソンとしての視点」が不可欠です。収穫量や単価、コスト構造といった数値に基づき、業務の効率や収益性を把握しながら改善を進める力が求められます。こうした“数字で考える力”は、持続可能な農業経営に直結します。

また、スマート農業の導入も、ただ使いこなすだけでなく、「なぜこの技術が必要か」「何を解決するのか」を説明できる論理的思考が必要です。技術を経営判断として扱える力が、今後ますます重要になっていきます。

久保田:あさい農園では「アグロノミスト(農学的専門性を持つ人材)」の育成を掲げており、スキルを4領域に整理しています。

  1. ビジネス(目標を達成するために、組織や企業を適切に運営していくこと。)
  2. サイエンス(現象を観察、データを収集、実験を行い、仮説を立てて検証することで、新しい知識を 発見し事業に適用する。)
  3. ファーム(数的根拠に基づいて高品質な作物を安定生産する。)
  4. ラングエージ(英語による意思疎通がおこなえる。)

すべてを網羅する必要はありませんが、どれかに強みを持ちつつ、他の分野とも協働できる柔軟性と好奇心のある人材を求めています。

脱炭素で変わる農業のかたち、地域から発信する未来モデル

質問:農水省のみどり認定(「みどりの食料システム法」に基づき、環境への負荷低減に積極的に取り組む農業者や関連事業者を認定されている)を受けられているとお聞きしましたが、今後、御社が目指している姿があれば教えてください。

久保田:私たちは、「カーボンニュートラル農業」の実現も目指しています。環境負荷を抑えながら持続可能な農業を行うことは、これからの農業のスタンダードになると考えています。

すでに小売現場では、安全性や品質だけでなく、生産の姿勢や環境配慮を数値で評価する動きも進んでいます。こうした要請に応えるためにも、ビジネスとしての合理性と環境への責任を両立させる必要があります。伊達市での取り組みは、その第一歩です。

馬野:うれし野アグリの知見も活かし、伊達ではその地域に合ったかたちで、再生可能エネルギーや地元資源を活用したモデルを構築中です。地域の条件に応じて「できること・できないこと」を見極め、地に足のついた取り組みを進めたいと考えています。

また、企業と連携し、工場の排熱をハウス栽培に活用するような構想もあります。資源をシェアすることで、農業と企業の双方にメリットが生まれる「共存型モデル」を実現し、新たな地域産業のかたちにつなげていきたいと考えています。


後編では、独自の調査部門を持つ浅井農園が、研究結果から見えてきた作業環境や休憩方法、栽培技術について解説します。
ライター:西谷忠和

片山久也
担当者
キャリアリサーチLab編集部
HISANARI KATAYAMA

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